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カテゴリ:雑記( 86 )

【雑記】ヒュラスとニンフたち

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先日、マンチェスター市立美術館が、MeToo運動などを受けて、『ヒュラスとニンフたち』という絵がエロいので撤去という記事がTwitterで流れて来た。こういう女性をエロいものとして扱う表現は、時代遅れであるみたいな美術館の判断があったらしいという話であった。

MeToo運動を受けてのF-1のレースクイーン(正確にはグリットガール?知らんけども)廃止の話も記憶に新しい中でのニュースだったので、またかよ!死ねよ!みたいな意見の方が大部分を占めていたような気はする。

そもそも1896年の絵に対して、表現が時代遅れも糞も無いし、そんなことを言いだしたら美術館に展示されている絵なんて全部、表現が時代遅れじゃないの?みたいな疑問は当然あるわけだが…。

議論を呼ぶ為のパフォーマンス

あまりにも分かりやすくなんじゃそりゃな話なので、色んな批判的な意見が飛び交っていたが、その後で実は、絵が撤去される様子の動画を展示すること込みでの、議論を呼ぶ為のパフォーマンスだったらしい事が判明した。

それを受けて、美術館への批判的なコメントを削除している人もいた。こうした議論を呼ぶ為に敢えてね…みたいな炎上を狙ったパフォーマンスは、現代アート的な文脈では珍しくないらしい。

ただ、敢えてパフォーマンスをするまでもなく、この手の議論を引き起こす出来事は最近は頻発している。そんな最中に、敢えて後から便乗する意味はあるのだろうか?議論されてない現状に憂慮して一石を投じたならともかく、完全に世論の後追いである。

冷静に考えれば、美術館が敢えてやったとするなら、それはMeTooに便乗して表現に対する弾圧をするなやボケという意図があったのは明確で、議論を喚起する為というよりは、ポリコレに便乗するバーバリアンを攻撃する為の燃料投下でしかなかった様に思える。

美術館の姿勢としては正しいとも思えるが、ストレートに文句を言えば良いものを、若干嫌らしい手法をとったなという印象は否めない。

エロと芸術

ただ、このニュースで1つ気付かされた事がある。この『ヒュラスとニンフたち』という絵が、確かにエロいなという事だ。

男が一人で温泉に入ってたら女子大生の集団が入って来て…的なAV(漫画とかでも割とあるが)と、冷静に考えると似たようなエロいシチュエーションを描いているのでは?という。

だから何だよと言われるかもしれないが、今も昔もそういう似たようなシチュエーションがエロいなと思われて消費されているという事実は、よくよく考えると興味深くは無いだろうか。

昔の人は何をエロいと感じていたのだろうかという疑問と、昔の人は何を信仰していたのか、何を正しいと思っていたのか、何を美徳だと感じていたのか、という疑問は、本質的には差が無いと個人的には思う。それを踏まえると、エロさの追求も人間性の追求の一部であり、芸術の範疇だろう。

また、人の心を掴む画を製作するという目的において、確実に人の心に強く訴えかけるであろうエロという要素を活用する姿勢は、プロとしてはむしろ当然と言えるかもしれない。美しいだけの絵と、美しくてエロい絵なら、一般的には後者の方が強く人の心を掴むはずではなかろうか。

エロではなく恐怖に着目した、怖い絵展とかいうやつが最近あったが、こうした事件がきっかけでエロい絵展なんかもそのうち開催されるかもしれないなと思ったり。読んではいないが、エロ漫画表現史みたいな本が最近出版されているみたいだし、エロへの批判と同時に改めてエロについての認識が深彫りされている気もする。

結果的に

『ヒュラスとニンフたち』とMeTooを絡めた問題提起は、芸術とエロについて改めて考えるきっかけになった。F-1問題では、こうした考察は発生しなかったはずだ。

とは言え、やっぱりマンチェスター市立美術館のやり方は炎上による宣伝効果狙いの悪質な便乗だとは思う。社会的に意義のあるテーマこそ、胸を張ってもっと正々堂々と主張すれば良いのにとは思うが、バズらないと始まらないのが現代社会の悲しい所だと考えるべきなのか。


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by cemeteryprime | 2018-02-04 13:40 | 雑記 | Comments(0)

【雑記】ヒロインとライバル

イカしたヒロイン

個人的に空気にならないイケてるヒロイン像というものがある。それは、勝ち気でトラブルメイカーなヒロインである。

最近観た映画だと、バーフバリのデーヴァセーナ姫は正にそのタイプだった。デーヴァセーナは、武芸を好む勝ち気なお姫様で、少なくとも自分より強い相手じゃないと結婚したくない!というタイプだ。バーフバリは武芸の達人であり、更に腰の低いナイスガイだったので理想の相手だ。しかし、バーフバリはデーヴァセーナとの結婚が原因で、国王代理をしている義理の母に背く事になり、時期王の座を失ったばかりか、縁を切る羽目になる。しかし、その結果、民衆の中で暮らし逆に偉大な王としての徳を高めてゆくことになり、その徳はバーフバリ(息子)に引き継がれることになるのである。

デーヴァセーナは、私と王位のどっちをとるの?私と母親のどっちをとるの?私と法律どっちをとるの?みたいな究極の選択をガシガシぶつけて来る。そして、それに対してバーフバリはウダウダ悩まずにスパッと答えを出すので余計に格好良く見えるのだ。

こんな感じでデーヴァセーナは、バーフバリを苦境に追い込むのだが、それによってバーフバリの男前度は更に上昇し、試練が彼を更に強くするのである。バーフバリJr,ことシヴドゥの恋人サンガもデーヴァセーナほど強烈ではないが、男勝りな戦うヒロインで、シヴドゥを戦いに誘う役割を担っている。

勝ち気でトラブルメイカータイプのヒロインというのは、主人公を戦いに誘い、苦境に追い込む。しかしその結果、主人公は己の弱点を認識し成長するのである。

単に主人公を励まし受け入れてくれる都合の良いだけのヒロインと、トラブルを引き起こしまくるヒロイン、どちらがより主人公の魅力を引き出し、ストーリーを面白くする存在であるかは言うまでもなかろう。トラブルメイカータイプのヒロインこそイケてるヒロインであるというのは、そういう理由である。

この手のヒロインは、恐らく現実的には面倒くさそうなので関わりたくないが、ストーリー的には魅力的というタイプである。多分、作者がヒロインに自分の理想女性像を投影してしまうとこういうタイプにはならないのではなかろうか。あくまでストーリー上の都合による理想のヒロインという感じである。また、こうしたタイプをヒロインにするには、この面倒くささを上回る魅力を与えないといけないので、それなりの技量も必要になるだろう。

ちなみに私が大好きな金庸先生の武侠小説に出てくるヒロインもこのタイプが多い。勝ち気なトラブルメイカーだけではなく、世間知らずで天然なトラブルメイカーだとか、主人公の気を引きたくてわざとトラブルを引き起こすサディスティックなタイプとか、主人公の為に気を利かして余計なことをするタイプだとか、師匠みたいな感じで試練を化して来るタイプだとか、金庸先生はトラブルメイカータイプのヒロインにも色々あるんだなという事を教えてくれる。

トラブルメイカータイプというと聞こえが悪いが、何か使命を持って戦うヒロインというのも勿論これに含まれる。戦うヒロインがノーマルモードだとしたら、次々とトラブルを引き起こすトラブルメイカーヒロインはハードモードという感じだ。

イカしたライバル

こうしたヒロインの役割はよくよく考えると、実質的にはライバルと同じである事が分かる。魅力的なライバルというものは、主人公の弱点を付き、苦境へと導く存在である。ライバルの場合は、基本的には悪意や敵意からの行為という違いはあるが、結果的に主人公を成長させる役割を担っているという点は同じである。

ライバルキャラが味方になった途端に魅力を失う場合があるのは、こうした主人公を苦境に追い込むという機能も同時に喪失しがちだからだろう。味方にはなったが、主人公に試練を課して来たリ、トラブルを招いたりするような役割を維持することができれば、こういう問題も上手く回避できるかもしれない。

ヒロイン以外の仲間も、トラブルを引き起こさないよりは、どんどん引き起こす方が良いに違いない。性格的に欠陥があり、いつもトラブルを呼び込むがどこか憎めないタイプのキャラクターが仲間にいることは多い。お金に目が無かったり、女性に目が無くて、危険な仕事を引き受けてしまうタイプだ。

そういえば、GS美神という漫画(これも大好きな作品である)は主人公が美神さんと横島くんで実質2人な上に、どっちもトラブルメイカーだった。美神さんは主人公とヒロインを兼任しているし、横島くんは主人公とトラブルメイカーな三枚目を兼任しているという稀有な(そして最高な)作品である。

ストーリーの解剖学

ライバルやヒロインに関わらず、ストーリー的に意味がある、存在感があるキャラクターというのは、結局の所は主人公に試練をもたらす存在であるという事なのかもしれない。

また、この法則はキャラクターだけではなく、イベントにも適用できる。主人公に何の成長のきっかけも作らないイベントというのは、結局の所は無くても良いイベントであって、ストーリー的にはあまり意味が無いとも言える。

…みたいなことを、『ストーリーの解剖学』という本を読んでいて改めて気付かされたので書いてみた。ちなみにこの本では、ストーリーに必要なのは変化は変化でも、主人公の内面性(道徳観)の変化(=成長)であるといっている。成長と呼ぶとポジティブなイメージがあるが、目的は手段を正当化しないという道徳観から目的の為には手段は選んでられないという道徳観への転向も立派な変化である。

ちなみに『ストーリーの解剖学』は、一通りシナリオロジックを理解している人向けの読み物という感じの内容で、入門ガイドの様な読みやすさや使いやすさは無いので、特におすすめはしない。


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by cemeteryprime | 2018-01-27 10:39 | 雑記 | Comments(0)

【TRPG/雑記】コンテンツ消費における国民性とRPG

私はよくコンテンツ(書籍やゲームや映画やその他のエンターテイメントを含む情報)を食べ物に例える。食事とコンテンツはどちらも消費するものであり、生きる上で必要だから消費するという事情(必須カロリーor基礎教養)と同時に、楽しむために消費するという側面を持っている。

大袈裟に言えば、生きるということは食べると同義であり、何をどう食べるかという指針は、人生をどう生きるかという指針にすら派生する。故に、何をどう楽しむかというコンテンツ消費の指針にも影響するのである。

食文化におけるおもてなし

コンテンツの消費スタイルを考える上で、1つ注目してみると面白いかもしれないと思ったものが、食文化における国民性である。

先日、TVを見ていたらコソボがクロアチアから観光事業における日本人誘致のノウハウを学ぶという番組をやっていた。クロアチアは近年、日本からの観光客が増えているらしい。そこでのクロアチアの観光業者のアドバイスに1つ興味深いものがあった。

それはざっくりとまとめると『日本人は出された食事を残すのを嫌うので、量は多過ぎないこと。少しづつ色んな種類を出すのがベター。』という内容だった。わざわざこうしたアドバイスをするということは、クロアチアやコソボには、「食べきれないくらいに沢山料理を出すのが贅沢であり、おもてなしである」という食文化が存在するのだろう。

例えば中国なんかでも、満足しましたのサインとして食事を残すという文化があると聞く。綺麗に食べきるのは、まだ満足していないので、もっと持ってこい(量が足りないぞ)というサインになるのだとか。

こうした海外の食文化には、おもてなしの作法として、とにかく相手にボリュームが足りなかったと思わせないようにしようにしなければという思想が汲み取れる。現代の食糧事情から考えると、質にこだわらず量を出すことは、そこまで難しくないのでいまいち贅沢感は薄い気が、昔は食糧の入手コストが安く無かった中でも出来るだけ量を多く提供しようという心意気がおもてなしだった、その名残りだろう。

考えてみると確かに味に関しては、特に多民族が共存している国の場合は、味の好みを把握することはかなり困難である。なので『美味しい食事』を提供する上での限界は認識しやすかったのかも知れないが、一方で量的な満足感に関しては予算と心意気次第でいくらでも努力は出来る。そういう事情があると、取りあえず沢山出しとくからその中から好きなものを選んで満腹になってくれれば良いという発想になるのは不思議ではない。

一方、日本の場合は出されたものは残さず食べるという美徳が存在する。これは個人的な想像ではあるが、日本の場合、食糧の入手コストが安く無かったという事情は同じだが、海外と異なり文化的な多様性や流動性は低かったので、『美味しさ』の方向性の限界はあまり意識されなかったのでは無かろうか。その結果、乏しい食糧を出来るだけ美味しく調理するという方向性に進化したのでは無かろうか。現代においても美味しさに関して『とろけるくらいに柔らかい』だとか『生で食べても甘い』が至高みたいな、固定観念はよく見かける。

美味しさの方向性がある程度担保されているので、量を求めなかったのだ。

コンテンツにおけるおもてなし

では、本題のコンテンツ消費に関する国民性に戻ろう。基本的にはコンテンツ消費に関しては、海外ではボリュームが、日本においてはボリュームより質が第一に求められるのでは無いかという話である。

最近、スカイリムSEとフォールアウト4という海外製RPGをプレイしているのだが、これらのゲームはとにかく分量が多く、そのジャンルにおける要素の百貨店といった様相を呈している。スカイリムやフォールアウトが提供するものは、言ってみれば、百貨店のデパ地下でやる時間無制限のバイキングみたいなものである。とにかく何でもあるので、好きなだけ居座って、好きなものを気の済むまで食べてくれというスタイルだ。

一方、日本の場合は、高いコース料理の様なスタイルが選択された。基本的に一本道で、出されたものを順番に消費する。日本のゲームは一本道と揶揄されがちだが、一方でストーリーのクオリティは評価されていたりする。

食糧と同じか、もしくはそれ以上にコンテンツのボリュームを増すのは金が掛かるので、その制約の中でどうおもてなしするかという部分で、基本的には同じ様な現象が起こる。

多様性が高い海外においてはバイキング形式でボリューム面を進化させ、日本ではコース形式でクオリティ面を進化させた。

コンテンツのボリューム

しかし、コンテンツと食事で異なる部分が1つある。特にゲームでそれが顕著だが、コンテンツの消費は食事と違って物理的な限界が薄いのである(時間的な限界はあるが)。近年では、技術的進歩もあってゲームのボリュームは増加傾向にある。

バイキング形式の場合、ボリュームが増せば増すほど単純にバイキング形式としてのクオリティは上がる。一方、コース形式でボリュームを増そうとすると、自然と糞長い一本道と化してしまう。これは共通の世界観(マーベルユニバースみたいな)を舞台にした全5巻くらいのタイトルが20作品提供されるのと、全100巻の1タイトルの作品を提供されるのと違いみたいなもので、後者は圧倒的に客層を選んでしまうし、完走できずに途中でダレてしまえば中途半端感も強くなる。コース形式は、ボリューム増加に対する拡張性が構造的に低いのである。

また、先の例で言えば、全5巻の作品を書ける作家を20人集めるのと、全100巻の作品を書ける作家を1人集めるのでは、供給サイド的にも圧倒的に難易度が異なって来る。プロジェクトの構造としても、前者はボリュームアップしやすいという利点があるように思える。

バイキング形式と日本人

海外RPGに馴染めない日本人ゲーマーというのは一定数いる。思うに、出されたものは残さず食べるという思想に縛られすぎているせいで、気ままにバイキングをするタイプの贅沢を享受しにくいのかもしれない。

TRPGを遊ぶ際にも、正解ルートだったかとか、シナリオ回収率をやたらと気にするプレイヤーは珍しくない。個人的にはRPGは自由にストーリーを作って遊ぶゲームだと考えているので、そこに拘るのはゲームの主旨から外れている様に感じるのだが、それでも自分がプレイヤーとして遊ぶ際には何となく見逃した要素は無かったのだろうか?とかつい考えてしまったりする。

まぁ、もっとより良い方法があったのでは?という懸念は人生にはつきものだし、貰い忘れは無かっただろうかという不安もコンテンツ消費における国民性というよりは単なる貧乏性だと言えなくも無いが。

おもてなしの精神について

自分が考える厳選された美味い料理を残さず相手に食べさせるのでは無く、好きなモノを好きなだけ相手が選んで食べられる環境を提供する。こうした消費における哲学は、グローバル化や多様化が進行した現代環境ではより好ましい様に思える。

とは言え、日本においては未だに前者の思想が蔓延っている様に思える。消費の多様性が存在する環境下では、美味しさの追求とは、クオリティの追求というよりも、作家性の追求という要素が大きい。

勿論、エンターテイメントにはメディア毎に共通の文法が存在するので、単純にクオリティを追求することも可能ではあるのだが、TRPGの場合だと大抵の場合、調理の腕はアマチュアレベルなのに、シェフが独自に味を追求したメニューを提供してくる事が多い。というか、それが一般的である。つまみ食いレベルなら、風変りな味でも新鮮味があって構わないかもだが、合わない料理のコースメニューをフルで提供された場合は、二度とその店には行きたくなくなる事は必至である。

極端な言い方をするなら、ジャングルの原住民が歓待と称してイモムシの丸焼きを提供してくるみたいなもんである。原住民の場合は、相手が自分たちと同じものを食べるかどうかで分かりあえるかどうかを測る意味合いがあるだろうが、単純に楽しく遊びたい時にそうしたテストを受ける筋合いはあるまい。それ故に、コンテンツにおけるおもてなしの精神というものも考えてみる必要がある。

TRPGの場合

カレーを提供すると看板を上げた店に来てみたのに、究極の納豆カレー1品しかありません。みたいな事態は避けるべきだが、現状では割とまかり通りがちだ。そうなった時、店が悪いのか、期待する方が悪いのか。運良く納豆カレーが好きだった場合は幸運だが、大抵の場合は他のカレーが食べたかったんだけどな…とか、納豆が嫌いなんだが…と思いつつも、店主が目の前にいるので渋々食べる羽目になるのである。

しかしながら、こうした構造は普段あまり意識されることはない。TRPGをやった際に、即座にコンテンツ消費における国民性やおもてなしスタイルがどうのこうのと議論する人がいれば異常者の類だろう。

TRPGの場合は、もはやコンテンツではなくコミュニケーションを求めろみたいな説もある。食事では無く店の雰囲気だとかマスターとのお喋り(文字通り)を楽しめみたいなオシャレなBarスタイルである。コミュニケーションに飢えた人ならそれでもいいかもしれないが、こっちはコンテンツを食べに来てるんだという客からすればたまったもんでは無い話ではある。

スカイリムやフォールアウトがそうだが、海外製のRPGは、そのジャンルで客が欲しがりそうなものをとにかく沢山用意してやるという思想が背景にある。多様性のある消費環境下における、おもてなしスタイルである。それ故に、海外RPGのシナリオというモノは資料やイベントの詰め合わせの様相を呈しており、所謂日本人がイメージするシナリオ(ストーリー)の形にはなっていない。こういうコンセプトのバイキング形式ですという説明と、置いてある料理の内容が並んでいるだけだ。

逆にストーリーの形がはっきり見えるシナリオというのは、所謂コースメニューに他ならない。こういうコースになっておりますと、事前にメニュー表を見せてもらえるならまだいいが、ネタバレ厳禁等で大抵の場合は教えてもらえない。中途半端なシェフほど、コースメニューの構築に心血を注ぐ。客を最後まで楽しませる為のコースの構築というものは繊細な作業なのだ。そのコースは、本格中華かもしれないし、本格和食かもしれない。でも、客が中華が好きじゃなかったらどうするつもりだろうか。

同じ様に労力を注ぐなら、コース構築ではなく、メニューを増やしてみてはどうだろうか。寿司があれば、餃子もある、カレーもある、ピザもあるといった感じで。イベントの引き出しを増やすのである。その客がピザが好きだと判ったら、イタリアンのメニューを増やしておく。コース料理の場合は、1カ所を弄れば全体のバランス修正を加える羽目になるので拡張性が低いが、バイキング形式なら無限の拡張性がある。100本のストーリーを用意しても、結局遊ぶのはその内の1つだけである。だったら、100個のイベントを用意してやって選ばせてやれば確実に客の満足度は高くなるだろう。

どちらが望ましいおもてなしの形かは言うまでもあるまい。


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by cemeteryprime | 2017-12-21 19:24 | 雑記 | Comments(0)

【ラクガキ】邪神像

クトゥルフ像と見せかけた、貞子っぽい女神の像。
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by cemeteryprime | 2017-11-06 20:43 | 雑記 | Comments(0)

【創作】NPCカード

NPCのイラストカードを、モンタージュ形式で作ってみる遊び。

まずは適当に数人分のイラストを描く。で、その際にパーツを大雑把に、輪郭、目元、鼻、口、髭、頭髪、ボディに分ける。

この時、1つの作品からキャラを抽出すれとある程度、キャラがバラける。
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こんな感じに8人分のパーツが出来た(一部被っているが)。この方式でイラストを描いてストックしておくと、ある程度パーツが揃えば、適当に組み替えることで新しいキャライラストを生成していける。試しに適当に組み替えてみよう。こんな感じ。
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by cemeteryprime | 2017-10-23 22:22 | 雑記 | Comments(0)

【雑記】カインとアベルの話

ネットフリックスのドラマ、ルーク・ケイジを観ていて、ふとカインとアベルに関して気付いたことがある。

ちなみに、ルーク・ケイジは邪悪で弟に嫉妬する腹違いの兄とクライマックスで対決する話である。兄弟の父親が牧師だったという設定もあって、カインとアベルの話も出て来る。

カインとアベルの不思議

で、カインとアベルの話に戻るが、聖書ではカインは嫉妬から弟を殺した罪人でという事になっている。でも、果たして最初からそういう話だったのだろうか。というのも、ルーク・ケイジの様な兄弟が殺し合う話の場合、基本的には弟に嫉妬する兄が邪悪な人物で、善玉の弟が絡まれた挙句に最後に足を倒す話が一般的だからだ。

ジャギやラオウに絡まれるケンシロウ然り、メタルギア・ソリッド然り、猿の惑星のシーザーとコバの関係もある意味では愛された弟と愛されなかった兄である。

なので、戦いに勝ったカインの方が嫉妬に駆られた悪人であるという設定は、物語(エンタメ)の王道からはズレている様にも思える。聖書も含めて、神話というものはエンタメの王道の宝庫である。王道だからこそストーリーとして残り続けているのである。でも、カインとアベルの話に関しては明らかに王道からズレている。そこが不思議だ。

マーベルのロキ()とソー()だったり、からくりサーカスの白金()と白銀()みたいな感じで、弟の方が邪悪なパターンもあるが、これはどっちかというとカインとアベルの影響の様な気もする。ただ、この場合においても、兄弟の関係は入れ替わっているが、それでも倒されるのは善玉ではなく悪玉の方である。史実ならともかく、悪玉が善玉を殺して終わる話というのは、普通はあり得ない。

なぜ善玉が倒されたのか

カインとアベルの物語の場合、アベルは遊牧民でカインは農耕民である。アベルはカインに殺されてあっさり退場するのに対して、カインの子孫は鋳金を発明したり、演奏を発明したりと、明らかに悪人として追放されたカインの方に文化神的な側面がある。

確かにカインは兄弟殺しという罪を背負っているものの、文化神的なヒーローとしての属性を持っている。物語としては、アベル側をより邪悪に描いて、カイン側がやむ負えず原罪を背負った悲劇のヒーローとして描くべきでは無かったのだろうか。

こうした捻じれの理由としては、1つには殺人は駄目絶対という倫理的な要素が関係しているのかもしれない。もしくは、文化=悪で自然=善という思想が影響しているのかもしれない。

もしくはキリスト教原理主義者からすると、カインとアベルの話は史実なので善玉が悪玉に殺されて終わるという、現実にありふれた話は大いにあり得る事なのかもしれないが。

エンタメ版カインとアベル

王道に従うならこんな話になるのでは無かろうか。

兄貴のアベルは、ワイルドなカウボーイ(遊牧民)系の男で喧嘩にも強く女にもモテる。一方の、弟のカインは頭は良いが堅物で辛抱強い農民系だ。

父親は素行不良気味のアベルよりも、誠実なカインの方を可愛がっていて、アベルにはそれが面白くない。アベルは町の不良みたいな感じで、子分を引き連れてよく町でトラブルを起こしている。

更にアベルは女にモテたが、真に惚れていた町一番の美女はアベルに靡かず、何故か誠実な人柄に惹かれてカインを愛している。アベルはその辺も気にくわない。

そんなこんなで、アベルはカインに嫌がらせをしていて、カインは耐えていたが、最後にその女性をアベルが拉致してことで激怒。クライマックスで、カインとアベルは素手で殴り合う決闘を行い、アベルが倒されて、崖とかから落ちて死ぬ。

カインは女性を取り戻し、町の人もゴロツキのアベルが排除された事を喜んだが、兄を殺した罪で町に残ることが出来なくなり、女性と二人で町を去ることになる。

…みたいな妄想。


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by cemeteryprime | 2017-10-03 18:43 | 雑記 | Comments(0)

【雑記】マイクラ、影mod

SEUSとかいう奴。すげー綺麗だが、逆光がきつかったり、暗い場所はとことん暗くなったりする。
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日の出。青空と雲が綺麗。
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夜景1。ノーマルだと松明の方が明るく見えるが、影modだとグロウストーンとかレッドストーンランプの方が明るい。

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夜景2。
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夜景3。城壁の外からの光景。水面にちゃんと城壁のライトが反射しているのが凄い。
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地下室。白っぽい光源は太陽光くらいで、後は暖色の豆電球みたいな光。なので結果的に地下室とかは薄暗い居酒屋みたいな感じに。

結論としては、確かに綺麗だが、普通にゲームする上では暗かったり眩しかったりで画面が見づらい。ただ、綺麗な景色になるので歩いているだけでも楽しいと言えば楽しい。


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by cemeteryprime | 2017-07-09 10:57 | 雑記 | Comments(0)

【雑記】12のテンプレート、実例編

まず登場させたいキャラクターとして、博士と人造人間というアイデアだけがあったとする。12のテンプレートを適用するとどうなるかをザックリと例示してみよう。

モンスターとの戦い

博士が人造人間を創る…もしくは創ったのに存在を否定するという罪を犯す。人造人間が博士を恨み、人間を襲う様になる。主人公が人造人間と戦わざるを得ない状況に追い込まれる。マッドサイエンティストからアドバイスを貰う。博士は途中で人造人間に殺される。

深淵を覗く

怪しい行動を取る博士がいる。博士を調査した主人公は、博士の屋敷に侵入して、博士が人造人間を創った事を知る。博士は何故、人造人間を創ったのかという事を調べるうちに、恐ろしい事実を知る。やがて主人公は博士の後を継いで人造人間を創る様になる。

冒険の旅

人造人間の主人公は、造物主である博士を探して旅に出る。旅の途中で色んな仲間と出会い、一緒に困難を乗り越える。最終的に博士と出会うが、博士が期待していた人物とは違う糞野郎であったと判明して旅なんてするんじゃなかったと落ち込む。しかしながら、旅を通じて大切な仲間を手に入れていた事に気付く。

人生の岐路

人造人間の製造に人生を費やしてきた博士だったが、研究が暗礁に乗り上げて、意に反した仕事をする羽目になる。仕事を通じて、そもそも何故自分は人造人間の製造に執着していたのかという過去を思い出し、新たな仕事を通じて手に入れた人間関係によってトラウマを克服する。新しい仕事も気に入る様になるが、最終的に人造人間の製造も上手く行く。

突然の試練

突然、世界は邪悪な博士に侵略され、町は人を襲う凶悪な人造人間で溢れかえる。いまいち何の取り柄も無い平凡な主人公は、ヒロインや仲間たちと一緒に町でサバイバルし、人間同士の殺し合いなんかも発生し、色んなイベントを乗り越えて主人公は逞しいリーダーに成長する。

正直者の勝利

人造人間の研究に没頭する博士は街では変人扱いされていたが、それでも人造人間を研究し続ける。色んな出来事があって、人造人間が認められはじめる。そして決定的な問題が起こり、みんなが諦める中、博士の創った人造人間が町を救い、ヒーローになる。

ヒーローの証明

博士は万能の人造人間を創る。人造人間は大活躍してヒーローになるが、やがて危険視され、博士と人造人間を妬んだ人間の罠によって社会から追放される。犯罪者となりながらも、博士と人造人間は活動を続け、やがて濡れ衣を晴らし、ヒーローに戻る。

最高の相棒

才能はあるが孤独な博士が、ポンコツな人造人間を創る。博士と人造人間は、当初そりが合わないものの、徐々に仲良くなって色んな物に挑戦する。その結果、博士は友人や恋人ができ、人造人間との間に距離が出来る。しかし、なんやかんやでトラブルが発生して、ピンチを通じて博士と人造人間は永遠の相棒関係になる。

秘密の成長

科学に否定的なキリスト教原理主義な家庭に生まれた主人公は、こっそりと変人博士の家に遊びに行き、科学的な常識を学びながら、一緒に人造人間を創っていた。身に付けた科学知識で人生が上手くいたが、やがて完成した人造人間が暴走する事件が発生。秘密はばれ、勘当されるが、最終的に科学知識で実家の窮地を救い、家族の理解を得る。

隣の芝生は青く見える

嫌なことが多く退屈な日常を送っていた主人公はある日、卯西臭い博士の研究を手伝うバイトの募集を発見してこれに飛びつく。博士の助手として、セクシーな人造人間と共に非日常な冒険を楽しんでいた主人公だったが、やがてトラブルに巻き込まれる。過去の自分が蓄積してきたスキルによってトラブルを乗り越えた主人公は、元の世界の素晴らしさやを思い出し、過去の自分に肯定的になって元の町に戻る。元の町に戻った主人公は、以前よりちょっとだけ上手く日常をこなせるようになる。

郷に入っては郷に従え

人造人間の研究に憧れる主人公は、博士の研究室へとやって来る。すべてが上手く行っていたが、そこは人造人間にとってのディストピアの様な場所だった。嫌気がさした主人公は改革を訴えるが、当の人造人間が改革を望んでいないという状況に絶望する。

引きこもりを救う話

人造人間は、自分が人間では無い事に傷つき、研究室に籠っていた。博士や、近所の子供たちは、そんな人造人間を外に引っ張り出そうと色々企画する。なんやかんやで外に出た人造人間は、トラブルに巻き込まれるも、何とかトラブルを解決し、人を助ける。自分に人を助ける力がある事に気付いた人造人間は、社会にコミットする様になる。

基本的に、こうしたテンプレートは単体で成立しているというよりも、幾つかの要素を組み合わせた形で使用される事が多い。例えば、秘密の成長を例に挙げるなら、例えば素顔を隠してヒーロー活動を行うスーパーヒーローのストーリーなどはこのテンプレートを含んでいる。しかし、同時にヴィランの誕生譚として『モンスターとの戦い』というテーマが入ったり、新米ヒーローが真のヒーローに成長する話として『ヒーローの証明』のテーマが入ったりする。そしてヒーローが何かしらの事件を切っ掛けに引退を考える話などでは『人生の岐路』というテーマが入る。

全てのストーリーがこうしたテンプレートに因数分解できるとは言わないが、こうしたテンプレートは分かりやすいテーマであって、含まれているとストーリーとしての締まりが良くなるのは間違いない。どう転がすかに迷ったらこうした王道を試してみよう。


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by cemeteryprime | 2017-07-08 20:55 | 雑記 | Comments(0)

【雑記】12のテンプレート、カード版

過去記事『12のテンプレート』でまとめた内容を見やすいカード型に改変してみた。

概ねストーリーと呼べるものはこれらのどれかに着地できる。もしくは複合型である。アイデアはあるが、上手くストーリーの形に出来ない時はこれらのテンプレートからランダムに型を選んで形にしてみてはどうだろうか。書く事とは改変する事と同義である。叩き台があれば創作活動はスムーズに発射できるはずだ。
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by cemeteryprime | 2017-07-06 18:37 | 雑記 | Comments(0)

【雑記】参考文献:TRPG編

クトゥルフ神話TRPGが好きだ。なのでTRPGという遊びをもっと深く理解したい。その為に、他のシステムも参照すべきだろうと、遊びもしないのに他のシステムを買う様になり、気付けばどんどん増えている。見かけたのでサプリメントだけ買ったりみたいな変な買い方をしているものも幾つか。そんな一覧の最新版。

クトゥルフ神話TRPG

クトゥルフの呼び声:6th

キーパー・コンパニオン

ラブクラフトの幻夢境

キングスポートのすべて

ダニッチの怪

アーカムのすべて

インスマスからの脱出

ミスカトニック大学

クトゥルフ・バイ・ガスライト

クトゥルフ・ダークエイジ

クトゥルフ2010

クトゥルフ2015

クトゥルフ・フラグメント

クトゥルフと帝國

比叡山炎上

クトゥルフカルト・ナゥ

モジュラー・クトゥルフ

クトゥルフ・ワールドツアー:忌まわしき古代遺跡

クトゥルフ・ワールドツアー:ナチス邪神帝国の陰謀

クトゥルフ・ワールドツアー:クトゥルフ・ホラーショウ

コール・オブ・クトゥルフd20

同人系

異界の風が、その髪を撫でる

嵯峨崎地域新聞:読解ガイド&シナリオブック

空気男奇譚

かんざしの聖母

探索者でも恋がしたい

First Detect

大帝都ヲ巡ル冒険!!

クトゥルフ神話との邂逅

その他、サポート資料

マレウス・モンストロルム

クトゥルフ神話怪物図鑑

エンサイクロペディア・クトゥルフ

クトゥルー神話:ダークナビゲーション

クトゥルフ神話ガイドブック

H・P・ラヴクラフト大事典

クトゥルー神話事典

ゲームシナリオのためのクトゥルー神話事典

季刊RPG:創刊号 季節外れの怪奇特集

リプレイ:みなせゼミの名状しがたき夏休み

リプレイ:白無垢の仮面

リプレイ:るるいえ・びぎなーず

リプレイ:るるいえ・はいすくーる

リプレイ:るるいえ・ばけーしょん

リプレイ:るるいえ・ばーすでぃ

リプレイ:るるいえ・とらべらーず

リプレイ:るるいえ・ぐりもあーる

リプレイ:るるいえ・がすらいと

リプレイ:るるいえ・みつかどにっく

リプレイ:るるいえ・あーかむしてぃ

リプレイ:るるいえ・あかでみっく

リプレイ:御津門学園ゲーム部の冒涜的な活動

リプレイ:セラエノ・コレクション

D&D:4th

ダンジョンマスターズ・ガイド Ⅰ、Ⅱ

モンスターズマニュアル Ⅰ、Ⅱ

プレイヤーズハンドブック

ダンジョン・サバイバル・ハンドブック

ネヴァーウィンター・キャンペーン・セッティング

フォーゴトン・レルム・キャンペーン・ガイド

雷鳴山の迷宮

影のピラミッド

スペルガルドの笏塔

冒険者の宝物庫

デモノミコン

不浄なる暗黒の書

恐怖の墓所

ダンジョン・デルヴ

ドラゴンマガジン年鑑

D20モダン:基本ルールブック

シャドウラン系

シャドウラン

シャドウラン:ストリートマジック

シャドウラン:アーセナル

シャドウラン:オーグメンテーション

シャドウラン:アンワイアード

シャドウラン:ランナーズコンパニオン

その他海外系

ガープス・ベーシック:完訳版

ガープス・マジック:完訳版

メイジ:ジ・アセンション

トラベラー:サプリメント1、1001キャラクター

トラベラー:サプリメント2、動物との遭遇

エクリプス・フェイズ

パラノイア:トラブルシューターズ

T&T:アドベンチャー・コンペティウム

新紀元社系

インセイン

インセイン2:デッドループ

インセインSCP

インセイン・シナリオ集:ディオダディ荘の怪奇談義

リアリティショーRPG:キルデスビジネス

ご近所メルヒェンRPG:ピーカーブー 改訂版

シノビガミ

シノビガミ・シナリオ集 忍秘伝・改パラノイア

アジアンパンクRPG サタスペ

武装伝奇RPG:神我狩

神我狩:ストーリー&データ集 混沌神話との接触

大帝の剣RPG

ガンアクションTRPG ガンドッグゼロ

富士見書房系

ゾンビサバイバルRPG:ダイス・オブ・ザ・デッド

フルメタルパニック!RPG

ダークソウルTRPG

デッドライン・ヒーローズRPG

チェンジアクションRPG:マージナルヒーローズ

ダブルクロス:サード・エディション ルールブック1、2

その他和製TRPG

トーキョーNOVA:ザ・アクセラレーション

ゴーストハンターRPG02

霊障都市操作ファイル 罪の街:新宿

真・女神転生TRPG 魔都東京200X異形科学

ルール・ザ・ワールド:ワイルド7

同人系

犯罪活劇RPG:バッドライフ

卓上サスペンス劇場

トゥルーステリングTRPG2401


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by cemeteryprime | 2017-07-06 17:50 | 雑記 | Comments(0)

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