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【雑記】映画とカイヨワ

映画の面白さは人それぞれである。…と言ってしまえばそれまでな気はするが、面白さには種類があることも事実である。何か良く分からないけど取りあえず面白いからOKという状態も悪くは無いが、自分は一体どういう要素を面白がっているのかを理解すると、他の要素についての見識も深まり、より楽しめる様になるのもまた事実なのだ。

遊び(面白さ)の定義

面白さの種類に関する定義で個人的に気に入っているのは、ロジェ・カイヨワによる4区分だ。ちなみに厳密に言うとこれは、人類の本質は遊ぶ能力にあるというホモ・ルーデンスという説を発展させた文脈で登場した、遊びについての分類である。遊びの種類とはすなわち、何を楽しむかという話でもあるので、面白さの定義として解釈することもできる(はずだ)。

アゴン…競争、対決

アレア…確率、乱数、偶然

ミミクリ…模倣、シミュレーション

イリンクス…非日常感、目眩

以上が遊び(面白さ)についての4区分で、これに更に人の本質として、以下の2つの傾向を挙げている。

ルドゥス…ルールを作る、ルールに従う

パイディア…ルールを破る、解放

映画とアゴン

映画におけるアゴン要素とは、例えば主人公とライバルの対決であり、主人公が何かしらの障害を乗り越える過程であったり、内面的な葛藤についての描写もまたこれに含まれる。

その国の本質を理解するのは、その国が抱えている矛盾を見るのが一番の近道であるという言葉もあるが、衝突(対決)には見た目以上に色々な要素が詰まっているのである。なので優れたストーリーテラーほど、本質的なテーマを対決の形で見せるのである。

もちろん、シンプルにバトル自体も楽しい。

映画とアレア

映画は意図的にデザインされたものなので、乱数や偶然的な要素を仕込む余地は難しい様に思える。

あるとすれば、適当に借りたDVDの中にあまり知られていない凄い名作があったみたいなガチャ的なアタリ感だったり、予期せぬ形で個人的にタイムリーな何かを映画の中で観てしまうみたいな要素だったりするのかもだが、ざっと思いつくのは外部的要素だ。思いついた人がいたら、教えて欲しい。

映画とミミクリ

そもそも演技というものの面白さは、このミミクリ要素以外の何物でも無い。

加えて、映画の面白さとして求められるモノの1つが、感情の機微が上手く描けているだとか、人の本質がよく描けているだとか、社会がよく描けているだとかの要素で、これもまたシミュレーション要素だと言える。

いまいち意味も分からないままに、乱用されがちなリアリティがある/無いという表現も、この要素に起因している言葉に思える。(実際の所リアリティがあるという言葉には、再現度が高いというよりは、分かりやすい、理解しやすい、共感しやすいという意味合いが強く、後述のルドゥス的な要素が多く絡んでいるが…。)

また存在しないものを如何にそれっぽくシミュレーションするかというのも映画におけるミミクリの面白さである。リアルなクリーチャー、リアルな未来世界、リアルなエイリアン。

高度なミミクリが実践されている場合、意図せず映画に現実の世相が反映されたり、未来を予見することさえある。映画を通して、現実の問題と向き合うという事が可能なのはこうした要素があるからだ。

映画とイリンクス

そもそも映画の中の世界は、常にある種の非日常だといえるし、映画館という空間もイリンクス的な文脈で評価できる。

内容的な面では、ある種の見世物小屋的な要素がイリンクスだと理解すると分かりやすい。奇妙なもの、幻想的なもの、とにかく日常では目にすることが出来ない様なモノや出来事である。

ついでに3D映像だとか、座席が揺れたり、水しぶきを浴びたりみたいなギミックなんかもイリンクスに含まれるだろう。

ジャンルで言えば、ホラーは特にイリンクス要素が強い。日常では体験しないタイプの恐怖や、安心感を揺らされる感覚を求めて、客はホラーを観るのである。常識や価値観がぐらりと揺らされるという意味では、ホラーだけじゃなく社会派的なメッセージ含む作品にもイリンクスは含まれていると言える。

映画とルドゥス

映画におけるルドゥスで、まず思いつくのはお約束の面白さだろう。お約束は、短いギャグレべルの様なものから、戦隊がポーズをとったら背景で爆発が起こるみたいな演出レベルだったり、勧善懲悪だったり貴種流離譚といったストーリー全体の構造の場合もある。

ルドゥスは、あるべきものがあるべき所に収まるというルールの再確認作業でもあり、ある種の出来事から特定のルールや意味(教訓)を読み取ることもこれに含まれる。犯人や真相を推理するミステリーなんかも、パターン(ルール)を見つける娯楽として考える事ができる。

先に述べたホラーというジャンルは、説明が付かない、ルール化できないという状態(情報の欠落)を意識させると人は不安を感じるという性質を利用しているが、これは人はルドゥスを求めるという性質の裏返しでもある。ついでに言うなら、アレア(乱数、確率)に面白みを感じる(何かしらの意味を読み取ろうとしてしまう)のも、ルドゥスが関係している。

映画とパイディア

人はルールが好きだが、同時にルールがぶち壊されるのも好きである。お約束を前提にした裏切り行為だとか、意表をついたどんでん返しなんかはパイディア要素と言える。

ストーリーのテーマ的なレベルでも、刑務所からの脱獄だとか、抑圧からの解放だとか、古い慣習がぶち壊されるみたいな要素は、パイディアな気はする。また、ヴィランだとか怪獣が暴れまくる(=既存の価値やバランスを破壊する)みたいなのも、これに含まれる。

ルドゥスとパイディアは相反する感情ではあるが、人間の複雑さはこうした矛盾を抱えているという性質から来ている。ちなみに、ルドゥスとパイディアの衝突はアゴンであり、イリンクスはパイディアの変形でもあり、ミミクリはルドゥスに関係している。

映画と感情操作

人は自分の感情を揺さぶる為に映画を使う。この時、具体的に何をしているかと言えば、ミミクリである。映画を使って、共感という形で感情のシミュレーションをしているのだ。

なので、どういうタイプの感情を引き立てる道具かという視点は、映画を判断する基準になる。切ないタイプの恋愛感情なのか、ひたすらエロい感情なのか、ゾッとする様な恐怖なのか、尊さだとか怒りだとか、色々だ。

ちなみにインド映画なんかだと、喜怒哀楽等の全ての感情をバランス良く全部盛り込みなさいという美学が存在している。感情の栄養学みたいな考え方で面白い。ただ、知識としては知っていたが、この美学の真価を理解したのは、『バーフバリ』という傑作インド映画を観た際である。バランスよく、色んな感情を刺激すると、健康体操をした様なイメージで明らかに身体が軽くなるというか、確実に精神衛生が向上したのが実感できるのだ。芸術は心のサプリであり、映画は精神衛生を向上させる為の道具であるべきだという考え方をするなら、こうした要素についてもっと考えてみても良いはずである。

映画と表現

そして忘れてはいけないのが、映画は娯楽であると同時に表現であるという点だ。特定のメッセージを伝える方法は一つでは無い。ホラーとして伝えるか、ラブストーリーとして伝えるか、ヒーロー物として伝えるか、やり方は無限通りある。だからこそ、どう表現しているかという部分は、面白さの1つなのである。

例えばつい本日、アカデミー賞を獲得した『シェイプ・オブ・ウォーター』という作品があるが、人魚姫のプロットだとか、半魚人だとかを使わなくても、同じテーマの映画は作れたはずだが、敢えてそうした方法を選択している訳で、そこに表現としての意味や価値があるのだ。

ただこの表現という部分は、文脈が高度になりやすく、直感的には理解し難い部分でもある。『シェイプ・オブ・ウォーター』の場合であれば、監督が子供の頃から大アマゾンの半魚人が好きだったとか、怪獣オタクであるとか、そういう映画外の部分も関係してくるし、モンスターに余所者や変わり者やマイノリティーを投影する表現があるだとか、とにかく色んな前提知識が絡んで来る。そういう要素をフルに楽しみたい場合は、映画評論家なりの解説を聞いたりして勉強するしかないんだろうけども。

ただ、何で敢えてこういう表現をしたんだろう?という視点を持つことは、更なる面白さの発見に繋がるという事だけは主張しておきたい。

面白さについて考える

最初に述べた通り、最終的には俺はアゴン要素は好きだが、イリンクス要素は楽しめないタイプだみたいな趣味嗜好の話に着地してしまうとは思う。が…世間には、それとは異なる『〇〇は使えない、役に立たない』みたいな単にお前が使い方を知らんだけやんけ的な事例も多い。

解釈の仕方や楽しみ方は無限大な、作品の外部要素が絡みまくる表現の部分はともかく、それ以外の部分の楽しみ方に関しては、ちょっと自覚的になるだけで楽しめる部分が増えてお得なのでは?とも思える。

例えば、この映画はどんでん返しが無かったから駄目だとか…ありがちな三幕構成だったので駄目みたいな人なんかを見かけると、えっ、そこが全てだと思ってるの!?(単に趣味嗜好の問題かもだが)みたいな、損してない!?という気持ちが湧く。ので、書いてみた次第である。ここで挙げたのは、最もベーシックなレベルの娯楽要素であって、実際はもっと楽しみ方は色んな要素があると思う(好きな俳優を追いかけるだとか)。娯楽全般に応用できる話ではあるので、入門用に参考になればと思う。


by cemeteryprime | 2018-03-05 23:31 | 雑記 | Comments(0)

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