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【映画感想】デスノート

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ネットフリックスのオリジナル映画として作られたデスノートのリメイク作品。

あらすじ

主人公のライト・ターナーは刑事の父親と二人暮らしの高校生。母親を犯罪者に殺されているが、犯人は陪審員を買収して無罪を勝ち取ったという過去を持っている。それ故に逮捕しながらも犯人を捌けなかった警察と父親を軽蔑していて、犯罪者が野放しになる法制度も信じていない節がある。

ライトはそれなりに頭は良いのだが、社会への反骨精神からか宿題代行をやっている。ある日、ライトは嫌がらせをしている粗暴な不良を咎めた結果、ボコられてしまう。そしてボコられた被害者であるにも関わらず、校長は面倒臭そうな校内暴力をスルー。ライトの持ち物から発覚した宿題代行だけを咎めて来る始末。取り締まり易そうな不正だけを突っつき、真の悪党が野放しになるのは、社会でも学校でも同じだった。

そんなライトがある日、デスノートを拾う。宿題代行の件で居残りさせられていたライトの前に、死神リュークが姿を現す。嘘か本当か、試しにライトは、件の不良生徒の名前をデスノートに記入する。死因は首チョンパ。すると、まるでファイナル・ディスティネーションが如く、不幸な偶然の連続が発生し、死のピタゴラスイッチで不良生徒の首がチョンパされるのであった。

デスノートの力を確信したライトは、ノートを使って母親を殺したマフィアを殺害する。そしてデスノートを使って犯罪者を裁いていくことを思いつく。

感想

漫画版のデスノートは、若者が恐ろしい超能力を手に入れて暴走し最終的に破滅するピカレスクストーリーで、ライバルである正義の探偵のLとの頭脳バトルがメインの作品であった。正体がバレるかバレないかという駆け引きは、長期連載向きではないものの、緊張感があって週刊連載向きの良いギミックだったなと思う。

一方、今回のリメイク版デスノートは初めから映画として作られたコンテンツである。なのでLとの推理合戦を楽しむ作品というよりは、デスノートを通じて変化する人間たちのストーリーを描く作品になっている。

それ故に一番の大きな違いとして、ライトもLもしっかり人間として描かれているという点がある。身内であるワタリを殺されて感情的になるLは、こんなのLじゃないやい!と批判されているのをネットなんかでは見かけるが、この違いはバトル的な攻防を見せる作品と、キャラのドラマを見せる作品の違いとしか言いようが無いだろう。

映画映えするデスノート

今作の一番の魅力は何といっても、デスノートにファイナル・ディスティネーション要素が加わった事では無いだろうか。死のピタゴラスイッチと形容される事の多いこの演出は、デスノートの様な不可解な力が働いて人を死に至らしめる力を映像で表現する手法としてはピッタリだ。

もしかしたら、このファイナル・ディスティネーション的な死神演出をデスノートでやろうという部分にこそ映画化の勝算があったんじゃないかとも思える。

結論

とにかく、キャラの描き方や結末も含めて、とても面白かった。なかなかの秀作という感じ。是非観てみて欲しい。


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by cemeteryprime | 2017-08-30 00:25 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】ワンダーウーマン

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例の如く、死ぬほどネタバレ。

あらすじ

主人公のダイアナはギリシャ神話の時代から続いて来た女だけのアマゾン族が暮らす島の王女だ。島には、古代ギリシャの神々を滅ぼし共倒れになった戦争の神アレスがいつか復活した際は、平和の使者であるアマゾン族が倒すという伝承があり、ダイアナはそれを信じていた。


時代は第一次大戦の最中、ドイツ兵に追われたアメリカ人スパイのスティーブが島に漂着する。追撃して来たドイツ兵との戦闘でアマゾン族が数名死亡。ドイツ軍が開発した新型の大量破壊兵器の話を聞いたダイアナは戦争の神アレスの復活を確信する。アマゾン族の役目を全うする為ダイアナは、アレスを倒して戦争を終結させるべくスティーブと共に島を出るが…。


感想

かなりフェミニズム的な文脈でも宣伝されたり議論されていた映画なので、そういう映画なのかなと思って観に行ったのだが、案外そうでもなかった。確かにワンダーウーマンというキャラ自体は、そういうフェミニズム的な文脈で生まれたキャラでなんだが、この作品に関してはこれまで過去にあった戦う女性の映画と比べて特筆すべき何かがあったかというと特にはなかったと言わざるを得ない。女性が主役のスーパーヒーロー映画というだけだ。


ストーリーに関して

自然豊かで女性しかいない社会で育った戦う女戦士のダイアナが、スモッグまみれで女性の社会的地位が低い当時のロンドンにやって来る下りは、所謂ターザンが都会へ来るみたいな話でそれなりに面白かった。ただ、それ以降の展開はあまり主人公が女性である意味がないような気もした。


監督もインタビューで『第一次世界大戦当時の女性差別のシーンはあれど、主人公の性がどうこうというのが主題の作品ではありません』と話している。ワンダーウーマンというキャラ自体はフェミニズムの文脈で作られたキャラであり、フェミニズム要素への過度な期待や論争へ配慮したのかもしれないが、それにしたってあまりにも主人公が女性である点に意味がないのはいかがなものか。映画公開に向けてのマーケティングなどでもそういった論争が起こったりしていて期待していただけに、割と肩透かしを食らった形だ。


マル博士に関して

この作品にはドイツ軍で新型毒ガス兵器を開発している悪の科学者としてマル博士という女性のヴィランが出て来るのだが、このキャラの扱いが勿体なかった。

マル博士も、女性なのに前線で戦っている軍人であり、戦局を左右する最終兵器を作っていた、言ってみればスーパーウーマンである。本来なら正義のスーパーウーマンの対極としての悪のスーパーウーマンであったのだが、前述の様にこの映画の場合は主人公が女性である意味が薄いので、単なる悪に仕えるマッドサイエンティスト以上でも以下でも無い扱いをされていた。


例えば、ガスマスクを付けた性別不明のキャラにしておいて、クライマックスでマスクが外れて女性であったことが発覚して、まさか女性がこんな残虐な兵器を開発していたのかとダイアナが驚くみたいなシーンを入れていても良かったんじゃないのかとか。他にも、スティーブとのパーティー会場での接触シーンで、マル博士の正体を知らないスティーブが、美人の女性なので秘書かなんかだろうと見くびって、色仕掛けでマル博士の情報を引き出そうとして失敗するシーンなんかがあっても良かった。


アレスに関して

この映画のもう一つの良く無い点はアレスだ。軍神アレスが、蛮族系というよりは、こじらせた文系みたいなキャラだったのは意外性があって面白かったが、この映画の場合、アレスは登場させない方が良かったのでは無かろうか。


監督はインタビューで『本作は典型的な正義のヒーローが戦争という善悪がグレーな場所で正義をどうやって貫くのかを問われるのが大きな要素』と語っている。実際途中まではテーマに沿った形で素晴らしい。


戦争の原因は軍神アレスで、アレスさえ倒せば操られていた人間たちは目が覚めて平和が訪れるという夢物語を信じたダイアナが戦地に突撃していく話になっていて、スティーブからそうじゃないんだよという話をされつつも聞き入れない。スティーブは、戦争は誰か一人の悪者が起こすんじゃなくて、みんなの責任で起こるという良い話もする。最後にダイアナは、邪悪な大量殺戮を企むドイツ軍の将校をぶち殺すのだが、それでも戦争は止まらず、愕然とする。


そこまでは良いのだが、なんとその後に結局アレスが登場してしまう。結局アレスは戦争を劇化させる為に人間を操っていたのである。そしてダイアナとアレスが対決する。このそれまでのテーマをぶち壊す展開は、馬鹿じゃねーのかなと思う。確かに、ヒーロー映画だし最後は超人同士の対決で締めようというのが分からなくもないが、これだと戦争は一人の悪人が引き起こしているんじゃないという、それまでの戦争と正義というテーマが台無しだ。一応、それでも悪いのは人間だとアレスは言い訳がましく説明はするのだが、だから何だよという感じである。


アレスはキャラ造形的にも色々微妙で、人間の危険性に気付いていたが故に神に造反したルシファー的な扱いになっている。エンターテイメント性を考えるなら、悪人はとことん悪い奴にすべきだったと思う。戦争を引き起こすことで、戦争の神であるアレスは勝利を祈る人間からの信仰で力が増すとかそういうストレートなクズにしとけば良かった。


もしくはアレスを単に人間の本質を露見させたい文系キャラにしておきたいなら、舞台が第一次大戦なので、アレスの関与はあくまで戦争のトリガーになったサラエボ事件に関与したとかで、確かに戦争の切っ掛けは作ったがここまで酷い戦争に発展したのは人間自身の性による自業自得とかそういうスタンスで行けば良かったのにと思う。

クライマックスに関して

ダイアナが女性ヒーローであるという点を活かすなら、例えば「これが漢の死に様じゃい!」みたいな感じで、毒ガスを積んだ爆撃機もろともヒロイックに自爆しようとするスティーヴを止めて、仲間たちと一緒になんとか他の解決方法を見つけるだとか、同じ女性であるマル博士をなんとか説得して無効化する方法を聞き出すとか、そういう男のヒーローじゃないからこそな、決着の付け方があっても良かったんじゃないのかなと思う。


そして、最後は生き残った仲間たちと酒場で打ち上げをする訳だ。何なら、本当はさっさと戦争を止めたかったドイツ兵なんかも一緒に。音楽はもちろんスコットランド人の狙撃手が担当する。


DC映画は暗いムードで失敗してきたので、ここらでこういうハッピーエンドをぶち込んでも良かったのでは無かろうか。


色々不満は述べたが、それもこれもこの映画はもっともっと面白くなれたはずなのに惜しいなという想いからだ。正直最高傑作だとは思わないが、面白い映画だし、数少ない女性が主人公のアメコミヒーロー映画なので、是非観に行ってほしい。


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by cemeteryprime | 2017-08-26 13:23 | 作品・感想 | Comments(0)

【ドラマ感想】iZombie

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アメコミ原作のドラマ。アメリカではシーズン4までやっているらしいが、ネットフリックスにはシーズン1のみ。

あらすじ

主人公リヴが船上パーティーに参加していた所、ドラッグとエナジードリンクの謎の相互作用によってゾンビが突如発生。リヴはゾンビに引っかかれて船から転落し死亡する。しかし、その後、ゾンビとして息を吹き返す。

ゾンビとして蘇ったリヴ(医者の卵)は、脳味噌を手に入れる為に警察の検視官の助手として働くようになる。リヴはゾンビになったことで、食べた脳味噌の持ち主の性格や能力や記憶が乗り移るという能力を身に付ける。

ゾンビになったら脳味噌を食べ続けないと、人格が無くなって飢えに突き動かされるモンスターと化してしまう。リヴは検視に運ばれてくる事件の犠牲者の脳味噌を食べさせてもらったせめてものお礼として、霊能者のフリをして脳から読み取った記憶を使って事件解決の手伝いをする様になる。

感想

ゾンビと言っても腐った死体という感じでは無く、どちらかというとヴァンパイアに近い感じ。ごく僅かに脈もある。脳味噌を食べることで、脳の持ち主の記憶や才能や性格が宿るという能力の他に、バーサーカーモードみたいな怪力&狂暴な姿に変身することも出来る。あとは、怪我をしても流血が殆ど無くすぐに治るので、首をもがれたりしない限りはだいたい平気。

ストーリーとしては、ちょっと変わった能力を持ったヒーローが主人公の犯罪捜査モノといった感じ。一話完結物形式で、毎回運ばれてきた事件の被害者の脳味噌を食べて、捜査に協力する。ただし、大きなストーリーとしてゾンビ発生の原因を作ったエナジードリンクメーカーの話だとか、正体を隠して生きている他のゾンビ達の話だとかも挿入される。

シーズン1の敵役は、元ドラッグディーラーのゾンビのブレインで、こいつはリヴと同じ事件でゾンビになってリヴを引っ掻いてゾンビ化させた張本人。意図的にゾンビを生み出してそいつらに脳味噌を提供する脳味噌密売ビジネスをしている。麻薬のディーラーから脳味噌のディーラーになった感じだ。

面白いなと思うのが、普通ゾンビってもう死んでいるのでドラマも糞も無いんだけども、脳味噌からのフィードバックがあるせいで、性格がころころ変わってそうした変化に言動が左右される所だ。生きる為に食べつづけ、生きている以上他の人間の影響を受け続ける。ゾンビだけど、人間っぽさを圧縮したような設定で楽しい。


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by cemeteryprime | 2017-08-22 15:19 | 作品・感想 | Comments(0)

【ドラマ感想】ディフェンダーズ

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ネットフリックス・オリジナルドラマ『ディフェンダーズ』が遂に配信されました。『ディフェンダーズ』は、ネットフリックスで配信中のマーベルドラマ版アベンジャーズで、以下の作品の主人公たちが合流する話です。

『デアデビル』

『ジェシカ・ジョーンズ』

『ルーク・ケイジ』

『アイアンフィスト』

あらすじ

デアデビルの活動を辞め弁護士をしていたマット・マードック、探偵業をやっているんだかいないんだか分からない飲んだくれのジェシカ・ジョーンズ、刑務所から出て来たルーク・ケイジ、崑崙から帰って来たダニー・ランド(アイアンフィスト)はそれぞれニューヨークで謎の地震に遭遇する。ニューヨークで地震?と思いつつも、4人はそれぞれ自分の抱えている事件や、持ち込まれた事件を追いかけている内に、合流することになる。事件の背後には悪の忍者組織ザ・ハンド(闇の手)がいて、何やらニューヨーク壊滅を狙っているらしい。先の地震はその予兆だったのだ…という話。

感想

アベンジャーズがやりたい作品だけあって、4人が合流するまでの流れや、合流してからのゴタゴタなんかは凄く楽しい。チームを組むとなると、それぞれが己の個性を発揮しつつ役割分担をする必要が出て来るので、マットはちゃんと弁護士をやるし、ジェシカ・ジョーンズは探偵っぽい探索と情報収集をするし、ハーレム地区の英雄のルークはブラザーの為に体を張るし、鋼鉄の身体を活かしたタンク役をこなすし、単体作品ではむしろウンコだったダニーも、少年漫画の主人公っぽい純粋さというか聞き分けの無さでチームを引っ張る役割を担っていたので感動する。

ただし、中盤以降は若干微妙になってくる。まず1つの理由としては、風呂敷の広げ方がいい加減だったことが判明するからだ。結局どういう理屈でニューヨークが壊滅するのか不明なままストーリーは終わる点だ。マンハッタンの地下に、崑崙(アイアンフィストに出て来る異世界)の関連の隠されたゲートがあり、そのゲートを解放するとニューヨークが滅びる。ゲートの解放にはアイアンフィストの力による認証が必要みたいな話だったのだが、クライマックスでゲートが開かれてみれば中にはドラゴンの化石と思われるものがあっただけで、特に大崩壊とかは発生しないまま終了。ヤミノテがゲートを開けるとニューヨークが壊滅すると散々仄めかしたのでディフェンダーズの面々は必至にヤミノテと戦ったのに、何だったんだという感じである。ちなみにゲートの奥にはヤミノテが死者蘇生の術に使う秘薬の原料があり、原料が枯渇していたヤミノテとしては何としても早急に入手する必要があったのだが、何故かヤミノテは敢えてニューヨーク壊滅の嘘を広めることで入手をハードモードにした形になる。

もう1つは、敵がショボい事。ヤミノテはこれまでデアデビルやアイアンフィストに散々登場してきた闇の忍者組織で、怪人不在のショッカー軍団みたいな組織である。忍者軍団なのでアクション的に見栄えは良いのだが、基本的に戦闘は湧き続ける忍者軍団をちぎっては投げちぎっては投げの繰り返しの乱闘にしかならないので、とにかく地味なのである。また今回は5大幹部+1がボス級の敵として登場するのだが、内訳は3名が新キャラ(非戦闘キャラ1名+噛ませ犬2名)、1名がデアデビルとアイアンフィストのシリーズにずっと出て来たババァ、2名が再生怪人という構成だった。強キャラは再生怪人の2名とババァだったので、はっきり言って新鮮味は全く無かった。

そして最も肩透かしだったのは、ディフェンダーズの敵役として目玉的なキャストだったシガニー・ウィーバーがあっさり退場した点だ。シガニー・ウィーバーはヤミノテの幹部の一人で、冷徹な経営者であり母親でもあるみたいな人間味のあるキャラで割と良いキャラだったのだが、特に戦闘とかしないまま仲間に刺されて死亡し、クライマックス前に退場してしまった。シガニーがラスボスだと思って観てみた視聴者としてはがっかりである。シガニーが忍者カンフーで戦ったら、それはそれで珍妙ではあるが、もうちょっとこう何か無かったのかよと。

総括

アベンジャーズ形式の話だと、チーム集結後やクライマックスがショボくなる問題はアベンジャーズの1作目もまぁそんな感じだったので、ある程度は仕方ないのかもしれないが(アベンジャーズはそれでもキャラ毎の見せ場を作ったり、色々工夫をしていたが)、改めて思うのは、ディフェンダーズに限らずネットフリックスのMCUドラマは1話完結のフォーマットを入れて欲しい。とにかくテンポの悪さが顕著だ。

正直、全13話くらいあれば(ディフェンダーズは全8話だが)、1話完結のフォーマット+シーズンを通しての話という構成は特に難しくもないはずなのだが、何故かネットフリックスのこのシリーズは、ダラダラと全13話に無理やり引き延ばしたかの様な連続モノ形式をとる。

各シリーズは、特撮ヒーロードラマというよりは個々の人間にスポットを当ててドラマ面を重視しているので連続モノ形式を採用しているというのは、まぁ分かるんだけども、例えばディフェンダーズの場合は明らかに企画が求めている物は特撮ヒーロードラマである。それに、各シリーズにしても折角のアメコミヒーロー作品なのに、特撮ヒーロードラマとしてのジャンル的な魅力を自ら封印していっている印象しかないので、勿体無いなといつも新しいシーズンを観終わった時に感じてしまう。

ネットフリックスのオリジナルドラマは、どういう理由かは不明だが一話完結のフォーマットを採用しない傾向がある。テレビ放映と違って、一気に観る事が出来る配信ドラマ形式であれば一話完結フォーマットに頼る必要も無いので、連続モノ形式で重厚なドラマを描こうという判断かもしれないが、別に連続モノ形式にすればクオリティが上がるという訳でも無いので、やはり作品のジャンルに合わせてその辺は随時選択した方が良いんでないのかとは思ってしまう。


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by cemeteryprime | 2017-08-22 10:18 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】スパイダーマン・ホームカミング

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スパイダーマン・ホームカミングを観て来ました。取りあえず最高なので、またスパイダーマンの映画かと様子見をしているならさっさと観に行くことをお勧めします。

あらすじ

特殊なクモに噛まれてスーパーパワーを身に付けた15歳の少年、ピーター・パーカーはスパイダーマンと名乗り、近所をパトロールして猫を助けたり、ひったくりを捕まえたりしていた。

そんなピーターだったが、ある日、世界的な大富豪でスーパーヒーローのアイアンマンことトニー・スタークにスカウトされ、キャプテンアメリカ達と対決する。(キャプテンアメリカ/シビルウォー)

トニー・スタークにスカウトされカッコいいコスチュームまでプレゼントされたピーターは、自分がアベンジャーズに正式加入し、世界的なスーパーヒーローの一員になれると勝手に期待して舞い上がってしまう。

そしてピーターは、アベンジャーズのトニー・スタークとコネも出来たし、将来はアベンジャーズの一員として世界を救うスーパーヒーローになるから学校なんてどうでもいいんじゃい!と、部活はやるめるわ、補修はサボるわと、将来はYoutuberになるから勉強なんてしねー!と言い張る中学生の様な状態に…。

しかし、トニー・スタークは、ピーターの才能は見込んだものの、あくまで子供扱い。アベンジャーズなんてヤクザな世界に首を突っ込まずに、ヒーローごっこがしたいなら勝手に近所のパトロールでもしていなさいと放置プレイをかます。

そんな中、ピーターはご近所で何やら普通では無いヤバい事件に遭遇する。何とかトニー・スタークに一人前のヒーローとして認めてもらい、アベンジャーズ加入を目指すピーターは、敢えて1人で危険な敵を追いかけるが…。という話。

今作の特徴

スパイダーマン・ホームカミングの特徴は、なんといってもMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)作品であるという点です。

独立したスーパーヒーロー映画として作られた過去のスパイダーマン作品と異なり、アイアンマンやキャプテンアメリカといった他のヒーロー超人が既に存在する世界が舞台になっています。それ故に、ヒーローとはどうあるべきかといった要素だとか、ヒーローとしての二重生活だとか、スーパーヒーローとしての孤独だとか、ヒーローと暴力だとか、他のヒーロー映画で散々語られた様な、今更な要素はバッサリとカットされています。

そして、他のMCU作品と差別化する形で、まだティーンエイジャーであるという点が特に強調され作品になっているのが特徴です。

これまでのスパイダーマン映画は独立作品であるという事情から、基本的に1作目の時点で大人への成長が描かれていましたが、今作ではティーンエイジャーという要素が軸になっている為、ハリーポッターほどでは無いにせよ、シリーズを通して緩やかにピーターを成長させていこうというコンセプトが見て取れます。

なので旧作のピーターが子供以上大人未満な悩める思春期の高校生というイメージだったのに対して、今作のピーターは、早く大人になりたいと背伸びをする、どちらかと言えばまだまだ中学生っぽい感じの少年として描写されています。また、悶々とした高校生では無く、背伸びしたがる中学生という感じなので、ちゃんと親友もいるし、クラブ活動の仲間もいるし、特にいじめられっ子という訳でも無いし、明るい学生生活を前面に出した作品になっていて、その辺が旧作と大きくイメージが異なっています。

過去作との違いに関するあれこれ

旧作からのスパイダーマンのファンとして気になる一番の改変は、やはり、ベンおじさんの死亡イベントに関する影が無くなっている点でしょう。

これまでのスパイダーマンでは、スーパーパワーを身に付けたピーターが最初は私利私欲の為にパワーを使用して調子に乗っていた所、罰が当たってベンおじさんが死んでしまい、社会の為にパワーを使う事を決意し、悪と戦うヒーローになるという流れがお約束でした。

こうした展開は、普通はスーパーパワーを手に入れても、自分の生活を犠牲にしながら悪と戦ったりはしないだろう、という当然の疑問へのアンサーとして機能していたと思うのですが、MCU作品である今作の場合は、既にスーツを着てスーパーパワーで悪と戦うヒーローたちがアベンジャーズとして存在し、ある種のスーパースターになっているので、パワーを手に入れた少年がアベンジャーズに憧れてヒーローになろうとするという展開は、特に違和感なく成立できてしまうという事情があります。

また、ティーンエイジャーを主人公にしたヒーローシリーズとして継続していく場合、先のベンおじさんの死の様なあまりにも重すぎるカルマを背負わせると、全体的なトーンが暗くなりすぎるという事情もあり、大きく改変されたのではなかろうかと思います。

スパイダーマンのファンの中には、こうした重たいカルマを背負っていない点や、相手の人生を背負う様な重たい葛藤が作中に無い点が物足りないという人もいるみたいですが、そういった要素は少年を大人に成長させてしまう要素でもあるので、シリーズコンセプト的に敢えて軽めになっているのかなと思います。

トニー・スタークの新しい役割

今作では、ベンおじさんの影が薄れた代わりに、トニー・スタークがピーターのある種、精神的な父親の役割を担っています。

トニーはピーターにとって、憧れの存在であり、彼に認められるために頑張ります。一方、トニーは同じく早くに両親を亡くしたという境遇もあってか、ピーターに過去の自分を重ねており、早く大人になることを強いられた自分の様にはさせまいと、敢えて子供のままでいさせたいという親心を見せます。

トニー・スタークのストーリーは、アイアンマン3部作で基本的に語り終えている感じでしたが、新たにお父さんとしての役割を得たことで、また新たなトニー・スタークのストーリーが展開されるのではないでしょうか。最初のアベンジャーズは一応キャプテンアメリカという事になっていますが、MCU作品としての最初の一人はアイアンマンなので、そのアイアンマンが新しい世代のスパイダーマンの父親役に収まったのは割と象徴的でもあるなと感じさせます。

ヴァルチャーについて

敢えてここまで触れてきていませんでしたが、今作の悪役であるヴァルチャーはかなり魅力的なヴィランでした。

まず、最初のポイントはヴァルチャーがまっとうな犯罪者である点です。旧作スパイダーマンのヴィランは事故的に狂気に囚われてしまったタイプのヴィランばかりでした。しかしヴァルチャーの場合は、ミュータント化やマッド化はしておらず、完全に一人の人間として自分の意思で戦う犯罪者です。それ故にキャラクターとして、ヴィランとしてではなく、人間としても魅力的なのがポイントです。(補足するなら、ハゲタカをイメージさせる空中戦闘も最高でヴィランとしてももちろん魅力的です。)


ヴァルチャーこと、エイドリアン・トゥームスは原作では発明家から犯罪者に転身した性格の悪い糞ジジイでしたが、今作では政府と大企業に仕事を奪われた怒れる地元の中小企業の社長になっています。政府と大企業が結託して仕事を奪うなら、こっちも生活が掛かっているんだから家族と従業員を守る為にやってやる!と従業員を率いて犯罪に走った、ある意味熱いキャラです。

こうした中小企業が仕事を奪われ政府の規制や大企業優遇にブチ切れている状況は、割とアメリカの現状らしく、そうした要素が反映されているみたいです。ちなみに、トゥームスの仕事を奪った大企業はスターク社であり、相変わらずトニー・スタークはアイアンマンとして活躍する一方で、大企業の象徴としてヘイトを稼いでいます。

感想

MCU版スパイダーマンは、ディズニー作品ではなく、これまで通りのソニー作品ということで、前作のアメイジング・スパイダーマンがウンコだったという事もあって、割と不安もあったのですが、観てみたら余裕でめちゃくちゃ面白かったです。

常に孤独がつきまとい、メイおばさんとヒロインくらいしかまともな人間関係が無かった旧作と比べて、少年が周囲の人たちに支えられながら成長していく少年漫画の王道の様な雰囲気のシリーズになりそうなので、3作、4作とできるだけシリーズが続いて欲しい所です。

あと、トニー・スタークとの疑似父息子関係の行方だとか、親友ネッドとの関係がその内彼女が出来たら亀裂が入ったりしないかなとか、新しいメイおばさんは若くて美人なのでそのうち再婚イベントが発生しそうとか、そういうヴィラン以外のドラマ要素に期待できるようになったのはシリーズとして大きな収穫だったんじゃないかなと思います。


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by cemeteryprime | 2017-08-18 01:43 | 作品・感想 | Comments(0)

【TRPG】ミニマムなシナリオ生成

これまでにもシナリオのミニマムな生成方法を考えてきたが、今回はもっともシンプルだ。主人公の属性と敵の属性の2つの要素を用意して、それを組み合わせる。それだけである。

ストーリーのコアになるのは言うまでもなく、主人公と障害(敵)である。なので、この2つの属性さえ決めてしまえばシナリオの内容はある程度方向性が固まるので、それをたたき台にするという寸法である。


主人公の属性とシナリオ

これまではあまり着目してこなかったが、主人公の属性というのはかなり大きな要素である。例えば同じ吸血鬼モノでも、農民VS吸血鬼と、宇宙飛行士VS吸血鬼と、調査隊VS吸血鬼と、神父VS吸血鬼と、母親VS吸血鬼と、社畜VS吸血鬼と、童貞VS吸血鬼では予想されるシナリオの内容はガラッと変わる。

農民VS吸血鬼の場合は、村に吸血鬼がやってきて死人が出始め…といった内容になるだろう。イメージとしてはスティーヴン・キング呪われた町だとか、それを元ネタにした小野不由美の屍鬼だとかそういう感じだ。

一方、宇宙飛行士VS吸血鬼の場合は、舞台はどこかの惑星か宇宙船内になるだろう。後者の場合は、映画『エイリアン』の様な、宇宙船内に侵入した敵と戦う感じのシナリオになる。

調査隊VS吸血鬼の場合は、南極だとかジャングルだとか古代遺跡だとかの僻地に出かけた調査隊が恐ろしいモンスターに襲われる話になるだろう。宇宙飛行士VS吸血鬼と混ぜるなら、火星だとか未知の惑星を調査する話になる。

農民VS吸血鬼の場合は、吸血鬼は外部から侵入してきた侵略者のイメージだが、調査隊や宇宙飛行士の場合は、好奇心猫を殺す的な自ら余計な場所に踏み込んでしまって襲われる話になる。

神父VS吸血鬼の場合は、依頼を受けて吸血鬼を殺しに行くストーリーになるはずだ。母親VS吸血鬼の場合は、子供を狙う吸血鬼的な存在と戦う話になるかもしれない。社畜VS吸血鬼の場合は、おそらく吸血鬼は搾取する鬼としての経営者かもしれない。童貞VS吸血鬼の場合は、吸血鬼は童貞の生き血を狙うエロ吸血鬼か、処女の生き血を狙うヤリチン吸血鬼になるはずで、どうあがいてもB級ホラー感が漂う。

…とまぁ、こんな感じで主人公の属性を変えるだけでストーリーの毛色はかなり変わる。

メジャー所の主人公属性としては、刑事や探偵や医者なんかが使い勝手が良い。刑事VS吸血鬼なら、正体は吸血鬼な連続殺人鬼を追うシティシナリオになるだろうし、医者であれば謎の奇病に苦しむ患者(吸血鬼の被害者)を救う為に探索するシナリオになる。有名なドラキュラにおけるヘルシング教授も医者として呼び出される探索者である。


探索者のレギュレーション

主人公の属性というシナリオ要素を使用しないシナリオ…要するにお化け屋敷の様に箱だけを用意するタイプは、いろいろシナリオに変化を持たせようとしても、どうしてもキャストや内装が違うだけのお化け屋敷になりがちである。

今回のシナリオの探索者は農民にして下さいとか、宇宙飛行士にして下さいとか、調査隊のメンバーですといったちょっとしたレギュレーションを設定するだけで、シナリオのニュアンスが大幅に変化するのは先に述べた通りである。TRPGの場合、シナリオソースとして個性あふれるモンスターのアイデアは豊富に与えられている。主人公の属性に関しては、オリジナリティも糞も無い要素なので、後は組み合わせの問題でしかない。幾らでもシナリオパターンは作れるはずである。

多くのキーパーは、モンスターの設定を掘り下げたり、お化け屋敷の作りを拘ろうとするものの、主人公属性との絡みを忘れてしまいがちだ。主人公と敵の2つの要素は常にストーリーの両輪なので、主人公と無関係にモンスターの設定だけ掘り下げても、ストーリーが豊かになることは無いという事は覚えておいた方がいいかもしれない。


冒険者という主人公の属性

ファンタジー系TRPGの場合は冒険者という万能すぎる主人公属性が存在している。冒険者は危険があれば飛び込み、敵がいれば倒すという属性であり、万能ではあるがかなり無個性になりがちなである。

冒険者属性は、何かを攻略する遊びであるゲームには向いているが、ストーリー性という意味では冒険者であるかぎり、毎回そういう話にしかならない。更にはゲーム的な存在であるが故に効率重視の非人間的なストーリーを作りがちな原因にもなる。


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by cemeteryprime | 2017-08-08 23:11 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【映画感想】ザ・マミー 呪われた砂漠の女王

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ザ・マミー、観て来ました。感想としてはトム・クルーズ映画としては最高だけども…という感じ。


溢れるトム・クルーズ要素

正直、トム・クルーズは最近の方がノリに乗っている。オフビートなギャグ。体を張った無茶なアクション。そんなトム・クルーズの十八番が十二分に味わえる仕様になっている。


ミッション・インポッシブルのローグネイションでは、トム・クルーズが水中で6分間も息を止める無茶な演技を見せてくれたが、今作でもそれを彷彿とされる水中戦シーンが登場する。というか、ミイラ映画で何で水中戦なんだよ?という感じだ。完全にトム・クルーズ的アクションの見せ場として水中戦をブッこんだ感じだろう。墜落する飛行機内でのアクションなんかも、トム・クルーズらしい見せ場の一つだ。


…という感じで、確かにトム・クルーズ映画としては嬉しいシーンだらけなのだが、ザ・マミーというか、明らかにザ・トム・クルーズという映画なのである。


微妙すぎるアマネット王女のキャラ

残念だったのが敵キャラであるミイラのアマネット王女だ。武芸も出来る男勝りの王女で王位継承者として目されていたのだが、王にやっとこさ息子が生まれるとあっさりお払い箱に。キレた王女は、邪神セトの崇拝者となり、その弟や王を殺して王になろうとするが、神官たちにあっさり阻まれる。


ここだけ切り取ると、優秀なのに女だったせいで王になれなかった時代の犠牲者的なキャラクターを見いだせるのだが、なぜか蘇ったアマネット王女は自分を蘇らせたトム・クルーズに執心して、自分のものにしようとした挙句に、トム・クルーズに騙され滅びるのである。


ハムナプトラのイムホテップなんかの場合は、そもそも禁断の恋が原因でぶっ殺された神官が、現代で恋人と瓜二つの女性と再会するという話だったので、女の尻を追いかけるのはキャラ的に分かるのだが、アマネット王女の場合は明らかに生前は男の尻を追いかけて身を滅ぼすキャラじゃなかったので違和感しか無かった。


乃木坂46の『女は一人じゃ眠れない』という歌が、ワンダーウーマンのイメージソングに採用されて炎上していたが、この映画のイメージソングにしておけばよかったのでは?という感じである。


奪う男、奪われる女

アマネット王女の謎のキャラクターチェンジはともかく、ある意味でアマネット王女は時代の犠牲者だった。そんなアマネット王女が、現代に蘇ってどうなるかというと、碌な目に遭わない。シワシワのモンスターとして蘇り、確かに幾らか人を殺してモンスター活動もするのだが、惨めに鎖に繋がれ拘禁されてしまうのである。もちろん最終的に脱走して暴れるのだが、結局はトム・クルーズの甘い囁きに騙されて身を滅ぼす結果となる何とも救いの無い内容であると言わざるを得ない。


また、主人公であるトム・クルーズの描き方もかなり際どい。直接描かれはしないが、主人公は冒頭でヒロインである博士を口説いてセックスして宝の地図を盗み出している。それがある意味伏線となって、最後にまたアマネット王女からアーティファクトを盗む。アマネット王女は悪人なのでそれみたかと言いたいのかもしれないが、基本的に主人公は最初から最後まで女を騙して何かを奪う糞野郎なのである。


モンスターは主人公の方だった?

はっきりいってあからさまに男尊女卑的なニュアンスがあり問題があるように見えるが、好意的に解釈することも出来る。それは真のモンスターが主人公だったと解釈することも出来るからだ。なぜならラストに主人公がモンスターになる、まさにミイラとりがミイラになるオチになっているからだ。なので、ヒーロー映画において、主人公が真のヒーローになって終わるオチの真逆を描いたパロディとして受け取ることも出来る。なぜならこれは、モンスター版のアベンジャーズともいうべきダークユニバースというシリーズ作品の第一作でもあるのだ。


先にも述べた様に、主人公は女から何かを盗む男である。それに、明らかに危険やスリルを楽しむちょっとイカれた人物である点もはっきり描かれている。相棒っぽい仲間を撃ち殺す場面は半ばギャグとして面白シーンとして描かれたし、最後にアンデッド従者にして相棒を蘇生させて引き連れていたのも、よくよく考えると狂った所業である。


チョロっと出演していたジキルとハイドのラッセル・クロウからもその片鱗は感じることは出来る。普通ジキルとハイドと言えば、善人と悪人の多重人格者という感じだが、ラッセル・クロウのジキルとハイドは変身すると多少顔色が悪くなるくらいで、ジキル博士の時もかなりイカれた人物であるように見えたからだ。ダークユニバースは、リーグオブレジェンドの様なモンスター的な属性を持ったヒーローが集合する映画では無く、真の意味で邪悪なモンスターが終結する映画なのかもしれない。


ここが変だよザ・マミー

まず気になるのは、なんでミイラの発掘にイラクに行くんだという点だ。一応、古代エジプト人が世界の果てとしてイラクまで頑張って棺を封印しにいったという話にはなっていたが、イラクとイギリスで展開されるエジプトのミイラの話って何だよとしか言いようが無い。


1つ思い当たるのは、舞台をイラクにして遺跡を破壊するタリバンだか何だかを配置することで、遺跡を盗掘した感を軽減するという目的である。もし前述の推測の様に、実は主人公こそがモンスターでしたという構図を本気でやりたいなら、トム・クルーズが部隊を率いる立場で明確に盗掘行為をすべきだったと思う。ミイラにはどうしてもイギリスによるエジプトからの盗掘行為という黒歴史が付きまとう。それを回避する為に舞台をイラクにするという歪なことをしたのであれば、アマネット王女が結局は男性に奪われる女性として描かれる状況と相まって、現代映画としては色々問題を抱えていると言わざるを得ない。


あと、セト神を召喚するアーティファクトが何で十字軍によってイギリスまで持ち帰られたのかという点。これに関しては、単に舞台をイギリスにする都合と、復活したアマネット王女が手に入れるとヤバいパワーアップアイテムとして設定する都合で作られたギミックだと思うが、はっきり言って不自然すぎてヤバい。

アーティファクト回りの設定としては、結局アマネット王女がアーティファクトをどうしたらアウトで、どうやるのが正解なのかという点がかなりフワッとしていたのも個人的にはマイナスポイントだった。


さらに云うなら、飛行機事故から無傷で生還?したトム・クルーズはどういう状態だったのかも全然分からなかったのもマイナスだった。あの時点で不死者になってたのか、1回だけ蘇生させてもらっただけなのか、アンブレイカブルになっていたのか、どうなんだという。そこの描き方次第ではもっとモンスター物として面白くなったんじゃないの?という。


総括

ユニバーサル映画のモンスターを復活させるダークユニバースの第一弾としては、かなり先行きが不安になる作品である。


トム・クルーズ愛は感じるが、モンスター愛はあまり感じられない映画だからだ。続編が作られて主人公と共闘までするくらいに愛されキャラだったイムホテップと比べると、はっきり言ってアマネット王女はキャラも良く分からないし、魅力は無い。高評価しているのは演じているソフィア・ブテラのファンくらいでは無かろうか。


酷評気味だが、トム・クルーズ映画が好きという人には普通にオススメ出来る作品なので、見て損するタイプの映画では無いので、時間があれば是非観に行ってみるべきだろう。


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by cemeteryprime | 2017-08-04 19:22 | 作品・感想 | Comments(0)

【クトゥルフ神話TRPG】経済状態の分類方法

クトゥルフ神話TRPGには、探索者の年収と財産を1D10で決定するシステムがある。…あるのだが、正直ロールプレイには反映しにくいというか、キャラ設定として活かし難い部分ではある。年収4500ドル(約500万円)と55000ドル(約600万円)の違いなんてどう表現しろというのか?

そこで代替案として思いついたのが、マズローの欲求段階説に基づいた経済レベル表現である。マズローの欲求段階は、人間の欲求を5段階で表現したものだ。詳しくはwikipediaでも何でも参照してほしい。これはあくまで人間の欲求が階層構造を持っているという話だが、人間の欲求は経済状態に合わせてより大きくなるという法則と重ねれば、差し迫った欲求の内容から経済状態の段階を表現できるのではないかという発想である。

そこで、マズローの欲求階層図をベースに、欲求に応じた探索者の経済レベル階層図を作ってみた。それが以下の図である。

c0325386_23251780.jpg

マズローの5段階の内の経済状態と比較的分かりやすくリンクしている4つを、細かく6つに分けた。6つにしたのは1D6のランダム決定をしやすくする為だ。分布にシュミレーション性を導入したいなら1D100で判定して最上位は1~5で、二番目は6~15で、三番目は16~35で…みたいな感じにすると良かろう。

レベル1、飢えに悩むレベルの貧乏

マズローの欲求段階ではこの最下層を生理的欲求としている。食欲とか睡眠欲とか排泄欲とかの生存の為の本能レベルの欲求のことである。

経済状態のせいで、排泄が出来ないとか眠れないってことは無いので食欲のみに注目してみた。今日の食事にも困るぐらいの貧乏という段階である。

全人類レベルで考えれば、この段階に位置している貧困層は多い。が、発展途上国と違って日本の場合は一応、生活保護制度等があるので飢餓レベルの貧乏な家庭というのはあまり聞かない。とはいえ、ごくまれにそういった保護を受けるという発想に至らず孤立して死んでいる人はいてニュースになったりする。それ以外にも、ネグレクトや虐待を受けていて満足に食事を与えられていない子供なんかは存在する。

レベル2、住む場所が無い、家が欲しい

取りあえず食事に困らなくなったら、人は安全な生活環境を求めるようになる。マズローは、これを安全の欲求として表現している。ちゃんとした住む場所が無い人というのは、そこまで珍しくもない。完璧なホームレスは貧困というよりは半ばそういう性癖でやっている人もいるらしいが、例えば仕事が無くなって家賃が払えずに住む場所を追い出された人だとか、日雇い仕事で食いつなぐネットカフェ難民なんかはこのレベルの貧困と言える。住む場所が無く、住所不定状態だと、社会的サービスを受けるのが困難になったり、就職も難しくなったりする。ネットカフェ難民では無くとも、自分で家を借りられるほどには稼ぎがまだなくて、知人の家に下宿している人間や、あまりにもボロボロのアパートなんかに住んでいてマシな家を探したいと思っている人なんかも含めるともっと数は多くなるかもしれない。アメリカによくいるトレーラーハウスに住んでる人たち辺りが境界線の様な気はする。

レベル3.マシな仕事に就きたい

これも安全の欲求の1つであるが、住む場所が確保できれば次の段階として、安定した収入や、仕事面での安全性や、健康的な生活だとか、福利厚生とった物を求める様になる。これに関しては、質を求めるとキリがないので、パーフェクトにこれが満たされている人間は少ないかもしれないが、たいていの人はある程度は満足出来ている。

仕事にはついているが、長時間労働&低賃金とかで、まともな食生活ができていないだとか、不規則な睡眠サイクルで体を壊しつつあるだとかの、数年後には確実に病気になっていそうなブラックな労働環境にある人だとか、短期の仕事しかなく定職を探している人だとか、危険な労働環境で働いている人だとか。

諸々の事情で、もっといい仕事を探さざるを得ない状態の人たちがこのレベルにあると言える。アメリカだと、日本の様に国民健康保険の類が無い(オバマケアが出来たが)ので、まともな仕事につけず会社の健康保険等が無ければ、病院にも禄にいけない状況があるので、こうした問題はより深刻かもしれない。

レベル4、人間関係

マズローはこれを社会的欲求と呼ぶが、生活がある程度安定したら、次は人との繋がりを求めるようになる。周囲の人間とより良い関係を構築し、恋人をつくり、家族を持つことを考える。

少なくとも、家や仕事に不満が無い段階の人々である。レベル2の段階の課題に囚われている間は、なかなか人間関係のことまで気は回らない。

親と同居している未成年の場合は、余程貧乏でない限り食べ物や住居の心配をする必要は無いので、このレベルからスタートする。家族との関係改善や、学校で友達を作ろうとし、恋にも悩む。

レベル5、名声

周囲との人間関係にもある程度満たされれば、次は社会的な承認欲求を満たそうと望むようになる。世間から一目置かれたいと考えるようになる欲求である。

レベル5がどこまで経済状態に左右されるかは難しい所ではあるが、人間は経済的に豊かで余裕があればレベル4はある程度満たされるものである。莫大な資産を受け継いで金は持っているものの、社会的には孤立しているというような特殊なケースでない限りはそうだろう。

レベル5に位置する人間は、経済的に自立しており、恋人や家族もいる人間である。端的に言えばリア充と呼べる人間である。こうした人間は、社会的な地位を向上させる為により一層仕事に打ち込んだり、地域や社会に貢献をする為に時間やお金を使うようになる。

レベル6.実績

それなりに社会的名声も手に入れた人間が次に何を目指すのか、それは自分が社会において重要な人間であると自分で確信することである。ビジネスで成功を収め名声を手に入れたた人間は、次の段階として、政治に参加したり、社会的に意義のある事業に独自の投資をしたりしはじめる事がある。

既に十分に名声を獲得し、金にも困っていないであろう人間がこうした活動を行うのは、世間の評価ではなく自分自身で自分の影響力を確信したいからだと考える事が出来る。

レベル6は社会的名声を獲得した成功者である。レベル6は経済的な面だけ評価することは難い。金はあっても名声を獲得することに終始する人間もいるだろう。ビジネスで一発当てただけでは無く、安定した社会的地位を築いてこそレベル6に進む。

総論

まとめると、レベル1は食べるものに困るくらいの貧乏。レベル2は住む場所に困るくらいの貧乏。レベル3はブラックな仕事に就いている人。レベル4は一人で生きていく分には問題無いが、誰かを養う甲斐性には欠ける程度の経済状態。レベル5は世間の評判を気にするリア充生活者。レベル6は、社会的地位を気付いている成功者。…とまぁ、こんな感じである。

かなり大雑把な分類ではあるが、生活状況とか、人生におけるその段階での課題といったものは明確なので、ロールプレイングはしやすいのでは無かろうか。




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by cemeteryprime | 2017-08-02 23:34 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

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