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【雑記】道具論

ホモ・ファーベル

道具を作ること…これは間違いなく人にとっての本質中の本質だろう。ここでいう道具とは、単に武器や日用品といった具体的な道具だけではなく、言語や思想や科学知識といった概念的な道具も含まれる。

人は道具を作り、道具を愛する生き物である。そして、同時に忘れてはいけないのが、人は道具の奴隷になりやすい生き物でもあるという点だ。

道具の奴隷になる

人は色んな道具を作るが、中でもとりわけ好きなのがルールという道具である。人は社会的動物であると表現されることもあるが、ルールが無ければ共同体も成立しないのだ。

こうしたルールに関連する概念の内、人間にとって、とりわけ危険な存在となったのが、『神』という概念だろう。

神は実際の所、特定のルール(宗教)の根拠として創られたキャラクターだと表現することが出来る。もしかしたらルールという概念と同時に誕生した可能性もあるが、恐らく神という概念が生まれる前段階においては、人々はルールの理由や意味をいちいち説明していたに違いない。しかし、ルールが増えるに従って、そんなもんケースバイケースだからルールとして厳守する必要ある?みたいな面倒くさい事を言うやつが現れ始めたに違いない。

ルールはルール。神がそう決めたの。神は全ての人間の親みたいな存在だから、言うこと聞いとけば良いの!最終的にはこうなるはずだ。

権力という仕組みも、ルールに関する道具である。集団で何かをやる時はリーダーを決めた方がスムーズに事は運ぶ。リーダーに従えば常により良い結果が得られるかどうかはさておき、いちいちみんなで議論して行動するよりも、スピードアップが図れることだけは確実だろう。

神や権力というシステムは、みんなにとっての便利な道具ではなく、一部の人にとっての都合の良い道具となり、多くの人を苦しめる仕組みに発展したのは周知の事実である。神や権力の名の下に一体どれだけの人間が犠牲になっただろうか。

通貨なんかも、人を奴隷化した道具の1つだ。もっと身近な例で言えば、オタクが何かのキャラだとか道具に入れ込んで、それが生きがいになったりするケースなんかもこれにあたるだろう。漫画家が、大ヒット作品を描いてしまったが為に、連載終了を認めてもらえず延々と続きを描き続ける状態も同じかもしれない。

道具に頼るとき

道具のメリットは便利な点だが、これは同時にコミュニケーションの断絶も発生させている。

先に述べた、神や権力といった概念は、いちいち相手に説明したり、納得させる手間を省く為のシステムである。企業における社長と新入社員といった役職も、いちいち仕事をする上で全員が綿密にコミュニケーションをとる必要を無くす為の制度であると言い換える事が出来る。この様に会話を省略する機能があるのだ。

また、仕事の効率化を図る便利な道具は、それまでなら3人や4人がかりで可能であった仕事を、1人で出来るようにしてしまう点で、これまたコミュニケーションの機会を奪っていると言い換える事ができる。便利な道具は、人と人とのコミュニケーションを省略してしまうのである。

コミュニケーションの為の道具も事情は同じだ。同じことをする為に必要だったはずのコミュニケーションや人間関係はやっぱり省略されているはずで、更にコミュニケーション方法の多様化によって、コミュニケーションの仕方が限定的というか断片的になるという要素も発生する。とは言え、人はこうしたコミュニケーションに関する労力の低下を好む。何故なら、コミュニケーションは面倒くさいからだ。

ちなみにTRPGやストーリーの創作において、あまり便利な道具が好まれないのも似たような理屈に基づいている。便利な道具は、人間の活躍の場を減らすからだ。更にコミュニケーションの機会が減れば、ドラマ要素も減ってしまう。少なくともストーリーにおいては、面倒臭い衝突(コミュニケーション)が面白さになるのである。

物を愛でる時

人が物を愛でる時、同時に人間は愛でることは出来ない(当たり前だが)。なので、物を愛でる行為も、ディスコミュニケーションの変形だと表現することができる。

仏陀の様に、究極的に自分と向き合えば、あらゆる心の隙間は根性で埋めることが出来るが、普通は他人と交流することでそうした隙間は埋める(余計に傷が広がる場合もあるが)。それが面倒くさい場合は、便利な道具に頼る。映画、漫画、お金、車、ドラッグ…なんでもいいが、道具は常に手軽で便利である。

人と向き合うというのは、基本的には面倒くさい。それ故にディコミュニケーションへの欲望というものを人は常に持っている。物を愛し、権力を愛し、テクノロジーによる簡略化されたコミュニケーションを愛するという行動は、1つの文脈で説明できるのである。

複眼視的な想像力

人はなにかを理解しようとする時、脳内タグを利用する。概念を活用する、知識を用いて分析するという表現をすることもできるが、敢えてタグという表現を使わせてもらおう。

例えば、ハサミが目の前にあるとする。脳内タグは『紙を切るもの』『文房具』という感じだろうか。ついでに、『ハサミ』という名称もタグの1つだ。

しかし、タグに囚われ過ぎるとハサミが持つ性質や可能性を見失う場合もある。例えば、ハサミは先端をマイナスドライバーの様に使えるかもだし、凶器の様に使えるかもしれない。

対象の理解を助けるどころか、逆に理解を遠ざける様なタグの使い方もある。そういう際にこの脳内タグは、ステレオタイプだったり、レッテルだったり、という呼ばれ方をする。

人と直接、コミュニケーションをとっていても、このタグのせいで全く相手と向き合わないでいることも可能と言えば可能だ。人が他人に対して、徹底的に冷酷になれる際は、こうした脳内タグを悪用しているケースが多い。こいつは〇〇だから、何をされても文句は言えないだとか、〇〇だから禄でも無い奴に違いないだとか。

法律とモラル

神が定めた宗教的なルールの中で、生活に関わる最大公約数的なモラルに関する部分だけを、できるだけ宗教色を薄めて抜き出したのが、法律であると言える(実際にはもっと広範囲のルールを含んでいるが)。

モラルの在り方というのは厳密にルールとして定義づけすることはできない。正しさというものは、最終的には文脈次第な所があるので、ケースバイケースになりやすいからだ。なので、基本的にはモラルを持って生活することが前提で、細かいモラルの食い違いが発生した時に法律という道具を使うという運用が想定されている…はずである。

しかし、時に法律はモラル違反を正当化する為に悪用されてしまう。ルール上は問題ないだとか、法律で禁じられていないからやってもいいのだと、主張する人間が定期的に現れる。宗教の場合であれば、モラルには反しているが、戒律上は問題ないみたいな話をしても誰も耳を貸さないだろうが、法律になると事情は変わる。法律は宗教より道具として使い勝手が良い分、本来の目的を離れ、手段であった法律の方を優先してしまう現象が発生しやすいのである。

便利さが奪う時間

法律がモラル違反を助長させる道具として作られたとは誰も思わないだろうが、現実には助長する原因にもなりうる。

法律が増えれば増えるほど、モラルについて考える時間は少なくなっていく。いちいち説明してられないので、ルールはルールだから守れと言われる機会も増えていく。その結果、モラルは持たないが、ルールには従うという人間が増えるたとしても、何の不思議は無いだろう。そしてルールを逆手にとった悪人が増えれば、更に新たなルールが必要になるという負のスパイラルに突入するのである。また、こうした人間は、究極的にはバレなきゃセーフという発想に着地しやすいのも問題ではある。

銃についても、こうした観点から問題性を指摘することが出来る。誰かを殺したいと思った時、ハサミしかないのと、銃があるのとでは大きな差が出る。銃は引き金を引けば終わりだ。一方、ハサミで殺すのは難しいだろう。手間がかかるという事は、考える時間が与えられるという話でもある。カッとなって10秒以内に殺してしまえる状況と、3時間はかかる状況では、事情が異なるのである。

なので、便利な道具は考える時間を奪うと表現することも出来る。何でもかんでもネットで検索するせいで、本来なら答えを見つける過程で得ていたはずの知識が得られずに終わるみたいな現象は、よく知られているが、こうした要素はあらゆる道具に付随していると考えていいはずである。

総括

道具は便利だがデメリットも多いという話を、最近観た映画や読んだ本の内容に照らし合わせる形で、本質的な部分についてのみ、幾つかまとめてみた。


by cemeteryprime | 2018-03-05 00:20 | 雑記 | Comments(0)

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