人気ブログランキング |


Twitter:@idea51 blogはストック


by cemeteryprime

プロフィールを見る
更新通知を受け取る

マイブーム

クトゥルフ神話TRPG
映画
海外ドラマ

お気に入りブログ

セメタリープライム
イデア51

最新のコメント

 こんにちは。"ブリトニ..
by ブリトニースピアーズ(本人) at 16:07
ある程度、形が固定化して..
by cemeteryprime at 23:44
 お久しぶりです。楽しく..
by bokibokiSwank at 20:14
いくつか気になった点につ..
by 通りすがり at 09:28
長くなりそうなので、返信..
by cemeteryprime at 09:52
属性は、結局の所は利己的..
by cemeteryprime at 23:13
こんにちは。日本では盆..
by ブリトニー・スピアーズ(本人) at 13:08
動物のデータ(例:巨大な..
by cemeteryprime at 12:27
こんにちは。ますますシ..
by gengoron724 at 11:11
こんにちは。ますますシ..
by gengoron724 at 11:11

最新の記事

【モダンホラーRPG】Mft..
at 2019-04-18 10:42
【TRPGモジュール】グレー..
at 2019-04-18 09:04
【TRPGモジュール】ダメー..
at 2019-04-17 17:19
【映画感想】スパイダーマン:..
at 2019-04-17 13:34
【映画感想】キャプテン・マーベル
at 2019-04-16 16:02

【雑記】孫悟空とスーパーマン

ちょっと前に「ドラゴンボールはスーパーマンのパクリなのか?」みたいなまとめスレの記事があった。まぁ孫悟空がスーパーマンを元ネタにしているのは間違いないのだが、真に注目すべきは類似している所よりも違っている所なのだ…という話をしてみたい。

共通点

まず共通点としては、実はエイリアンで母星が消滅して赤ちゃんの頃に地球に脱出ポッドで飛来したという点や、見た目は地球人だが地球人より頑丈でパワーも強い点、地球人に拾われて田舎で育てられた点、地球人風の名前とは別にエイリアンとしての本名がる点など色々である。

相違点

そして相違点としてまず気になるのが、誰に拾われたかという部分だ。スーパーマン(クラーク・ケント)を拾ったのは田舎で農民をやっていた夫妻だ。一方、悟空を拾ったのは田舎で隠居生活をしていた武術家の老人孫悟飯である。もう1つは、スーパーマンは基本的に常時超人であるのに対して、悟空は大猿やスーパーサイヤ人に変身することでスーパーパワーを発揮すると狼男的な属性を持っている点である(まぁ平常時でも強いが)。

こうした共通点や相違点はどこから来るのか。相違点が無かったら、完全なるパクリでやばいからみたいな話は置いといて、表現の形には理由があるものなのである。

スーパーマンの背景にあるもの

アメコミファンには凄い今更なカビの生えた話なのだが、スーパーマンの作者はユダヤ系であり、そうした背景はスーパーマンの設定にも色濃く反映されている。

スーパーマンも作者も故郷を失った民族であり、アメリカにやって来た移民(エイリアン)であり、しかしアメリカで育ったのでアメリカ文化しか知らず、アメリカ風の名前を名乗って生活しているのである。

スーパーマンは、田舎で農民をやっていたケント夫妻に拾われて育てられる。本当の両親はクリプトン星人なのだが、育ての親はアメリカ人、それも古き良きスピリットを持った田舎の農民なのである。それ故に、スーパーパワーを持ったエイリアンだが、古き良きアメリカ人的な良心を備えているキャラクターなのである。

悟空の背景にあるもの

それでは悟空の場合はどうか。悟空の場合、作者は別にユダヤ系移民では無い。しかし、故郷のロストが描かれている。悟空の背景にあるものを理解するには、誰に拾われたかという部分が重要になる。

地球に来た悟空は両親にあたる存在を獲得しなかった。育てたのはお爺ちゃんである。これは、悟空が古き良きモラルの在り方や、大人としての在り方を学ばなかった事を意味している。実際、悟空は後に成長して大人になり子供さら持つが、心は少年のままだったし、スーパーマンの様な社会的な正義に目覚めたりもしていない。悪役と戦ってはいたが、単に強いやつと戦いたいという理由だった。

この両親の不在性と大人になれない人物像が、日本の文脈において意味するのは、明らかに第二次大戦の敗戦によって過去が黒歴史化した記憶だろう。モラルの手本にすべき先の世代の価値観や権威が全否定されてしまったのだ。こうした要素が、意識的にやっているのかどうかは知らないが、悟空の両親が不在であるという表現に結び付くのだ。

鳥山明は、世代論的にはしらけ世代とか言われている世代で、特徴として政治的な関心が極めて薄いという点が挙げられている。政治的な関心が薄いという特徴は、正義の在り方だとか正しさについての関心も薄いという事を意味している。政治性の強いスーパーマンとは真逆の在り方である。

それを踏まえると、スーパーマンの消滅した故郷であるクリプトン星がの正体が遥か古代に消滅したイスラエル王国であったのに対して、悟空の消滅した故郷である惑星ベジータの正体は、アメリカに滅ぼされた大日本帝国だったという事が分かる。この違いは、故郷の星に関するイメージの違いや、スーパーパワーの在り方の違いにも出ている。

クリプトン星は、地球以上の高度な文明を持ちどこかユートピア的な印象が強い。ちなみに映画『ブラックパンサー』における架空の王国ワカンダの描き方も似たようなイメージだったが、アメリカの黒人たちも望まぬ形で故郷を失った人々である事を踏まえると、失った故郷の描き方がユートピア的になるとい点は理解しやすいだろう。そしてスーパーマンの本当の父親は科学者として描かれる。

一方、惑星ベジータというかサイヤ人の描かれ方は、野蛮で侵略者的な戦闘民族なのである。そして悟空の本当の父親は下級兵士として描かれる。軍事国家における市民のイメージだ。更に付け加えると、スーパーマンのエイリアン性は、ある種の神の如き能力として描かれるのに対して、悟空のエイリアン性は、狂暴な大猿への変身という形で描かれる。

悟空のエイリアン性に対するネガティブなイメージは、孫と祖父という関係性だが一応は育ての親であった悟飯を、知らない間に大猿に変身して踏み殺してしまったというエピソードからも拾える。このように、悟空の故郷や血筋の描かれ方には、日本の黒歴史と化した軍事国家としての大日本帝国の在り方が色濃く反映されているのである。

狼男というモチーフ

もう1つ掘り下げてみたいのが、狼男というモチーフである。悟空の場合は、狼男というより大猿男という感じだが、満月を見て変身するという点で共通している。

スーパーマン(クラーク・ケント)の場合、全身タイツにマントという変装をしてスーパーマンを名乗っている時も、クラーク・ケントとして普通のアメリカ市民を演じている時も、基本的に能力は同じである。

一方で、悟空の超人性は通常時は呪われた本性として封印されているのである。こうした本性としての異形性や暴力性(スーパーパワー)が普段は隠されていて、変身することでそうしたパワーを解放できるのだが、時に暴走してしまい破壊をもたらすというイメージは、かつての戦争という黒歴史を踏まえて過度に抑圧される事になった日本の二面性とリンクしている。ちなみに、悟空だけでなく仮面ライダーを始めとして日本には変身キャラが多い。アメリカの場合、ヒーローは変装をするだけで、変身するタイプはあまり多くない。ハルクなんかはまぎれもなく狼男的だが。

スーパーサイヤ人の在り方

そして、それを踏まえると、後に悟空が大人になり、大猿ではなくスーパーサイヤ人という白人めいた姿に変身する様になるのもかなり意味深で面白い。

単に白人へのコンプレックスの現れとして片付けられる事も多いが、前後の変化を踏まえれば、大日本帝国的な呪われた戦闘民族としての本性を抑圧する日本から、アメリカをお手本に資本主義的な戦闘民族として本性を解放する様になった日本へという、自己イメージの変化が読み取れるのである。

差異を比較すること

ドラゴンボールという作品は、かなり長期間、日本の漫画やアニメの代表的な存在でありながら、サブカル評論系の本でもいまいち掘り下げられていないイメージがある。あまりにメジャーでサブカル感が薄いのでオタク受けしないという要素もあるのかもだが、メジャー過ぎるという事は自分たちとの距離が近すぎるという事でもあるので、逆に特徴を汲み取り難いという話なのかもしれない。

ネットでは似たような作品を並べて、パクリかどうかをやたら検証する文化があるが、差異について掘り下げる事の方が面白いし、今まで見えていなかった共通点を発見できたりもする。

かつては作品の評価をする際に世代論的な比較が行われる事が多かった。しかし、最近はグローバル化とIT化の発達で、市場には作品が国籍や年代に関係無くフラットに並べられる時代である。

同じ日本の文化に属する作品を比較しても、日本的な部分や特徴というものは当たり前の様に共通するので、案外汲み取り難い。しかし、外国の作品と比較すると、その辺りが露骨に浮き彫りになる。日本人は宗教意識が低いと言われて来たが、それは外国人と自分たちを比較する機会が少なかったからだろう。IT化で身近な他人の異質さを発見しやすくなったことは、確かに社会の分裂や衝突にも繋がっていてネガティブな部分が目立つのだが、グローバル化で真の意味で自分たちの異質さや独自性にも気付けるようになったことは、それなりに良い事じゃなかろうか。


by cemeteryprime | 2018-04-05 12:36 | 雑記 | Comments(0)

カテゴリ

作品・感想
時事ネタ
雑記
日記
TRPG講座・考察

タグ

(148)
(77)
(62)
(59)
(45)
(29)
(29)
(27)
(26)
(23)
(22)
(14)
(13)
(12)
(12)
(11)
(10)
(9)
(9)
(7)

以前の記事

2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 09月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月