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カテゴリ:作品・感想( 180 )

【映画感想】アナと雪の女王 2回目

TVで『アナと雪の女王』をやっていたので、久々に観てみた。傑作だと思ったが、劇場で観た時の感想記事(4年前)を読むと割とディスっていた。

4年も経つと、作品の見え方もかなり違って来るもんである。なので、改めて感想記事を書いてみよう。

あらすじ(完全ネタバレ)

アレンデールの第一王女エルサは、他の人には無い特別な力を持っていた。しかし、その力で妹のアナと一緒に遊んでいた時に、ふとしたはずみでアナを傷つけてしまう。その事がトラウマになったエルサは、両親やアナと距離をおくようになり、同時に力のコントロールも失っていく。そんな中、両親が早くに事故で亡くなり、エルサが成人するまでアレンデールは鎖国する事になる。

エルサは己の能力に怯え、それを抑圧し、二度とアナを傷つけまいと部屋に籠り続けた。アナは、両親を早くに失い、唯一の肉親であるエルサに距離を取られた事で、異常に人懐っこい性格へと成長する。

そして、エルサの女王就任式の日。アレンデールの鎖国は解除され、貿易相手の国など様々な外国人もやって来る。就任式は無事に済んだモノの、長年の孤独のせいで人懐っこいアナは、外国からやってきたハンス王子に一目惚れし、結婚すると言い出す。それが原因でエルサはアナと喧嘩し、能力が暴走し、危険な魔法使いだと国民にバレてしまう。

やけくそになり、家族も国も捨てたエルサは、一人で山に籠るのだが、一人になった事で自由になり、抑圧からも解放される。しかし、解放された魔法はアレンデールに厳しい冬をもたらし、港を凍らせ、再び国を閉ざしてしまう。

アナは、エルサを探して魔法を解除してもらおうとし、その途中で、森でトナカイやトロールたちと暮らす変人のクリストフに出会う。二人でエルサの所に行くが、制御不能なエルサの魔法はアナの心を凍らせてしまう。心が凍てついたアナは、ゆっくりと凍っていく。アナを救うのは真実の愛だと知ったクリストフは、アナの婚約者のハンスの所へ向かう。

しかし、ハンスはアナを愛してはいなかった。ハンスは母国で継承順位の低い王子であり、アレンデールの王位を狙っていただけだった。アナは、長年愛に飢えていた為に、愛がどういうものなのか理解していなかったのだ。ハンスのそれは真実の愛ではないと悟ったアナは、それでは損得勘定抜きで自分を助けてくれたクリストフこそ真実の愛をもたらす人物では無いかと考える。

凍り付いて死にかけながらも、クリストフの下に向かうアナだったが、途中でエルサがハンスに殺されかけている場面を目撃し、自分の命も顧みず、エルサを助けようとする。その結果、クリストフは間に合わず、アナは完全に氷と化してしまう。しかし、エルサがアナを想い泣いていると、アナの心は融解し、元に戻る。真実の愛とは、男女の恋愛などではなく、家族がお互いを思いやる様な深い愛情の事だったと判明する。

相手を傷つけるかもしれないと恐れ、相手を遠ざける心は、それでも相手を思いやる深い愛情には及ばないのだ。それに気付いたエルサは、魔法をコントロールする術を理解する。アレンデールから冬は消え去り、エルサは魔法で国民を楽しませる事が出来る様になる。

レリゴー~レリゴー~

エルサが長年の抑圧から解放され、自分らしさを全開にし、そして他人の迷惑なんて知った事かな精神で歌い上げるレリゴーは、開放感の塊の様なエモい場面なので、そこばかりが注目されがちな訳だが、作中では実はネガティブな行為として描かれている。エルサの選択は、家族も国も捨て、自分勝手に生きるというもので、その結果として国は冬に包まれ、再び鎖国状態になっているからだ。解放を肯定的に描くどころか、個人主義が蔓延する事によるネガティブな側面を明確に描いているのである。

ついでに作中で描かれるエルサを殺害すれば、冬も終わるだろうという悪人たちの目論見は、いうなればトランプを暗殺すればアメリカ・ファーストな排他的政策が終わるだろうみたいなものなのである。事件が、アナが考えなしにハンス王子という外国人を招き入れようとした結果だという点も注目すべきだろう。

アナ

アナは愛が良く分からないキャラだという事は、地味に作中で何度も台詞で説明されていたりする。最初はエルサが指摘し、終盤のハンスとクリストフで2回も真実の愛を誤認する場面でも、直前にオラフがわざわざ台詞で指摘している。

分からない理由は、両親を早くに亡くし、大好きだった唯一の肉親である姉のエルサにも、理由も分からず距離を取られていたからだ。明るく天真爛漫なヒロインに見えるが、実は愛に飢えつつも、愛が分からない、ちょっと悲しいキャラなのである。

クリストフ

クリストフは面白いキャラで、トナカイやトロールといった人間以外の友達は多いが、人間の友達はいないという変人である。クリストフが変人であるという点は、作中でも『家族の思い出』においても、何度も強調される。

キャラとしては、好意を寄せてくれるし、悪い人じゃないけど、恋愛対象にはなれずどうしても良い人止まりな感じのオタクキャラの変形だという気はする。ただ、今作では、アナとの恋愛も微妙に進展はする。

氷の美しさを理解する男だし、アナとエルサの関係性を邪魔しないタイプの使い勝手の良い男だから、そういうポジションに収まれたという感はどうしても否めないが。

エルサ

エルサの氷は、物語のラストで示される様に、キラキラと幻想的で楽しいものでもある。が、同時に危険なものでもある。

エルサの氷の魔法は、色んなモノのメタファーだと捉えられるが、改めて観て思ったのは、やはり“想像力”のメタファーとしての要素が一番大きいのでは無いかという点である。ラストで肯定的に描かれる人々を楽しませるキラキラと幻想的で楽しいものという氷の魔法の在り方は、まさしく『アナと雪の女王』という作品そのものである。

氷の魔法=想像力であると理解すれば、思いやりの心が欠落した、無軌道な想像力は危険であるというメッセージも飲み込み易くなる。

アナ雪の公開当初はジェンダー論的な言説と絡めて語る事が流行っていた様な気がするが、改めて観ると、それらは作品を矮小化する視点だった様に感じる。

総括

4年前は全くその辺を汲み取れなかった訳だが、この作品は紛れもなく傑作だろう。レリゴーも素晴らしい曲だが、感想文を読めば真に素晴らしいのはそんな所じゃない事は理解してもらえるだろう。今年、『アナと雪の女王2』も公開されるらしいので、素直に楽しみである。


by cemeteryprime | 2019-01-04 00:38 | 作品・感想 | Comments(0)

【アニメ感想】SSSS.GRIDMAN (+考察)

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結論

なかなかの傑作。

25年前の特撮番組『グリッドマン』を原作にした、新作アニメ作品。原作ファン向けのネタも散りばめられているものの、新作アニメとして面白い作品であり、原作を知らないのでちょっと…みたいな人も気にせずさっさと観た方が良い。

あらすじ/概要

主人公の高校生、響裕太はある日、自分が記憶を失っていることに気付く。そして街には突如、怪獣が出現する。

ジャンクショップにあった古いパソコンに表示された、自分にしか見えない聞こえない謎の存在、“ハイパーエージェント”グリッドマンに導かれて、訳が分からないままに、裕太はグリッドマンに変身して怪獣と戦う事になる。

しかし翌日、街は何事も無かったかの様に綺麗になっていた。グリッドマンへの変身に立ち会った裕太と仲間たち以外は怪獣の事も誰も覚えていない。そして、怪獣による死者は、最初から存在していなかったかのように歴史が記憶ごと修正されていた…。

面白さ(完全なるネタバレ)

謎めいた存在グリッドマンや、同じくらいに謎めいた悪役アレクシス・ケリブと彼に協力する少女アカネ、そして奇妙な現象が多発する世界観についてのミステリーで観客を引っ張りつつ、グリッドマンが怪獣と戦うという特撮番組的なパッケージで楽しませてくれるのだが、

本質的にはメタフィクションと呼ばれるジャンルの作品で、物語を通じて『SSSS.GRIDMAN』という作品自体について言及・批評する様な構造になっている。そして良く出来ている。

最後まで観ないと分からない話ではあるが、これは『日常に疲れて非日常の世界に逃避したアカネという少女が、グリッドマンに癒されて、また元の日常世界に戻る話』である。(実は最初に画面に登場するキャラクターは裕太ではなくアカネだったりする)

そして、それは同時に『日常に疲れた視聴者が、グリッドマンという作品を観て癒され、また元の日常に戻る』という構造と相似形になっている。

物語というモノは、基本的に『主人公が、日常から非日常の世界に巻き込まれ、成長するなり何かを取り戻すなりした上で、再び元の日常へと戻る過程』を描くものであるが、それは実は人が作品を観るという行為とも相似形になっているのである。

大雑把に言葉で説明すると、それだけの話とも言える訳だが、それを同時に特撮番組的なアニメとして成立させるというのは、至難の業である。言葉の代わりに、グリッドマンと怪獣と特殊な世界を使って、『語るな見せろ』で表現している点が凄いのだ。

グリッドマンと怪獣の使い方

人は何故、非日常を求めるのか。それは、このまま同じ事を繰り返す(日常)事が困難になった、限界を迎えた時に、一旦ぶち壊して(非日常)、そして新しい日常のパターンを再構成する為である。

いつもの日常とは違う場所、違うルール、違う価値観に触れる事で、日常に疑問を持つ事が出来、解体し再構成(改善)する事が出来るのである。

ちなみに原作の『電光超人グリッドマン』という作品において、グリッドマンはコンピューターワールド(ネット空間的な何か)の治安を守るヒーローであり、怪獣はコンピューターウイルスみたいな存在だ。基本的には怪獣がシステムに侵入して暴れる事で、現実世界にも被害が出るという物語である。そしてグリッドマンは怪獣を倒し、破壊されたプログラムを修復するというキャラクターだった。

今作においては、怪獣は破壊すると同時に修復もする。ただし、それは元に戻すというより、修正するというニュアンスに近い。怪獣を作る少女のアカネは、気にくわないモノが出現する度に、怪獣を使ってそれを街ごと破壊し、最初から存在していなかった様に歴史ごと修正していくのだ。

アカネは、非日常の世界において、そういう事を延々と繰り返す訳であるが、外部から“ハイパーエージェント”グリッドマンがやって来たことで事情が変わり始める…というのが、アニメ本編である。

ちなみにグリッドマンは話の都合上、記憶や能力を失っているので、アニメ版でそれこそがグリッドマンの本質的なパワーとして設定された“再構成の力”を取り戻すのは、最終回である。

アンチ君の物語

もう一つの注目すべきとして、アンチ君の物語がある。アンチは、グリッドマンを倒す為の存在として作られた怪獣で、グリッドマンがパワーアップするに従い、どんどん自身もパワーアップしていく。そして、ひたすらグリッドマンを超える事を目標に活動を続けた結果、グリッドマンによく似た姿へと進化し、グリッドナイトという第2のヒーローとなる。

これは明らかに、電光超人グリッドマン(原作)とSSSS.GRIDMANというリメイク(二次創作)の関係性を示唆している。アンチ君の物語は、原作を超える(否定≒アンチ)為に生み出され、試行錯誤の末に、原作と肩を並べる作品となる過程である。

アンチ君は、最終回でアカネを救出し、完全にヒーローと化した。グリッドマン(原作)は去っていったが、あの世界はグリッドナイトという新しいヒーロー(作品)を生み出したのである。恐らく、グリッドナイトは今後もあの世界を守り続けるだろうし、グリッドマンがそうであったように、別の世界を守る為に出張するかもしれない。あのラストはそれを示唆しているのだろう。

あの世界と神と宝多六花

最後の最後で明らかになる事実として、アカネはアニメ世界(次元)の住人では無かったという点(アニメは実写パートで終わる)と、元の次元のアカネはどちらかと言えば、宝多六花に似ていたという点がある。

アカネはあの世界の神であることは、それまでにも明言されていたが、神であるという事が具体的にどういう事なのか…何が出来て何が出来ないのか…は、良く分からなかった人の方が多かったのでは無かろうか。神であれば、全知全能で何でもかんでも自由にデザインできるのでは?という疑問を抱いたはずである。

恐らくあの世界は、アカネが逃げ込む為だけに、ゼロからデザインした世界というより、内面世界として、無意識的に投影された世界だったのでは無かろうか。それ故に、あの世界においても嫌な事は起こるし、その度に怪獣で修正を繰り返していたのである。

怪獣を使った世界の修正自体も、アレクシス・ケリブが力を貸しているからこそ可能な所業だろう。つまり、アカネは無意識的にあの世界を生んだ創造主()なのは間違いないし、アカネはあの世界より高い次元(レイヤー)の住人なのも間違いない訳だが、全知全能でも何でも無いのである。

そして、それを踏まえると、恐らくあの世界はそもそもは、アカネ抜きで成立していたと考えるのが妥当だろう。アカネは、外から逃げ込んで来た異物的な不自然な存在なのだ。すると、元々あの世界の中心にいたのは誰なのかという話になってくる。アカネの内面世界なのだから、自分を無意識的に投影したアバターというかシャドウの様な人物がいた筈である。恐らくそれは、宝多六花なのではないだろうか。

そうだとするならば、宝多六花がアカネと特別に仲良くなれた事、六花に密かに好意を抱くキャラクターであった響裕太がグリッドマンの器として選ばれた事にも説明が付く。

ハイパーエージェントと電光超人グリッドマン

グリッドマンとは何なのかと言えば、この作品においては強いて言うなら『電光超人グリッドマン(原作)』なのだろうという話は、先に述べた通りである。

ただ、グリッドマンの設定自体に関しては、あまり深く考えても仕方が無い部分だとは思っている。ちなみに原作のグリッドマンは、最初の数話を観た限りだと、ハイパーワールドからやって来たハイパーエージェントだと説明されている。そして複数の次元を渡り歩いて破壊を行う悪の魔王カーンデジファーをハイパーワールドから追いかけて来たのが、グリッドマンなのである。分かるような分からない説明である。

魔王カーンデジファーは、我々が住む世界と密接にリンクしたコンピューターの世界へとやって来て、ハッキングで嫌がらせをしていた根暗コンピューターな感じの中学生、藤堂武史に目を付ける。そして、藤堂がデザインしたゲーム用クリーチャーにパワーを与えて、コンピューターワールドを荒らすモンスターを生み出すという感じの話である。そして、グリッドマン自体も、元は中学生が作ったゲーム用の3Dモデルなのだ。つまり、グリッドマンというオリジナルのゲームキャラに、ハイパーエージェントが宿った存在なのである。

結局、ハイパーエージェントがどういう存在なのかは分からないわけだが、ハイパーな世界からやって来たハイパーな使者な訳だから、天使的な何かなんじゃないのかなという気はする。光の国の使者ウルトラマンも似たようなもんだと思うが、設定に宇宙人的なニュアンスのあるウルトラマンよりは、もうちょっと概念的な何かな気はする。

旧作との関係性

流れて来るTwitterの感想とかを見ていると、実は続編だったのでは?的な解釈をしているファンを割と見かけたが、個人的には最初に述べた様に、あくまで原作とリメイク(二次創作的)の関係性しかないと思っている。

原作の設定を踏襲して、アニメの世界もコンピューターワールドだったのでは?と考えるファンを見かけたが、原作でも説明されている様に、ハイパーワールドの住人は、コンピューターワールド専門という訳では無く、どんな世界(次元)でも訪問する事が出来るのだろう。ただし、基本的に実体が無くエネルギーだけを持った存在なので、その世界の実体を借りる必要があるのだ。

あの世界がコンピューターワールドでは無い事を示す理由は、もう一つあって、それはラストの実写版パートでアカネが別にパソコンの前に座っていないというシンプルなものである。

原作は、コンピューターワールドを支配すれば、現実世界も支配できる。パソコンがあれば子供でも世界を変えられる的な、IoTが蔓延した社会を舞台に、IT技術の夢と悪夢を描くみたいなテーマが明確にあった訳だが、今作にそういう要素は無いので、敢えてコンピューターワールドを描く必要はないよなとは思う。

原作要素を使った小ネタみたいなものは沢山転がっている訳だが、原作ファン向けのちょっとしたサービス以上のものは無いと思わる。何故なら常識的に考えて、25年前も前の作品を観てないと理解できなかったり、それを前提にしないと意味不明な作品なんて作らないからである。


by cemeteryprime | 2018-12-28 00:09 | 作品・感想 | Comments(1)

【ゲームブック感想】ブラマタリの供物

クトゥルフ神話モノのゲームブック(本にはブックゲームと書いてあるが)。ようやくクリア出来たので、レビューを書いておこう。

クトゥルフ神話ブックゲーム ブラマタリの供物 (Role & Roll Books)

フーゴ・ハル/新紀元社

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結論

凄く面白かった。もし書店やゲームショップで見かけたら、入手困難になる前に、取りあえず買っておいて損は無いはず。勿論、ネット通販で買っても良いぞ。

あらすじ

実はこの作品、ラヴクラフトの小説『レッド・フックの恐怖(1927)』の後日談というか、続編という設定になっている。ただ『レッド・フックの恐怖』を未読でも、特に問題ない作りにはなっているので、未読勢も安心してプレイして良い。ちなみに『レッド・フックの恐怖』は『ラヴクラフト全集:5(創元推理文庫)』に収録されているので、プレイして興味が湧いたら読んでみても良いのかもしれない。

過去の事件(『レッド・フックの恐怖』)で異常なモノを目撃してしまい、ノイローゼ気味になったトーマス・F・マロウンは田舎に引っ越して療養していた。あれは現実だったのか、それとも医者が言うように単なる妄想だったのか…。

そんな彼に、大富豪ロックフェラーからの依頼が舞い込む。油田を求めてアフリカで失踪した孫の捜索がその内容だ。精神を病み療養中の元刑事に過ぎないマロウンに白羽の矢が立った理由は、この事件の背後には神話的恐怖が絡んでいるからだという…。ロックフェラーの様な大物はそうした闇の真実にも通じているのだ。マロウンがかつて目撃したのは、矢張り現実であり、事件を経て“探索者”となったマロウンだからこそ、事件を解決できるに違いないと見込まれたのである。

神話的恐怖に立ち向かい、この事件を解決できれば、マロウンは真にトラウマを克服できるだろう…。そう告げられたマロウンは、事件を引き受けアフリカに旅立つことを決意する…!

ゲーム性

遊ぶ前は、ノベルゲーム的な、選択肢で分岐する小説作品みたいな感じかな?と思っていたのだが、パラグラフ移動の仕方がとにかく多彩で、尚且つ色んなゲーム性があってビックリした。間違いなくこれは、ゲームだ…!という感じ。

難易度はそこそこ高い感じ。といっても、解けないというより、時間が掛かるタイプ。ゲームブックに慣れていなかったというのもあるんだけど、正直かなり苦戦した。割と近年稀にみるレベルで攻略wikiが欲しかった。いざクリアしてみたら、優し過ぎずな、程よい難易度だという気もしたが。

プレイする上でのアドバイスとしては、とにかくメモを取る事。フィールド探索みたいな場面は、どこでどういうイベントが発生したかをメモっておかないと、確実に迷子になって、同じ所をグルグル回る羽目になる。後は、入手したアイテムの存在を忘れない事。

もう一つオマケにアドバイスするとするなら、狂気度の上昇を恐れるなという事くらいだろうか。このゲームは、クトゥルフ神話モノなので、狂気度が上昇しないと真実には辿り着けないのだ…その辺も、実に上手く出来ている。

感想

ゲーム性も凄く面白くて楽しかったのだが、何といってもストーリーが素晴らしかった。伝奇要素あり、アフリカを舞台にした秘境探検アドベンチャーでもあり、しっかりクトゥルフ神話なホラーでもあるという、贅沢な内容。オカルト要素も、ディティールが凄くしっかりしていて感心した。TRPGでもこういう本格的なクトゥルフ神話シナリオで遊びたいものである。

あと、ジャンル的な面白さだけじゃなくて、トーマス・F・マロウンを主人公としてドラマも、凄い良く出来ていて、特にクライマックスが熱かった。熱いストーリーとアナログ故に参加している感のあるゲーム性が、凄い具合に一体化していて、結構テンションが上がった。ゲームブックだからこそ、読み進めるというアクションを楽しめるというか…、こればっかりは、自分でプレイしてみて確かめてくれとしか言いようが無いが。


by cemeteryprime | 2018-11-30 22:05 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】カンフー映画、色々

最近、ネトフリに古いカンフー映画が幾つか追加されていたので、特に面白かった作品を幾つか紹介する。

断罪のカンフーマスター/Opiumu andthe Kung Fu Master(1984)

傑作。阿片と暴力で街を蝕む悪党に、街の武術師範が立ち向かおうとするが、師範もまた阿片に蝕まれていた…という話。カンフー映画として、アクションもストーリーも面白いのだが、それに加えて阿片が街を蝕み、人を駄目にする描写がかなり丹念に描かれていて秀逸。

五毒拳(1978)

傑作。五毒拳の最後の6番弟子が師匠の遺言で、名前を変え正体不明となった5人の兄弟子を追跡し、悪人であれば始末しろと命じられる。しかし、5人の兄弟子はそれぞれムカデ拳、ヘビ拳、サソリ拳、ガマ拳、ヤモリ拳の達人で、互いに能力は拮抗しており、5つの拳法を広く浅く学んだ6番弟子は単独では兄弟子には勝てないので、兄弟子の人格を見極め、協力者を得なければ任務は達成できない…更に兄弟子たちは互いに五毒拳の秘宝を狙っていた…という、ミステリー要素とバトルロワイアル要素が特徴。

アクションもストーリーも最高なのだが、とにかくムカデ拳、ヘビ拳、サソリ拳、ガマ拳、ヤモリ拳の5人の兄弟子たちのキャラクターが秀逸で、獣拳戦隊ゲキレンジャーにはデザインも含めて丸パクリしたキャラが出て来る。

空飛ぶギロチン(1975)

なかなか面白い。内部粛清を行う皇帝直属の暗殺部隊の隊員マー・トンは、国を思う義士を暗殺するという汚れ仕事の連続に嫌気が差していたが、ついに自分まで暗殺の標的となる…。という所謂、抜け忍モノ。

ちなみに主人公を追う暗殺部隊の上官役の人は、『捜査官X(2011)』という映画において、抜け忍である主人公を追う暗殺教団の首領として登場する。

続・空飛ぶギロチン(1978

なかなか面白い。そらとぶギロチンの続編。前作は、シンプルに脱走兵となったマー・トンを最強の暗殺部隊が追うという話だったが、今作は最強の暗殺部隊を使役する邪悪な皇帝に立ち向かう江湖の義士たちに、一撃必殺の暗殺兵器である空飛ぶギロチンのスペシャリストなマー・トンが協力するという話。

秘技・十八武芸拳法(1982)

カンフー映画が好きなら観て損は無い作品。義和団を構成するカルト教団同士の内紛を描いた話。基本的にはコメディだが、外連味が効いてるし、アクションはガチ。十八武芸の名前の通り、十八種類の武器術が堪能できる。

裸足のクンフー・ファイター(1993)

傑作。カンフー映画ではあるが、切ないドラマ面がかなり秀逸。田舎から出て来たカンフーは強いが学の無い貧しいピュアな青年の悲劇を描く。人間、ピュアなだけじゃ駄目で、分別()が無いと駄目だぞという、カンフー映画で偶に見かけるメッセージを、限りなく切ないドラマとして見せてくれるので、テーマ的にも観といた方が良い。

The Young Vagabond(1985)

個人的には面白いが、評価が分かれそうなタイプの作品。端的に言えば、義侠心に溢れた青年が、ひたすら悲惨な目に遭う話。最初は思いっきりコミカルな映画なのに、最後はバッドエンドな悲劇で着地するという謎な構成。カンフーなんて意味無いし、義侠心なんて意味ないぞ…という、カンフー映画としは謎なニヒリズムに溢れていて、かなり異色な印象がある。

少林拳対武当拳(1980

なかなか面白い。侵略者である清朝のケツを舐める武当派(悪役)と少林派の、血で血を洗う不毛な抗争を描く。見所としては、バイオレンスな特撮カンフー描写か。五毒拳とキャストが被っているので、俳優繋がりで観るのも良し。シナリオはそこまで凄いとも思わないが、不毛な復讐の連鎖というテーマ部分の描写には、なかなか見所がある。

カンニング・モンキー/天中拳(1978)

なかなか面白い。武侠モノだけど、コメディ要素は強めなジャッキー映画。カンフーが出来ない青年が、何やかんやで江湖のゴタゴタに巻き込まれて、強くなっていくよくある感じの話。ジャッキー映画好きで、武侠モノが好きなら観といて別に損は無いだろう。

成龍拳(1977)

傑作。ジャッキー・チェン主演だけど、内容はシリアスな武侠モノで、ドラマが秀逸。あらすじはプロットが複雑過ぎて説明し難い。

原作は古龍(台湾の有名な武侠小説家)の『剣・花・煙雨江南』で、脚本も古龍本人が担当している。所謂ジャッキー・チェン映画が好きな人には、作風が違い過ぎるので別にお勧めしないが、キレッキレのカンフー・アクション、シリアスでヘビーな武侠ドラマが最高なので、武侠モノが好きな人にはお勧めする。

蛇鶴八拳(1978)

なかなか面白い。ジャッキー・チェン主演だけど特にコメディ要素は無い本格武侠モノ。少林寺八流派の師範たちは、各流派の技を組み合わせて蛇鶴八拳という武術を作りだしたが、秘伝書と共に全員が失踪してしまう。数年後、『蛇鶴八拳』の秘伝書を持つ謎の青年が突如江湖に現れる。武侠小説を読むのは面倒くさいが、武侠モノのノリを見てみたいなという人向けには良い感じの入門編かもしれない。


by cemeteryprime | 2018-10-01 18:35 | 作品・感想 | Comments(0)

【ドラマ感想】アイアンフィスト シーズン2

結論

これはヒーローが主人公のドラマではなく、ヒーロー的な存在が主人公のドラマに対するアイロニー的な作品である。

記憶喪失等で過去がスカスカだけど、スーパーパワーを持った主人公が、特に深い理由は無いけど善性によって“ヒーロー”として活躍するという作品は割と多い(特に仮面ライダー系なんかで)が、この作品はそうしたヒーロー像に対する皮肉になっている。

アイアンフィストのシーズン1を観た時は、正直そうした作風がまだ理解できなかったので、王道なヒーロー物作品としての爽快感に欠ける、つまらない作品であるという、否定的な感想しか抱かなかったのだが、シーズン2を観れば、明らかに意図的にそうすることで独自性を出しているというのが明確になる。

それを踏まえると、なかなかオリジナリティがあり、面白いシリーズだと言える。勿論、主人公のダニーは相変わらず好きになれない訳だが。

あらすじ/概要

ダニー・ランドは、自分探しの為に、クンルンを捨てNYに帰って来たが、結局は己のアイデンティティを確立できず、アイアンフィストの力に溺れ、依存症みたいになっていた。

一方、ダニーの元親友のダボスは、親友であるはずの自分を裏切ってアイアンフィストの座を奪ったにも関わらず、自分探しを優先してクンルンを守るというアイアンフィストの使命を捨てたダニーにブチ切れていた。そして、同じくダニーに恨みを抱く、ジョイと協力し、ダニーからアイアンフィストの力を奪うことを企んでいた。

面白さ

シーズン1では、ダニーは秘境で修行をして戦士としてNYに戻った男(グリーンアロー的な)というより、幼少期からカルト教団でまともな教育を受けずに育った、スーパーパワーを持ちながらも、中身は子供同然で不安定なヤバい奴だと判明した。

シーズン2では、ダニーは人としてのアイデンティティが希薄であるが故に、薬物依存症患者同然のメンタリティで、アイアンフィストとしてのアイデンティティに縋っているヤバい奴だったと判明する。

ダニーは、アイアンフィストとしてのスーパーパワーや、選ばれし者としての役目といった、ヒーローとしてのアイデンティティはあるのだが、逆にそれしかなく、人としてのアイデンティティ(人生)が欠けているのだ。それ故に、結局ヒーローとしても使い物にならなかった男だったのである。

しかも、アイアンフィストになった経緯も、何も無いが故に親友だったダボスから、意固地になって強引にその座を奪った形であった。その上で、それでもアイデンティティが確立できず、NYへ自分探しの旅に出かけ、幼少期からダボスが目指し続けたアイアンフィストとしての使命を放棄した訳で、ダボスが怒ってヴィランになるにも無理は無かろう。ちなみに、過去篇のダボスは、余所者のダニーを兄弟同然に可愛がり、情け深く、甘やかされたのか女々しさすらある感じの、普通に良いヤツだった。

脇役たち

アイアンフィストというドラマは、主人公のダニーがアレなキャラ(正直、観ていてイラつく)になっている分、脇役たちのドラマはかなり面白い。

また今作では、新キャラとして多重人格の傭兵タイフォイド・メアリー(本来はデアデビルのキャラらしい)が出て来る他、コリーンとナイト刑事が活躍する。

ちなみにナイトとコリーンのコンビは、ドーターズ・オブ・ザ・ドラゴンというタイトルでかつてアメコミのシリーズを持っていたらしく、ネットフリックスでもこのタイトルがこれからドラマ化されるらしい。そういう意味でも、シーズン2は観ておいて損は無いだろう。


by cemeteryprime | 2018-09-11 14:48 | 作品・感想 | Comments(0)

【ドラマ感想】仮面ライダービルド(第14話~49話)

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仮面ライダービルドを観終えた。が、スカイウォールの惨劇の影響で、最終話直前の48話が録画されていなかった。

結論

微妙…!でも、観るべき。

この作品、設定なんかは非常に面白いのだが、脚本家にそれを回収するスキルが無いし、何よりドラマが下手なのである。

というより、ドラマが下手だからこそ、重めの面白くなりそうな設定を沢山投げておいて、後は何となくエモい展開にして、そのまま逃げ切るという戦略を意図的に取っているのでは?という気もする。

ただ、設定の回収の仕方が、本当に表層的かつ不誠実なので、設定が変に重めな分、ストーリーに不味いメッセージ性が帯びてしまったりしている。そういうストーリーテリングの不味さや下手さを考える上での参考になる作品なのである。

脚本は武藤将吾という人物で、『ジョーカー 許されざる捜査官』は昔のブログに感想が残っているのだが、久しぶりに読み返すと、ビルドと悪い部分が見事に共通していてる。あと、一部界隈で悪名高い『シュアリー・サムデイ』の脚本家でもある。

Youtubeでシネマハスラーの『シュアリー・サムデイ』回を聴けるので、興味があれば聴いてみて欲しいのだが、指摘されている悪い点はビルドともほぼ共通しているので、ラジオでは監督の小栗旬が苦言を呈されているが、実は脚本の問題が大きかったのでは?という気がしてならない。

2人のモンスター

ビルドは桐生戦兎と万丈龍我というダブル主人公システムをとっている。桐生戦兎の正体は人体実験をしていた外道な悪の科学者だった訳だが、万丈の正体も異常出生(妊娠期間2カ月)で生まれたエイリアン(妊娠中の母親にエイリアンが寄生して誕生)だった。

なんと主人公が二人ともタイプの違うモンスターだったのである。仮面ライダーには人の為に戦う、人外というテーマ性があり、これまでにも戦いの過程で人間じゃなくなったり、実は怪人だったり、モンスター種族とのハーフだったりと、色々あった訳だが、そんな中でもなかなか重いタイプの“モンスター”性だと言える。

ただ、設定は重いのだが、作中での扱いは軽く残念だった。戦兎のマッドサイエンティスト設定も、それなりの理由があったみたいな感じの描写で、最終的には特に総括されることなく有耶無耶になったし、万丈に至っては、理屈は不明だがエイリアンの遺伝子を抜いたり入れたりで、コロコロ人間とエイリアンの属性が切り替わったりしていた。

戦争編

13話以降の展開として、東都が北都や西都との戦争に突入するというものがある。その為に、スカイウォールで日本を三分割した訳だ。

仮面ライダーで戦争というテーマを扱った事自体は、なかなかチャレンジ精神に溢れていて、面白いと思ったのだが、これまた作中での扱いは軽く、このテーマを活用するには力量不足だったと言わざるを得ない。

また、主人公2名と戦争というテーマの相性もあまり良く無かった。というのも、戦兎も万丈もいまいち過去がスカスカで、生活感が薄いキャラだからだ。二人とも地元に普通の知り合いや友達がいる気配は無く、地元密着感に欠けている。なので、平和の為に戦う以上の、具体的な動機や切実さが無かった。

ただ、その点を補う為に戦争に対して切実な動機を持つ、アニキと玄徳という2人の仮面ライダーが投入されていた。特にアニキ役は、仮面ライダーキバにも出演していた武田航平で、手堅く押さえに行くキャスティングだったのかなと。

ただ、基本的にテーマの扱いは概念的&表層的過ぎるし、ドラマとして上手く描けない部分は全部セリフで説明させちゃう(時には魂の対話形式とかで)感じ。日本が三分割されて、内戦しているという割には、数人の登場人物が極めて内輪なノリで、国を運営したり戦争をしたりという、なんちゃって戦争描写だった。

戦争をテーマにする上で、一番致命的だなと思うのは、描写が内輪的でスケールが無いのと並行して、一般市民の存在感が異常に希薄だった所だろう。また、名前のあるキャラ以外(モブ兵士等)は、明らかにいっぱい死んでいても特に触れられる事も無かったりという所もバランスが悪かった様に思える。

また、戦兎に関しては科学者キャラなので、戦争による科学の進歩というテーマでの絡みもあった。ただ、戦争による必然性で科学は進歩するという部分が語られるだけで、それ以上のモノは特に語られず、それによって発生するコラテラルダメージ的なモノは、結局結果良ければ全てよしみたいな理屈で有耶無耶になっていたので、これまたテーマを描ききれてないな感が強かった。

戦兎の多重人格化

戦兎の正体が、葛城巧だったという展開も、オチの付け方が酷かった。記憶が戻ってからも、戦兎は佐藤太郎のガワを被ったまま、戦兎という新しい人格として振舞い、マッドサイエンティストであった葛城巧をきちんと受け止めなかったからだ。

要は、過去の罪はあくまで葛城巧という人物にあるという、他人事的なスタンスを貫いたのだ。作中でも、自分の内部にある葛城巧という人格と対話してみせるシーンなどがあり、明らかに都合の良い多重人格的に描いていた。

そりゃあ、葛城巧に本当の意味で戻ったら、人体実験を繰り返した過去の罪を受け止める必要があるし、何より容姿がイケメンから如何にも理系のキモオタ的な顔に戻ってしまう。

最悪のオチ

最終的にビルドは、マルチバース理論が登場して、今の世界を救うには、並行世界と融合させて、全てを無かった事にするしかない!と、意味不明な展開になる。それによって、スカイウォールや、恐らく火星探査自体も無かった世界に戻るというのだ。

結局、主人公2名だけが記憶を残して、そういう理想の世界が実現するのだが、これって、正直この2人だけが、ボロボロに崩壊した世界を捨てて、平和な並行世界に脱出したのと、どう違うのだろうか。

一応、自分たちしか元の世界の記憶が無い孤独みたいなものを、匂わせてはいたが、個人的には世界ごと全てをチャラにして逃げた様にしか見えなかった。戦兎は戦犯的な過去を捨てて、イケメンの顔を手に入れたまま、逃げ切った訳だし、万丈も何やかんやで人間に戻った訳だし。

夢落ちレベルの最低の結末だと言える。

まとめ

脚本家の処理の仕方が不味いので、ストーリー性やメッセージ性という意味では、最低と言えなくもない作品になっているのだが、冒頭で述べた様に退屈でツマラナイというより、可能性はあったが最低な方向に舵をきったが故の最低さなので、観る価値はある。

あと、久しぶりに平成ライダーを全話観て思ったのだが、マゾヒズム的な自分に鞭打つ行為を肯定的に描いていたり、闇雲レベルでも自己犠牲を払うのが尊いみたいな価値観や、自己満足感しかないヒーロー観やハッピーエンドを仮面ライダーで描くのは、子供番組だからこそ、教育上あまり宜しくない訳だし、時代的にそろそろ有害なのでは?という気はする。

今時の海外のヒーローモノ(ファミリー向け作品)って、それなりにリベラル(まともな)な価値観を提示するし、独り善がりな正義は良く無いよというメッセージもきちんと発信している気がするが、それに比べるとかなり後進的なと思える。平成ライダーの脚本家を色んな業界から連れてきて試行錯誤するのも良いけれど、そういう現代のヒーローモノについての、リテラシーがある程度ちゃんとある人間を連れて来た方が良いのでは無かろうかと、今回のビルドを観て特に思った。


by cemeteryprime | 2018-09-11 11:27 | 作品・感想 | Comments(0)

【ドラマ感想】仮面ライダービルド(第1話~13話)

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ジオウが始まったので、ようやく仮面ライダービルドを観始めた。正直、まとめて観る為に録り貯めていたのではなく、面白く無かったので早々に観るのを止めていた訳だが(経験上、最初の数話が面白く無いドラマは最後まで面白く無い)、実際観ていると大枠のシナリオやテーマ自体はそれなりに面白い事が分かった。

ただ、基本的にドラマ部分があまり上手く無いというとか、ストーリーテリング自体は下手だなと感じた。リアリティ・ラインもブレブレで安定しないし、余りにも段取り臭い(不自然でぎこちない)なという場面が多い。

あらすじ

主人公の桐生戦兎は記憶喪失の天才科学者で仮面ライダー。もう一人の主人公の万丈龍我は、殺人犯の濡れ衣を着せられた逃亡犯。

舞台は、良く分からん裂け目によって日本が三国(北都、西都、東都)に分裂した世界で、主人公たちがいるのは東都。

1-13話では、取りあえず人体実験とかやっている悪の秘密組織なファウストと戦いながら、怪人と戦ってフルボトルというガイアメモリー的なモノを回収しつつ、万丈は自分の冤罪の真相を探るみたいな話になっている。

ネタバレ

既に放映も終わっているシリーズなので容赦なくネタバレすると、戦兎の正体は、ファウストで働いていて仮面ライダーシステム等も開発したマッドサイエンティスト(人体実験とかしていた)の葛城巧だった。万丈は葛城巧を殺害した犯人として指名手配されていた訳だが、実際に殺されたのは戦兎の姿の持ち主である佐藤太郎という人物で、死後に姿形を入れ替えられ、葛城巧は真犯人によって記憶を消されていたというのが真相であった。

更に、記憶を失った戦兎が仮面ライダーをやっていたのも、仮面ライダーシステムを進化させる為に誘導され、利用されていただけだったと判明する。

ついでに、ヒロインも当初はファウストにてフルボトル製造(浄化)をさせられていたのだが、ボトルが悪用される事に気付き、協力を拒むようになった為に、意図的に脱走させられ、仮面ライダーのサポート役として、正義の為に進んでフルボトル製造を手伝う様に仕向けられていた。そして全ての黒幕は、ブラッドスタークであり、その正体はおやっさんポジションの石動惣一であった。

面白さ

まず主人公の正体は、平気で人体実験を繰り返すマッドサイエンティストだったという話で、これは今までのライダーにおける、正義の心を持ったモンスター(人外)とは真逆の存在…モンスターの心を持った人間なのが面白い。

そして、もう1つのテーマは、戦争や犯罪に悪用されがちな危険なテクノロジーは、それ自体に罪があるのかというもの。主人公は、いわゆる科学オタクなキャラなので、テクノロジーそれ自体に罪は無く、使う人間の問題だと最初は主張していたのだが、自分の正体を知り、自分たちがまんまと利用されていた事を知り、その価値観の雲行きも怪しくなってくる。

ちなみに、この作品における仮面ライダーシステムには、舞台が三国分裂状態で内戦状態に近い日本なのも相まって、明確に当初から軍事利用を目的としてテクノロジーであるという特徴がある (デザイン的にとてもそうは見えないが)。これも、他のシリーズと比較して一線を画している部分な気はする。

主人公の、記憶を失い仮面ライダーとして善行を積むようになったが、本人は覚えていなくても、償い様が無い邪悪な過去があるという特徴もまた、何をするかではなく、存在自体に罪があるのかどうかという問題意識に絡むテーマになっている。

…とまぁ、コンセプト・レベルだとそんなに悪くない気がするのだが、最初に述べた様に、実際には色々と残念な作品なのである。

デザイン等について

初見では仮面ライダーWの二番煎じやんけ…と思ったデザインは、今の所、印象は変わらず。結局所、ガイアメモリーをボトル状にしただけ…な印象が強く、ボトルだからこそな面白みを感じる演出等も特に無し。まぁ、子供向けの玩具としては、シャカシャカ振るというギミックは、面白い違いなのかもしれないが。

組み合わせのベストマッチが設定されているせいか、色んな組み合わせが出来るというギミックも、ダブル程には活用できていない印象がある。追加武器も、最初から特定の組み合わせのボトルが前提になっているみたいなモノばっかだし。

途中でボトルの争奪戦みたいになる感じは、オーズのメダルだし。もうちょっと何かしらの、モチーフ的なオリジナリティは欲しい所。

あとアンドロイド兵のデザインは、ミリタリー要素もあるし、近未来のロボ警官的な要素もあって、なかなか良いと思うのだが、合体して巨大ロボなるみたいなアレは、蛇足というか何というか。どう考えても、普通に巨大な戦闘用ビークルみたいなのを、別で用意した方が格好良くない?という気がする。そこだけ急に、戦隊シリーズの雑魚敵みたいになるのは、何なんだ感。

ついでに

どうでもいいけど、平成ライダーは、もうちょっとドラマ的なコメディのセンスがあればな~と思う場面が多い。そもそも論として、日本のTVドラマやTVドラマ出身の映画監督の作品全般にコメディのセンスが欠けている点はよく指摘される問題なので、贅沢言うなよみたいな話かも知らんが。


by cemeteryprime | 2018-09-05 11:56 | 作品・感想 | Comments(0)

【ゲーム感想】Graveyard Keeper

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Steamの新作ゲーム。面白そうだったので買ってみた。

あらすじ

主人公は、現代人のおっさん。ある日、車に轢かれ、何故か中世ヨーロッパ(ダークエイジの)風の異世界に転生させられてしまい、墓地の管理人の仕事をすることになる。果たしておっさんは、現代に戻れるのか?みたいな話。

異世界転生したおっさんが、現代の知識で無双する話…では無いものの、特別な存在として異世界でクラフトとかしまくりながら活躍する話なので、所謂『なろう系小説』みたいなノリを感じる。まぁ、そういう感じの現実世界からファンタジー世界に迷い込む感じの話は昔からあるけども。

ゲーム性

ネットでは汚い牧場物語みたいな表現をされているのを見かけるが、個人的にはこれは経営ゲームというより、アドベンチャーゲーム的な要素の方が強いゲームだと思う。墓守の仕事も畑で出来る農作業も基本的には手段に過ぎない感じで、目的はあくまで異世界からの帰還方法を探るという部分にある感じのゲームデザインだからだ。

また、これも多分意図的にだと思うのだが、基本的に情報が無さ過ぎるので、手探りにも程があるゲームプレイになる。なので、何だか脱出ゲームに近い印象すらある。異世界からの脱出ゲームなので、それが正しいのかもだが。

正直、クラフトゲーム的な部分とストーリー要素の整合性は、決して上手いとは思わない。ただ、ゲーム部分のバランス自体は良くて、作業は苦にならないし、クラフト自体も面白い。そして何よりシナリオが、案外面白く、ドラマも地味に作り込まれている。

このゲームに、特に時間制限的な要素は無いので、やろうと思えば気長にコツコツ進めていけば良いのだが、シナリオが割と面白いので早く先に進めたくて頑張る羽目になる。そんな感じ。wikiとか見ずにやると果てしない試行錯誤を強いられるタイプの面倒臭さ(≒遣り甲斐とも言う)はあるが、ゲーム的な難易度は無い。この辺のデザインも上手いなとは思う。

ちなみにダンジョンで剣を振り回してモンスターと戦ったりという要素もある。あと経営ゲームでは無いなと思わせる点として、何だかんだでシナリオを進行させる為には、ダンジョンにも潜らないと駄目だし、農業もしないとだし、鍛冶もしないとだし、墓守をしないと駄目だし、教会も発展させなきゃだし、料理も作らなきゃだし、錬金術もしなきゃだし…と一通りやる羽目になる点がある。ゲーム的な誘導が上手いので、御使いゲーム的な印象は薄いが。

進行の為のヒント

とにかく、色々と自主的に虱潰しに調べるしかない。取りあえず、最初にマップは隅々まで歩いて見て、NPCにも話しかけておくことをお勧めする。探索を怠っていると、案外そのアイテムどこで入手するんだ?と思ったら普通に買えるヤツだったみたいな事がある。

後、研究はテクノロジー取得の為のポイントを稼ぐ上でかなり有用なので、こまめにやっておくと良い(特に青マナ系のアイテム)。研究には信仰ポイントみたいなのが必要になるが、これに関しては基本的に教会で稼ぐしかない。

人肉

人肉はまず最初にいずれ売り飛ばせる事を教えてもらえるが、その為に必要な偽造印を入手できるまでには、結構時間が掛かる。人肉はスライスしちゃうと偽肉として売れなくなるが、ハンバーガー(金クオリティの)を何度か販売するイベントがあるので、焼肉にしてしまっても特に問題は無い。

墓地

最初は墓場に死体がどんどん送られてくるので割と焦るが、これは最序盤だけで、直ぐに供給量を自分で調節できる様になる(コストを支払って、必要な数だけ注文する感じになる)。なので、出来るだけ死体は川に捨てずに埋めて置いた方が良い(まぁ、イベントで1体は捨てる羽目になるが。)

ちなみに死体を火葬にした場合もちゃんと埋葬証明書が貰える。また、死体を掘り返して再度埋めた際にも埋葬証明書は貰える。

発掘許可証は、埋葬証明書で貰える額よりもわずかに高いが、中盤以降は僅かなコストなので、基本的には後で幾らでも掘り返せるので、取りあえず埋めておいて問題は無い。掘り返した死体は品質向上処理をしたり、灰や塩を入手する為に火葬にしたりする。

HP回復

ダンジョンに潜り始めると、HP回復薬が欲しくなる。体力回復ポーションは、野菜くずの粉と、蝙蝠の翼をすりつぶした汁という、比較的入手しやすい素材でクラフトできる(錬金術の設備はいるが)。ワインでも回復出来るが、勿体無いと感じるならポーションを作るにもアリだ。

どういう理屈か謎だが、鎧を作る際には蝙蝠の翼からでもクラフトできるレザーじゃなくて、人間の皮膚が必要になる。なので、取りあえずある分の人間の皮膚を全部、レザーや紙に加工しちゃっていたら、結構面倒臭い事になる。なので、レザーは作りだめしない方が良い。蝙蝠の翼はダンジョンに潜れば腐るほど入手できる(ダンジョン以外でも夕方くらいに湧く)

最後に

シナリオやアドベンチャーゲームを期待して、このゲームを買う人は少ないと思うのだが、案外そっちが良く出来ているゲームである。現実から異世界に行っちゃう系ファンタジーとしてもなかなかツボを押さえているし、舞台が小さな村の割に人間関係やドラマも作り込まれている。あと、スーファミ的なRPGが好きな人も結構好きな感じのゲームなんじゃなかろうか。


by cemeteryprime | 2018-08-22 13:39 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】グレイテスト・ショーマン

アメリカの伝説的な興行師、P・T・バーナムの生涯をモチーフにしたミュージカル映画。


2月に公開されて速攻観たけど、感想記事を書いていなかったので、過去のツイートを掘り返して、思い出しながら書いてみる。

結論

テーマ性も最高!音楽も最高!

実はこの映画、公開前から期待値が高すぎて、逆に不安だったのだが、不安を見事に吹き飛ばす内容だった。

というのも、主人公のモチーフ(敢えてモチーフと表現する)であるPT・バーナムって、アメリカのエンタメ界(興行界)のレジェンドだからだ。エンタメ界のレジェンドの話を、エンタメ映画にする訳だから、そりゃあ生半可は許されない訳だ。でも、これがアメリカのエンタメ精神じゃい!って堂々と胸を張れる内容になっていたので、凄く良かったよね。

あらすじ/概要

保険会社で働くしがないサラリーマンのバーナムは、本当はもっとデカい企画とかしたいのにと思いつつも、つまらないデスクワークに終われる日々だったが、どえらい海難事故で会社が破綻。ついに、俺の夢に向かって走り出すことを決意する。

初めは博物館(ヴンダーカンマー)、そして際どいフリークスショー(サーカス)を始めたバーナム。面白さこそ正義だと!アカデミズムの酷評などなんのそので、有名興行主になって、長年の夢だった地位と金を手に入れる。そして、バーナムの名声はイギリス女王陛下への謁見でピークに達する。

しかし、バーナムはそこで出会った有名歌手に一目ぼれし、大衆向けエンタメであるサーカスや家族をそっちのけに、上流階級向けのエンタメに浮気をしてしまう…。

面白さ

この映画の一番の面白さというか、肝の部分というのは、エンタメ最強説みたいな哲学の部分だろう。

エンタメはパワーであり、面白ければ世間に評価されるし、ド底辺からでものし上がれる。このエンタメ哲学は、アメリカにおいては今でも確かな存在感を持っていて、だからこそスター発掘番組みたいなのも盛んだし、歌や映画でアメリカン・ドリームを掴むみたいな夢がそれなりにリアルなのだ。

バーナムは、それ故にエンタメのパワーで、最下層からのし上がっていく。だからこそ、そんなバーナムの前に立ちふさがるのは、エンタメを理解しない人では無く、別の素晴らしいエンタメだったりする。バーナムは、エンタメの力で、サーカスの仲間たちという疑似家族(そこには後継者であり疑似息子であるザック・エフロンも含まれる)も手に入れる訳だが、別のエンタメに浮気してしまう事で、本当の家族も、サーカスの疑似家族も、同時に裏切る事になるのである。

エンタメ大好きおじさんだからこその、道の踏み外し方な訳だが、当然そうした今まで信じて来たものを裏切る道に未来は無く、失敗してしまう。そこで、何だかんだで元の鞘に戻れる辺りは、ファンタジーな訳だけども、そこはハッピーなミュージカル映画なので、多少はね。

多様性

また、エンタメの哲学はフリークスの扱いにおいても同じで、どんなに綺麗ごとを言おうが、フリークスって人と違うし、変わっている。でも、変わっているからこそ、面白い。だったら、その面白さを前面に押し出して武器にしてやろうという発想になっている。エンタメ至上主義は、多様性の尊重とも無理なく共存できる哲学なのである。

バーナムは、ハッキリ言って別にフリークスの人権に関心がある訳じゃない。ただ、フリークスが面白いし、戦力になるという事だけは確信している。だからこそ、一緒にエンタメを作る仲間になってくれ!と勧誘する訳である。

フリークス達にとっても、例え見世物的な扱いであろうが、社会に存在感を示せるなら、社会の闇、恥部として世間から隠されているよりは、100倍マシみたいな考え方になっている(様に見える)。自分らしさを堂々と活かしてスターになれるなんてチャンスは、そうそう無い訳で、フリークス達にとっても悪くない話なのだ(少なくとも出演している奴らにとっては)

ここには、多様性のある種の理想形がある。外野からの無責任な消費でも、擁護でもなく、違っているという部分に確かな面白さ=価値を見出され、立派な戦力として、仲間として共闘するという姿である。

これを『多様性の尊重』という今時のリベラルなお題目に対する、単なる目配せと考えるのは、むしろ浅はかな考えだというべきだろう。人間の多様性から来る面白さが、エンタメ至上主義と、見事に合流した姿として、敢えて今こそPT・バーナムという題材を描いている訳なのだから。

音楽

色々と述べたが、この映画で一番最高なのは、何といっても音楽である。特に幻想的な画作りと歌によって、紡ぎだされる世界は素晴らしいの一言。これに関しては、観て聴いてとしか言いようが無いが。

ちなみに、この映画はアカデミー主題歌賞は取れなかった訳なのだが(取ったのはリメンバーミー)、それはリメンバーミーが、そもそもリメンバーミーという曲を巡る話であった上に、主題歌を色んな場面で手を変え品を変え、使いまくって強調するタイプの映画だったからだと、個人的には思っている。

一方、この映画は主題歌一本で勝負するタイプではなく、あくまでミュージカルであり、色んな素晴らしい楽曲が登場する。なので、曲だけで言えば、余裕でグレイテストショーマンが買ってるよ!と言いたい。アカデミー・サントラ賞とか作ってもらえてたなら、間違いなく受賞していたはずである。

ちなみに、音楽を担当しているのは、ラ・ラ・ランドと同じチームだ。『ラ・ラ・ランド』はストーリーこそオタクのルサンチマンを美化した感じの内容で、音楽映画としてはクソなんだけど(音楽の素晴らしさより、オタクのエゴがまるで美しいモノが如く前面に出ているので)、音楽自体は素晴らしいって変な映画である。

構成

ついでに構成についても触れておこう。まずは宣伝で使われまくっている、クライマックスっぽいド迫力のサーカスシーンを、冒頭に持って来て観客に一発かまして来る所が最高だ。

ストーリーは、バーナムの少年時代から始まるのだが(キャラクターを理解させる為に必要なので)、ただその辺はそこまで面白い訳でもないので、冒頭で一発かましておいて、後はテンポよくという構成になっていて、なかなか上手い。

そして二幕の前半くらいのサーカス結成の所で、再びグッと盛り上がる。俺はここで泣いた!そこからバーナムの盛衰が描かれるけれど、同時に弟子のザック・エフロンの成長と師弟のバトンタッチも描かれるので、伝記映画にありがちな、最後は落ち目になって終わるみたいな切ない感じにはならず、、ラストはハッピーエンドでほっこり閉める。

普段はこういう構成的な部分をごちゃごちゃ評価しないけれど、アメリカ映画の三幕構成だとか、そういう観せかたの哲学(観客を飽きさせない技)って、実は巡業サーカスだとか、ショー(興行)から来ているらしいんだよね。この映画は、グレイテストショーマンなので、そういう部分も期待値を超えていて欲しいなと思った訳だが、超えていた気はする(うろ覚え)。なので、気が向いたら、その辺りも意識して観るのも良いかもしれない。

ざっと、思い出せる範囲で書いたが、兎に角まぁ、面白い映画だよ!(雑な要約)

あと、結構映画館で映えるタイプの映画でもある。


by cemeteryprime | 2018-06-24 16:16 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】ワンダー 君は太陽

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結論

予想外に面白かった!かなりの良作!

心に深く刺さる最高傑作とまでは、正直思わなかったが、これに関しては俺がこういうテーマの作品を割と観ているからで、そうじゃない人にとっては、十分に最高傑作になりうる映画では無かろうかとも思える。

あらすじ/概要

オギーは、重度の障害を持って生まれて来た子供で、主に顔面がグチャグチャで、整形手術を繰り返しているが、明らかに奇形って感じの面相をしている。

それ故に、永らくホームスクールをしていたのだが、いつまでもこれではいかんと、母親がオギーを小学校に入学させる事を決意する。そこから始まる、家族と学校の変化の話である。

面白さ

こういう言い方をすると身も蓋も無いが、障害者の子供を主人公にした、お涙頂戴モノのハートフルストーリーだと思っていた。観る前は。じゃあなんで観に行ったんだと言うと、特に他に面白そうな映画が無かったからである。

でも、実際はオギーも含めた子供たちの成長を描く群像劇だった。オギーが障害に負けずに努力した、頑張ったというよりは、オギーが学校に通い出した事で、周りの子供たちが(オギ―も含めて)変化し成長したという部分に、素晴らしさを見出す話になっているのだ。勿論、その過程は綺麗ごとだけではなく、糞みたいな話もいっぱいあるのだが。

でも、子供たちは機会さえ与えられてば、学べる。そういう部分を肯定的に描いている部分が素晴らしいと感じだ。

鈴木先生イズム

観ていて、ちょっと似てるなと思ったのは『鈴木先生』という作品だ。漫画はちゃんと全部読んだこと無くて、ドラマの方しか観てないけども。

この映画で、最初に「おっ!?なんか違うぞ?」と思ったのは、オギーの姉を主人公としてパートが始まった所だ。オギーは障害を持った子供なので、当然手がかかる。姉にとってオギーは可愛いのだが、オギーが生まれてからは、普通の家庭以上にオギーは家庭の中心になり、両親の愛情も独占する事になる。

必然的に姉は、小さい頃から手のかからない良い子にならざるを得なくなってしまったのである。サブタイトルになっている『君は太陽(サン)』というフレーズは、サン=息子=太陽のダブルミーニングで、要は家がオギーを中心にした太陽系みたいになっている点を示唆する言葉である。

こうした、問題児ばかりが構ってもらえて、良い子は放置されてしまう的な孤独や問題意識が描かれる点が、鈴木先生っぽいな~と思った所だ。まぁ、それ以外にも学校を中心に子供たちの人間関係や成長が描かれている点もそうなんだけども。

好きな演出

個人的に、想像力豊かな少年の空想交じりの現実みたいな表現が好きだ。最近だと、ボスベイビーなんかも、そういうマジックリアリズム表現が面白い作品だったのだが、この作品もオギーは想像力で巧みに辛い現実を改変しようとしていて、その辺りが個人的にツボである。

あと、少年たちの成長を描く上で、あると最高なのが、年上のいじめっ子たちに子供たちが力を合わせて反撃して、一緒に逃げて仲良くなる演出だ。活かした少年たちの成長物語にはこういうシーンが出て来るもんで、具体的にはスティーブン・キングの『IT』なんかの同様の場面が凄く好きだ。この映画でも、そういう場面がちゃんと押さえられていて、分かってるじゃん!って感じだ。

キャラクターの良さ

あと、個人的に良かったと思うのが、オーウェン・ウィルソン。この人は、軟派で流され安いけど、芯があるというか根は良い人みたいな役が似合うんだけど、この映画でオギーの父親役として、その辺りのキャラが死ぬ程上手く嵌っていて良かった。優しくて気配りもできて、強く主張はしないんだけど、実はこっそり、やることやっているみたいな感じで、こういう格好良い親父は良いよなーって思う。

あと、子供たちを導く先生たちも距離感が良いんだよね。説教臭くなくて、子供たちの自主性を尊重するという部分が、無責任な感じに思えない塩梅で、見守っている感が凄いというか。

あと、この手の映画(子供たちの成長物語)で一番重要なポイントは、子供たちのキャラクターだと思うのだが、みんな可愛らしいし(キャラが)、それでいて癖もあって、憎たらしいイイジメっ子とかも子供らしい所がちゃんとあって、凄く良かった。

まぁ、面白い映画なので、時間があれば是非観て損は無いはずである。子供たちにこそ見せたい系の映画だと思う。そういうのは、良い映画に違いない。


by cemeteryprime | 2018-06-24 12:01 | 作品・感想 | Comments(0)

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