blogを書天則。Twitter:@idea51


by cemeteryprime

プロフィールを見る

マイブーム

・クトゥルフ神話TRPG
・レゴ
・海外ドラマ

最新のコメント

最近の国産なら最も実際の..
by 太郎 at 01:24
アナログ(会話中心)で遊..
by cemeteryprime at 08:31
国産のTRPGでも、会話..
by 祟り屋 at 16:12
TRPG全般では、進行役..
by 祟り屋 at 16:07
TRPG全般では、進行役..
by 祟り屋 at 16:06
1行目の『クトゥルフ神話..
by cemeteryprime at 08:03
【クトゥルフ神話TRPG..
by さいたま at 14:37
はじめまして。非常に勉強..
by naochaland at 01:03
コメント、ありがとうござ..
by cemeteryprime at 21:52
楽しく読ませてもらってます
by 海に棲むもの at 11:50

最新の記事

【クトゥルフ神話TRPG】連..
at 2017-07-27 03:15
【TRPG】ファック仮説
at 2017-07-23 23:28
【日記】音楽の話と、年齢と趣..
at 2017-07-23 21:46
【シナリオ考察】罪の所在を考える
at 2017-07-17 01:21
【クトゥルフ神話TRPG】内..
at 2017-07-12 23:56

【TRPG考察】RPGとセッション

TRPGがどういう遊びなのかを捉えやすくする為のベン図を考案してみた。TRPGを理解するには、RPGであるという点と同時に、セッションであるという点がかなり重要では無いだろうかという記事である。

c0325386_10121689.jpg




2つの要素
 RPGの黎明期ならともかく、RPG要素とセッション要素は少なくとも現在においては区別して考える事が出来る。何故ならセッション要素から切り離された一人用のコンピューターRPGという遊びが誕生しているからである。ベン図で言えば①にあたる遊びである。これに対して原義的なRPG…今で言う所のTRPGは②にあたる遊びである。①と②の区別は感覚的に掴むことが出来る。しかし、②と③の違いを明確に区別出来ている人は少ないのでは無いだろうか。

セッション要素
 セッションとは一定期間で行われる集団活動を意味する単語だ。TRPG以外では、会議や演奏や授業や学期などにもセッションという単語は使用される。TRPGプレイヤーにはお馴染みな「キーパーの指示には従う様に」や「参加者が全員で楽しめる様に協力しあいましょう」という注意事項は、それらTRPG以外のセッションにおいても適用出来る事が判るだろうか。つまり、それらの要素はTRPG特有の注意事項では無く、セッション要素特有の注意事項であるという事である。

セッション要素の面白さ
 セッションには、それ自体に面白さを生むメカニズムが含まれている。例えば会議におけるセッションの失敗は、全員が如何に他人の意見を封殺するかや自分の主張をゴリ押しするかに終始して紛糾する事である。全員が議長の指示によく従い、落とし所探りながら意見を切磋琢磨させて1つにまとめることが出来れば、セッションとして成功したと言える。

 セッションとして成功していると、議長も含めて参加者全員が何らかの達成感を享受することが出来る。このセッション成功時に発生する達成感こそ、セッション固有の面白さである。会議としての成功は最終的に良質な意見が生まれる事であるが、セッションとしての成功はそれとは関係なく成立出来る事は重要なポイントである。セッションとしては成功したが、会議としては失敗だったという事もあり得るのだ。

セッションであってRPGで無い遊び
 先の事例をTRPGのセッションに置き換えると、セッションとしては大成功で全員が不満無く楽しめたが、全くRPGにはなっていなかったという遊び方が成立しうる事を意味している。ベン図で言えば③にあたる遊びである。

 セッションとして成立させる事はTRPGを楽しむ為の必要条件ではあるが、そこだけに注目しているとTRPGでは無い別の遊びになっていても案外気付かないのでは無いだろうか。勿論、遊びである以上、面白ければそれで良いのも事実である。が、せっかく高いルールブックを購入してTRPGで遊ぶ以上は、RPGとしての面白さを引き出せて居なければ勿体無いのも事実である。遊びとしては面白いが、ルルブの情報をいまいち遊びに活用できていないと感じているなら、一度RPGとして成立しているかについて考えてみても良いはずである。

RPG要素
 RPGとは、『ゲームを使ってストーリーを作る遊び』である。ゲーム要素は含んでいるが、ゲームとは根本的な部分が異なる遊びなのだ。ゲームの本質は、端的に言えば勝負である。ゲームのゴールは常に勝利か敗北だ。これは、トランプでも格闘ゲームでも、サッカーやテニスなどのスポーツでも同じである。

 一方で、RPGはどうか。一人用コンピューターRPGをイメージして貰えば判り易いが、この遊びのゴールはストーリーのエンディングへ到達する事である。コンピューターRPGにも、ゲーム要素はありゲームオーバーという一時的な敗北は存在するが、結局セーブポイントからまたストーリーを再開するだけの話である。勝負も楽しめるが、遊びの目的はストーリー(冒険の過程)そのものである。これがゲームとRPGの違いだ。遊びとしての目的が違っているのである。

RPG要素の面白さ
 RPGという遊びは、本質的にはストーリーの創作活動である。個人でのストーリー創作は骨の折れる作業であるが、これをキーパーやプレイヤーという形で分業化すれば手軽になり、更にゲーム要素を組み込む事で娯楽要素が追加される。こうして出来上がるのがRPGという遊びである。手軽に遊びながらストーリーを創作して楽しめるのである。

 もっと踏み込んで説明するなら、RPGではゲーム要素に含まれる"意思決定"シークエンスを、キャラクターに付加する事で、プレイヤーでは無くキャラクターのリアルな意思決定という物が再現出来る。ゲームシステムを使ってキャラクターにロールプレイ(演技)させる事が出来るのである。そして、キャラクターがリアルな意思決定を行い行動することで、キャラクターのストーリーが発生していく事になる。これがロールプレイングゲームのメカニクスである。

 大前提としてこのメカニクスが理解出来ていないと、RPGのロールプレイングとはプレイヤーが演技する事だと言う謎理論が発生する事になる。なりきり演技はプレイヤーにとって面白いかも知れないし、ストーリーを盛り上げる効果的な演出としても機能するがRPGという遊びの本質とは関係は無いという事は覚えておこう。一人用コンピューターRPGでいちいちなりきり演技をしながら遊ぶ人はいないはずだ。RPGの面白さは、ゲームを使うことでキャラクターにリアリティのある行動をさせる事にある。登場人物がリアリティのある決断や行動をとるとストーリーがより面白くなるという事は、映画や漫画や小説を通じて皆が知っている事実である。

RPG要素×セッション要素
 以上を踏まえると、本来のTRPGの遊び方という物が見えてくるはずだ。遊びの目的は全員で協力して、面白いストーリーを作る事である。

 ストーリーを面白くするには、まず各プレイヤーはロールプレイによって自分のキャラクターにリアリティのある行動をとらせる事が重要になる。これはRPG要素だ。上手にロールプレイを行うには、キャラのゲーム的特徴を理解し、活用手段を考える事が重要になる。

 そこにセッション要素が絡む。プレイヤー全員が自分のキャラクターのストーリーを展開させていく事に加えて、全体のストーリーをより面白くする為のパーツとして、各自のキャラクターを機能させて行くのである。ストーリーを盛り上げるには、どういう役回りのキャラクターが必要になるだろうか。全員が全員、似たようなキャラクターばかりでは勿論ストーリーは面白くならない。ヒーローキャラであったり、ライバルキャラであったり、ヒロインキャラであったり、油断ならない曲者キャラであったり、尊い犠牲者だって重要な役回りである。これを行うには、勿論キーパーも含めた参加者全員での協力が必要になる。また、全員で1つのストーリーを作っているというメタ視点も重要になる。

 こうして2つの要素が上手に噛み合えば、参加者全員にとって全く予測不能なストーリーが展開される事になる。そしてストーリーが面白くなればなるほど、そのストーリーに貢献した達成感も大きくなるのである。これがTRPG特有の面白みである。

補足:TRPGの障壁
 TRPGはコミュニケーションゲームであるとも言われる。セッション要素を含んでいるからだ。一般的なゲームでは、ボードゲームなどであってもコミュニケーション能力はそこまで必要とされない。お互いにゲームルールさえ守っていれば成立するからである。何故ならゲームは、基本的にルールに乗っ取った対立だからだ。一方でセッションは共同作業的な物なので、真逆の概念である。ゲーム的な面白さと、セッション的な面白さは両立が難しい物なのである。

 という事情から、TRPGをゲームの様に遊んでいると2重に弊害が出る事になる。そもそもゲームルールだけ守っていてもRPGという遊びは成立しない。RPGではボスに勝利する事よりも、ストーリーとなるその過程が重要になるだ。レースゲームであればショートカットは楽しい要素だが、RPGでショートカットが発生しても面白くなる要素は乏しい。

 また、セッションとしても成立し難くなる。本気でプレイヤーとキーパーが協力し合えば、ゲームとしての緊張感が削がれるだけであるし、参加者全員が本気でゲームに取り組めば、徹底的に自分の利益追求に専念するのは自然な話だ。セッションにおける共同作業的な達成感など生まれる余地は無い。ベン図で言えば、RPGでもセッションでも無いという④の領域の遊びになる。

 ただし、TRPGにおいてセッションを成立させやすくする為に、ゲーム要素を強めるというアプローチが取られる事は多々ある。確かにゲームに近づけば近付くほど、コミュニケーション障壁は低下する。ただし、同時にRPG要素も削がれる結果となる。そしてセッション要素とも本質的に相性は良くない。そこに生まれるのは中途半端なゲーム性を持ったセッション的な遊びである。
[PR]
by cemeteryprime | 2015-06-27 10:15 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

カテゴリ

作品・感想
雑記
日記
TRPG講座・考察

タグ

(117)
(46)
(27)
(27)
(25)
(22)
(19)
(17)
(15)
(11)
(9)
(9)
(8)
(6)
(5)
(5)
(4)
(4)
(3)
(3)

以前の記事

2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 09月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月