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【映画感想】ターミネーター:ジェニシス

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ターミネーターシリーズのリブート企画の様な感じで宣伝されているが、実際の所はターミネーター1の二次創作作品という感じ。しかもハッキリ言って駄作である。猿の惑星ジェネシスみたいなタイトルなので、神リメイクを期待してしまうと痛い目を観るはずだ。

二次創作
 序盤は完全にターミネーター1作目の二次創作的なストーリーである。宣伝でもここが使われているが、旧作ファンに対する掴みとしてはなかなか良い感じである。サラ・コナーを殺害するために送り込まれたT-800を追って、カイル・リースが1984年の世界へ送り込まれる。ここまでは概ね1作目と同じである。そこからが異なる。なんとT-800は待ち受けていたジジイT-800とサラ・コナーのコンビによってあっさりと返り討ちにあうのだ。

 一方カイル・リースは、サラ・コナーを発見する前に警官に化けたT-1000に襲われる事になる。T-1000に襲われているカイル・リースは、助けに来たはずのサラ・コナーに助け出される。この時間軸のサラ・コナーは幼少期に送り込まれてきたT-800によって戦士として訓練されていたのである。

 とまぁ、序盤はターミネーター1作目や2作目ありきの二次創作的な面白みを持った展開をする。ただ、ギリギリ面白いのは残念ながらそこまでなのである。

糞シナリオ
 1作目の二次創作である1984年篇は最終的にタイムマシーンでサラ・コナーとカイル・リースが2017年に向かう形で終了する。それ以降は、オリジナル展開なのだが、明確にシナリオが破綻しており、つまらなくなる。

 T-800が独力で1984年の時点で調達出来る機材でタイムマシーンを作れているのも謎なのだが、2017年に二人が飛ぶ理由も謎である。当初は、スカイネット誕生を阻止する為にサラ・コナーはターミネーター2作目の1997年世界に飛ぼうとする。ところが、カイル・リースが歴史が変わってしまったので2017年に飛ぶのが正解だと言い始めるのである。2017年にスカイネットが誕生した別時間軸の記憶が発生したと言い始めるのだ。

 タイムパラドクス的な話はさて置き、普通に考えれば未来を変えるのにわざわざ未来にタイムトラベルする必要はどこにも無い。つまり、オリジナル展開はその発端からして破綻しているのである。

 ついでに当然の如く2017年世界にタイムトラベルしてみれば、スカイネット誕生は数時間後に迫っている。なぜ敢えて誕生を阻止する為に、誕生した年にタイムトラベルするのだろうか。サラ・コナーもカイル・リースも恐ろしく気が短いに違いない。これに関してはジョン・コナーの誕生を阻止するためにT-800を敢えて1984年に送り込んだスカイネットも同じなので、この世界のお約束なのかも知れないが。

ターミネーター
 今作では、全身ナノマシンみたいな新型が登場するのだが正直T-1000と変らんというか何というか。絵的にもアイデア的にも目新しさ皆無な感じ。あと、T-800が何故か1984年であっさり完成させたタイムマシンを2017年でめちゃくちゃ金をつぎ込んだ挙句に結局完成させれなかったという無能。どないなっとんねん。

 見どころといえば、やはりシュワちゃん演じるジジイT-800だろう。人間の味方である様にプログラムされたってのを通り越して、AIが滅茶苦茶進化している。何故かサラ・コナーのお父さんとしての自我が芽生えている上に、最終的には普通のお爺ちゃん風に。生態パーツな表面が老化して見た目が老ける設定はともかく、AIまで老化しているのは笑った。コメディ的には面白かったが。T-800が完全に単なるシュワちゃんになってしまっていたのは、あーあな感じ。過去作をリスペクトするというよりも、単にシュワちゃんをヨイショしまくる内容になっていたのは普通に映画として詰んなかった。

ジェニシスの謎
 2017年篇は、何とかジェニシス(スカイネット)の誕生を阻止するという話だったんだけど、どうも観ていた限りはサービス開始の時刻が迫っていただけで、プログラム自体は完成していたんだよね。サーバーを破壊した感じだったけど、完成していたんなら余裕で復旧出来んじゃないのかこれ感。

 1997年ならともかく、2000年代なら余裕でインターネット普及してるしわざわざOSとして世界的に普及するという周りくどい事する必要あったのかという気が。ジェニシスが成長してそのうち人類に叛旗を翻すという話なら、サービス開始が人類のタイムリミットというのも変な話だし。未来から来たんならスカイネットのデータだけ持ってきてインストールすれば済む話やろと思わなくもない。

ほのぼの映画
 基本ガバガバな糞映画なんだけど、実はT-800お爺ちゃんが時間を遡って悲惨な未来を変えるために頑張るターミネーターのほのぼのパロディ映画だと捉えると、案外納得出来るバランスになっている。この映画では、オチでシュワとの悲しい別れなど無い。なんと逆にパワーアップしてしまう始末である。

 ドラマについても、父親代わりのT-800お爺ちゃんがポンコツ化していく様を娘には悟られたくないとするイジマしい様子が描かれていたりと、ロボットに過ぎないT-800に無駄にドラマが用意されているのである。娘に近寄ってきたカイル・リースにムキになって張り合ったりもする。その辺りに注目して観れば案外面白いかも知れない。
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by cemeteryprime | 2015-07-16 14:54 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】マッドマックス

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感想
 とにかく面白い。一言で表現するならサーカスやパレードの様な映画だ。とにかく画面が観ていて面白いのが良い。それでいて演出やストーリー描写も細やかだ。キャラも一人一人が活き活きとしている。テーマ性とエンターテイメント性と芸術性が見事に両立されている。

 兎に角、良く出来た映画であるという事は断言出来る。パッケージ的な絵面やコマーシャルの方向性を観ると、結構人を選ぶ作品に見えるが、実際は老若男女誰が見ても面白いバランスの作品になっている。よく出来た映画だというのはそういう事だ。映画には一部の観客にだけ強烈に刺さるタイプの作品という物も存在するが、この作品は違う。是非、観に行って見て欲しい。損はしないはずだ。

大まかなストーリー
 ストーリーはシンプルだ。フュリオサという女戦士が、叛乱を起こし産む機械として扱われている女性を連れてイモータン・ジョーという格好いいジジイが支配する街から脱走する。激しい逃走劇の末、フュリオサは目指していた故郷へと辿り着く。

 しかし、そこにかつての緑あふれる故郷の姿は無かった。フュリオサは、緑あふれる理想の場所を目指して更に遠くを目指して旅立とうとするが、そこで新たな道を示唆される。フュリオサが求める緑と水は逃げ出してきた街にこそ確実に存在している。

 フュリオサは、理想の場所を求めて逃げ出す勇気では無く、立ち向かい勝ち取る勇気こそが真に必要なのだと気付く。そしてフュリオサは、元来た道を引き返しイモータン・ジョーを倒し、街に王として凱旋する。

解説
 この作品のタイトルはマッドマックスであり、主人公マックスを軸にしたシリーズ作なのだが、先にも述べた様にストーリー的な主人公は女戦士のフュリオサである。邦題だとサブタイトルは『怒りのデスロード』となっているが原題では『フューリー・ロード』だ。フューリーには復讐の女神や、凶暴な女性という意味もあるらしい。

 この作品におけるマックスの役回りは、フュリオサの導き手である。どこにあるかも判らない理想の土地を求めて砂漠を彷徨う道を進みかけるフュリオサに、引き返して戦う道を示唆するのがマックスである。シリーズ物で、旧作の主人公がメンター的な役回りになるという事がそれほど珍しく無い。

 マックスを主人公と捉えると、フュリオサを主人公としたメインの枠組みが見えなくなってしまう。フュリオサは始めは逃亡者であり、罪人として追われ、旅の中で挫折を味わい、そこから再起して暴君を倒し、死にかけ、死の淵から蘇り、最後には王として街に帰還する。極めて神話的な力強いプロットを持ったストーリーであると言える。

 マックスにとっても、この旅路はフュリオサ程では無いにせよ幾らかは意味を持っている。マックスは過去の戦いで心を病んでおり、凶暴な動物同然になっている。それがフュリオサと同行し、共に戦う中で獣から戦士へと戻っていくのである。復活したマックスは、先達として迷うフュリオサを導き、フュリオサの復活に手を化し、フュリオサが王になったのを見届けて、街を去るのである。

テーマ
 この作品には明らかにフェミニズム的なテーマが含まれている。王位を簒奪する主人公は女性だし、倒されたイモータン・ジョーは極めて父権的な存在だ。イモータン・ジョーが築く秩序の中では女性は子供を増やす為の道具として明確に搾取されている。フュリオサが連れて逃げる女達の中には妊婦もいる。

 ただ、この作品で描かれるもっと大きなテーマは『戦うこと』だと個人的には考えている。マックスは戦う事で人間性を取り戻して行き、フュリオサは逃亡では無く戦う事を選択して王位を簒奪する。イモータン・ジョーも、自らハンドルを握って戦う格好いいジジイである。この戦いに経済的な損得などというチャチな理屈は存在しない。それぞれが秩序を回復させる為に戦っているのだ。
 
ウォーボーイズ
 この作品には、ウォーボーイズというハイテンションな白塗り軍団が登場する。ウォーボーイズとは、イモータン・ジョーに心頭し、戦って死ねば天国に行けると信じる若者たちである。ウォーボーイズは最高の音楽、最高のマシンに囲まれて喜んで死んでいく。彼らは秩序の為では無く、喜びの為に戦っている。それ故に本当に楽しそうに描かれているのだが、イモータン・ジョーに洗脳された可哀想な子供たちとしても描写されている。個人的には父権的な秩序に疑うこと無く組み込まれ、喜んで戦い早死していくウォーボーイズの姿はどうしても現代の社畜の姿がダブってしまう。Twitterなんかを見ていると、どうもウォーボーイズに同化してハイ担っている人がかなり多い様に見えるのがまた恐ろしい所である。
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by cemeteryprime | 2015-07-09 14:48 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】予告犯

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映画として
 冒頭に出るWOWOWの表示の時点でTVドラマの映画版かな?みたいな感じはするんだけど、実際に演出はあまり映画的では無い。何でもかんでもセリフで過剰に説明したり、演出もちょっとクドかったり。なので映画的な感動や面白さがあるかと聞かれれば、正直ちょっと微妙な所だ。期待しないで良い。

 そんな感じでストーリーテリングは微妙なのだが、ストーリーのテーマ自体はなかなか面白い。確かにこのテーマは映画では表現し難いのでは?という気はする。ただそれ故に、やむを得ず説明過多なテレビ的表現になってしまったのだとすると、ちょっと力不足感は否めない。

 ただし、丁寧にテーマを描いているという点では個人的には好感は持てた。最初から最後までテーマをブレずに一貫させているので、テーマ性とストーリー性は維持されていたと感じる。映画的な面白さには溢れていたが、脚本が糞過ぎてテーマ性だとかストーリー性を崩壊させていた『映画:新宿スワン』とは真逆な作品である。

テーマ性
 映画ポスターには、『正義か?悪か?』みたいな煽り文句が書いてあるんだけど、劇中では明確にその辺りのギミックは表層的なフェイクとして扱われている。この映画が本当に描いているのは、現代的な弱者の姿であり、悲劇性である。経済的にも社会的にも這い上がれず、尊厳まで踏みにじられて生まれた弱者が、ある種の最早一般人には理解できないレベルの異形として描かれている。

 このストーリーの面白さは弱い人間そのものをテーマに描いている事だろう。主人公の弱さ"も"描いた作品や、弱さを肯定する様な作品は珍しくもないが、ここまで弱さを一種の異形として前面的に描いた作品はなかなか無いのではなかろうか。少なくとも個人的には新鮮に感じた。

異形としての弱者
 この映画に登場する弱者は、基本的には理解不能な存在として描かれている。主人公や、主人公を庇って警察に逮捕されるバイト店員なんかがそうだ。彼らは自己犠牲じみた行動を見せる。その動機はヒロイックな物では無く、少しでも誰かの為に役立てるなら…という切実な承認欲求に近いものである。自己犠牲は本来であれば究極の利他的な選択であるはずが、彼らの場合は犠牲にする自己が恐ろしく軽いのだ。

 また、彼らは生まれつき特殊な人達では無いのもポイントである。かつては一般人だったのだ。同じ一般人に追い詰められ望まず異形と化した存在である点は只々悲しい。

主人公
 普通の映画における弱者的な立場は、むしろこれから逆転する為のカタルシスの布石である。この映画の場合は違う。ある程度、観客には理解しやすい様にヒロイックに共感しやすく描かれているが少なくとも劇中では最後まで主人公は理解されない異形として描いている。一番の理解者に見える一般人サイド代表の戸田恵梨香が演じる刑事を観ていればその辺りは良く分かる。同情はしてくれるが、理解はしてもらないのである。

 主人公は文字通り命がけで世間を騒がせるような大事件を起こすのだが、その理由は驚くほどに詰まらない物である。何故そんな事の為に、命まで捨てて行動できたのかは一般人には理解不能なのだが、理解不能であればあるほど主人公にとって自分の命の価値が低かったという話でもあり悲劇なのである。

 おそらく主人公はシンブンシのメンバーの中でも、飛び抜けて弱い人間だったのでは無いだろうか。タコ部屋での何が欲しいか語る場面でもそれは現れている。他のメンバーがある程度前向きな夢を持っているのに対して、主人公が欲しいのは友達だ。タコ部屋で主人公はそれらしきモノと出会い、事件を通じて念願の仲間を手に入れている。主人公は弱いからこそ死ぬ前に何か一つくらい誰かの為に何かを成し遂げたくてああいう行動に出たのでは無いだろうか。可哀想な死んだ友人の為にという目的を手に入れたのである。最後に自分だけ死んだのも、ヒロイックな行動では無くある種の弱さだと考えれば理解しやすい。実際、あの計画は主人公の計画である。主人公は計画を通じて、念願の友達と達成感を入手している。また、主人公には自分の計画に仲間を道連れにするほどの強い人間では無かったのだろう。

良かった点
 唯一の救いと感じたのは、主人公の行動が少なくとも行動を共にした仲間にとっての救済となった事である。彼らは主人公という犠牲を受け止め、人間的な尊厳の重みを取り戻した様に思える。希望的観測かもしれないが。

 シーンとして好きなのは、メタボという名前のキャラがタコ部屋のオーナーをぶん殴る場面だ。一番、オーナーに怯えて従順だったメタボが真っ先にブチ切れるあのシーンがあるだけでキャラの厚みが全然違って来る。方言が出るところもなかなか良いギミックである。

 凄いどうでも良いけど個人的に印象に残っているシーンとしては、栄養ドリンクの運搬車を茶番で足止めするシーン。シーンがどうとかいうより、単にロケ地が前に住んでた所のすぐ裏くらいの場所だったので見覚えがありまくりで印象に残っただけなのだが。映像的にはうつってないけど確か人材派遣会社の前あたりの道路じゃないかなとか。あの道を歩いてスーパーマルエツに行っていた思い出(どうでもいい)。
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by cemeteryprime | 2015-06-21 23:54 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】トゥモローランド

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ディズニー映画。レトロフューチャー的な絵面が云々という言説を見かけたので観に行ってみた。

ロリターミネーター
 この映画がどういう映画だったかと一言でまとめると、ロリターミネーター映画でした。よく判らんトゥモローランドとかいう異次元からターミネーターみたいなクソ強いアンドロイドが来るんだけど、外見がシュワルツェネッガーじゃなくてロリ少女。

 なるほど、そういうのもアリか!と素直に感心。この手のイマジネーションはむしろ日本人の十八番な感じがするが、基本は二次元なのでこうして実写でみるとちょっと新鮮だった。実際に結構ターミネーターを意識したアクションをやってくれるのも面白い。

ストーリー
 正直よく判らなかった。トゥモローランドっていうレトロフューチャー感のあるネバーランドみたいな異次元が存在していて、選ばれた人間だけがそこに呼ばれるみたいな世界観が基本的にあるっぽい。で、主人公の発明が原因でトゥモローランドが荒廃していって、それが切っ掛けで現実世界の方でも未来に対してディストピアなイマジネーションしか受信しなくなってしまった。

 多分そんな感じの話だとは思うんだけども、トゥモローランドと現実世界の関係性とか、それぞれの因果関係なんかがイマイチ判らなかった。唐突に何十日後かに地球が滅亡するみたいな話が出てきてたけど、あれは何だったんだろうか。結構、イメージ先行というかフワッとしたストーリーテリングなせいで理解しづらくて面白くない。そんな感じ。

主人公
 主人公のジョージ・クルーニー(役名は忘れた)は、まさに少年時代にレトロフューチャーな未来を夢想した人間で、ロリターミネーターに誘われてトゥモローランドに行くんだけど、その内にトゥモローランドを追放されて、中年になった現在はパラノイアっぽい天才発明家オジさんとして地球で引き篭もって暮らしている。追放された原因は、多分純真な少年からちょっと成長してロリターミネーターがロボじゃねーか!って事に気付いてブチ切れたんだろう(適当)。

ジャンルとヒロイン
 主人公が中年オッサンでヒロイン役がロリなロボット少女な辺りは、監督がロリコンなのか?と邪推させるには十分だ。また、主人公役がロリコンでギークで結婚出来ない感じのダメ人間じゃなくて、独身貴族感しか無いジョージ・クルーニーなのも疑念を加速させる材料である。

 但し、こうも考えられる。ロボ少女アテナは、レトロフューチャーの擬人化なのではないかと。いつまでも変わらず、少年時代の美しい初恋(多分)の思い出そのままの姿で居続けるヒロイン(ロボ)というのは、懐古趣味的で理想主義的なレトロフューチャーの本質を表していると言えなくもない。

考察
 トゥモローランドで映画を作れと言われた際のアプローチとして、レトロフューチャーそのものをどうストーリーとして表現すれば良いのだろうか。レトロフューチャー風のセットを使っても、絵面だけの話である。でも、レトロフューチャーを擬人化したヒロインを用意して、主人公とそのヒロインのドラマを描いたら?これは確かにレトロフューチャーについてのストーリーになる。

 そう考えると、個人的には割と納得度は高かった。世界観などはガバガバだし、ストーリー展開も訳の判らない部分も多いが、主人公とヒロインのドラマ以外は瑣末な事なのだ。なので、基本的にオススメはしない。ストーリーは面白く無いからだ。でも、レトロフューチャーを体現したロリターミネーターは観れる。映画を体現するキャラだけあって、完成度は高いし魅力的に描かれていると思う。ロボ少女とかが好きな人にとっては、多分ハズレでは無いはずなので観に行けばいいんじゃないだろうか(適当なまとめ)。
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by cemeteryprime | 2015-06-10 22:58 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】新宿スワン

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世界観
 舞台は新宿歌舞伎町。主人公たちの職業は水商売系のスカウト。仕事を求めて歌舞伎町にやってきた女の子をスカウトして就業先を斡旋したり、店から店への転職を斡旋したりして、紹介先の店からキックバックやスカウト料を受け取る感じである。

 より泥臭いしアンダーグラウンド感も強いが、企業のヘッドハンターの世界と基本的には同じだ。ジャンル的にはあまり世間一般に馴染みの無い職業を面白く描く業界モノという感じ。

面白さ
 基本的に風俗だとかキャバクラだとかの職業斡旋なので普通あまり良いイメージは持てないし、主人公のスタンスも最初はそんな感じ。ただそんな感じの主人公が、スカウトとして生きていく中でその世界のポジティヴな面や魅力的な側面が見えてくるみたいな構造を、しっかり説得力のある形でみせてくれる所は映画的に100点。街や登場人物たちは魅力的で、主人公が憧れるその世界の先達なんかもちゃんと格好良く見える。

 どのくらい魅力的かと言うと、映画を観終わった後にすぐに本屋に行って原作漫画を買ってみる程度には魅力的だった。原作的には4巻までの内容だったので、映画を観て気になった人は買って比べてみてもいいかもしれない。

駄目な所
 世界観やキャラの描写は良いんだけども、1本のストーリーとしてはかなり微妙。恐らく脚本の悪さが原因だと思うのだが、軸が弱くてストーリーが全体的に散らかっている印象。映画として新宿スワンの世界は魅力的に観せてもらえるんだけど、主人公のストーリーを観せて貰えないみたいな感じなのだ。

 特に脚本が酷いなと感じたのは、アゲハというキャラクターの絵本関連シーン全般。アゲハの心情を説明する為だけの架空の絵本を用意して、その絵本や朗読のシーンをいちいち挟むというクドすぎる演出は観ていてゲンナリした。正直、アゲハ役の沢尻エリカの演技だけでちゃんと成立しているので邪魔だなーとしか。また、説明だけの為に作られた不自然な絵本だから、内容が主人公が束の間の幸せな幻覚をみて最後に目が覚めて絶望して入水自殺するとかいうストーリーになってて、どういう絵本なんだよと。ここまで来るとノイズでしか無い。

 それ以外にも、やたらと回想シーンを被せてくる演出が多用されていて、しかもそれが説明臭い割には説明になっていないという。

原作との比較
 漫画原作と比較すると、映画版のストーリーテリングの下手さがより明確になる。クドすぎる絵本演出も映画オリジナルだった。

 原作の方は、割りと救いの無い世界ではあるがスカウトという仕事に対して胸を張れる様になりたいというその道での正義を目指す昔気質的な主人公と、所詮は金の為に働くんだからスカウトという仕事を利用してとことん汚い事でも何でもやって稼いでやるというヒデヨシ(ライバルキャラ)という二人の対比構造を軸にしたストーリーテリングになっている。

 映画の方は、ヒデヨシが全国制覇だとか言い出して暴走した挙句に最終的に破滅する話と、ヒデヨシが主人公に対してコンプレックスを抱いていたという話と、主人公にとって凄いポジティブに見えたスカウトの世界だけど実はネガティブな要素もありました(誰でも知ってる)という話が混在する感じ。

 映画版だと主人公とヒデヨシの関係性が、過去の因縁でヒデヨシが一方的に根に持っているだけでしか無くて、ライバルとして成立してないのが致命的な改悪な気がする。原作だと同じ会社で成績を競うスカウトとしてもライバルだし、汚い手段で主人公の業績を横取りしたり、主人公の顧客に覚醒剤を流したりなんかの経緯もあるから最後に破滅に向かうヒデヨシと主人公の対決が燃える訳で。ビルからビルに飛び移る下りも、原作だと明確に演出意図があったのに映画では無くなっていたのもビックリした。改悪したせいで対比構造になっていなかったせいだと思うが。あれじゃ単に主人公が馬鹿なだけじゃねーか。

結論
 基本的に登場人物は魅力的に描かれているので、俳優ファンであれば観に行って損は無いはず。一方で原作ファンには地雷が多いんじゃなかろうか。ただ、世界観はいい感じに描かれているので販促映画としては十分合格している気もする。
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by cemeteryprime | 2015-06-05 17:11 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】チャッピー

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世界観
 舞台は近未来の南アフリカ、ヨハネスブルグ。貧富の格差が拡大して犯罪者は増加、街は末法めいた様相を呈していた。あまりの治安の悪さに警察は、南アフリカの軍事企業が新開発した人型ロボット警官『スカウト』を導入する。スカウトには優秀なAIが搭載されていて、犯罪者のアジトへの突入作戦などの際に危険な先陣役を担当したりする。スカウトは一定の成功を収め、本格的に警察に採用されるようになり、海外からも注文が入る。

開発者
 しかし、開発者の青年には、もっと人間に近い高度なAIを実現したいという野心があった。好き嫌いや、芸術を理解する意識(心)を再現したいと考えていたのだ。が、基本的に警察任務のサポート用ロボにそんな機能は要らないだろと一蹴される。うちは軍事企業だから芸術ロボとか不要という当然の理屈である。仕方がないので、青年は自宅でAI作成に取り組むのだが、ある日それは完成する。青年は任務中に大破して廃棄処分が確定したスカウトにそのAIを入れてみて実験させてくれと申請するものの、損害保険の対象だから駄目だと却下される。

誕生
 仕方なしに、こっそりその大破したスカウトを盗み出し自宅で実験をしようとした所、運悪く帰宅途中にギャングの"ニンジャ"一味に拉致されてしまう。ニンジャ一味は、その地区との大物ギャングとの取引でヘマをやらかし1週間以内に大金を用意しないと殺すと脅されていた。銀行強盗や現金輸送車を襲いたいが、その為にはスカウトが邪魔になる。スカウトの開発者であれば、スカウトの機能をオフにするスイッチみたいなのを持っているはずだという理屈の犯行であった。スイッチ的な物など無いと分かると、開発者が車に積んでいた故障したスカウトを何とか使えないかと脅す。開発者は仕方無しとばかりに、ニンジャ一味のアジトで、意識AIをスカウトにインストールする。実験は成功するが、起動した意識を持つスカウトは、生まれたての赤子の様な状態で、小動物の様に怯えてばかり。ニンジャは使い物になんねーよとブチ切れるが、まだ赤ちゃん状態だからという開発者の言葉を聞き入れた、ニンジャの彼女は母親の様にスカウトに接し、チャッピーと名前を付ける。こうして誕生したのがチャッピーという心を持ったロボットであった。

ジャンル
 この映画には、警察ロボなスカウト以外にも、悪役として逆関節二脚で軍事兵器をしこたま積んだロボットなんかも登場する。ストーリー後半にはギャングVSチャッピーVS軍事ロボという派手なロボットアクションなんかも観れるのでそういうのが好きな人は期待して観に行って良い。一方でヒューマンドラマでもある。

ヒューマンドラマ
 チャッピーは、ロボットではあるがハッキリ人間のメタファーとして描かれる。芸術を理解する高尚な人間性を持つロボットになるべくして創られたチャッピーではあるが、ギャングに育てられた結果、スラムのチンピラそのものに成長してしまう。開発者から人間を攻撃したり犯罪は駄目だよと教えこまれ始めはそれを順守していたものの、生き抜く為にはロボットであるチャッピーですら金が必要だと判り、ヨハネスブルグでは他人から略奪するか野垂れ死ぬしか無いと理解したチャッピーは、育ての親のニンジャに唆され自覚的に犯罪者への道を進むのである。ロボットなので短期間でこうした人格的成長を遂げるので、昨日あった時には無垢な赤ちゃん状態だったのに次に会いに来たらギャングスタ状態になっていたチャッピーに面食らう開発者の姿なんかも面白い。

チャッピーの成長
 チャッピーの成長が最も加速するのは、自分の死期を悟った時である。チャッピーは元々廃棄処分予定だったボディで誕生した為に、故障でバッテリー交換などが不可能で数日で機能停止する状態だったのだ。それを知ったチャッピーは、自分の事を本当に大切に思ってくれていたなら、何で寿命があるこんな身体にしたんだと開発者をなじったりもする。この辺りは完全に人間そのものである。そして、死期を悟りながらも生き抜こうとあがき続けたチャッピーは、最終的には開発者でも成し得なかった、死を乗り越える為のブレイクスルーを発見するに至る。

まとめ
 僅か数日間の話なのだが、子供から大人への成長であったり、教育についてであったり、人間の進化の歴史であったりといったテーマを全力で駆け抜けていくのがチャッピーという作品なのだ。主人公はロボットだが、しっかりその心の成長が描かれるのである。また、チャッピーの周囲の人間がチャッピーに影響を受けていく様子も描かれていてとても良い。スーパーDQNなニンジャ夫妻の変化は特に好き。

 結構まじめなヒューマンドラマでもあるのだが、それを世紀末的なヨハネスブルグで展開してミサイルなんかも飛び交うロボットアクションと融合させているのが凄い。面白いので、是非観に行ってみよう。
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by cemeteryprime | 2015-05-30 10:19 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】ラン・オールナイト

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リーアム・ニーソン主演。普段はうだつの上がらないダメ親父なんだけど、怒ると凄い強いみたいなキャラは『96時間』以降の鉄板ネタみたいな感じがするが、この映画も案の定その系譜。但し、ダメ親父方向でキャラのメーターを振り切っている。

この映画の主人公、ジミー・コンロン(リーアム・ニーソン)はマフィアの元殺し屋だ。但しこのマフィア組織は、抗争なんかを繰り返す時期を乗り越えて、殆ど合法的なビジネスに切り替えている。なのでもう年齢的にも、現実的にも組織にジミーの仕事は無い。ジミーはマフィアのボスと親友で、ボスの右腕として何人も殺してきたのでその功績で面倒を見てもらっているが、仕事も無く毎日過去の殺人の罪悪感に悩まされアルコールに溺れるどうしようも無い日々を送っている。マフィアの雇った弁護士のお陰でブタ箱にこそ入れられて無いものの、思いっきり警察にもマフィアの殺し屋だということがバレている。そんな状態なので、息子がいるが当然の様に縁を切られている。

ジミーは、ダメ親父どころか殺人しか取り柄が無いが、最早その仕事をすることも無い状態で、更にマフィアの殺し屋の割にメンタルが弱くてアル中という本気でどうしようもないオッサンなのである。仕事は出来るが父親としてはダメ人間だとか、仕事は出来るがメンタルが弱くてアル中気味みたいなリーアム・ニーソンは観てきたが、ここまで全てが駄目なリーアム・ニーソンはなかなか観たことが無い。

そんなジミーが、なんだかんだでトラブルに巻き込まれて息子にとってのヒーローになる映画なのかと思いきやそうでも無いのがこの映画の面白い所だ。ジミーの唯一の特技『殺人』は、確かにトラブルに巻き込まれた事で遺憾なく発揮される事になるんだけど、これが完全に周囲に不幸を撒き散らす効果しか無いという。人を殺しまくって問題が解決して、ハッピーエンドになるわけが無いのは当然とも言えるが。要するにジミー・コンロンは唯一の特技が『殺人』という時点で、終わっているキャラなのだ。

そして、ジミーが殺しまくるのは今まで尽くしてきて、面倒も見てもらってきたマフィアの仲間たちである。ひょんな事から、ボスのDQNな不詳の息子が暴走してジミーの息子を殺そうとしたので咄嗟にジミーは殺してしまう。やっちまったもんは仕方が無いので、ボスに相談するとボスは明らかに自分の息子の自業自得なんだけども、それでも一人息子なので幾ら親友のジミーでも許せん!お前の息子を殺してからお前にも死んでもらってケジメを付けてもらうと言い出す。それでも何とかならないでしょうか?と交渉するも、ボスは引き去らがらない。だったら殺すしか無いじゃんと、ジミーは息子を守るために仲間だったマフィアを皆殺しにしていくのである。ジミーはこれまで家族や人生も捨てて、ボスに心頭し組織に尽くして来たのに最後はこういう悲惨な末路へと突入していく。

そんなジミーが唯一成し遂げれたは、息子には手を汚させないという1点のみ。俺の様にはなるなよという反面教師親父として、唯一出来る殺人で息子に振りかかる負債を精算して最後は…まぁ、言わずもがなな結末を迎えるのだ。この映画のジミーは最初から最後まで本当に格好良く無いのが凄い。とうに殺し屋を引退している上に、、足を撃たれたりするせいでヒョコヒョコ動いてて格好いいアクションだとかは無縁な感じ。

あまり宣伝とか観ないけど、普通に面白いのでリーアム・ニーソンが好きなら是非観に行って欲しい。冒頭でアメリカ映画でよく駄目な酔っぱらい老人がやらされてるサンタの子供からプレゼンと聞くバイトをリーアム・ニーソンがやらされてたり、とにかく駄目っぷりが面白い。
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by cemeteryprime | 2015-05-22 23:18 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】ワイルド・スピード7 スカイミッション

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とにかく最高なので、今すぐ映画館へ行って良い。シリーズ的に7作目ではあるが、特に予習は不要。アクション娯楽メガ盛りMAX系の映画なので、キャラへの思い入れとかドラマとかを予習で掘り下げて無くても単品として十二分に面白い。今作は初めてでも、全く問題は無いので気にせず映画館へ行こう。

シリーズ的には元々カーアクション映画だったのだが、過剰に娯楽性を足し算していった結果、格闘あり、爆発有り、銃撃戦あり、スパイアクションあり、兵器戦ありの総合エンタメ系映画になっている。基本的なテイストとしては、いい感じの音楽、美女のケツ、ヤンキー的なファミリー感、そして最高の車とイカれたカーアクションという感じ。

今回は敵としてジェイソン・ステイサム(エクスペンタブルズ、トランスポーター、デスレースetc...)にトニー・ジャー(マッハ!!!!!!!、トムヤムクンetc...)まで出てくる。この時点で既にアクション映画として100点である。

ステイサムは、イギリスの元特殊工作員で暗殺だとか破壊工作をしまくっていたが、危険すぎる故に政府に消されかけるも追っ手を皆殺しにして余裕で逃亡中というイカれたワンマンアーミーみたいなキャラクター。誰がどうみてもいつも以上にステイサム全開なので、ステイサムが敵キャラとして出てくると聞いて期待する物はちゃんと観れます。ステイサムは、カーアクション系映画も結構主演しているので満を持しての登場という感じ。基本的には主役のドミニク(ヴィン・ディーゼル)と対決する感じだけど、ホブス捜査官(ドウェイン・ジョンソン)とも壮絶な格闘を繰り広げる。

ホブス捜査官とは、開始早々に壮絶な戦闘になる。基本的にこの映画はサービスシーンしか無いので、最初から最後まで飽きない。ステイサム的アクションと、ロック様(ドウェイン・ジョンソン)的アクションの激突とか、並の映画ならクライマックス級のシーンである。

トニー・ジャーは、テロ組織の特殊部隊のリーダーみたいなキャラクター。ジャーは基本的にポール・ウォーカーと対決する感じ。あのキレッキレの格闘アクションは勿論、それ以外の異常な身体能力の高さみたいな所もちゃんと描いてくれていて良い。ジャーはステイサムと違ってドライバーキャラでは無い純粋な戦闘員なので、出番としてはステイサムより少なく、ストーリー上の重要性も大して無いのだが、あからさまに動作が人間離れしているので目立っている感じだった。

この二人以外にも主演級の俳優としては、カート・ラッセルも登場している。この人は最近だと改造車で美女を殺しまくるデスプルーフが記憶に新しい。こうなってくると最早、車版のエクスペンタブルズといっても良い内容である。役柄的には政府の秘密組織を指揮するエージェントという感じで、車の運転はしてくれないのだが。

エクスペンタブルズといえば、ロンダ・ラウジー(エクスペンタブルズ3で新メンバーになった女隊員。総合格闘家。)も登場している。役柄はアラブの王子が個人的に雇っている女ボディーガード軍団の隊長で、ドレス姿でミシェル・ロドリゲスと殴り合いを繰り広げてくれる。エクスペンダブルズ3でロンダ・ラウジーを見た時に誰もが考えたであろう、夢のゴリラ女対決である。考えた人は天才と言わざるを得ない。セクシーなドレス姿で取っ組み合いをするゴリラ女たちの姿に誰得感があるかも知れないが、少なくとも俺は惜しみないイイね!を送る。

ストーリーは、正直どうでも良い感じの内容である。ストーリー展開は、見せたいシーンの為だけにあるような物だからだ。次にこういう事をしなければならないという展開になると、何故かを考えてはいけない。あ…これはもしかして(察し)…というのが、この映画の正しい鑑賞方法である。期待した以上の物を観せてくれるはずなので、素直に楽しめるはずだ。

プロットは主人公たち一行に襲いかかる神出鬼没の凄腕工作員ステイサムを倒すために、政府の秘密機関の協力の下で世界最強の人間検索システムのマイクロチップの求め、凶悪なテロ組織と争奪戦を行うというカオスな内容である。基本的にチップの争奪戦をしていると、毎回何処からとも無く良いタイミングでステイサムが乱入してきて襲い掛かってくるので、そもそもステイサムを探す必要が無いのだが、そこは深く考えてはいけない。

秘密機関のバックアップの下、主人公たちは予算の心配をすること無く改造車両を入手できるし、凶悪なテロ組織は当然の様にガトリングガン等を搭載した改造車両に乗っている。観たいものが観れれば細かい事などどうでも良いのだ。舞台も無駄に世界中を転々とするものの、最後はホームタウンのロサンゼルスで対決する。CMではスカイミッションの邦題の由来となったと思われる、車でスカイダイビングのシーンが流れるがあれはせいぜい前半の山場程度である。クライマックスはもっとド派手で、LAが怪獣映画かな?くらいに大惨事になる。

主演のポール・ウォーカーは撮影の途中で交通事故で亡くなっている。助手席だったらしいが、ポルシェで時速160kmだして事故って爆破炎上というワイルド・スピード過ぎる死に方である。撮影は、兄弟を代役にしてCG処理とかして乗り切られたらしい。あれ?撮り終わってから死んだんだっけ?と感じたくらいに、その辺りは自然で気付かなかった。

ストーリー的には別にポール・ウォーカーは死んでないしむしろハッピーエンドなんだけど、エンディングはどことなく追悼ムードで、一作目からの主役二人の回想シーンが流れたりして泣ける。1作目って14年前なんだよなぁ。二人共凄い若くて時の流れを感じた。
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by cemeteryprime | 2015-04-22 23:11 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】アメリカン・スナイパー

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イラク戦争で160人くらい狙撃した実在のスパイパーの伝記か何かを原作にした映画。ヒロイックな戦争映画というよりも、一人の人間が戦争沼にズブズブ飲まれていく過程を描いている要素が強くて結構悲惨でなかなか怖い。主人公は田舎のカウボーイで純粋に9.11の映像見てアメリカを守らんと!ってなって軍に志願してシールズにまでなるんだけど、イラクで最初に狙撃する事になるのが対戦車榴弾持って特攻してくる母親と子供だったり。

ストーリーは主人公の少年時代から始まって死ぬまで(若くして死ぬ)をずっと描いているので、単に戦場の悲惨さみたいな話で終わってないのが良い。折角戦場から生きて帰って来てるのに家族をほっぽってまた戦場に言ってしまう過程とか、PTSDの様子も結構リアルで悲惨。主人公も含めイラクで死ななくてもアメリカに帰ってきてから死んだりするんだよね。NHKの朝ニュースでこの映画が紹介されてた時にも触れられてたが、5人に1人がPSTDになってるし帰国後に自殺したりで死亡する兵士が凄い多いとか。

とはいえ敵スパイパーとの因縁の対決みたいな燃えるストーリーもあるのでエンタメ性もきちんとしている。あと描写として面白いなと思ったのは、第◯期派兵みたいなのが進むに連れ、主人公と認識共有出来てる古参メンバーみたいなのが減って老害っぽくなる所。どんどん戦友は死んでくし普通の兵士は一回アメリカに帰ったらまたイラクに来ようとはしないので主人公と一部のメンバーだけが初期派兵での敵との因縁とかを共有できてるけど、残りのメンツは知らんがな状態なのが印象的だった。
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by cemeteryprime | 2015-03-01 23:52 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】アニー

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この記事は、まだ観てない人向けの映画アニーがいかに糞映画だったかという感想です。特にネタバレは無し。

大好物とは行かないが、もともとミュージカル要素のある映画は印象に残りやすい事もあって好きだ。ナイトメア・ビフォア・クリスマスとかマスクとか。最近だとアナ雪とかジャージー・ボーイズとか。という訳で何となく上映されていた映画『アニー』を観に行った。原作は知らないが、アニーのミュージカルのCMはしょっちゅう見かけるから名作ミュージカルなのだろう程度の認識。

良いミュージカル映画の定義は不明だが、ストーリーと歌が見事に融和出来ているかは1つのポイントであると思える。この映画はその点で全く酷い内容になっている。ストーリー的に歌が何の要素にもなっていない用に思えるし、ミュージカルっぽいシーンはストーリー上は妄想シーンに近い扱いになっている。ただし、時折ミュージカルシーン中の描写が作中で拾われたりもするので、何処から何処までが妄想シーンなのかは観客には区別が付きにくい。パラノイヤ的な妄想を扱ったミュージカル映画なのであれば、それもまた一興なのだがそういう内容では無い…はずである。

加えて、ストーリーが酷い。アニーの原作は全く知らないが、現代版アレンジを無理に加えたせいでこうなったのだろうと判る程度には観ていてチグハグ感が強い。ストーリーとしての焦点も分かり難く、何を描きたいのかもボヤけていた感じ。あと、ハリウッド脚本スタイルに無理に落としこんだせいかラストに謎のチェイスシーンがあったりするんだけど、内容に合ってなさすぎてギャグかな?としか。

更に酷いのは、作中でミュージカル要素をメタ的に馬鹿にした様なギャグが出てくる点。ストーリーと歌の融合どころか喧嘩しとるレベル。それ単体は別に良いかもれないが、ミュージカルをわざわざ映画化した作品でそれする意味ある?という感じ。

元々、プロデューサーだったウィル・スミスが自分の娘の主演用に構想してたみたいな話がwikiか何かに書いてあったが、実際に主演の子を引き立てる為だけのアイドル映画っぽい構成にはなっている。そういう映画。
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by cemeteryprime | 2015-01-31 11:45 | 作品・感想 | Comments(0)

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