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カテゴリ:TRPG講座・考察( 125 )

【クトゥルフ神話TRPG】シナリオ構築に関する補足

前回の記事の続きになるので、未読の方は先にそちらから。

RPG型シナリオにおける複雑性
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シミュレーター型のRPGシナリオでは、ADV方式のストーリーの様に、まるで迷路の様に行ったり来たりさせるのは難しい。何故なら、探索者がどういうキャラで、どう行動するかはセッションを始めるまで判らないからだ。あくまでシナリオが探索者のストーリーに干渉するというスタイルを取る以上は、探索者を団体ツアーのようには誘導できない。

なので、探索者全員を同時にあっちに行ったりこっちに行ったりさせるのでは無く、全員バラバラに行動させて後で合流させるとう手法が効果的になる。各探索者が、それぞれ別個の事件を追っていて最終的に一つの真相へと行き着くというスタイルだ。この手法を取れば、個々のストーリーはシンプルでも全体像として最終的に込み入ったストーリーにするという事が可能になる。ただし、これをやる場合はストレートに探索者の数だけストーリーが同時進行する形になってプレイ時間も増すので、出来るだけシンプルにする必要はある。ちなみにこの方式だと、全員が真相に到達しなくても誰か一人でもたどり着ければ、芋づる式の他の事件も繋がって、合流可能になるという保険もきく。個々のルートが、シンプルであればあるほどアドリブ対応もし易い。

具体例として
例えば、こんな探索者たちが居たとする。両親を殺した犯人に復讐を誓う探索者A。魔術的なアーティファクトを探し求めている探索者B。身寄りの無い親戚から不気味な洋館を相続した探索者C。連続殺人事件を追いかけている刑事の探索者D。

それぞれ別の話だが、Cの洋館に住み着いていて、過去にAの家族を殺し、アーティファクトを所有していて、現在進行形で連続殺人犯な魔術師がいれば、コイツは交差点として機能する。この場合、キーパーがシナリオとして用意しておくのは交差点となる魔術師だけだ。後は付随するキーワードをを、それぞれの探索者の目的に絡める。一旦ストーリーが走りだし交差してしまえば、シナリオの役目は果たされているので、オチは野となれ山となれである。探索者全員が無慈悲に魔術師に殺されても、クトゥルフ神話TRPGはホラーなので問題ないのだ。

スクランブル交差点モデル
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もう1つ、相互作用で生じる要素を徹底的に増やすという手段もある。先の記事で、交差点モデルにおいては、探索者同士のストーリーが必然的に相互作用を引き起こすと説明した。同じ理屈で目的を持って行動するNPCを大量投入すると、探索者との間でやはり相互作用が生じる。ベクトルを持ったNPCは、敵にもなれば、盾にもなる。探索者のベクトル次第だ。NPCが増えれば、探索者のストーリーがNPCのストーリーと交差する機会も増え、結果的に相互作用的に生じるストーリーが増えて、群像劇としての複雑性が増すのである。

ADV方式が迷路を辿らせる形で探索者を紆余曲折させるとするなら、スクランブル交差点モデルは人混みによって無理やり探索者をフラつかせる格好だ。場当たり的ではあるが、結果的には似たような物になる。

NPCの活用
NPCは情報源にもなり障害物にもなる。なおかつ自由に動き回れるという特性を持っている。シミュレーター性を優先する場合は、基本的に探索者の行動は予測し難い。そうした場合は、NPCの方が、設置型のアイテムやイベントよりもキーパーにとっては使い勝手が良いだろう。それに、金庫の中から情報を引き出すよりも、NPCから情報を引き出す方が、創意工夫の余地が大きい。探索者の技能を使う余地も多いという事だ。鍵開けを活用させたいなら、NPCに鍵の掛かった鞄でも持たせておけば良いのである。

探索者を後から合流させる手法と取る場合、NPCは探索者間の橋渡しにも使える。事件Aの関係者でもあり、事件Bの被害者でもあるといった形での運用も可能だ。NPCは、不要であれば登場させなくても問題は無いので、多めに用意しておくいても困らない。ただ注意すべきは、探索者と同じ様にきちんと目的意識を持たせて置くことだ。ベクトルを持たせてないと、NPCに相互作用を生む機能は無くなってしまい、単なる便利な道具に成り下がる。

ちなみに、NPCは同じシーンに何人も登場させるとロールするのが面倒くさく、キーパーの負担が大きいので注意。舞台が狭い場合は、あまり多くのNPCは投入し難いので、単独行動するNPCであるとか、部屋に引きこもるNPCだとか、適当に集まらない仕組みを工夫しよう。
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by cemeteryprime | 2015-11-18 22:25 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【クトゥルフ神話TRPG】シミュレーターとしてのシナリオ

シナリオの役割
RPGにおけるシナリオの役割は、先の記事で説明した通りである。大雑把に言えば、下図の様なイメージだ。
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そしてシナリオのもう1つの大きな役割は、交差点としての機能である。TRPGは最低キーパーが1名、プレイヤーが1名いれば遊べるが、大抵の場合は探索者は2人以上はいる。

RPGで発生するストーリーは、シナリオでは無く探索者に帰属するものである。故に、探索者が増えれば単純にストーリーの登場人物が増えるというよりも、ストーリー自体が増えていくと考えて良い。複数のストーリーを群像劇としてまとめ上げる作業が必要になってくるのだ。TRPGセッションにおいては、各プレイヤーは自分の探索者が主人公のストーリーを進行させつつ、俯瞰的に群像劇としての全体のストーリーも観賞出来る構図が生まれる。

交差点モデル
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複数人のセッションは、言ってみれば各探索者のクロスオーバーイベントなのである。なので、シナリオにはクロスオーバーを実現させる為の交差点としての機能が求められる。

まずキーパーがシナリオに実装しておかないと行けないのは、探索者たちがそこに集まる理由だ。目的はストーリーの3大ファクター…目的、行動、結果(変化)の1つだ。目的が無いと主人公は行動しないし、ストーリーとして成立しないので注意。

基本的には、プレイヤーに探索者の求めている物とか、一番重視している物を最初に設定して貰って、それを適当な形でクロスオーバーイベントの核に絡めてやれば良い。カルト教団絡みのイベントにしたいなら、そいつらに大切な物を奪わせるとか、そこに入信すれば目的の物が手に入るだとかしてやるだけで、探索者は自然にシナリオの核へと突き進んでくれる。シナリオの核となる要素をリストアップしておけば、後はアドリブでスムーズに動機の関連付けは可能になる。

この時、単に探索者同士が知り合いになったり、同じ場所に居合わせるだけでは、別にストーリー自体は交差しないという点には注意しよう。目的に沿って行動した結果、共闘が生じたり、利害対立が発生してはじめてストーリーがクロスしていると言える。一番単純なのは、最終的な目的達成のキーになる人物なりアイテムなり、場所なりを共通に設定しておく事だ。コービットの所持品を欲している人間と、コービットに復讐したい人間と、幽霊屋敷の霊障を終わらせたい人間は、最終的に幽霊屋敷の地下で共闘してコービットをブチのめす流れになるのだ。

相互作用のシミュレーション
こうした群像劇形式のメリットの1つが、相互作用である。ヒーロー同士のクロスオーバーでは、途中までは共同作業で悪人を捕まえたのに、最終的に敵を殺すか、警察に引き渡すかで殴り合いになるのはよくある話だ。不殺ヒーローと、処刑人ヒーローを、同じシナリオに放り込んだ結果、必然的に殴り合いという結果が生じる。これはシナリオの都合では無く、単に放り込んだ主人公2名の性質による物だ。不殺ヒーロー2名を主人公として放り込んだ場合は、恐らく殴り合いは発生しないだろう。

シミュレーションとしてRPGを遊んでいる場合、放り込んだ探索者の組み合わせによる相互作用という要素が生じ得る。各探索者の個別のストーリーラインに加えて、相互作用によって生じるストーリーまで加わる事になる。シミュレーターである限りは、実際の所シナリオにネタバレも糞も無いのである。

シナリオが交差点として機能している以上、どこかで探索者同士はぶつかり、影響しあう。その時は、迷わず自然な流れに任せるべきである。探索者同士が殴り合いになって、片方が死んだとしてもそれもまた已む無しである。なぜなら、シミュレーターとして遊んでいるからだ。

全員で1つの『試験』に挑むというADV的な遊び方をしていると、協力が大前提になるのでそうは行かない。僕の探索者はこういうキャラなので、などと言って他の探索者の足を引っ張れば顰蹙を買うだけだろう。自然と全員で協力して、『試験』のクリアに挑むというシナリオ上の都合に合わせたストーリーに帰属させられてしまう。プレイヤーVSプレイヤーの対戦ゲーム的な要素を取り入れたTRPGも存在するが、その場合でもキャラが死んでしまえば顰蹙は不可避だ。対戦ゲーム要素は、敗者を生む。負けたプレイヤーは面白くは無いだろう。ただし、シミュレーターの場合は事情が異なる。そもそもシナリオというシミュレーターにキャラを放り込んだ結果がどうなるかを観て楽しんでいるので、結果的に死んでも誰が悪いわけでも無い。組み合わせの妙だ。2体目の探索者を素早く投入しよう。
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by cemeteryprime | 2015-11-18 18:56 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【クトゥルフ神話TRPG】シミュレーターとしてのRPG

RPGの本質
RPGとはどういう遊びか。端的に表現すると、参加者全員でストーリーを作り上げていく遊びである。それを支えるシステムが所謂RPGのゲームルールであり、その本質はシミュレーターである。

この辺りは、RPGの元祖であるD&Dが誕生した経緯を見てみれば判り易い。D&Dは、ミニチュア・ウォーゲームやウォー・シミュレーション・ゲームの流れを組んで誕生した遊びである。戦場というマクロな世界から、ミニチュア単体のミクロな世界に焦点を移したシミュレーション・ゲームがRPGなのだ。

シミュレーターという玩具
ウォー・シミュレーション・ゲームの様に、シミュレーションとゲームは融合しえるが、シミュレーション自体は、本質的にはゲームでは無い。シムシティ・シリーズなどは、勝利や敗北の概念が無い、代表的な非ゲームのシミュレーションだ。シミュレーションの面白さの本質は、弄って遊ぼうである。それ故に、ゲームでは無く玩具に近い物だと表現される。
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もしも~をしてみたら、どういう反応が起こるか。シミュレーターは、このもしもを再現するシステムだ。RPGでは、このもしもを使ってストーリーを作り上げていく。もしも、ピッキングを試みると成功するだろうか。もしも、この主人公が2階から飛び降りてみたらどうなるだろうか。もしも、ブルドックと戦ってみたらどういう結果になるだろうか。

『主人公が目を覚ますと、何処かの2階に監禁されていました。逃げ出そうと、ピッキングを試みましたが2階のドアは開きませんでした。仕方が無いので窓から飛び降りた所、転んで腰を強打してしまいました。よろよろと逃げ出そうとすると、庭にいた番犬に襲われて食い殺されてしまいました。』と、まぁこんな感じである。

シミュレーターとしてのシナリオ
ストーリーを作るには、目的、行動、結果の3つがあれば良い。何かしらの目的を持った主人公が、それを達成する為の手段を選択する。選択の結果は、RPGの場合はシミュレーターとしてのシステムがはじき出す。例えば、彼女が欲しい主人公が、目の前の女性を口説く。言いくるめ(30%)で判定し、結果は失敗に終わる。いまいち口下手な主人公は、女性を口説くことは出来なかったのだ。

ただ、ここで終わると単なる中途半端な経過報告だ。ストーリーになるには、何かしらの変化というオチが必要になる。主人公が成功するまでナンパを繰り返し、30人目でようやく成功したとする。その時、初めて苦手なナンパで彼女が出来たという苦労話として成立する。もしくは、途中で美人局にあってボコボコにされてもう彼女なんて要らねーよと心変わりしたとする。この場合は失敗談としてオチが付く形になる。
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大雑把なイメージとしては、シナリオはこんな形で機能する。もしもこの主人公が上記の行動を、呪われた漁村のインスマスでやるとどうなるか。山奥のダンウィッチでやったらどうなるだろう。多分、異なるストーリーが展開するはずだ。RPGのシステムが、行動を入力して行動結果を出力するミクロなシミュレーターだとするなら、シナリオは主人公を放り込んで何らかの変化を引き起こすより複雑でマクロなシミュレーターとして機能する。

RPGとしてのシナリオ
RPGで作り上げられるストーリーとは、正に上図の構造を持っている。探索者(ビフォー)が導入で、シナリオ本編があり、探索者(アフター)という変化の結果がストーリーのオチになる。

もしも~な状況に放り込まれたらの部分が、例えば何かしらの事件だったとする。実際の所、ストーリーとしては事件がどうなったかはどうでも良いのは理解出来るだろうか。彼女が欲しい主人公が、女の尻を追いかけて連続殺人事件に巻き込まれて、別に事件は解決しなかったものの、事件が切掛で彼女が出来たというオチが付けばそれは、ストーリーとしてハッピーエンドで綺麗にまとまっていると言える。

以前の記事で触れた『試験』型のゲームシナリオではどうしてもこの事件を解決できるかどうかを『試験』内容として中心に採用しがちになる。彼女が欲しくて悶絶していた主人公が、唐突に女っ気の無い連続殺人事件に巻き込まれて、無事に事件が解決した所で、一体なんだと言うんだ?という状況になりやすい。シナリオはクリアしたものの、いまいちストーリーとしてしっくり来ないケースは、こんな感じでは無かろうか。

ストーリーにおいて重要なのは事件の内容では無く、主人公に起こる変化の部分だ。要するに、主人公である探索者こそがストーリーのメインなのである。シナリオ内容は、基本的にストーリーのフックでしかない。ストーリーの導入である探索者の日常や、探索者のその後はセッションできちんと語られているだろうか。導入も、エンディングも無いストーリーになっていやしないだろうか。もしや導入が、探索者同士を合流させる為だけのシークエンスだと考えているなら、それは誤解だ。映画でも小説でも漫画でも、どんなストーリーにも導入部は存在している。必要だからだ。

長くなったので、具体的なRPGとしてのシナリオ形式については次回へ。
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by cemeteryprime | 2015-11-18 11:28 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【クトゥルフ神話TRPG】ADV方式シナリオの脆弱性

ADV方式
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ADV方式に多く見られるシナリオは、大雑把に捉えると図の様なイメージになる。

ADVの本質は『試験』だ。故にクリア(合格)という概念が存在する。試験をクリアする事で、プレイヤーにはストーリーの続きが開示される。これがADVの本質である。これは同時に、ストーリーはキーパーがプレイヤーに提示する物であるという構図を意味している。ADV方式である以上、この構図は避けられない。キーパーが提示するストーリーが面白ければ良いが、面白くなかった場合は残念な事になる。

ADV方式の欠陥
今遊んでいるTRPGはADV方式かどうかは、簡単に判別することが出来る。セッション終了後に、どうすればもっと良い結末を迎えれたのかという反省会があるなら、それは間違いなくADV方式だ。試験で悪い点数を取った時と全く同じ構図である。ADVの場合は、そうしたトライアル・アンド・エラーは面白さの一部でもある。試行錯誤する事で、ストーリーが新しい分岐を見せたり、前より良い結果が見れるからだ。

では、TRPGの場合はどうか。全く同じシナリオを全く同じ探索者で遊ぶことは、まず無いと言っていいだろう。セッションは基本的に1回こっきりだ。ADVの場合はトライ・アンド・エラーを前提にしているので結果がBADエンドでも問題ないが、幾らADVの様に遊んでも残念ながらTRPGのセッションは一度きりなので、通常は試行錯誤の余地は無い。試行錯誤の余地が無いADVなんて果たして面白いだろうか?

脆弱性への対処法
中にはループ構造を組み込んで、クリア出来るまで再挑戦出来る仕様にしてADV的構造を見事に再現しているTRPGのシナリオもある。ただし、こうしたウルトラCは基本的にはレアケースだ。大抵のADV方式シナリオは上記の脆弱性を抱えたままであり、対処療法で凌ごうとする。

プレイヤーが『試験』で酷い点を取ってガッカリして終わるのを避けるには、どういった対処法があるだろうか。事前にクリアしやすくなる様に、推奨技能を発表しておくのは1つの手段だ。試験で先に出す問題を発表しておく様な物だ。

それでも駄目なら、キーパーのさじ加減で判定を甘くしたり、下駄を履かせたり、オマケをあげるしかない。が、そこまでいくと最早何が面白いのか分からなくなってくる。試行錯誤も出来ないし、難題に挑戦するという『試験』としての面白さも無い。何が残るのだろうか?

本質の重要性
相手に嫌な気分をさせない為に、というのは重要ではあるが、上記のスタイルはそれ以前の部分で問題を抱えている。遊びとしての面白さはどこにあるんだ?という点である。

キーパーがゲームクリアのご褒美として提示してくれるストーリーだろうか?それとも、キャラになりきって会話することそれ自体?

そうした要素は人によっては面白いかもしれないが、所詮は枝葉に過ぎない。今回の記事は問題提起編ということで、次回はRPGの本質を損なわないシナリオ形式を提案してみようと思う。
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by cemeteryprime | 2015-11-18 00:58 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【TRPG】馬場講座の功罪

 TRPGシナリオ作成大全の新刊を見かけたので買ってみた。新刊は馬場秀和のマスターリング講座特集である。なので、今回は久しぶりに馬場講座に関する考察。

馬場講座に関して
 馬場講座の特徴は、TRPGにおけるプレイヤーのなりきりキャラ演技を理論武装しつつ鬼の様にディスっている点である。それが面白かったりもするのだが、TRPGのそういう要素が好きな人からは当然の様に良く思われていない。RPGのなりきり要素が大好きな人というのは一定数いて、実際にプレイヤーがキャラにコスプレして遊ぶライブRPGという遊びも存在するくらいなので、そうした要素を全否定するのはけしからんとするのも頷ける話ではある。

 だがそれ故に、馬場講座を語る上では良くも悪くも、なりきり要素の是非みたいな部分がピックアップされがちで、それ以外の要素は案外スルーされてしまうというのが個人的な印象だ。馬場理論には、冷静に読めば致命的なツッコミ所が存在する。

ここが変だよ馬場講座
 馬場講座は、TRPGの在り方や正しい遊び方について論じている様にも見える。が、よく読むと実際の所は、RPGをゲーム的に遊ぶ為の理論なのである。馬場講座はコスティキャンのゲーム論をやたらと引用して自説を補強しているのだが、そもそもコスティキャンの定義ではRPGはゲームではないし、RPGをゲームの様に遊べとは一言も言っていないのだ。要するに、RPGを敢えてゲームの様に遊びたいのは、単に馬場氏の趣味の問題なのである。

 確かに馬場氏の主張する様に、RPGをゲーム的に遊ぶ上ではキャラプレイは邪魔だが、そもそも敢えてゲーム的に遊ぶ必要性は無いのである。それ故に馬場講座は、何処まで意図的なのかは不明だが、基本的にはRPGを本来とは異なるバランスで遊ぼうという提案に近いので、TRPGについての解説講座かと言われると微妙に違っていると言える。

ゲームデザイン論の今昔
 『ゲーム』と呼ばれる遊びには、単に『遊び』という意味の物と、『試合』のニュアンスを持った物が存在している。トランプ、チェス、人生ゲーム、格闘ゲーム、サッカーといった対戦要素と明確な勝敗が存在する『ゲーム』は後者に属している。コスティキャンのゲーム論は後者を再定義するものだ。馬場講座の場合は、前者と後者を混同しており、後者こそがゲームのあるべき姿だと勘違いしている節もある。RPGの他にはシミュレーションゲームなども、試合要素の無いゲームに属しており、そもそもの方向性が異なる遊びなのだ。

 思うに馬場講座が展開されていた当時(90年代)は、まだゲームデザイン論についての意見や資料は乏しかったのも原因の1つでは無かろうか。しかし、現在ではゲームデザイン論やゲーム文化について言及する本は日本でも多く出版・翻訳されている。最早、ネット上に公開されたコスティキャンの英語記事を参照するしかなかった時代では無いのだ。RPGについて知りたければ幾らでもまともな資料は存在するのだ。

馬場講座の活用
 ただし、現状はTRPGをゲーム的に遊びたいというのはむしろメジャーな要望だ。少なくとも日本ではゲーム的なバランスのTRPGが主流になっている印象もある。基本的にゲーム的であればあるほど、初心者にとっては遊びやすく取っ付き易いのである。

 RPGをアドベンチャーゲーム風に遊びたいのなら、馬場講座は見事にマッチするので、大いに参考にすべきだろう。
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by cemeteryprime | 2015-10-30 13:34 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【クトゥルフ神話TRPG】何故、脱出系シナリオが多いのか

蔓延する閉鎖空間
 ネット上で公開されているクトゥルフ神話TRPGのフリーシナリオを探すと、妙に脱出系シナリオが多い事に気付く。偏見もあるかもしれないが、リプレイ動画などでも有名どころは大抵が閉鎖空間からの脱出がモチーフになっている。唐突に謎の異空間で目を覚まし、ニャルラトテップやチャウグナー・フォーン辺りの仕業で終わる様なタイプのシナリオの事だ。

 こうした蔓延は、考えてみれば少し不思議な現象である。クトゥルフ神話TRPGのルールブックに掲載されているシナリオサンプルには、この手の閉鎖空間系シナリオは存在していない。収録されているシナリオは、どれもプレイヤーが自発的に町や村を歩きまわり、図書館や住民から情報収集するタイプで、閉鎖空間系が舞台のシナリオは1つも存在しない。ソースブックでも事情はほぼ同じで、唯一日本オリジナルのソースブックで僅かに閉鎖空間系シナリオが確認出来る程度だ。

閉鎖空間系シナリオの出自
 そもそもRPGで、町やその住人が一切出てこないゲームを幾つ挙げられるだろうか。ファンタジー系RPGでは、主人公一行は当然の様に広い世界を冒険する。およそのRPGのシナリオ・モチーフは冒険や成長で、町から町へと旅をして色々な人と出会うのが一般的だ。

 唐突に閉鎖的な環境下に放り込まれて、モンスターから逃げまわりながら脱出を目指すのは、どちらかと言えばRPGでは無くアドベンチャー・ゲームに特有のシナリオ・モチーフだ。そもそもホラーゲームというのは、一般的にRPGでは無くADVである。犯人探し的なミステリー要素や、謎めいた暗号解読といった要素といった、パズルやナゾナゾはADV特有のゲーム要素だ。

 以上の性質的な特徴を踏まえれば、閉鎖空間系シナリオはどちらかと言えばRPGではなくADVを志向したものだと判る。イメージとしてはホラーADVを、TRPG風に遊ぶためのシナリオという表現が近いかもしれない。

ADVとRPG
 しかし、RPGとADVは異なる性質を持ったゲームだ。RPGのゲーム性はシミュレーションであるのに対して、ADVのゲーム性はパズルである。シミュレーションは、課題に対して様々な解法をぶつけて、その反応を楽しむ。一方のパズルは推理力や計算力を問うもので、用意された正しい解法を発見する遊びだ。

 ADVをRPGの様に遊ぼうとすると、当然の様に拒絶反応が生じる。TRPGにおいて、シナリオ事故だとかシナリオ崩壊と呼ばれる不具合がそれである。ADVのストーリーは、用意された道筋に沿ってしか展開しない。プレイヤーが自由にシミュレーション的な反応を引き出してストーリーを作っていくRPG的な遊び方をすれば、用意されたADV的なストーリーラインは崩壊する。

拒絶反応と対処療法
 この不具合に対処するには2つの方法がある。RPGのシナリオをRPGの様に遊ぶのが正解だが、どうしてもADVのシナリオを使いたいなら、ADVの様にしか遊べない様にする対処療法的な手段が必要になる。自由な行動がストーリーラインに影響が無い様にすること。プレイヤーの行動の自由を奪い、出来るだけコマンド選択式ADVの様にしか振る舞えない様にしてしまう事などがそれだ。

 これをやるのに理想的な舞台が、閉鎖空間だ。行動範囲や利用できるリソースを幾らでも制限出来る。この辺りに閉鎖空間系シナリオが蔓延する理由がありそうだ。
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by cemeteryprime | 2015-10-21 01:09 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【クトゥルフ神話TRPG】ドラマ性の構築

人間関係を使う
人間関係は変化させやすいステータスの一つだ。対立、交友、恋愛、怨恨、尊敬、共闘、裏切り。人と人との関係性は幾らでも変化させる事が出来る。人が態度を変えるのに常に合理的な理由は必要ない。気まぐれだったり、他人には細やかでもその人にとってのみ意味を持つ理由という物も存在する。要するにどんなイベントにでもこうした変化はとって付けることが出来る。それでいて、予測不能の変化は常にドラマティックに作用する。

イベント結果としての変化に人間関係を用いる場合、結果的に発生した変化から、逆説的にそのキャラクターが肉付けされるという効果もある。ストーリーにドラマティックな意味合いを付加すると同時に、登場人物の肉付けも出来るので極めて効率の良い手法の一つであると言える。

ドラマ性
ドラマと呼ばれるストーリーの重点は人間関係の変化に置かれる。起伏に富んだドラマにしたいなら、登場人物は多いに越したことは無い。NPCや他の探索者の数だけ、変化させる事のできるリソースとしての関係性が発生する。

海外ドラマなんかだと、登場人物たちが無駄に引っ付いたり離れたり敵対したりを繰り返す。こうした手法はまさしく関係性の変化でドラマ的な面白さを高めていると理解する事が出来る。こうした変化は時に唐突なので、キャラクターのリアリティとは別のロジックで運用されていると考えていい。変化させておいてから、その変化の理由を後付するのだ。そうすることでキャラクターの深みが追加される。変化の理由は、そのキャラクターの過去にあってもいいし、現在進行形で何か秘密を抱えている事にしても良いのである。

NPCの活用
NPCのストーリー上の役割は、イベント要員である以上に関係性部分にあると言っても過言では無い。友好的でも、敵対的でも内容は何でも良いが、登場した際には既存キャラクターとの間に何かしらの関係性を構築しておくことが重要になる。そのキャラクターにストーリー的な意味合いを持たせるには、探索者の誰か一人との間には何かしらの因縁なりの関係性を持たせておく必要がある。昔からの知り合いである必要は無く、初対面から気に食わないだとか、一目惚れだとか、立場上の対立関係でも良い。

ライバルから仲間へ、親友から宿敵へ、愛情から憎悪へ。ドラマ性を高めたいなら、あらゆる関係性は逆転するために構築されるくらいに認識しておくと良い。仲間は最後まで無条件に仲間で、敵はどこまでも分かり合えない敵というのは、判り易いがドラマ性は低い。簡単に態度を変えるNPCは、ストーリーに緊張感をもたらしてくれる。無駄に引き連れて行ったNPCが全員寝返れば、探索者は優位から一気に危機に陥る。クトゥルフ神話TRPGであれば、ホラーなのでこうした疑心暗鬼を導く要素は良いスパイスとして機能する。

会話
NPCとの間に関係性を構築したり変化させるには、会話が不可欠だ。NPCとの会話は交渉パートでもあり、情報を開示パートでもあり、現在の関係性を示すパートでもある。NPCを自由に供給できるという点ではシティシナリオは都合が良い。クローズドな舞台にする場合でもNPCは数名は居たほうが良い。そして一人以上は非協力的であったり対立関係にある必要がある。探索者同士を対立関係に設定しても問題は無い。

ドラマ性には会話は重要だが、会話はセッション時間を引き伸ばしがちな点には常に注意が必要だ。会話パートとして区切り、適当に切り上げないと延々と無駄話が続くことになる。なりきり演技が目的では無く、情報開示が目的だと割り切る事。セッションが間延びすると、相対的に面白さも低下してしまう。
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by cemeteryprime | 2015-09-29 17:51 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【クトゥルフ神話TRPG】ストーリーにおける変化

変化を与える
ストーリーの本質は、主人公に起こる変化だ。豊富にイベントが発生しても、主人公に何の変化も与えないのであればストーリーとしてはつまらない。

シナリオは、端的に言えば主人公に変化を与える為の物だ。一本道的なゲームシナリオがつまらなく感じるのは、変化の内容が予定調和的で固定的だからだ。変化を与えるには、探索者のステータスを的確に把握しておく事が重要になる。目標、動機、性格、地位や経済状態、健康状態、人間関係、変化させる事が出来る候補は沢山ある。

結果説
ストーリーに起伏を与えたければ、キーパーは探索者の状況に変化を与える必要がある。キーパーはシナリオとして変化を与えるイベントを用意する必要がある。
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この時、変化を与えるイベントとは②の方であるが、重要なのは結果的に変化が起こったかどうかが意味を持つという点だ。①はストーリー的にあまり意味の無いイベントに見え、②は価値のあるイベントとして映る。まったく同じ内容のイベントだったとしてもだ。変化とは常に結果から認識される物である。

キーパーはシナリオを準備する必要があるが、それを意味のあるシナリオにするのは、それにどういう結果を与えるかという点にかかっている。結果が発生するのは常にセッション中だ。TRPGにおいてストーリーが面白くなるかどうかは、準備段階には無く、常にセッション中に決定される。

一人の人物Aが死ぬというイベントがあったとする。探索者とAの間に特に一切繋がりが無かった場合は、そのイベントは探索者にとってニュースにはなってもストーリーにはならない。Aが死んだことで、莫大な遺産や古い屋敷などが探索者に相続されたとするなら、そのイベントは確実に探索者のストーリーの一部だ。もしくは、Aの死亡をきっかけに昔の恋人とよりが戻るとか、死に際の一言で親友だと思っていた人物の正体が敵であると気付くとか。Aが死ぬと同時に主人公の右腕が変色するだとかでも良い。とにかく何かしらの変化さえあれば、そのイベントはストーリー的な意味を持つ。

変化と葛藤
生じる変化には予期されたものと、予期されないものがある。予期した上で引き起こされる変化とは、主人公の意思決定の結果だ。意思決定は葛藤とセットになっている。葛藤と意思決定はストーリーにおいては、キャラクターの内面性を示す手段である。意思決定はゲーム的な面白さの中核でもある。これらの要素は、主にプレイヤーの為に用意される。キーパーは探索者のキャラクター性を示す為の場として、イベントにゲーム性を導入する。プレイヤーはゲームを通じて意思決定で探索者の人格を表現し、キーパーはその結果として変化(ストーリー)を提供する。

変化の予測性
予期されない変化がもたらすのはドラマ性だ。予期せぬ変化が生じる事で、それまでの過程に新しい意味が付加される。正義が悪になり、努力が徒労に代わる。どんなに意味の有ることだと考えて積み重ねた行為も、最終的に報われなければ無駄な行為だった様に感じてしまう。邪悪な宿敵と思われた人物を殺害した後に、その人物が無罪だったと判明すれば衝撃的なストーリーに映るが、実際に宿敵だった場合とイベント(行為)自体は変わらない。予期していなかった変化という結果は、それまでのストーリーの意味合いをまとめて一気に変化させる機能を持っているので、主観的に劇的な印象を与える。

変化の役割
意図した変化は達成感を生み、予期せぬ変化はドラマ性を生む。TRPGにおけるゲーム性を尊重するのであれば、意図した結果に加えて予期せぬ変化を加えるという手法が効果的である。予定通り宿敵は倒したが、宿敵の正体が実は仲間Aの父親だった事が判明し仲間Aと敵対してしまうといった具合だ。

予期せぬ変化は新しい問題を発生させる機能も持っている。意図的に引き起こす変化は、主人公による問題解決を意味している。問題解決と問題発生のサイクルは、ストーリーを継続させる上での重要な手法となるので覚えておこう。
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by cemeteryprime | 2015-09-29 11:56 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【クトゥルフ神話TRPG】プレイ講座

TRPGをキーパーにからシナリオを読み聞かされるだけで終わらせない為のコツというか、プレイヤーが積極的に楽しむ為のポイントについての記事。クトゥルフ神話TRPGを前提として説明するが、TRPGであれば基本は同じはずである。過去記事との重複も多いが、最新版のまとめ記事的な物と考えてもらえば良い。

TRPGの遊び方
大前提としてTRPGは参加者でストーリーを合作する遊びである。システムによって、どれだけゲーム的なバランスに寄せているかの違いはあるが、TRPGである以上は目的はストーリーを作って遊ぶという部分だ。そもそも勝ち負けを競うゲームでは無い事だけは覚えておこう。この辺りを誤解して、死ねば負けと勘違いしてひたすら生還を目指すだけのプレイになるのは、入門者にありがちな光景である。

TRPGに、これはゲームだからというメタ思考を持ち込むのは見当外れな行為である。この遊びに必要なのは、これはストーリーだというメタ思考である。キーパーにとっても、プレイヤーにとっても面白いストーリーにしようという目的意識こそが、最も重要になる。

プレイヤーの役割
ストーリーとは、基本的に主人公を軸とした概念である。ストーリーの基本構造はシンプルに表現すると、こんな感じだ。

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TRPGにおける主人公とは、各探索者だ。探索者である主人公Aは、シナリオを通じて何らかの状態変化を遂げる。状態変化の内容はヒロインとの結婚であったり、人間的な成長であったり、財宝の獲得であったり、仇討ちの達成であったり、破滅であったり、死亡であったりと様々である。とにかくイベントを経過して、変化を遂げた所までがストーリーの区切りである。

探索者である主人公Aを用意するのはプレイヤーで、シナリオを用意するのはキーパーだ。この2つの相互作用で、変化後の主人公A'が発生する。この変化の過程がストーリーである。ストーリーの合作作業におけるプレイヤーとキーパーの役割分担は端的に言えばこういう事だ。

シナリオとストーリー
イベントが沢山発生しても、それが探索者に何の変化も与えないなら、残念ながらストーリー的には無価値に等しい。主人公そっちのけで、勝手にイベントが進行していっても何の面白さも無いはずである。キーパーが、イベントの進行のみに気を取られ過ぎると時折こういう事態は発生する。ストーリー的な価値を持たせる為にはイベントが探索者に変化を与える必要がある。その為には、探索者が只の傍観者では無くきっちり当事者である必要がある。遠く離れた外国で通り魔事件が発生した所で知ったことでは無いが、被害者なり加害者なりが親しい知人であれば話は別だ。

探索者に変化を与えるには、キーパーが強引に変化を強いるという手法もとれるが、基本的にはプレイヤーの主体性が求められる。探索者が行動しなければ、当然変化も起こりにくい。安全な場所で引き篭もっていれば、劇的な変化も起こりにくいはずである。こうなると、ストーリーも発生しにくい。

求められる努力
よりよいストーリーを発生させる上でキーパーは、シナリオを探索者に出来るだけ絡める必要がある。プレイヤーもまた、シナリオを探索者の触媒として上手く機能させる為には、キャラ作成の段階から上手くシナリオに絡めそうな設定にするなどの工夫が必要にある。

TRPGの場合、触媒として機能するのはキーパーが用意したシナリオだけでは無い。他プレイヤーが担当する探索者もまた触媒として機能する。他の探索者やNPCと積極的に関係性を作っていくというのは一番シンプルな手段である。友好からの敵対、死別。敵対からの和解。あくまでストーリーなので、関係性は変化させる為に築くくらいのイメージで構わない。

より豊かな状態変化(ストーリー)の為には、プレイヤーは積極的に行動させる必要がある。守りに入っていれば当然ストーリーは発生しない。

動く探索者の作成
この主人公はあまり性格的に行動的では無いというリアリティは、ストーリーにおいては糞の役にもたたない。メタ的に言えば、そのキャラクターはストーリーの主人公である時点で、行動し変化する事は義務付けられている。ストーリーの主人公が常に性格的に積極的で行動的な必要は無いが、確実に行動に迫られる動機は必須である。これが無い場合は、設定レベルの不具合と言える。

消極的な主人公にこそ、それでも行動せざるを得ない強い動機が必要になる。キャラクターの設定は、基本的にプレイヤーの担当である。次に何をすれば良いのかプレイ中に判らなくなるのは、探索者の動機が不明瞭であるという不具合に起因する事が多い。

探索者の動機
探索者の動機がシナリオ目標と一致していれば、探索者をシナリオに絡めやすい。が、一致してなくても特に問題は無い。最終的にストーリーに必要なのはあくまで主人公の状態変化であり、必ずしもシナリオ目標の達成では無いからだ。

基本的に動機は普遍性がある物の方が使い勝手が良い。金が欲しい、名誉が欲しい、恋人が欲しい。何でも良い。探索者の動機とシナリオの摺り合わせは、プレイヤーとキーパーの共同作業になるので話し合って決定すること。女好きな探索者であればNPCの一人を美女に変更するくらいは訳ないし、両親の仇を探している探索者に対しても同じような処理はたやすい。重要なのは、動機が無いので行動しないでは無く、行動する為に動機を作ろうというプレイヤーの意志である。

ストーリーの結末
ストーリーの結末は、冒頭からある程度は読者に仄めかされる。極悪人であれば因果応報で酷い末路を辿るか、改心して贖罪に走る可能性が高い。報われない努力家であれば、最後には努力が報われる展開を予測する。ストーリーの過程はともかくエンディングは、冒頭から暗示される物である。ストーリー中で克服すべき課題なども、基本的には過去に纏わる設定としてはじめから提示されている物である。こうした設定は、各探索者のストーリー上の目標として機能するので意識的に設定してみて欲しい。

クトゥルフ神話TRPGの場合は、ホラーという性質上、ハッピーエンドに終わる可能性は低い。クトゥルフ神話TRPGで作るストーリーはホラーである。ホラーは、バッドエンドと相性が良い。報われない努力家が、努力が報われヒーローになるかと思いきや最後の最後にあっさり死んでしまった所で、なんら問題は無い。ハッピーエンドを無事に迎えれても良いし、期待を裏切る理不尽なバッドエンドに終わってもストーリーとしては成立する。冒頭での結末の仄めかしは、あくまでプレイヤーへのゴール地点の目標程度と考えよう。

ストーリーへの干渉
それ以上に重要なのは、ストーリーの一貫性だ。TRPGは前からストーリーを構築していく。キーパーは、プレイヤーの結末を決めつけない事。ストーリーにおいても重要なのは、主人公に起こった変化だ。

変化の結果が主人公の死であるなら、それはそのストーリーにおいては正解である。探索者を生還させるという慈悲的采配が常にストーリーを面白くするとは限らない。キャラクターの変化にはご都合主義は発生させないこと。それが、結果的に自然なストーリーになる。
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by cemeteryprime | 2015-09-27 00:38 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【クトゥルフ神話TRPG】動く探索者の作成

ストーリーの主人公たる探索者が、積極的にストーリーに絡んでいけるかどうかはプレイヤー個人の積極性やテクニックだけに依存しているだろうか?

否。そうでは無い。設定レベルで、動かし安いキャラクターという物は存在する。創作において、勝手に動き出す活きたキャラクターという概念は存在する。勿論これは比喩表現だ。シンプルに表現するなら、状況に合わせた取るべき行動が明確で、いちいち次の行動を考える必要が無いキャラクターという事である。

メインのエンジン
 探索者の求めるもの(行動原理)を明確に設定しよう。これが探索者を活きたキャラクターにする初級編である。何を最優先に行動するキャラなのかが明確に判っていれば、プレイヤーは探索者らしい行動をいちいち考える必要は無くなるのである。

 その選択が探索者にとって何らかのリスクを伴う可能性があったとしても、先に最優先する物さえ決めていれば迷う必要は無い。ガンガン突き進むだけである。時に人間は、自分の命よりも金や名誉や他人を優先する事がある。例えその行動で探索者が死ぬ羽目になったとしても、終始一環して行動原理にブレが無ければロールプレイとしては大成功の部類に入っているはずだ。TRPGは生き残るゲームでは無い。ロールプレイングゲームである。

 勿論、途中で再優先する物は変わってもいい。人間は成長したり、変化する生き物である。金を再優先していた人間が、他人を最優先する様になる事もあるだろう。逆もまた然りである。こうした変化は、ドラマチックであるべきだ。感動的なイベントかもしれないし、クトゥルフ神話TRPGの場合であれば恐怖に直面した結果として人間性が変わってしまう事もあるだろう。途中で切り替えるにせよ、そこまで一貫性があればその変化も1つのストーリーになる。

メイン・エンジンの選択
 求めるもの(行動原理)は、基本的にはどういう物でも構わない。金なんかは動機としてかなり汎用性が高い。金に困った人間は、たいていの事はする物である。他には愛だとか、喜びだとか、正義、名声、承認欲求なんかでも良い。

 何でも良いのだが、当然その求める物はシナリオ目標に上手く絡める必要がある。あまり限定的過ぎる内容にすると、その探索者はキャンペーン的に使い回し難くなるので注意が必要だ。ヒロインAを深く愛している探索者よりは、単に女好きなキャラクターの方が使い勝手は良い。女好きの主人公は、毎回女性をフックにして進んでトラブルに首を突っ込んでストーリーに絡んでいく。転がしやすいキャラクターという物はそういう特徴を持っているものなのだ。

 探索者の動機はシナリオ目標に絡めてやる必要があるが、最初からシナリオ目標に合わせやすい動機を考える必要は無い。むしろ、シナリオ目標とのすり合わせが多少難産である方が、ストーリーが膨らむ余地が出てくる。TRPGの醍醐味は、キーパーとプレイヤーの提案の相互作用から、予期せぬストーリー性が発生する事である。これだ!と思う行動原理が思いついたなら迷わず採用してみて欲しい。

第二のエンジン
 更に探索者を自律的にシナリオに絡ませやすくする方法がある。それは、探索者にカルマ(回収すべき伏線)を設定する事である。通常の創作では、作者は後々に回収する為に主人公の背景や過去に判りやすく伏線を設定する。生き別れの兄弟がいたり、父親が生死不明だったり、両親が正体不明の敵に殺されていたりだ。こうした確実に回収されるである伏線は、読者に対する牽引力として機能する。

 同じ理屈はTRPGでもプレイヤーに対して機能する。むしろTRPGの場合は、主人公を操作するのがプレイヤーである以上、受け身でいれば回収されない可能性が出てくる。探索者のカルマは回収させるべき目標として機能するのである。

 カルマがあると、プレイヤーは常にストーリーの展開に注意が向く。生き別れの父親との劇的な再開という形でカルマを回収したいなら、取り敢えず父親かもしれないキャラクターとは予め積極的に絡んでおく必要があるからだ。カルマがあると探索者とシナリオの関係性は嫌でも増す。シナリオとしては偶然巻き込まれた形でも、プレイヤーとしてはその内自分の生き別れていた父親がどこかで登場すると予告されているも同然なので、単に巻き込まれた第三者として振る舞う事が難しくなるのである。

サブ・エンジンの選択
 探索者に設定するサブ・エンジンであるカルマは、謂わばプレイヤーを駆り立てる為のフックである。なので、出来ればプレイヤーが自由に考えるのが望ましい。ただ、余りにも自由に決定するとシナリオ内容との兼ね合いもあるのでキーパーの負担も大きくなる。
 カルマは案外テンプレートがある物だ。先に挙げたような、父親が生死不明だとか、両親が幼少期に殺されていたり、養子で両実の親の事を知らない…みたいなカルマは色んな作品で頻出するテーマだ。過去に人を死なせた事があるだとか、アルコール依存症の過去があるだとかは、ホラーに定番のカルマである。ある種のお約束だからこそ、伏線として機能する訳である。キーパーはこうしたカルマのテンプレートを事前に用意しておく事が出来る。

 そのシナリオに絡めれそうなカルマを幾つか提示し、プレイヤーに好きな物を選ばせるという手法をとるなら、キーパーは各プレイヤーにそれぞれ自分好みのシナリオフックを提供出来る事になる。カルマはキャラクターの設定であると同時に、ストーリー全体のテーマにもなる。過去の贖罪を行うキャラなのか、父親との対決をするキャラなのか、自分の出自に怯えるキャラなのか、それとも復讐者なのか。この辺りは結構プレイヤーで好みが別れる部分なので、選べるに越したことは無い。

参考文献
 これらのテクニックは別にオリジナルな物では無い。一般的なシナリオ創作におけるキャラクター造型のテクニックに基づいた物であるし、ダンジョンズ&ドラゴンズ第4版のダンジョンマスターガイドⅡで紹介されているGM向けテクニックを噛み砕いた物でもある。なので、TRPGで効果的な事は言うまでもなく、小説や漫画などの創作にも役立つ概念であるはずだ。そういった資料に直接目を通す暇が無い人であれば、参考にしてみて欲しい。

 私見ではあるが、TRPGの参考書としてはD&Dのダンジョンマスターガイドが最も実用的である。値段は高いが、TRPGの元祖であるD&Dのマスター用ガイドだけあって、TRPGそのものに関するテクニックが恐ろしい程細かく紹介されている。対プレイヤーのカウンセリング技術まで載っているので、ハッキリ言って異常である。

 それ以外の参考書としては、映画の脚本術の本が実用的である。これは単にシナリオを作成する為に使えるという話では無く、TRPGはストーリーを作る遊びなので、ストーリーが生成されるメカニズムが理解出来ていた方が遊び易いという話である。また脚本術の本は、漫画シナリオだったり、ゲームシナリオだったり、小説だったりと色々あるが、敢えて映画シナリオの物をオススメするのは、ショーマンシップを意識したテクニックが多いからだ。映画は、最初から最後まで観客に席を離れさせず一気に観させることを前提としている。この辺りはゲームや漫画や小説とは異なる部分である。こうした興味をリアルタイムで持続させ最後まで席に集中させる技術はTRPG向きだと言える。

以上。
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by cemeteryprime | 2015-08-13 17:40 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

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