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カテゴリ:作品・感想( 129 )

【ドラマ感想】仮面ライダードライブ (~36話)

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 長らく溜めていた仮面ライダードライブをようやく観た。溜めていた理由はシンプルで、5話くらいまで観たものの、一向に面白くならなかったからだ。最近ネタ的な形ではあるがちょくちょく話題に上がるようになっていたので、試しにまとめて消化した次第である。

結論
 結論から言えば、仮面ライダードライブはいつの間にか面白くなっていた。ただし、個人的にはちょっと面白くなってきたなと感じたのは20話目からだ。なので、シリーズとしては正直オススメし難い作品である事も確かである。20話目までは、正直つまらない。序盤で観るのが苦痛になって迷っている人がいるなら、取り敢えず20話目まで頑張って観ることをオススメする。

テーマ
 今作のテーマは機械だ。敵はロイミュードと呼ばれる機械生命体で、AI的な要素が強い。近年、AI技術は急速に発達してきており、映画等でも人工知能の叛乱は再びホットなネタになって来ている。

 敵であるロイミュードの目的は進化だ。ただし、ロイミュード達は機械生命体とは言うものの、結局の所は機械である。生物では無いので、進化や成長をもたらす強い衝動や欲求という物を持っていないのである。そこでロイミュードは人間を欲望ごとコピーし、進化の切っ掛けを掴もうとする。結果的に人間の欲望に従って暴れ回り、社会に混乱をもたらす構図になる。

人工知能と欲望
 平成ライダーシリーズには、過去に人間の欲望をテーマにしたオーズという作品が存在している。今作は、機械という切り口から、改めて欲望というテーマについても語る形になっており、人工知能ネタという点でもなかなか面白いアイデアに感じる。思考は欲望から生じる。欲求を自給自足出来ない限り、AIの自己進化はあり得ない。

 映画『チャッピー』では、ロボットボディにAIを固定し擬似的に寿命を与える事でこの辺りの問題をクリアしていた。あの映画でもチャッピーが急成長し始めるのは、自身の寿命を認識してからである。死にたくないという強烈な欲求がチャッピーのAIを成長させていた。

第20話
 ロイミュードの場合は、この問題を人間をトレースすることで解決した。ロイミュードがコピー元に犯罪者をよく選ぶのは、衝動が強烈だからか、刑事ドラマという都合上の物なのかは判らない。第20話では仮面ライダーの正体を探るという都合上、ロイミュードは捜査チームのメンバーであるオタクをコピーした。その結果、無害なロイミュードが誕生してしまった。ただ能力的にロイミュードだったので、オタク案件でブチ切れてしまって事件を起こし正体が露見してしまうのだが。

 このエピソードは、人間を守る使命を持ったロイミュードであったチェイスの味方フラグを示唆する物なのだが、同時に先に述べたようにロイミュード自体に善悪は無く、進化の為に人間をトレースした結果、犯罪を引き起こしているという人工知能故の特性を明確に示している。それ故に、このエピソードが個人的にはターニングポイントとして感じている。また、この辺りからストーリー自体もシリアス寄りになり、ストーリーテリング的にも攻めた演出が増える。クリフハンガーで次週につないでおいて、次週の冒頭で肝心のそのシーンを飛ばす演出は結構好き。

仮面ライダー
 今作の仮面ライダーは車がモチーフである。どこか得体の知れない人工知能と対比させる形で、人間の相棒としての機械の象徴になっている。と思われる。仮面ライダードライブが、もはやライダーじゃなくてドライバーな事は当初から色々とツッコミが入っていたが、しばらく観ていてば意図的な物であったことが判る。なぜなら、バイクがモチーフな仮面ライダーもちゃんと登場するからである。

 登場する仮面ライダーは全部で3名だ。仮面ライダードライブ、仮面ライダーマッハ、仮面ライダーチェイサーで、ドライブ以外はバイクに乗って戦う正真正銘のライダーである。

二人のライダー
 マッハとチェイサーは、はっきりと過去の仮面ライダーらしさを踏襲したキャラクターになっている。チェイサーは、人間を守るという使命感の下に戦うロイミュードだ。人外であり、反逆者であり、人間の守護者である。1点新しいのは、彼が正真正銘の人外である点だろう。人間の守護者である事をプログラムされた機械生命体というのは、正義の味方の在り方としてはなかなか合理的で斬新かもしれない。

 マッハは復讐者タイプだ。彼の父親はロイミュードを誕生させる切っ掛けを作った研究者であり、その事実を未だ知らない姉を悲しませない為にも一刻も早くロイミュードを皆殺しにして、過去を精算しようとしている。マッハは、自分の信じる正義の為に戦っており、独断専行的で、他人の誤解も厭わない。ビジランテ的で平成ライダーっぽいライダーだと言える。全てのロイミュードを憎んでいるので、当然マッハはチェイサーにもちょくちょく襲い掛かるのである。

仮面ライダードライブという試み
 従来の仮面ライダー像は、上記の様にライダーである2名がきちんと踏襲している。では、ドライブはどういう新しいヒーロー像を構築しようとしているのだろうか。

 主人公は刑事で、仮面ライダーだ。過去にも仮面ライダー剣や仮面ライダー響鬼という、仮面ライダーを職業にしていた作品が存在していたが、今作の場合はあくまで警察としての活動の一環として、仮面ライダーを活用している点で異なっている。仮面ライダーアギトにおけるG3ユニットと扱い的には近い物がある。ただ、G3の場合と違って、あくまで主人公の目的は犯人逮捕であってロイミュード討伐では無い。

職業ライダーとしての面白さ
 仮面ライダードライブでは、敵が間接的な攻撃をして来る事が結構多い。心理攻撃や、警察組織に圧力を掛けたりという様な手法である。主人公が圧力を受けて謹慎処分になって変身禁止にされたり、犯罪者の汚名を着せられたりもする。こうした間接攻撃は、職業ライダー要素と親和性が高く、ストーリーをより面白くしていると感じる。

 これには、仮面ライダーとして変身した戦う時に敵に負けては駄目という様な無茶なスポンサー的要求が影響しているのでは無いかと考えている。ライダーとして無敵なら、人間部分を攻めるしか無いのだ。その点、ハッキリと社会にコミットしている職業ライダーは弱点が多い。人外で一匹狼なライダーではこういう面白さは難しいのでは無いだろうか。

 チームものとしての面白さや、コミカルな面白さも狙っているが、その辺りは正直イマイチな感が強い。
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by cemeteryprime | 2015-07-10 22:59 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】マッドマックス

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感想
 とにかく面白い。一言で表現するならサーカスやパレードの様な映画だ。とにかく画面が観ていて面白いのが良い。それでいて演出やストーリー描写も細やかだ。キャラも一人一人が活き活きとしている。テーマ性とエンターテイメント性と芸術性が見事に両立されている。

 兎に角、良く出来た映画であるという事は断言出来る。パッケージ的な絵面やコマーシャルの方向性を観ると、結構人を選ぶ作品に見えるが、実際は老若男女誰が見ても面白いバランスの作品になっている。よく出来た映画だというのはそういう事だ。映画には一部の観客にだけ強烈に刺さるタイプの作品という物も存在するが、この作品は違う。是非、観に行って見て欲しい。損はしないはずだ。

大まかなストーリー
 ストーリーはシンプルだ。フュリオサという女戦士が、叛乱を起こし産む機械として扱われている女性を連れてイモータン・ジョーという格好いいジジイが支配する街から脱走する。激しい逃走劇の末、フュリオサは目指していた故郷へと辿り着く。

 しかし、そこにかつての緑あふれる故郷の姿は無かった。フュリオサは、緑あふれる理想の場所を目指して更に遠くを目指して旅立とうとするが、そこで新たな道を示唆される。フュリオサが求める緑と水は逃げ出してきた街にこそ確実に存在している。

 フュリオサは、理想の場所を求めて逃げ出す勇気では無く、立ち向かい勝ち取る勇気こそが真に必要なのだと気付く。そしてフュリオサは、元来た道を引き返しイモータン・ジョーを倒し、街に王として凱旋する。

解説
 この作品のタイトルはマッドマックスであり、主人公マックスを軸にしたシリーズ作なのだが、先にも述べた様にストーリー的な主人公は女戦士のフュリオサである。邦題だとサブタイトルは『怒りのデスロード』となっているが原題では『フューリー・ロード』だ。フューリーには復讐の女神や、凶暴な女性という意味もあるらしい。

 この作品におけるマックスの役回りは、フュリオサの導き手である。どこにあるかも判らない理想の土地を求めて砂漠を彷徨う道を進みかけるフュリオサに、引き返して戦う道を示唆するのがマックスである。シリーズ物で、旧作の主人公がメンター的な役回りになるという事がそれほど珍しく無い。

 マックスを主人公と捉えると、フュリオサを主人公としたメインの枠組みが見えなくなってしまう。フュリオサは始めは逃亡者であり、罪人として追われ、旅の中で挫折を味わい、そこから再起して暴君を倒し、死にかけ、死の淵から蘇り、最後には王として街に帰還する。極めて神話的な力強いプロットを持ったストーリーであると言える。

 マックスにとっても、この旅路はフュリオサ程では無いにせよ幾らかは意味を持っている。マックスは過去の戦いで心を病んでおり、凶暴な動物同然になっている。それがフュリオサと同行し、共に戦う中で獣から戦士へと戻っていくのである。復活したマックスは、先達として迷うフュリオサを導き、フュリオサの復活に手を化し、フュリオサが王になったのを見届けて、街を去るのである。

テーマ
 この作品には明らかにフェミニズム的なテーマが含まれている。王位を簒奪する主人公は女性だし、倒されたイモータン・ジョーは極めて父権的な存在だ。イモータン・ジョーが築く秩序の中では女性は子供を増やす為の道具として明確に搾取されている。フュリオサが連れて逃げる女達の中には妊婦もいる。

 ただ、この作品で描かれるもっと大きなテーマは『戦うこと』だと個人的には考えている。マックスは戦う事で人間性を取り戻して行き、フュリオサは逃亡では無く戦う事を選択して王位を簒奪する。イモータン・ジョーも、自らハンドルを握って戦う格好いいジジイである。この戦いに経済的な損得などというチャチな理屈は存在しない。それぞれが秩序を回復させる為に戦っているのだ。
 
ウォーボーイズ
 この作品には、ウォーボーイズというハイテンションな白塗り軍団が登場する。ウォーボーイズとは、イモータン・ジョーに心頭し、戦って死ねば天国に行けると信じる若者たちである。ウォーボーイズは最高の音楽、最高のマシンに囲まれて喜んで死んでいく。彼らは秩序の為では無く、喜びの為に戦っている。それ故に本当に楽しそうに描かれているのだが、イモータン・ジョーに洗脳された可哀想な子供たちとしても描写されている。個人的には父権的な秩序に疑うこと無く組み込まれ、喜んで戦い早死していくウォーボーイズの姿はどうしても現代の社畜の姿がダブってしまう。Twitterなんかを見ていると、どうもウォーボーイズに同化してハイ担っている人がかなり多い様に見えるのがまた恐ろしい所である。
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by cemeteryprime | 2015-07-09 14:48 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】予告犯

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映画として
 冒頭に出るWOWOWの表示の時点でTVドラマの映画版かな?みたいな感じはするんだけど、実際に演出はあまり映画的では無い。何でもかんでもセリフで過剰に説明したり、演出もちょっとクドかったり。なので映画的な感動や面白さがあるかと聞かれれば、正直ちょっと微妙な所だ。期待しないで良い。

 そんな感じでストーリーテリングは微妙なのだが、ストーリーのテーマ自体はなかなか面白い。確かにこのテーマは映画では表現し難いのでは?という気はする。ただそれ故に、やむを得ず説明過多なテレビ的表現になってしまったのだとすると、ちょっと力不足感は否めない。

 ただし、丁寧にテーマを描いているという点では個人的には好感は持てた。最初から最後までテーマをブレずに一貫させているので、テーマ性とストーリー性は維持されていたと感じる。映画的な面白さには溢れていたが、脚本が糞過ぎてテーマ性だとかストーリー性を崩壊させていた『映画:新宿スワン』とは真逆な作品である。

テーマ性
 映画ポスターには、『正義か?悪か?』みたいな煽り文句が書いてあるんだけど、劇中では明確にその辺りのギミックは表層的なフェイクとして扱われている。この映画が本当に描いているのは、現代的な弱者の姿であり、悲劇性である。経済的にも社会的にも這い上がれず、尊厳まで踏みにじられて生まれた弱者が、ある種の最早一般人には理解できないレベルの異形として描かれている。

 このストーリーの面白さは弱い人間そのものをテーマに描いている事だろう。主人公の弱さ"も"描いた作品や、弱さを肯定する様な作品は珍しくもないが、ここまで弱さを一種の異形として前面的に描いた作品はなかなか無いのではなかろうか。少なくとも個人的には新鮮に感じた。

異形としての弱者
 この映画に登場する弱者は、基本的には理解不能な存在として描かれている。主人公や、主人公を庇って警察に逮捕されるバイト店員なんかがそうだ。彼らは自己犠牲じみた行動を見せる。その動機はヒロイックな物では無く、少しでも誰かの為に役立てるなら…という切実な承認欲求に近いものである。自己犠牲は本来であれば究極の利他的な選択であるはずが、彼らの場合は犠牲にする自己が恐ろしく軽いのだ。

 また、彼らは生まれつき特殊な人達では無いのもポイントである。かつては一般人だったのだ。同じ一般人に追い詰められ望まず異形と化した存在である点は只々悲しい。

主人公
 普通の映画における弱者的な立場は、むしろこれから逆転する為のカタルシスの布石である。この映画の場合は違う。ある程度、観客には理解しやすい様にヒロイックに共感しやすく描かれているが少なくとも劇中では最後まで主人公は理解されない異形として描いている。一番の理解者に見える一般人サイド代表の戸田恵梨香が演じる刑事を観ていればその辺りは良く分かる。同情はしてくれるが、理解はしてもらないのである。

 主人公は文字通り命がけで世間を騒がせるような大事件を起こすのだが、その理由は驚くほどに詰まらない物である。何故そんな事の為に、命まで捨てて行動できたのかは一般人には理解不能なのだが、理解不能であればあるほど主人公にとって自分の命の価値が低かったという話でもあり悲劇なのである。

 おそらく主人公はシンブンシのメンバーの中でも、飛び抜けて弱い人間だったのでは無いだろうか。タコ部屋での何が欲しいか語る場面でもそれは現れている。他のメンバーがある程度前向きな夢を持っているのに対して、主人公が欲しいのは友達だ。タコ部屋で主人公はそれらしきモノと出会い、事件を通じて念願の仲間を手に入れている。主人公は弱いからこそ死ぬ前に何か一つくらい誰かの為に何かを成し遂げたくてああいう行動に出たのでは無いだろうか。可哀想な死んだ友人の為にという目的を手に入れたのである。最後に自分だけ死んだのも、ヒロイックな行動では無くある種の弱さだと考えれば理解しやすい。実際、あの計画は主人公の計画である。主人公は計画を通じて、念願の友達と達成感を入手している。また、主人公には自分の計画に仲間を道連れにするほどの強い人間では無かったのだろう。

良かった点
 唯一の救いと感じたのは、主人公の行動が少なくとも行動を共にした仲間にとっての救済となった事である。彼らは主人公という犠牲を受け止め、人間的な尊厳の重みを取り戻した様に思える。希望的観測かもしれないが。

 シーンとして好きなのは、メタボという名前のキャラがタコ部屋のオーナーをぶん殴る場面だ。一番、オーナーに怯えて従順だったメタボが真っ先にブチ切れるあのシーンがあるだけでキャラの厚みが全然違って来る。方言が出るところもなかなか良いギミックである。

 凄いどうでも良いけど個人的に印象に残っているシーンとしては、栄養ドリンクの運搬車を茶番で足止めするシーン。シーンがどうとかいうより、単にロケ地が前に住んでた所のすぐ裏くらいの場所だったので見覚えがありまくりで印象に残っただけなのだが。映像的にはうつってないけど確か人材派遣会社の前あたりの道路じゃないかなとか。あの道を歩いてスーパーマルエツに行っていた思い出(どうでもいい)。
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by cemeteryprime | 2015-06-21 23:54 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】トゥモローランド

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ディズニー映画。レトロフューチャー的な絵面が云々という言説を見かけたので観に行ってみた。

ロリターミネーター
 この映画がどういう映画だったかと一言でまとめると、ロリターミネーター映画でした。よく判らんトゥモローランドとかいう異次元からターミネーターみたいなクソ強いアンドロイドが来るんだけど、外見がシュワルツェネッガーじゃなくてロリ少女。

 なるほど、そういうのもアリか!と素直に感心。この手のイマジネーションはむしろ日本人の十八番な感じがするが、基本は二次元なのでこうして実写でみるとちょっと新鮮だった。実際に結構ターミネーターを意識したアクションをやってくれるのも面白い。

ストーリー
 正直よく判らなかった。トゥモローランドっていうレトロフューチャー感のあるネバーランドみたいな異次元が存在していて、選ばれた人間だけがそこに呼ばれるみたいな世界観が基本的にあるっぽい。で、主人公の発明が原因でトゥモローランドが荒廃していって、それが切っ掛けで現実世界の方でも未来に対してディストピアなイマジネーションしか受信しなくなってしまった。

 多分そんな感じの話だとは思うんだけども、トゥモローランドと現実世界の関係性とか、それぞれの因果関係なんかがイマイチ判らなかった。唐突に何十日後かに地球が滅亡するみたいな話が出てきてたけど、あれは何だったんだろうか。結構、イメージ先行というかフワッとしたストーリーテリングなせいで理解しづらくて面白くない。そんな感じ。

主人公
 主人公のジョージ・クルーニー(役名は忘れた)は、まさに少年時代にレトロフューチャーな未来を夢想した人間で、ロリターミネーターに誘われてトゥモローランドに行くんだけど、その内にトゥモローランドを追放されて、中年になった現在はパラノイアっぽい天才発明家オジさんとして地球で引き篭もって暮らしている。追放された原因は、多分純真な少年からちょっと成長してロリターミネーターがロボじゃねーか!って事に気付いてブチ切れたんだろう(適当)。

ジャンルとヒロイン
 主人公が中年オッサンでヒロイン役がロリなロボット少女な辺りは、監督がロリコンなのか?と邪推させるには十分だ。また、主人公役がロリコンでギークで結婚出来ない感じのダメ人間じゃなくて、独身貴族感しか無いジョージ・クルーニーなのも疑念を加速させる材料である。

 但し、こうも考えられる。ロボ少女アテナは、レトロフューチャーの擬人化なのではないかと。いつまでも変わらず、少年時代の美しい初恋(多分)の思い出そのままの姿で居続けるヒロイン(ロボ)というのは、懐古趣味的で理想主義的なレトロフューチャーの本質を表していると言えなくもない。

考察
 トゥモローランドで映画を作れと言われた際のアプローチとして、レトロフューチャーそのものをどうストーリーとして表現すれば良いのだろうか。レトロフューチャー風のセットを使っても、絵面だけの話である。でも、レトロフューチャーを擬人化したヒロインを用意して、主人公とそのヒロインのドラマを描いたら?これは確かにレトロフューチャーについてのストーリーになる。

 そう考えると、個人的には割と納得度は高かった。世界観などはガバガバだし、ストーリー展開も訳の判らない部分も多いが、主人公とヒロインのドラマ以外は瑣末な事なのだ。なので、基本的にオススメはしない。ストーリーは面白く無いからだ。でも、レトロフューチャーを体現したロリターミネーターは観れる。映画を体現するキャラだけあって、完成度は高いし魅力的に描かれていると思う。ロボ少女とかが好きな人にとっては、多分ハズレでは無いはずなので観に行けばいいんじゃないだろうか(適当なまとめ)。
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by cemeteryprime | 2015-06-10 22:58 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】新宿スワン

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世界観
 舞台は新宿歌舞伎町。主人公たちの職業は水商売系のスカウト。仕事を求めて歌舞伎町にやってきた女の子をスカウトして就業先を斡旋したり、店から店への転職を斡旋したりして、紹介先の店からキックバックやスカウト料を受け取る感じである。

 より泥臭いしアンダーグラウンド感も強いが、企業のヘッドハンターの世界と基本的には同じだ。ジャンル的にはあまり世間一般に馴染みの無い職業を面白く描く業界モノという感じ。

面白さ
 基本的に風俗だとかキャバクラだとかの職業斡旋なので普通あまり良いイメージは持てないし、主人公のスタンスも最初はそんな感じ。ただそんな感じの主人公が、スカウトとして生きていく中でその世界のポジティヴな面や魅力的な側面が見えてくるみたいな構造を、しっかり説得力のある形でみせてくれる所は映画的に100点。街や登場人物たちは魅力的で、主人公が憧れるその世界の先達なんかもちゃんと格好良く見える。

 どのくらい魅力的かと言うと、映画を観終わった後にすぐに本屋に行って原作漫画を買ってみる程度には魅力的だった。原作的には4巻までの内容だったので、映画を観て気になった人は買って比べてみてもいいかもしれない。

駄目な所
 世界観やキャラの描写は良いんだけども、1本のストーリーとしてはかなり微妙。恐らく脚本の悪さが原因だと思うのだが、軸が弱くてストーリーが全体的に散らかっている印象。映画として新宿スワンの世界は魅力的に観せてもらえるんだけど、主人公のストーリーを観せて貰えないみたいな感じなのだ。

 特に脚本が酷いなと感じたのは、アゲハというキャラクターの絵本関連シーン全般。アゲハの心情を説明する為だけの架空の絵本を用意して、その絵本や朗読のシーンをいちいち挟むというクドすぎる演出は観ていてゲンナリした。正直、アゲハ役の沢尻エリカの演技だけでちゃんと成立しているので邪魔だなーとしか。また、説明だけの為に作られた不自然な絵本だから、内容が主人公が束の間の幸せな幻覚をみて最後に目が覚めて絶望して入水自殺するとかいうストーリーになってて、どういう絵本なんだよと。ここまで来るとノイズでしか無い。

 それ以外にも、やたらと回想シーンを被せてくる演出が多用されていて、しかもそれが説明臭い割には説明になっていないという。

原作との比較
 漫画原作と比較すると、映画版のストーリーテリングの下手さがより明確になる。クドすぎる絵本演出も映画オリジナルだった。

 原作の方は、割りと救いの無い世界ではあるがスカウトという仕事に対して胸を張れる様になりたいというその道での正義を目指す昔気質的な主人公と、所詮は金の為に働くんだからスカウトという仕事を利用してとことん汚い事でも何でもやって稼いでやるというヒデヨシ(ライバルキャラ)という二人の対比構造を軸にしたストーリーテリングになっている。

 映画の方は、ヒデヨシが全国制覇だとか言い出して暴走した挙句に最終的に破滅する話と、ヒデヨシが主人公に対してコンプレックスを抱いていたという話と、主人公にとって凄いポジティブに見えたスカウトの世界だけど実はネガティブな要素もありました(誰でも知ってる)という話が混在する感じ。

 映画版だと主人公とヒデヨシの関係性が、過去の因縁でヒデヨシが一方的に根に持っているだけでしか無くて、ライバルとして成立してないのが致命的な改悪な気がする。原作だと同じ会社で成績を競うスカウトとしてもライバルだし、汚い手段で主人公の業績を横取りしたり、主人公の顧客に覚醒剤を流したりなんかの経緯もあるから最後に破滅に向かうヒデヨシと主人公の対決が燃える訳で。ビルからビルに飛び移る下りも、原作だと明確に演出意図があったのに映画では無くなっていたのもビックリした。改悪したせいで対比構造になっていなかったせいだと思うが。あれじゃ単に主人公が馬鹿なだけじゃねーか。

結論
 基本的に登場人物は魅力的に描かれているので、俳優ファンであれば観に行って損は無いはず。一方で原作ファンには地雷が多いんじゃなかろうか。ただ、世界観はいい感じに描かれているので販促映画としては十分合格している気もする。
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by cemeteryprime | 2015-06-05 17:11 | 作品・感想 | Comments(0)

【書籍感想】メキシコ麻薬戦争

メキシコ麻薬戦争: アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱

ヨアン グリロ / 現代企画室

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概要
 町では生首が転がり、死体は吊るされ、警察が殺されまくるという世紀末状態らしいメキシコでは一体何が起こっていて、どういう経緯でそうなったのかというレポート。

 ナルコ(麻薬密輸人)が台頭してきた歴史や、武装化の背景、どういった経済基盤を持ち、国際的な麻薬市場とどう繋がっているのかなど細かく解説しており、メキシコだけじゃなくて中南米全体の麻薬・犯罪事情などが割りと良く分かる一冊。 コロンビアの麻薬戦争との絡みなども詳しいので、その辺りの事情に興味があるなら取り敢えず読んで損は無い。

歴史
 この本が素晴らしいのは現代のメキシコ麻薬戦争を解説する為に、メキシコと麻薬の歴史を19世紀まで遡った地点から解説してくれる点である(正確にはもっと以前も含まれるが)。なのでメキシコの事なんか全く知らなくても、歴史や地域性や住民気質まで丁寧に説明してくれる。単なる近年の麻薬戦争の経緯では無く、メキシコという土地と麻薬についての解説本なのである。

阿片
 遡ること19世紀。清朝政府は近代で最初に麻薬禁止令を出し。それに対抗して阿片を密輸しまくり最終的に軍事組織まで投入した元祖麻薬ギャングともいうべき存在はイギリスの東インド会社であった。アヘン戦争後、大量の中国人移民が鉄道建設の労働力(苦力)としてアメリカやメキシコに流入したが、アヘンも同時に流入したのだ。これは麻薬が昔から貧困労働者を蝕む存在であったことを示すエピソードでもあり、興味深い。

 意外な事にメキシコ初期のナルコは中華系であった。アヘン戦争は誰でも世界史で習うので知っているが、それがハッキリ現代の麻薬戦争まで直結する出来事であったと意識することはあまり無いだろう。現代では阿片中毒者という単語はあまり聞かないが、阿片から精製されるヘロインは現代でもキング・オブ・薬物である。

アメリカ
 メキシコの悲劇はアメリカという巨大な消費国と隣接していた点だろう。アメリカでアルコールが規制されれば酒の密輸が。ドラッグが規制されれば、麻薬の密輸産業が発展してしまう。アメリカに大量の消費者と需要が存在し、アメリカ国内で供給出来ない以上、市場原理的にメキシコで産業化せざるを得ないのだ。こうした構図があるので、麻薬撲滅はメキシコ内部で完結できる話では無い。ある意味、アメリカは法的な規制によってメキシコに間接的に麻薬産業をアウトソーシングさせていると言えなくも無い。本書で語られる、アメリカ政府とメキシコ政府の数々の麻薬撲滅運動の失敗を読めば、最近アメリカがマリファナ合法化に乗り出した経緯も理解できる。

文化
 麻薬マフィア絡みの音楽や映画に関しても色々と書かれていて面白い。ナルコは金持ちで見栄っ張りで金遣いが荒いので、パトロン的に色々な物に投資しているのだ。それ故に文化面でも色々な影響を持っている。一端のドンなら自分を称えるヒットソングの1つも持っているべき的な文化は特に面白い。一攫千金を夢見てマフィア組織の広告塔みたいになるミュージシャンは多いが、彼らは時折敵対マフィア組織によって蜂の巣にされる。何ともハードな世界である。

 宗教面も面白い。貧乏故に強盗や殺人や麻薬産業に走らざるを得ない人達にとっては、ド正論なキリスト教は救いにはならないのだ。貧困ゆえに誰よりも救いを求めているが、神は犯罪を認めてはくれないのだ。彼らには、命がけの犯罪の成功を祈る神がいるのだ。そうしたナルコ文化な宗教は、キリスト教と土着信仰や聖人崇拝の融合から新興宗教的に発生する。

中でも鎌を持った髑髏の女神、サンタ・ムエルテ信仰は面白い。アステカ伝来の髑髏信仰と地母神信仰なんかがキリスト教と融合した感じで、見た目的にも禍々しい。女神らしい骸骨をリカちゃん人形的に綺麗な衣装で飾るのだ。サンタ・ムエルテは死の女神である。サンタ・ムエルテ信仰はメキシコを飛び出して海外にも広がっているという。

犯罪
 本書では麻薬以外の犯罪も扱っている。麻薬マフィアの犯罪は多角化しているからだ。誘拐ビジネスだとか、みかじめ料ビジネスや、石油密売なんかも登場する。こうした犯罪がどういう形で機能し成立しているかなどが紹介されている。石油密売や誘拐ビジネス、みかじめ料などはISISなんかでも見受けられた犯罪だ。シチリアマフィアやヤクザなんかと比較してみても面白い部分である。
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by cemeteryprime | 2015-06-02 14:35 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】チャッピー

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世界観
 舞台は近未来の南アフリカ、ヨハネスブルグ。貧富の格差が拡大して犯罪者は増加、街は末法めいた様相を呈していた。あまりの治安の悪さに警察は、南アフリカの軍事企業が新開発した人型ロボット警官『スカウト』を導入する。スカウトには優秀なAIが搭載されていて、犯罪者のアジトへの突入作戦などの際に危険な先陣役を担当したりする。スカウトは一定の成功を収め、本格的に警察に採用されるようになり、海外からも注文が入る。

開発者
 しかし、開発者の青年には、もっと人間に近い高度なAIを実現したいという野心があった。好き嫌いや、芸術を理解する意識(心)を再現したいと考えていたのだ。が、基本的に警察任務のサポート用ロボにそんな機能は要らないだろと一蹴される。うちは軍事企業だから芸術ロボとか不要という当然の理屈である。仕方がないので、青年は自宅でAI作成に取り組むのだが、ある日それは完成する。青年は任務中に大破して廃棄処分が確定したスカウトにそのAIを入れてみて実験させてくれと申請するものの、損害保険の対象だから駄目だと却下される。

誕生
 仕方なしに、こっそりその大破したスカウトを盗み出し自宅で実験をしようとした所、運悪く帰宅途中にギャングの"ニンジャ"一味に拉致されてしまう。ニンジャ一味は、その地区との大物ギャングとの取引でヘマをやらかし1週間以内に大金を用意しないと殺すと脅されていた。銀行強盗や現金輸送車を襲いたいが、その為にはスカウトが邪魔になる。スカウトの開発者であれば、スカウトの機能をオフにするスイッチみたいなのを持っているはずだという理屈の犯行であった。スイッチ的な物など無いと分かると、開発者が車に積んでいた故障したスカウトを何とか使えないかと脅す。開発者は仕方無しとばかりに、ニンジャ一味のアジトで、意識AIをスカウトにインストールする。実験は成功するが、起動した意識を持つスカウトは、生まれたての赤子の様な状態で、小動物の様に怯えてばかり。ニンジャは使い物になんねーよとブチ切れるが、まだ赤ちゃん状態だからという開発者の言葉を聞き入れた、ニンジャの彼女は母親の様にスカウトに接し、チャッピーと名前を付ける。こうして誕生したのがチャッピーという心を持ったロボットであった。

ジャンル
 この映画には、警察ロボなスカウト以外にも、悪役として逆関節二脚で軍事兵器をしこたま積んだロボットなんかも登場する。ストーリー後半にはギャングVSチャッピーVS軍事ロボという派手なロボットアクションなんかも観れるのでそういうのが好きな人は期待して観に行って良い。一方でヒューマンドラマでもある。

ヒューマンドラマ
 チャッピーは、ロボットではあるがハッキリ人間のメタファーとして描かれる。芸術を理解する高尚な人間性を持つロボットになるべくして創られたチャッピーではあるが、ギャングに育てられた結果、スラムのチンピラそのものに成長してしまう。開発者から人間を攻撃したり犯罪は駄目だよと教えこまれ始めはそれを順守していたものの、生き抜く為にはロボットであるチャッピーですら金が必要だと判り、ヨハネスブルグでは他人から略奪するか野垂れ死ぬしか無いと理解したチャッピーは、育ての親のニンジャに唆され自覚的に犯罪者への道を進むのである。ロボットなので短期間でこうした人格的成長を遂げるので、昨日あった時には無垢な赤ちゃん状態だったのに次に会いに来たらギャングスタ状態になっていたチャッピーに面食らう開発者の姿なんかも面白い。

チャッピーの成長
 チャッピーの成長が最も加速するのは、自分の死期を悟った時である。チャッピーは元々廃棄処分予定だったボディで誕生した為に、故障でバッテリー交換などが不可能で数日で機能停止する状態だったのだ。それを知ったチャッピーは、自分の事を本当に大切に思ってくれていたなら、何で寿命があるこんな身体にしたんだと開発者をなじったりもする。この辺りは完全に人間そのものである。そして、死期を悟りながらも生き抜こうとあがき続けたチャッピーは、最終的には開発者でも成し得なかった、死を乗り越える為のブレイクスルーを発見するに至る。

まとめ
 僅か数日間の話なのだが、子供から大人への成長であったり、教育についてであったり、人間の進化の歴史であったりといったテーマを全力で駆け抜けていくのがチャッピーという作品なのだ。主人公はロボットだが、しっかりその心の成長が描かれるのである。また、チャッピーの周囲の人間がチャッピーに影響を受けていく様子も描かれていてとても良い。スーパーDQNなニンジャ夫妻の変化は特に好き。

 結構まじめなヒューマンドラマでもあるのだが、それを世紀末的なヨハネスブルグで展開してミサイルなんかも飛び交うロボットアクションと融合させているのが凄い。面白いので、是非観に行ってみよう。
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by cemeteryprime | 2015-05-30 10:19 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】ラン・オールナイト

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リーアム・ニーソン主演。普段はうだつの上がらないダメ親父なんだけど、怒ると凄い強いみたいなキャラは『96時間』以降の鉄板ネタみたいな感じがするが、この映画も案の定その系譜。但し、ダメ親父方向でキャラのメーターを振り切っている。

この映画の主人公、ジミー・コンロン(リーアム・ニーソン)はマフィアの元殺し屋だ。但しこのマフィア組織は、抗争なんかを繰り返す時期を乗り越えて、殆ど合法的なビジネスに切り替えている。なのでもう年齢的にも、現実的にも組織にジミーの仕事は無い。ジミーはマフィアのボスと親友で、ボスの右腕として何人も殺してきたのでその功績で面倒を見てもらっているが、仕事も無く毎日過去の殺人の罪悪感に悩まされアルコールに溺れるどうしようも無い日々を送っている。マフィアの雇った弁護士のお陰でブタ箱にこそ入れられて無いものの、思いっきり警察にもマフィアの殺し屋だということがバレている。そんな状態なので、息子がいるが当然の様に縁を切られている。

ジミーは、ダメ親父どころか殺人しか取り柄が無いが、最早その仕事をすることも無い状態で、更にマフィアの殺し屋の割にメンタルが弱くてアル中という本気でどうしようもないオッサンなのである。仕事は出来るが父親としてはダメ人間だとか、仕事は出来るがメンタルが弱くてアル中気味みたいなリーアム・ニーソンは観てきたが、ここまで全てが駄目なリーアム・ニーソンはなかなか観たことが無い。

そんなジミーが、なんだかんだでトラブルに巻き込まれて息子にとってのヒーローになる映画なのかと思いきやそうでも無いのがこの映画の面白い所だ。ジミーの唯一の特技『殺人』は、確かにトラブルに巻き込まれた事で遺憾なく発揮される事になるんだけど、これが完全に周囲に不幸を撒き散らす効果しか無いという。人を殺しまくって問題が解決して、ハッピーエンドになるわけが無いのは当然とも言えるが。要するにジミー・コンロンは唯一の特技が『殺人』という時点で、終わっているキャラなのだ。

そして、ジミーが殺しまくるのは今まで尽くしてきて、面倒も見てもらってきたマフィアの仲間たちである。ひょんな事から、ボスのDQNな不詳の息子が暴走してジミーの息子を殺そうとしたので咄嗟にジミーは殺してしまう。やっちまったもんは仕方が無いので、ボスに相談するとボスは明らかに自分の息子の自業自得なんだけども、それでも一人息子なので幾ら親友のジミーでも許せん!お前の息子を殺してからお前にも死んでもらってケジメを付けてもらうと言い出す。それでも何とかならないでしょうか?と交渉するも、ボスは引き去らがらない。だったら殺すしか無いじゃんと、ジミーは息子を守るために仲間だったマフィアを皆殺しにしていくのである。ジミーはこれまで家族や人生も捨てて、ボスに心頭し組織に尽くして来たのに最後はこういう悲惨な末路へと突入していく。

そんなジミーが唯一成し遂げれたは、息子には手を汚させないという1点のみ。俺の様にはなるなよという反面教師親父として、唯一出来る殺人で息子に振りかかる負債を精算して最後は…まぁ、言わずもがなな結末を迎えるのだ。この映画のジミーは最初から最後まで本当に格好良く無いのが凄い。とうに殺し屋を引退している上に、、足を撃たれたりするせいでヒョコヒョコ動いてて格好いいアクションだとかは無縁な感じ。

あまり宣伝とか観ないけど、普通に面白いのでリーアム・ニーソンが好きなら是非観に行って欲しい。冒頭でアメリカ映画でよく駄目な酔っぱらい老人がやらされてるサンタの子供からプレゼンと聞くバイトをリーアム・ニーソンがやらされてたり、とにかく駄目っぷりが面白い。
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by cemeteryprime | 2015-05-22 23:18 | 作品・感想 | Comments(0)

【漫画感想】マギ 25巻

マギ 25 (少年サンデーコミックス)

大高 忍 / 小学館

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『漫画感想:マギ 25巻』
待ちに待った煌帝国篇がようやくスタートした。前世の因縁話みたいなアルマトラン篇は個人的には、割とどうでも良かったのでマグノシュタット篇の後が長かった。アリババ君とアラジンのコンビの主人公コンビも好きなんだけど、アナザー主人公たる白龍とジュダルのコンビはもっと好きなので、二人が前面に出て活躍し始めて楽しい。

諸悪の根源で邪教のボスだけど、実の母親である練玉艶にマウントポジションからの顔面フルボッコをかます白龍君のアグレッシブな暴力シーンはカタルシスに満ちていて良かった。少年漫画の主人公に出来ない行動が許されるのが、アナザー主人公たる白龍君である。マギはたまにアグレッシブな暴力描写をぶっこんでくるので油断ならない。グロは無いんだけど、妙なエグさがある。皇后系のキャラが実は邪教の信徒で達人クラスの武術家だったパターンといえば、個人的には金庸の『鹿鼎記』を思い出す。あっちはもっと政治的な駆け引きの方が大きい感じだったけど。

久々に登場した白龍とジュダルのコンビの空白期間が、駆け足ではあるがきちんと描かれたのは嬉しい所。運命共同体感が増し相棒感が強まったので、より明確にアリババ&アラジンの正主人公コンビと対比構図がハッキリした印象。フラフラしていたジュダルはようやく落ち着き処を見つけた。アリババたちは説得する気まんまんだが、ここまで対照的な立ち位置である以上、マギという作品における最強の敵はこのコンビになるの違いない。というか、なってほしい。

今巻で改めて感じたのは、主人公コンビと反主人公コンビの両方が未だ成長途中であるという事。お互いに、明確なヴィジョンを確立しているとは言いがたく、悩み苦しみもがいている状況である。それに対して、完成された存在としてシンドバットと練紅炎がいる。この二人は方向性が真逆でちょうど対照的な立ち位置にいる。共に明確なヴィジョン(正義)を確立しており、どちらも非の打ち所の無いカリスマ的な王であり、人格的にも能力的にも優れ、民衆に支持されており、ヒーローとして完成されたキャラクターになっている。そして何より大人だ。

この二人の大人のヒーローは、圧倒的な正論であると同時にどこか納得のいかない部分を抱えた不穏な存在として若い主人公たちの目には写っている。並の少年漫画であれば、弱い主人公たちは彼らの様な存在に憧れ、修業をして認められて後継者になるのが関の山である。マギではそうはならないのが面白い。確かにド正論ではあるが、何か納得が出来ない部分がある以上、今はまだ答えが見つからなくても自分なりにその答えを見つける為に戦い続ける必要があるのだ。無条件で信用し従いたく存在ほど危険な物は無いのである。

この作品で描かれるのは、正義の模索と成長である。主人公の人間的な成長や、正義を実現する為の強さを獲得するタイプの外的な成長が描かれる少年漫画は多いが、このタイプの作品は少ない。正義の在り方を問う作品ならそこそこあるがたいていは大人向けコミックであり、主人公の成長も同時に描く作品は極めて希少だろう。ヒーローを描いた作品だと、最近だとヒーローアカデミアなんかが面白い作品だが、あれとて目指すべきヒーロー像は既に確立されており、描かれるのは主人公の人間としての成長で、正義の在り方を問うようなタイプの作品では無い。マギはそういう点で個性的である。ヒーロー漫画が好きなら読んでみて損はないはずだ。
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by cemeteryprime | 2015-04-25 12:51 | 作品・感想 | Comments(0)

【書籍感想】荒木飛呂彦の漫画術

荒木飛呂彦の漫画術 (集英社新書)

荒木 飛呂彦 / 集英社

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タイトルは漫画術ではあるがハウツー本というよりは、荒木飛呂彦本人による自作の解説本。なので、荒木ファンなら絶対に買って損は無いはずである。

荒木先生は、もっと感覚的に描いてる人なのかと思ってたけど、理論派というかしっかりエンタメ哲学を持ってストーリーとかアートを構成しているタイプの作家だったようだ。過去の自作を参照しつつ、そうした方法論を、これはどういう意図で配置したイラストであるとか、これを表現する為に具体的にこういう手法を使ったとかを細かく解説してくれる内容になっている。

「この方法がベストです。」みたいな語り口では無く、ハッキリと自分の哲学を明確にした上でそれを実行する為にこういう手法を取っているという紹介形式になっている。どういう障害にぶち当たって、どういう経緯でその手法に行き着いたかとかも丁寧に書かれているので読み物としてもとても面白い。これを読むと改めて荒木作品を読み返したくなるのも、本書の素晴らしい点である。要するに作者本人による、これ以上ない副読本だ。

個人的に面白いなと感じたのは、最初に細かいキャラクターシートを作ってから、ストーリーは考えずにキャラを困難な状況に放り込んでその反応からストーリーを発生させていくという手法を取っている点。結構TRPGの遊び方に似ている。荒木先生はキャラシじゃなくて、身上調査書と呼んでいるみたいだが、項目が並のキャラシどころではない詳細さでビビる。

シナリオ上のエンタメ哲学としては、常にプラスプラスプラスで行けってのはなかなか興味深かった。1回上げた後は落としてみたくなるものだが、どうせマイナスの後にプラスが来て±0になるなら退屈なのでやるべきではないというのは鋭い指摘だ。それを回避する為にジョジョは主人公を定期的に代替わりさせてるというのは納得の理由である。

一番面白かったのは漫画におけるイラスト面の方法論。何を描くべきかとか、どういう要素に注意して訓練すべきかとか、漫画特有の絵画表現とか演出について具体的に解説している。上手なイラストの描き方とはちょっと異なる、漫画に求められる絵の役割に特化した感じで興味深い。荒木先生の絵についての様々な哲学とか、漫画イラストに必要になる戦略も書かれているので並みのハウツー本よりは余程参考になるのでは無かろうか。先生はこの方法論はあくまで自分なりの漫画の王道であって、漫画家を目指すなら自分なりの黄金の道を探すべきであるが、地図程度には参考にしてくれというスタンスみたいだけど。

コマ割りだとか、ペン先みたいな要素については殆ど割愛して好きにせいやとしているが、原稿用紙については、そこそこ良い紙じゃないと安い物はすぐに劣化したり色落ちするぞとアドバイスしているのが面白い。今でもアナログ作業に拘っている先生らしいアドバイス。デッサンの重要性とかの細かい話もある程度は書かれていて、関節イラストみたいなのも載っている。基礎のパーツバランスさえ取れていれば、ほらちょっと捻じればジョジョ立ち!みたいなのもあって笑った。

本書が読み物として普通に面白いのは、エンタメについての哲学があって、台詞回し等にも方法論があるからこそなのかなとか思ったり。創作の手の内を明かしますの謳い文句の通り、本当に創作に関する哲学を開示しているので荒木飛呂彦ファンでなくても読んで面白いはずである。
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by cemeteryprime | 2015-04-23 15:03 | 作品・感想 | Comments(0)

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