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カテゴリ:TRPG講座・考察( 112 )

【クトゥルフ神話TRPG】ADV方式シナリオの脆弱性

ADV方式
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ADV方式に多く見られるシナリオは、大雑把に捉えると図の様なイメージになる。

ADVの本質は『試験』だ。故にクリア(合格)という概念が存在する。試験をクリアする事で、プレイヤーにはストーリーの続きが開示される。これがADVの本質である。これは同時に、ストーリーはキーパーがプレイヤーに提示する物であるという構図を意味している。ADV方式である以上、この構図は避けられない。キーパーが提示するストーリーが面白ければ良いが、面白くなかった場合は残念な事になる。

ADV方式の欠陥
今遊んでいるTRPGはADV方式かどうかは、簡単に判別することが出来る。セッション終了後に、どうすればもっと良い結末を迎えれたのかという反省会があるなら、それは間違いなくADV方式だ。試験で悪い点数を取った時と全く同じ構図である。ADVの場合は、そうしたトライアル・アンド・エラーは面白さの一部でもある。試行錯誤する事で、ストーリーが新しい分岐を見せたり、前より良い結果が見れるからだ。

では、TRPGの場合はどうか。全く同じシナリオを全く同じ探索者で遊ぶことは、まず無いと言っていいだろう。セッションは基本的に1回こっきりだ。ADVの場合はトライ・アンド・エラーを前提にしているので結果がBADエンドでも問題ないが、幾らADVの様に遊んでも残念ながらTRPGのセッションは一度きりなので、通常は試行錯誤の余地は無い。試行錯誤の余地が無いADVなんて果たして面白いだろうか?

脆弱性への対処法
中にはループ構造を組み込んで、クリア出来るまで再挑戦出来る仕様にしてADV的構造を見事に再現しているTRPGのシナリオもある。ただし、こうしたウルトラCは基本的にはレアケースだ。大抵のADV方式シナリオは上記の脆弱性を抱えたままであり、対処療法で凌ごうとする。

プレイヤーが『試験』で酷い点を取ってガッカリして終わるのを避けるには、どういった対処法があるだろうか。事前にクリアしやすくなる様に、推奨技能を発表しておくのは1つの手段だ。試験で先に出す問題を発表しておく様な物だ。

それでも駄目なら、キーパーのさじ加減で判定を甘くしたり、下駄を履かせたり、オマケをあげるしかない。が、そこまでいくと最早何が面白いのか分からなくなってくる。試行錯誤も出来ないし、難題に挑戦するという『試験』としての面白さも無い。何が残るのだろうか?

本質の重要性
相手に嫌な気分をさせない為に、というのは重要ではあるが、上記のスタイルはそれ以前の部分で問題を抱えている。遊びとしての面白さはどこにあるんだ?という点である。

キーパーがゲームクリアのご褒美として提示してくれるストーリーだろうか?それとも、キャラになりきって会話することそれ自体?

そうした要素は人によっては面白いかもしれないが、所詮は枝葉に過ぎない。今回の記事は問題提起編ということで、次回はRPGの本質を損なわないシナリオ形式を提案してみようと思う。
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by cemeteryprime | 2015-11-18 00:58 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【TRPG】馬場講座の功罪

 TRPGシナリオ作成大全の新刊を見かけたので買ってみた。新刊は馬場秀和のマスターリング講座特集である。なので、今回は久しぶりに馬場講座に関する考察。

馬場講座に関して
 馬場講座の特徴は、TRPGにおけるプレイヤーのなりきりキャラ演技を理論武装しつつ鬼の様にディスっている点である。それが面白かったりもするのだが、TRPGのそういう要素が好きな人からは当然の様に良く思われていない。RPGのなりきり要素が大好きな人というのは一定数いて、実際にプレイヤーがキャラにコスプレして遊ぶライブRPGという遊びも存在するくらいなので、そうした要素を全否定するのはけしからんとするのも頷ける話ではある。

 だがそれ故に、馬場講座を語る上では良くも悪くも、なりきり要素の是非みたいな部分がピックアップされがちで、それ以外の要素は案外スルーされてしまうというのが個人的な印象だ。馬場理論には、冷静に読めば致命的なツッコミ所が存在する。

ここが変だよ馬場講座
 馬場講座は、TRPGの在り方や正しい遊び方について論じている様にも見える。が、よく読むと実際の所は、RPGをゲーム的に遊ぶ為の理論なのである。馬場講座はコスティキャンのゲーム論をやたらと引用して自説を補強しているのだが、そもそもコスティキャンの定義ではRPGはゲームではないし、RPGをゲームの様に遊べとは一言も言っていないのだ。要するに、RPGを敢えてゲームの様に遊びたいのは、単に馬場氏の趣味の問題なのである。

 確かに馬場氏の主張する様に、RPGをゲーム的に遊ぶ上ではキャラプレイは邪魔だが、そもそも敢えてゲーム的に遊ぶ必要性は無いのである。それ故に馬場講座は、何処まで意図的なのかは不明だが、基本的にはRPGを本来とは異なるバランスで遊ぼうという提案に近いので、TRPGについての解説講座かと言われると微妙に違っていると言える。

ゲームデザイン論の今昔
 『ゲーム』と呼ばれる遊びには、単に『遊び』という意味の物と、『試合』のニュアンスを持った物が存在している。トランプ、チェス、人生ゲーム、格闘ゲーム、サッカーといった対戦要素と明確な勝敗が存在する『ゲーム』は後者に属している。コスティキャンのゲーム論は後者を再定義するものだ。馬場講座の場合は、前者と後者を混同しており、後者こそがゲームのあるべき姿だと勘違いしている節もある。RPGの他にはシミュレーションゲームなども、試合要素の無いゲームに属しており、そもそもの方向性が異なる遊びなのだ。

 思うに馬場講座が展開されていた当時(90年代)は、まだゲームデザイン論についての意見や資料は乏しかったのも原因の1つでは無かろうか。しかし、現在ではゲームデザイン論やゲーム文化について言及する本は日本でも多く出版・翻訳されている。最早、ネット上に公開されたコスティキャンの英語記事を参照するしかなかった時代では無いのだ。RPGについて知りたければ幾らでもまともな資料は存在するのだ。

馬場講座の活用
 ただし、現状はTRPGをゲーム的に遊びたいというのはむしろメジャーな要望だ。少なくとも日本ではゲーム的なバランスのTRPGが主流になっている印象もある。基本的にゲーム的であればあるほど、初心者にとっては遊びやすく取っ付き易いのである。

 RPGをアドベンチャーゲーム風に遊びたいのなら、馬場講座は見事にマッチするので、大いに参考にすべきだろう。
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by cemeteryprime | 2015-10-30 13:34 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【クトゥルフ神話TRPG】何故、脱出系シナリオが多いのか

蔓延する閉鎖空間
 ネット上で公開されているクトゥルフ神話TRPGのフリーシナリオを探すと、妙に脱出系シナリオが多い事に気付く。偏見もあるかもしれないが、リプレイ動画などでも有名どころは大抵が閉鎖空間からの脱出がモチーフになっている。唐突に謎の異空間で目を覚まし、ニャルラトテップやチャウグナー・フォーン辺りの仕業で終わる様なタイプのシナリオの事だ。

 こうした蔓延は、考えてみれば少し不思議な現象である。クトゥルフ神話TRPGのルールブックに掲載されているシナリオサンプルには、この手の閉鎖空間系シナリオは存在していない。収録されているシナリオは、どれもプレイヤーが自発的に町や村を歩きまわり、図書館や住民から情報収集するタイプで、閉鎖空間系が舞台のシナリオは1つも存在しない。ソースブックでも事情はほぼ同じで、唯一日本オリジナルのソースブックで僅かに閉鎖空間系シナリオが確認出来る程度だ。

閉鎖空間系シナリオの出自
 そもそもRPGで、町やその住人が一切出てこないゲームを幾つ挙げられるだろうか。ファンタジー系RPGでは、主人公一行は当然の様に広い世界を冒険する。およそのRPGのシナリオ・モチーフは冒険や成長で、町から町へと旅をして色々な人と出会うのが一般的だ。

 唐突に閉鎖的な環境下に放り込まれて、モンスターから逃げまわりながら脱出を目指すのは、どちらかと言えばRPGでは無くアドベンチャー・ゲームに特有のシナリオ・モチーフだ。そもそもホラーゲームというのは、一般的にRPGでは無くADVである。犯人探し的なミステリー要素や、謎めいた暗号解読といった要素といった、パズルやナゾナゾはADV特有のゲーム要素だ。

 以上の性質的な特徴を踏まえれば、閉鎖空間系シナリオはどちらかと言えばRPGではなくADVを志向したものだと判る。イメージとしてはホラーADVを、TRPG風に遊ぶためのシナリオという表現が近いかもしれない。

ADVとRPG
 しかし、RPGとADVは異なる性質を持ったゲームだ。RPGのゲーム性はシミュレーションであるのに対して、ADVのゲーム性はパズルである。シミュレーションは、課題に対して様々な解法をぶつけて、その反応を楽しむ。一方のパズルは推理力や計算力を問うもので、用意された正しい解法を発見する遊びだ。

 ADVをRPGの様に遊ぼうとすると、当然の様に拒絶反応が生じる。TRPGにおいて、シナリオ事故だとかシナリオ崩壊と呼ばれる不具合がそれである。ADVのストーリーは、用意された道筋に沿ってしか展開しない。プレイヤーが自由にシミュレーション的な反応を引き出してストーリーを作っていくRPG的な遊び方をすれば、用意されたADV的なストーリーラインは崩壊する。

拒絶反応と対処療法
 この不具合に対処するには2つの方法がある。RPGのシナリオをRPGの様に遊ぶのが正解だが、どうしてもADVのシナリオを使いたいなら、ADVの様にしか遊べない様にする対処療法的な手段が必要になる。自由な行動がストーリーラインに影響が無い様にすること。プレイヤーの行動の自由を奪い、出来るだけコマンド選択式ADVの様にしか振る舞えない様にしてしまう事などがそれだ。

 これをやるのに理想的な舞台が、閉鎖空間だ。行動範囲や利用できるリソースを幾らでも制限出来る。この辺りに閉鎖空間系シナリオが蔓延する理由がありそうだ。
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by cemeteryprime | 2015-10-21 01:09 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【クトゥルフ神話TRPG】ドラマ性の構築

人間関係を使う
人間関係は変化させやすいステータスの一つだ。対立、交友、恋愛、怨恨、尊敬、共闘、裏切り。人と人との関係性は幾らでも変化させる事が出来る。人が態度を変えるのに常に合理的な理由は必要ない。気まぐれだったり、他人には細やかでもその人にとってのみ意味を持つ理由という物も存在する。要するにどんなイベントにでもこうした変化はとって付けることが出来る。それでいて、予測不能の変化は常にドラマティックに作用する。

イベント結果としての変化に人間関係を用いる場合、結果的に発生した変化から、逆説的にそのキャラクターが肉付けされるという効果もある。ストーリーにドラマティックな意味合いを付加すると同時に、登場人物の肉付けも出来るので極めて効率の良い手法の一つであると言える。

ドラマ性
ドラマと呼ばれるストーリーの重点は人間関係の変化に置かれる。起伏に富んだドラマにしたいなら、登場人物は多いに越したことは無い。NPCや他の探索者の数だけ、変化させる事のできるリソースとしての関係性が発生する。

海外ドラマなんかだと、登場人物たちが無駄に引っ付いたり離れたり敵対したりを繰り返す。こうした手法はまさしく関係性の変化でドラマ的な面白さを高めていると理解する事が出来る。こうした変化は時に唐突なので、キャラクターのリアリティとは別のロジックで運用されていると考えていい。変化させておいてから、その変化の理由を後付するのだ。そうすることでキャラクターの深みが追加される。変化の理由は、そのキャラクターの過去にあってもいいし、現在進行形で何か秘密を抱えている事にしても良いのである。

NPCの活用
NPCのストーリー上の役割は、イベント要員である以上に関係性部分にあると言っても過言では無い。友好的でも、敵対的でも内容は何でも良いが、登場した際には既存キャラクターとの間に何かしらの関係性を構築しておくことが重要になる。そのキャラクターにストーリー的な意味合いを持たせるには、探索者の誰か一人との間には何かしらの因縁なりの関係性を持たせておく必要がある。昔からの知り合いである必要は無く、初対面から気に食わないだとか、一目惚れだとか、立場上の対立関係でも良い。

ライバルから仲間へ、親友から宿敵へ、愛情から憎悪へ。ドラマ性を高めたいなら、あらゆる関係性は逆転するために構築されるくらいに認識しておくと良い。仲間は最後まで無条件に仲間で、敵はどこまでも分かり合えない敵というのは、判り易いがドラマ性は低い。簡単に態度を変えるNPCは、ストーリーに緊張感をもたらしてくれる。無駄に引き連れて行ったNPCが全員寝返れば、探索者は優位から一気に危機に陥る。クトゥルフ神話TRPGであれば、ホラーなのでこうした疑心暗鬼を導く要素は良いスパイスとして機能する。

会話
NPCとの間に関係性を構築したり変化させるには、会話が不可欠だ。NPCとの会話は交渉パートでもあり、情報を開示パートでもあり、現在の関係性を示すパートでもある。NPCを自由に供給できるという点ではシティシナリオは都合が良い。クローズドな舞台にする場合でもNPCは数名は居たほうが良い。そして一人以上は非協力的であったり対立関係にある必要がある。探索者同士を対立関係に設定しても問題は無い。

ドラマ性には会話は重要だが、会話はセッション時間を引き伸ばしがちな点には常に注意が必要だ。会話パートとして区切り、適当に切り上げないと延々と無駄話が続くことになる。なりきり演技が目的では無く、情報開示が目的だと割り切る事。セッションが間延びすると、相対的に面白さも低下してしまう。
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by cemeteryprime | 2015-09-29 17:51 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【クトゥルフ神話TRPG】ストーリーにおける変化

変化を与える
ストーリーの本質は、主人公に起こる変化だ。豊富にイベントが発生しても、主人公に何の変化も与えないのであればストーリーとしてはつまらない。

シナリオは、端的に言えば主人公に変化を与える為の物だ。一本道的なゲームシナリオがつまらなく感じるのは、変化の内容が予定調和的で固定的だからだ。変化を与えるには、探索者のステータスを的確に把握しておく事が重要になる。目標、動機、性格、地位や経済状態、健康状態、人間関係、変化させる事が出来る候補は沢山ある。

結果説
ストーリーに起伏を与えたければ、キーパーは探索者の状況に変化を与える必要がある。キーパーはシナリオとして変化を与えるイベントを用意する必要がある。
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この時、変化を与えるイベントとは②の方であるが、重要なのは結果的に変化が起こったかどうかが意味を持つという点だ。①はストーリー的にあまり意味の無いイベントに見え、②は価値のあるイベントとして映る。まったく同じ内容のイベントだったとしてもだ。変化とは常に結果から認識される物である。

キーパーはシナリオを準備する必要があるが、それを意味のあるシナリオにするのは、それにどういう結果を与えるかという点にかかっている。結果が発生するのは常にセッション中だ。TRPGにおいてストーリーが面白くなるかどうかは、準備段階には無く、常にセッション中に決定される。

一人の人物Aが死ぬというイベントがあったとする。探索者とAの間に特に一切繋がりが無かった場合は、そのイベントは探索者にとってニュースにはなってもストーリーにはならない。Aが死んだことで、莫大な遺産や古い屋敷などが探索者に相続されたとするなら、そのイベントは確実に探索者のストーリーの一部だ。もしくは、Aの死亡をきっかけに昔の恋人とよりが戻るとか、死に際の一言で親友だと思っていた人物の正体が敵であると気付くとか。Aが死ぬと同時に主人公の右腕が変色するだとかでも良い。とにかく何かしらの変化さえあれば、そのイベントはストーリー的な意味を持つ。

変化と葛藤
生じる変化には予期されたものと、予期されないものがある。予期した上で引き起こされる変化とは、主人公の意思決定の結果だ。意思決定は葛藤とセットになっている。葛藤と意思決定はストーリーにおいては、キャラクターの内面性を示す手段である。意思決定はゲーム的な面白さの中核でもある。これらの要素は、主にプレイヤーの為に用意される。キーパーは探索者のキャラクター性を示す為の場として、イベントにゲーム性を導入する。プレイヤーはゲームを通じて意思決定で探索者の人格を表現し、キーパーはその結果として変化(ストーリー)を提供する。

変化の予測性
予期されない変化がもたらすのはドラマ性だ。予期せぬ変化が生じる事で、それまでの過程に新しい意味が付加される。正義が悪になり、努力が徒労に代わる。どんなに意味の有ることだと考えて積み重ねた行為も、最終的に報われなければ無駄な行為だった様に感じてしまう。邪悪な宿敵と思われた人物を殺害した後に、その人物が無罪だったと判明すれば衝撃的なストーリーに映るが、実際に宿敵だった場合とイベント(行為)自体は変わらない。予期していなかった変化という結果は、それまでのストーリーの意味合いをまとめて一気に変化させる機能を持っているので、主観的に劇的な印象を与える。

変化の役割
意図した変化は達成感を生み、予期せぬ変化はドラマ性を生む。TRPGにおけるゲーム性を尊重するのであれば、意図した結果に加えて予期せぬ変化を加えるという手法が効果的である。予定通り宿敵は倒したが、宿敵の正体が実は仲間Aの父親だった事が判明し仲間Aと敵対してしまうといった具合だ。

予期せぬ変化は新しい問題を発生させる機能も持っている。意図的に引き起こす変化は、主人公による問題解決を意味している。問題解決と問題発生のサイクルは、ストーリーを継続させる上での重要な手法となるので覚えておこう。
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by cemeteryprime | 2015-09-29 11:56 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【クトゥルフ神話TRPG】プレイ講座

TRPGをキーパーにからシナリオを読み聞かされるだけで終わらせない為のコツというか、プレイヤーが積極的に楽しむ為のポイントについての記事。クトゥルフ神話TRPGを前提として説明するが、TRPGであれば基本は同じはずである。過去記事との重複も多いが、最新版のまとめ記事的な物と考えてもらえば良い。

TRPGの遊び方
大前提としてTRPGは参加者でストーリーを合作する遊びである。システムによって、どれだけゲーム的なバランスに寄せているかの違いはあるが、TRPGである以上は目的はストーリーを作って遊ぶという部分だ。そもそも勝ち負けを競うゲームでは無い事だけは覚えておこう。この辺りを誤解して、死ねば負けと勘違いしてひたすら生還を目指すだけのプレイになるのは、入門者にありがちな光景である。

TRPGに、これはゲームだからというメタ思考を持ち込むのは見当外れな行為である。この遊びに必要なのは、これはストーリーだというメタ思考である。キーパーにとっても、プレイヤーにとっても面白いストーリーにしようという目的意識こそが、最も重要になる。

プレイヤーの役割
ストーリーとは、基本的に主人公を軸とした概念である。ストーリーの基本構造はシンプルに表現すると、こんな感じだ。

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TRPGにおける主人公とは、各探索者だ。探索者である主人公Aは、シナリオを通じて何らかの状態変化を遂げる。状態変化の内容はヒロインとの結婚であったり、人間的な成長であったり、財宝の獲得であったり、仇討ちの達成であったり、破滅であったり、死亡であったりと様々である。とにかくイベントを経過して、変化を遂げた所までがストーリーの区切りである。

探索者である主人公Aを用意するのはプレイヤーで、シナリオを用意するのはキーパーだ。この2つの相互作用で、変化後の主人公A'が発生する。この変化の過程がストーリーである。ストーリーの合作作業におけるプレイヤーとキーパーの役割分担は端的に言えばこういう事だ。

シナリオとストーリー
イベントが沢山発生しても、それが探索者に何の変化も与えないなら、残念ながらストーリー的には無価値に等しい。主人公そっちのけで、勝手にイベントが進行していっても何の面白さも無いはずである。キーパーが、イベントの進行のみに気を取られ過ぎると時折こういう事態は発生する。ストーリー的な価値を持たせる為にはイベントが探索者に変化を与える必要がある。その為には、探索者が只の傍観者では無くきっちり当事者である必要がある。遠く離れた外国で通り魔事件が発生した所で知ったことでは無いが、被害者なり加害者なりが親しい知人であれば話は別だ。

探索者に変化を与えるには、キーパーが強引に変化を強いるという手法もとれるが、基本的にはプレイヤーの主体性が求められる。探索者が行動しなければ、当然変化も起こりにくい。安全な場所で引き篭もっていれば、劇的な変化も起こりにくいはずである。こうなると、ストーリーも発生しにくい。

求められる努力
よりよいストーリーを発生させる上でキーパーは、シナリオを探索者に出来るだけ絡める必要がある。プレイヤーもまた、シナリオを探索者の触媒として上手く機能させる為には、キャラ作成の段階から上手くシナリオに絡めそうな設定にするなどの工夫が必要にある。

TRPGの場合、触媒として機能するのはキーパーが用意したシナリオだけでは無い。他プレイヤーが担当する探索者もまた触媒として機能する。他の探索者やNPCと積極的に関係性を作っていくというのは一番シンプルな手段である。友好からの敵対、死別。敵対からの和解。あくまでストーリーなので、関係性は変化させる為に築くくらいのイメージで構わない。

より豊かな状態変化(ストーリー)の為には、プレイヤーは積極的に行動させる必要がある。守りに入っていれば当然ストーリーは発生しない。

動く探索者の作成
この主人公はあまり性格的に行動的では無いというリアリティは、ストーリーにおいては糞の役にもたたない。メタ的に言えば、そのキャラクターはストーリーの主人公である時点で、行動し変化する事は義務付けられている。ストーリーの主人公が常に性格的に積極的で行動的な必要は無いが、確実に行動に迫られる動機は必須である。これが無い場合は、設定レベルの不具合と言える。

消極的な主人公にこそ、それでも行動せざるを得ない強い動機が必要になる。キャラクターの設定は、基本的にプレイヤーの担当である。次に何をすれば良いのかプレイ中に判らなくなるのは、探索者の動機が不明瞭であるという不具合に起因する事が多い。

探索者の動機
探索者の動機がシナリオ目標と一致していれば、探索者をシナリオに絡めやすい。が、一致してなくても特に問題は無い。最終的にストーリーに必要なのはあくまで主人公の状態変化であり、必ずしもシナリオ目標の達成では無いからだ。

基本的に動機は普遍性がある物の方が使い勝手が良い。金が欲しい、名誉が欲しい、恋人が欲しい。何でも良い。探索者の動機とシナリオの摺り合わせは、プレイヤーとキーパーの共同作業になるので話し合って決定すること。女好きな探索者であればNPCの一人を美女に変更するくらいは訳ないし、両親の仇を探している探索者に対しても同じような処理はたやすい。重要なのは、動機が無いので行動しないでは無く、行動する為に動機を作ろうというプレイヤーの意志である。

ストーリーの結末
ストーリーの結末は、冒頭からある程度は読者に仄めかされる。極悪人であれば因果応報で酷い末路を辿るか、改心して贖罪に走る可能性が高い。報われない努力家であれば、最後には努力が報われる展開を予測する。ストーリーの過程はともかくエンディングは、冒頭から暗示される物である。ストーリー中で克服すべき課題なども、基本的には過去に纏わる設定としてはじめから提示されている物である。こうした設定は、各探索者のストーリー上の目標として機能するので意識的に設定してみて欲しい。

クトゥルフ神話TRPGの場合は、ホラーという性質上、ハッピーエンドに終わる可能性は低い。クトゥルフ神話TRPGで作るストーリーはホラーである。ホラーは、バッドエンドと相性が良い。報われない努力家が、努力が報われヒーローになるかと思いきや最後の最後にあっさり死んでしまった所で、なんら問題は無い。ハッピーエンドを無事に迎えれても良いし、期待を裏切る理不尽なバッドエンドに終わってもストーリーとしては成立する。冒頭での結末の仄めかしは、あくまでプレイヤーへのゴール地点の目標程度と考えよう。

ストーリーへの干渉
それ以上に重要なのは、ストーリーの一貫性だ。TRPGは前からストーリーを構築していく。キーパーは、プレイヤーの結末を決めつけない事。ストーリーにおいても重要なのは、主人公に起こった変化だ。

変化の結果が主人公の死であるなら、それはそのストーリーにおいては正解である。探索者を生還させるという慈悲的采配が常にストーリーを面白くするとは限らない。キャラクターの変化にはご都合主義は発生させないこと。それが、結果的に自然なストーリーになる。
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by cemeteryprime | 2015-09-27 00:38 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【クトゥルフ神話TRPG】動く探索者の作成

ストーリーの主人公たる探索者が、積極的にストーリーに絡んでいけるかどうかはプレイヤー個人の積極性やテクニックだけに依存しているだろうか?

否。そうでは無い。設定レベルで、動かし安いキャラクターという物は存在する。創作において、勝手に動き出す活きたキャラクターという概念は存在する。勿論これは比喩表現だ。シンプルに表現するなら、状況に合わせた取るべき行動が明確で、いちいち次の行動を考える必要が無いキャラクターという事である。

メインのエンジン
 探索者の求めるもの(行動原理)を明確に設定しよう。これが探索者を活きたキャラクターにする初級編である。何を最優先に行動するキャラなのかが明確に判っていれば、プレイヤーは探索者らしい行動をいちいち考える必要は無くなるのである。

 その選択が探索者にとって何らかのリスクを伴う可能性があったとしても、先に最優先する物さえ決めていれば迷う必要は無い。ガンガン突き進むだけである。時に人間は、自分の命よりも金や名誉や他人を優先する事がある。例えその行動で探索者が死ぬ羽目になったとしても、終始一環して行動原理にブレが無ければロールプレイとしては大成功の部類に入っているはずだ。TRPGは生き残るゲームでは無い。ロールプレイングゲームである。

 勿論、途中で再優先する物は変わってもいい。人間は成長したり、変化する生き物である。金を再優先していた人間が、他人を最優先する様になる事もあるだろう。逆もまた然りである。こうした変化は、ドラマチックであるべきだ。感動的なイベントかもしれないし、クトゥルフ神話TRPGの場合であれば恐怖に直面した結果として人間性が変わってしまう事もあるだろう。途中で切り替えるにせよ、そこまで一貫性があればその変化も1つのストーリーになる。

メイン・エンジンの選択
 求めるもの(行動原理)は、基本的にはどういう物でも構わない。金なんかは動機としてかなり汎用性が高い。金に困った人間は、たいていの事はする物である。他には愛だとか、喜びだとか、正義、名声、承認欲求なんかでも良い。

 何でも良いのだが、当然その求める物はシナリオ目標に上手く絡める必要がある。あまり限定的過ぎる内容にすると、その探索者はキャンペーン的に使い回し難くなるので注意が必要だ。ヒロインAを深く愛している探索者よりは、単に女好きなキャラクターの方が使い勝手は良い。女好きの主人公は、毎回女性をフックにして進んでトラブルに首を突っ込んでストーリーに絡んでいく。転がしやすいキャラクターという物はそういう特徴を持っているものなのだ。

 探索者の動機はシナリオ目標に絡めてやる必要があるが、最初からシナリオ目標に合わせやすい動機を考える必要は無い。むしろ、シナリオ目標とのすり合わせが多少難産である方が、ストーリーが膨らむ余地が出てくる。TRPGの醍醐味は、キーパーとプレイヤーの提案の相互作用から、予期せぬストーリー性が発生する事である。これだ!と思う行動原理が思いついたなら迷わず採用してみて欲しい。

第二のエンジン
 更に探索者を自律的にシナリオに絡ませやすくする方法がある。それは、探索者にカルマ(回収すべき伏線)を設定する事である。通常の創作では、作者は後々に回収する為に主人公の背景や過去に判りやすく伏線を設定する。生き別れの兄弟がいたり、父親が生死不明だったり、両親が正体不明の敵に殺されていたりだ。こうした確実に回収されるである伏線は、読者に対する牽引力として機能する。

 同じ理屈はTRPGでもプレイヤーに対して機能する。むしろTRPGの場合は、主人公を操作するのがプレイヤーである以上、受け身でいれば回収されない可能性が出てくる。探索者のカルマは回収させるべき目標として機能するのである。

 カルマがあると、プレイヤーは常にストーリーの展開に注意が向く。生き別れの父親との劇的な再開という形でカルマを回収したいなら、取り敢えず父親かもしれないキャラクターとは予め積極的に絡んでおく必要があるからだ。カルマがあると探索者とシナリオの関係性は嫌でも増す。シナリオとしては偶然巻き込まれた形でも、プレイヤーとしてはその内自分の生き別れていた父親がどこかで登場すると予告されているも同然なので、単に巻き込まれた第三者として振る舞う事が難しくなるのである。

サブ・エンジンの選択
 探索者に設定するサブ・エンジンであるカルマは、謂わばプレイヤーを駆り立てる為のフックである。なので、出来ればプレイヤーが自由に考えるのが望ましい。ただ、余りにも自由に決定するとシナリオ内容との兼ね合いもあるのでキーパーの負担も大きくなる。
 カルマは案外テンプレートがある物だ。先に挙げたような、父親が生死不明だとか、両親が幼少期に殺されていたり、養子で両実の親の事を知らない…みたいなカルマは色んな作品で頻出するテーマだ。過去に人を死なせた事があるだとか、アルコール依存症の過去があるだとかは、ホラーに定番のカルマである。ある種のお約束だからこそ、伏線として機能する訳である。キーパーはこうしたカルマのテンプレートを事前に用意しておく事が出来る。

 そのシナリオに絡めれそうなカルマを幾つか提示し、プレイヤーに好きな物を選ばせるという手法をとるなら、キーパーは各プレイヤーにそれぞれ自分好みのシナリオフックを提供出来る事になる。カルマはキャラクターの設定であると同時に、ストーリー全体のテーマにもなる。過去の贖罪を行うキャラなのか、父親との対決をするキャラなのか、自分の出自に怯えるキャラなのか、それとも復讐者なのか。この辺りは結構プレイヤーで好みが別れる部分なので、選べるに越したことは無い。

参考文献
 これらのテクニックは別にオリジナルな物では無い。一般的なシナリオ創作におけるキャラクター造型のテクニックに基づいた物であるし、ダンジョンズ&ドラゴンズ第4版のダンジョンマスターガイドⅡで紹介されているGM向けテクニックを噛み砕いた物でもある。なので、TRPGで効果的な事は言うまでもなく、小説や漫画などの創作にも役立つ概念であるはずだ。そういった資料に直接目を通す暇が無い人であれば、参考にしてみて欲しい。

 私見ではあるが、TRPGの参考書としてはD&Dのダンジョンマスターガイドが最も実用的である。値段は高いが、TRPGの元祖であるD&Dのマスター用ガイドだけあって、TRPGそのものに関するテクニックが恐ろしい程細かく紹介されている。対プレイヤーのカウンセリング技術まで載っているので、ハッキリ言って異常である。

 それ以外の参考書としては、映画の脚本術の本が実用的である。これは単にシナリオを作成する為に使えるという話では無く、TRPGはストーリーを作る遊びなので、ストーリーが生成されるメカニズムが理解出来ていた方が遊び易いという話である。また脚本術の本は、漫画シナリオだったり、ゲームシナリオだったり、小説だったりと色々あるが、敢えて映画シナリオの物をオススメするのは、ショーマンシップを意識したテクニックが多いからだ。映画は、最初から最後まで観客に席を離れさせず一気に観させることを前提としている。この辺りはゲームや漫画や小説とは異なる部分である。こうした興味をリアルタイムで持続させ最後まで席に集中させる技術はTRPG向きだと言える。

以上。
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by cemeteryprime | 2015-08-13 17:40 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【クトゥルフ神話TRPG】NPCを肉盾にする

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 クトゥルフ神話TRPGで中途半端な経験者がやりがちな、NPCを盾とする行為。キーパーが認める認めない以前に、この行為はRPGとして下手糞なプレイである。どういう点において下手なプレイであり、どうするのがベターなのかについて記事にしてみた。

そもそもの間違い
 まず大前提としてこれをやるプレイヤーはTRPGをゲーム的な遊びだと考えているパターンが多い。ゲームであれば、出来るだけ有利にプレイを進めたいという思考は判らなくも無い。負けない為に全力で手を尽くすべきである。

 しかし、TRPGという遊びにはそもそもプレイヤーの勝ちも負けも存在しない。有利も不利も無いのである。また、TRPGはキャラを死なせない事が目的の遊びだろうか?現実世界であれば、死なない為に生きるというのはある種の真理であり、人生の目的かもしれないがTRPGはそういう遊びでは無い。TRPGの目的はストーリーを発生させて楽しむ事である。主人公がNPCの影に隠れてこそこそ生きながらえるだけのプレイは、ストーリーを面白くするという目的から考えれば明確に下策である。便利な呪文や道具は探索者の活躍の機会を奪ってしまうという注意点はルールブックに明記されている通りだが、便利なNPCも同じである。

 RPG的なバランスでは無く、ゲーム的なバランスで遊びたいという場合であれば、盾となるNPCやアイテムなどリソースを入手する際に何らかの対価を設定した方が良い。無条件で有利になれる選択肢が存在しているゲームなんて普通は存在しない。あったとすれば、そればゲームバランスの崩壊した糞ゲーであるといえる。

NPCを盾にしたい場面
 探索者の活躍の機会が減り、ストーリーが面白く無くなるのであればNPCの使用は控えるべきだが、逆にそれで探索者のストーリーが面白くなるのであればNPCはどんどん活用すべきである。

 例えば、外道な探索者であることを表現したいのであれば、冷酷にNPCを盾に使うという演出はなかなか効果的である。悲劇を演出したいのであれば、恋人や親友等のNPCが探索者の盾となって目の前で死亡するというのも良さ気である。死なせなくても、病院送りになるだけで探索者と敵の因縁は深まるはずである。

 この様にNPCは有利不利という基準では無く、演出として活用するのがストーリーを盛り上げる上で有効である。勿論こうした演出は、キーパーと上手く連携しなければ成立しないので、思いついた場合は事前に提案しておく必要がある。

巻き込まれやすいNPC
 ストーリーの流れ的に肉盾になってしまいやすいNPCという物は存在する。警官である。特にシティシナリオの場合、事件を通報されれば警官が現場に出動しない方が不自然になる展開は時折発生する。

 警察を極端に無能にしたり、不親切にするという手段はリアリティを損なうか、警察にあらぬ疑惑を与えるだけなので下策である。キーパーは気をつけよう。警察には頼らないで欲しいとプレイヤーに直接指示するというのはそれよりはマシであるが、上策では無い。舞台を電波も届かないど田舎の山奥だとか孤島にしたり、閉鎖空間にして物理的に警察が介入出来なくしてしまうのは、それなりに意味のある手段である。ホラーにはもっとベターな方法がある。事件化させない事だ。

 背後に神話的存在が関与してようがしていまいが、殺人事件にしてしまえば警察は否応無く捜査せざるを得ない。同じ死人が出るにしても、交通事故だとか転落事故的な死に方であれば、警察が積極的に捜査を続けない理由にはなる。

 もっともスマートな方法は、死体を出さない事である。せめて失踪に留めておこう。幸い、クトゥルフ神話TRPGはミステリーでは無くホラーなので、惨殺死体が探索者の目の前で跡形も無く消失したって構わないのである。他にも発狂させたり、謎の昏睡状態に陥ったりと、事件化しない形で犠牲者を登場させる手法は無数に存在する。警察がまともに相手にしてくれない被害妄想と紙一重な内容であれば、探索者も通報を思いとどまるはずである。

基本姿勢
 …以上が、プレイヤーがNPCを肉盾として扱うのが宜しく無い理由である。TRPGに肉盾を禁止するルールなど特には無いが、その理由はここまで読めばすでに理解出来ているはずだ。プレイヤーのモラルよりも、RPGという遊びに対する理解度の問題であると考えるのがベターである。単に禁止するのでは無く、駄目な理由をきちんと説明してやれば遊び方に対する理解度も深まってよりよいTRPG環境が作れるはずだ。
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by cemeteryprime | 2015-06-29 00:25 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【TRPG考察】RPGとセッション

TRPGがどういう遊びなのかを捉えやすくする為のベン図を考案してみた。TRPGを理解するには、RPGであるという点と同時に、セッションであるという点がかなり重要では無いだろうかという記事である。

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by cemeteryprime | 2015-06-27 10:15 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【クトゥルフ神話TRPG】魔術の運用

CoCにおける魔術は運用ルールがはっきり言って面倒くさい。セッション動画やリプレイでもまともにルールブック通りに運用している人はあまり見かけない。ただ、よくよく読み込んでみると、これらの運用ルールは魔術が魔術たる由縁というか、厄介かつ邪悪な代物である事をリアルに表現している事に気付ける。こうした要素を無視して、単なるチートとして魔術を運用してしまうと勿体無いと言わざるを得ないのではなかろうか。今回は、ちょっとリプレイ風に魔術の運用をシミュレートしてみた記事になっている。

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探索者
 主人公の名前は花塀織多(はなべい・おるた)。ハーベイ・ウォルターズの捻りの無いもじりである。データは、幾つか前の探索者作成工程のリプレイ記事で作ってみた物をそのまま流用している。新興宗教団体の職員として働く24歳の気弱な若者だ。

これまでのあらすじ
 ある日、花塀は地元で不動産業を営む信者から、購入した屋敷で発生する心霊現象について調べて欲しいという相談を受ける。NOと言えない気弱な花塀は、怯えながらも問題の屋敷を調べる。ポルターガイスト現象に見舞われたりするものの、その辺りは割愛。屋敷の物置を調べていると一冊の古い手記を発見した。

古びた手記
 手記は外国語で書かれていた。知識ロールの判定結果は[51]。花塀の知識は45しか無かったので失敗である。花塀は手記の内容どころか何語で書かれているのかすら判別が付かなかった。

 仕方無く、花塀は幾らか海外経験もある同僚を頼ることにした。同僚は花塀の無学っぷりに呆れなが手記が英語であると教えてくれた。花塀はついでにどういう内容が書かれているかを代わりに読んで教えて貰えないか聞いてみた。しかし、手記は手描きで読みにくいので数時間はかかる作業になると思われたので同僚には断られてしまった。

手記の斜め読み
 気が弱く交渉が苦手な花塀はそのまま引き下がり、図書館で英語の辞書を片手に手記と格闘することにした。手記は全部で50ページ。英語が読める場合は5時間もあれば斜め読み可能であるが、花塀の場合は全く英語ができず辞書片手の作業となる為に倍の10時間は必要となる。一度に困難を覚えずに斜め読み出来る時間は5時間である。花塀は苦戦しながら2日間かけて手記の斜め読みを終えた。

手記の概要
 手記はかつて屋敷に住んでいた外国人が残した魔術の研究ノートである事が分かった。ノートには『必中の投擲』『刀身に霊力を込める』『卜占』というタイトルの魔術について記されている事も分かった。ただし斜め読みなので、呪文の名前と手記の概要しか判らない。

呪文の習得
 手記の内容を研究しようと思えば、最低でも2D6週間は掛かる。英語が読めない花塀の場合であれば倍の4D6週間は掛かるはずである。今回の依頼は1週間後という期限付きであったので、花塀はとりあえず魔術の実践方法について書かれたページだけコピーを取ることにした。

 卜占に関してはクトゥルフ神話の魔術というよりは、オカルト的な魔術の要素が強いのでオカルト技能でも幾らか内容については推測出来そうである。判定の結果は[48]。残念ならが花塀のオカルト技能は45しか無かったので、卜占の効果については何の心当たりも無かった。

卜占
 どうすれば屋敷で起こる心霊現象を解決出来るのか判らない花塀は、とりあえず内容を理解しないままに『卜占』の魔術を手順通り試してみることにした。呪文ロールの結果は[73]。INT×1%の数値13を大幅に超える結果となったので、呪文は何も起こらず失敗に終わった。具体的には花塀は紅茶占いを試みたのだが、何も読み取れずに終わった。やってみた手法が正しいのかもイマイチ確信が持てない。

刀身に霊力を込める
 卜占が不発に終わった花塀は、幽霊が出た時に何かしらの効果がある事を期待して『刀身に霊力を込める』魔術も試してみることにした。呪文ロールの結果は[37]である。成功目標であるINT*1%は越えてしまったが、幸か不幸かINT*3%の39以下に収まる結果となった。この場合、呪文自体は失敗だが魔術めいた何らかの予期しない効果が発動する事になる。

 もっと酷い事が起こっても良いのだが、今回は刀身がまるでライトセーバーの様に数秒間青白い光を放つという効果に留まった。魔術は失敗に終わったのだが、この魔術の効果は、霊体を斬りつけられる様になるという物なので実際に使ってみるまで花塀には確認しようがない。

 この魔術の為に花塀はSIZが10以上の動物の血と、POW1ポイントと、1D4の正気度を捧げた。POWが下がった事で、元々低かった花塀の正気度は20に低下した。更に1D4の結果として2ポイントの正気度を失う。刀身が発光するという明らかに魔術めいた現象を目撃した花塀は、包丁に何らかの霊力が宿ったと確信し、再び幽霊屋敷へと向かう。

幽霊との遭遇
 幽霊屋敷を探索していた花塀は恐ろしい老婆のゴーストと対面してしまう。正気度判定の結果は[08]。正気度が18しかない花塀にとっては奇跡的な結果である。花塀は自分を頼ってくれた依頼人の期待に答えようと勇気を振り絞り恐怖に打ち勝ったようだ。花塀は包丁で、老婆の幽霊に斬りかかる。しかし、刀身はすり抜けかけたはずの魔術は何の効果も無かったと判明する。絶体絶命の窮地に陥った花塀の運命や如何に!?

シナリオフックとしての魔術
 やってみて思ったのが、CoCにおける魔術は便利な能力や攻撃手段では無く、1つ1つがシナリオフック要素なのでは無いだろうかという事である。魔導書を発見し、研究して、儀式などの準備を整え、実践してみて成功か失敗かの結果を受け止めるという工程をたどると、ハッキリとそこだけで1つのホラー的なストーリーが形成される。今回は省略したが、刀身に霊力を込める魔術の過程で必要になるSIZ10以上の動物の血という部分だけでも、入手には幾らかの困難とホラーが予想される。習得しないまま魔術を実践してみる際のルールはハッキリ言って面白い。特にパルプンテ的な中途半端な魔術暴走ルールは、事態をより悪化させ面白い物にするポテンシャルがありそうだ。

 何より魔術が正しく発動するかどうか判らない方が、スリリングで面白い。所詮は魔術である。人間が頼るべきものでは無いのだ。それに霊力の宿った包丁で斬りつけて格好良く悪霊退治するよりも、血みどろの儀式をした割に意味が無かった事が幽霊に斬りかかった後に判明する方が断然ホラーっぽくて良い。
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by cemeteryprime | 2015-06-22 10:43 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

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