人気ブログランキング |


Twitter:@idea51 blogはストック


by cemeteryprime

プロフィールを見る
更新通知を受け取る

マイブーム

クトゥルフ神話TRPG
映画
海外ドラマ

お気に入りブログ

セメタリープライム
イデア51

最新のコメント

 こんにちは。"ブリトニ..
by ブリトニースピアーズ(本人) at 16:07
ある程度、形が固定化して..
by cemeteryprime at 23:44
 お久しぶりです。楽しく..
by bokibokiSwank at 20:14
いくつか気になった点につ..
by 通りすがり at 09:28
長くなりそうなので、返信..
by cemeteryprime at 09:52
属性は、結局の所は利己的..
by cemeteryprime at 23:13
こんにちは。日本では盆..
by ブリトニー・スピアーズ(本人) at 13:08
動物のデータ(例:巨大な..
by cemeteryprime at 12:27
こんにちは。ますますシ..
by gengoron724 at 11:11
こんにちは。ますますシ..
by gengoron724 at 11:11

最新の記事

【雑記】TSUTAYAで借り..
at 2019-06-24 22:28
【TRPGモジュール】室内マ..
at 2019-06-02 13:45
【TRPGモジュール】室内マ..
at 2019-06-02 10:25
【クトルゥフ神話TRPG】室..
at 2019-06-01 18:56
【モダンホラーRPG】ダメー..
at 2019-05-24 00:19

【TRPG/雑記】コンテンツ消費における国民性とRPG

私はよくコンテンツ(書籍やゲームや映画やその他のエンターテイメントを含む情報)を食べ物に例える。食事とコンテンツはどちらも消費するものであり、生きる上で必要だから消費するという事情(必須カロリーor基礎教養)と同時に、楽しむために消費するという側面を持っている。

大袈裟に言えば、生きるということは食べると同義であり、何をどう食べるかという指針は、人生をどう生きるかという指針にすら派生する。故に、何をどう楽しむかというコンテンツ消費の指針にも影響するのである。

食文化におけるおもてなし

コンテンツの消費スタイルを考える上で、1つ注目してみると面白いかもしれないと思ったものが、食文化における国民性である。

先日、TVを見ていたらコソボがクロアチアから観光事業における日本人誘致のノウハウを学ぶという番組をやっていた。クロアチアは近年、日本からの観光客が増えているらしい。そこでのクロアチアの観光業者のアドバイスに1つ興味深いものがあった。

それはざっくりとまとめると『日本人は出された食事を残すのを嫌うので、量は多過ぎないこと。少しづつ色んな種類を出すのがベター。』という内容だった。わざわざこうしたアドバイスをするということは、クロアチアやコソボには、「食べきれないくらいに沢山料理を出すのが贅沢であり、おもてなしである」という食文化が存在するのだろう。

例えば中国なんかでも、満足しましたのサインとして食事を残すという文化があると聞く。綺麗に食べきるのは、まだ満足していないので、もっと持ってこい(量が足りないぞ)というサインになるのだとか。

こうした海外の食文化には、おもてなしの作法として、とにかく相手にボリュームが足りなかったと思わせないようにしようにしなければという思想が汲み取れる。現代の食糧事情から考えると、質にこだわらず量を出すことは、そこまで難しくないのでいまいち贅沢感は薄い気が、昔は食糧の入手コストが安く無かった中でも出来るだけ量を多く提供しようという心意気がおもてなしだった、その名残りだろう。

考えてみると確かに味に関しては、特に多民族が共存している国の場合は、味の好みを把握することはかなり困難である。なので『美味しい食事』を提供する上での限界は認識しやすかったのかも知れないが、一方で量的な満足感に関しては予算と心意気次第でいくらでも努力は出来る。そういう事情があると、取りあえず沢山出しとくからその中から好きなものを選んで満腹になってくれれば良いという発想になるのは不思議ではない。

一方、日本の場合は出されたものは残さず食べるという美徳が存在する。これは個人的な想像ではあるが、日本の場合、食糧の入手コストが安く無かったという事情は同じだが、海外と異なり文化的な多様性や流動性は低かったので、『美味しさ』の方向性の限界はあまり意識されなかったのでは無かろうか。その結果、乏しい食糧を出来るだけ美味しく調理するという方向性に進化したのでは無かろうか。現代においても美味しさに関して『とろけるくらいに柔らかい』だとか『生で食べても甘い』が至高みたいな、固定観念はよく見かける。

美味しさの方向性がある程度担保されているので、量を求めなかったのだ。

コンテンツにおけるおもてなし

では、本題のコンテンツ消費に関する国民性に戻ろう。基本的にはコンテンツ消費に関しては、海外ではボリュームが、日本においてはボリュームより質が第一に求められるのでは無いかという話である。

最近、スカイリムSEとフォールアウト4という海外製RPGをプレイしているのだが、これらのゲームはとにかく分量が多く、そのジャンルにおける要素の百貨店といった様相を呈している。スカイリムやフォールアウトが提供するものは、言ってみれば、百貨店のデパ地下でやる時間無制限のバイキングみたいなものである。とにかく何でもあるので、好きなだけ居座って、好きなものを気の済むまで食べてくれというスタイルだ。

一方、日本の場合は、高いコース料理の様なスタイルが選択された。基本的に一本道で、出されたものを順番に消費する。日本のゲームは一本道と揶揄されがちだが、一方でストーリーのクオリティは評価されていたりする。

食糧と同じか、もしくはそれ以上にコンテンツのボリュームを増すのは金が掛かるので、その制約の中でどうおもてなしするかという部分で、基本的には同じ様な現象が起こる。

多様性が高い海外においてはバイキング形式でボリューム面を進化させ、日本ではコース形式でクオリティ面を進化させた。

コンテンツのボリューム

しかし、コンテンツと食事で異なる部分が1つある。特にゲームでそれが顕著だが、コンテンツの消費は食事と違って物理的な限界が薄いのである(時間的な限界はあるが)。近年では、技術的進歩もあってゲームのボリュームは増加傾向にある。

バイキング形式の場合、ボリュームが増せば増すほど単純にバイキング形式としてのクオリティは上がる。一方、コース形式でボリュームを増そうとすると、自然と糞長い一本道と化してしまう。これは共通の世界観(マーベルユニバースみたいな)を舞台にした全5巻くらいのタイトルが20作品提供されるのと、全100巻の1タイトルの作品を提供されるのと違いみたいなもので、後者は圧倒的に客層を選んでしまうし、完走できずに途中でダレてしまえば中途半端感も強くなる。コース形式は、ボリューム増加に対する拡張性が構造的に低いのである。

また、先の例で言えば、全5巻の作品を書ける作家を20人集めるのと、全100巻の作品を書ける作家を1人集めるのでは、供給サイド的にも圧倒的に難易度が異なって来る。プロジェクトの構造としても、前者はボリュームアップしやすいという利点があるように思える。

バイキング形式と日本人

海外RPGに馴染めない日本人ゲーマーというのは一定数いる。思うに、出されたものは残さず食べるという思想に縛られすぎているせいで、気ままにバイキングをするタイプの贅沢を享受しにくいのかもしれない。

TRPGを遊ぶ際にも、正解ルートだったかとか、シナリオ回収率をやたらと気にするプレイヤーは珍しくない。個人的にはRPGは自由にストーリーを作って遊ぶゲームだと考えているので、そこに拘るのはゲームの主旨から外れている様に感じるのだが、それでも自分がプレイヤーとして遊ぶ際には何となく見逃した要素は無かったのだろうか?とかつい考えてしまったりする。

まぁ、もっとより良い方法があったのでは?という懸念は人生にはつきものだし、貰い忘れは無かっただろうかという不安もコンテンツ消費における国民性というよりは単なる貧乏性だと言えなくも無いが。

おもてなしの精神について

自分が考える厳選された美味い料理を残さず相手に食べさせるのでは無く、好きなモノを好きなだけ相手が選んで食べられる環境を提供する。こうした消費における哲学は、グローバル化や多様化が進行した現代環境ではより好ましい様に思える。

とは言え、日本においては未だに前者の思想が蔓延っている様に思える。消費の多様性が存在する環境下では、美味しさの追求とは、クオリティの追求というよりも、作家性の追求という要素が大きい。

勿論、エンターテイメントにはメディア毎に共通の文法が存在するので、単純にクオリティを追求することも可能ではあるのだが、TRPGの場合だと大抵の場合、調理の腕はアマチュアレベルなのに、シェフが独自に味を追求したメニューを提供してくる事が多い。というか、それが一般的である。つまみ食いレベルなら、風変りな味でも新鮮味があって構わないかもだが、合わない料理のコースメニューをフルで提供された場合は、二度とその店には行きたくなくなる事は必至である。

極端な言い方をするなら、ジャングルの原住民が歓待と称してイモムシの丸焼きを提供してくるみたいなもんである。原住民の場合は、相手が自分たちと同じものを食べるかどうかで分かりあえるかどうかを測る意味合いがあるだろうが、単純に楽しく遊びたい時にそうしたテストを受ける筋合いはあるまい。それ故に、コンテンツにおけるおもてなしの精神というものも考えてみる必要がある。

TRPGの場合

カレーを提供すると看板を上げた店に来てみたのに、究極の納豆カレー1品しかありません。みたいな事態は避けるべきだが、現状では割とまかり通りがちだ。そうなった時、店が悪いのか、期待する方が悪いのか。運良く納豆カレーが好きだった場合は幸運だが、大抵の場合は他のカレーが食べたかったんだけどな…とか、納豆が嫌いなんだが…と思いつつも、店主が目の前にいるので渋々食べる羽目になるのである。

しかしながら、こうした構造は普段あまり意識されることはない。TRPGをやった際に、即座にコンテンツ消費における国民性やおもてなしスタイルがどうのこうのと議論する人がいれば異常者の類だろう。

TRPGの場合は、もはやコンテンツではなくコミュニケーションを求めろみたいな説もある。食事では無く店の雰囲気だとかマスターとのお喋り(文字通り)を楽しめみたいなオシャレなBarスタイルである。コミュニケーションに飢えた人ならそれでもいいかもしれないが、こっちはコンテンツを食べに来てるんだという客からすればたまったもんでは無い話ではある。

スカイリムやフォールアウトがそうだが、海外製のRPGは、そのジャンルで客が欲しがりそうなものをとにかく沢山用意してやるという思想が背景にある。多様性のある消費環境下における、おもてなしスタイルである。それ故に、海外RPGのシナリオというモノは資料やイベントの詰め合わせの様相を呈しており、所謂日本人がイメージするシナリオ(ストーリー)の形にはなっていない。こういうコンセプトのバイキング形式ですという説明と、置いてある料理の内容が並んでいるだけだ。

逆にストーリーの形がはっきり見えるシナリオというのは、所謂コースメニューに他ならない。こういうコースになっておりますと、事前にメニュー表を見せてもらえるならまだいいが、ネタバレ厳禁等で大抵の場合は教えてもらえない。中途半端なシェフほど、コースメニューの構築に心血を注ぐ。客を最後まで楽しませる為のコースの構築というものは繊細な作業なのだ。そのコースは、本格中華かもしれないし、本格和食かもしれない。でも、客が中華が好きじゃなかったらどうするつもりだろうか。

同じ様に労力を注ぐなら、コース構築ではなく、メニューを増やしてみてはどうだろうか。寿司があれば、餃子もある、カレーもある、ピザもあるといった感じで。イベントの引き出しを増やすのである。その客がピザが好きだと判ったら、イタリアンのメニューを増やしておく。コース料理の場合は、1カ所を弄れば全体のバランス修正を加える羽目になるので拡張性が低いが、バイキング形式なら無限の拡張性がある。100本のストーリーを用意しても、結局遊ぶのはその内の1つだけである。だったら、100個のイベントを用意してやって選ばせてやれば確実に客の満足度は高くなるだろう。

どちらが望ましいおもてなしの形かは言うまでもあるまい。


by cemeteryprime | 2017-12-21 19:24 | 雑記 | Comments(0)

カテゴリ

作品・感想
時事ネタ
雑記
日記
TRPG講座・考察

タグ

(152)
(80)
(67)
(65)
(45)
(30)
(29)
(27)
(26)
(23)
(22)
(14)
(13)
(12)
(12)
(11)
(10)
(9)
(9)
(7)

以前の記事

2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 09月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月