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カテゴリ:作品・感想( 178 )

【ゲームブック感想】ブラマタリの供物

クトゥルフ神話モノのゲームブック(本にはブックゲームと書いてあるが)。ようやくクリア出来たので、レビューを書いておこう。

クトゥルフ神話ブックゲーム ブラマタリの供物 (Role & Roll Books)

フーゴ・ハル/新紀元社

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結論

凄く面白かった。もし書店やゲームショップで見かけたら、入手困難になる前に、取りあえず買っておいて損は無いはず。勿論、ネット通販で買っても良いぞ。

あらすじ

実はこの作品、ラヴクラフトの小説『レッド・フックの恐怖(1927)』の後日談というか、続編という設定になっている。ただ『レッド・フックの恐怖』を未読でも、特に問題ない作りにはなっているので、未読勢も安心してプレイして良い。ちなみに『レッド・フックの恐怖』は『ラヴクラフト全集:5(創元推理文庫)』に収録されているので、プレイして興味が湧いたら読んでみても良いのかもしれない。

過去の事件(『レッド・フックの恐怖』)で異常なモノを目撃してしまい、ノイローゼ気味になったトーマス・F・マロウンは田舎に引っ越して療養していた。あれは現実だったのか、それとも医者が言うように単なる妄想だったのか…。

そんな彼に、大富豪ロックフェラーからの依頼が舞い込む。油田を求めてアフリカで失踪した孫の捜索がその内容だ。精神を病み療養中の元刑事に過ぎないマロウンに白羽の矢が立った理由は、この事件の背後には神話的恐怖が絡んでいるからだという…。ロックフェラーの様な大物はそうした闇の真実にも通じているのだ。マロウンがかつて目撃したのは、矢張り現実であり、事件を経て“探索者”となったマロウンだからこそ、事件を解決できるに違いないと見込まれたのである。

神話的恐怖に立ち向かい、この事件を解決できれば、マロウンは真にトラウマを克服できるだろう…。そう告げられたマロウンは、事件を引き受けアフリカに旅立つことを決意する…!

ゲーム性

遊ぶ前は、ノベルゲーム的な、選択肢で分岐する小説作品みたいな感じかな?と思っていたのだが、パラグラフ移動の仕方がとにかく多彩で、尚且つ色んなゲーム性があってビックリした。間違いなくこれは、ゲームだ…!という感じ。

難易度はそこそこ高い感じ。といっても、解けないというより、時間が掛かるタイプ。ゲームブックに慣れていなかったというのもあるんだけど、正直かなり苦戦した。割と近年稀にみるレベルで攻略wikiが欲しかった。いざクリアしてみたら、優し過ぎずな、程よい難易度だという気もしたが。

プレイする上でのアドバイスとしては、とにかくメモを取る事。フィールド探索みたいな場面は、どこでどういうイベントが発生したかをメモっておかないと、確実に迷子になって、同じ所をグルグル回る羽目になる。後は、入手したアイテムの存在を忘れない事。

もう一つオマケにアドバイスするとするなら、狂気度の上昇を恐れるなという事くらいだろうか。このゲームは、クトゥルフ神話モノなので、狂気度が上昇しないと真実には辿り着けないのだ…その辺も、実に上手く出来ている。

感想

ゲーム性も凄く面白くて楽しかったのだが、何といってもストーリーが素晴らしかった。伝奇要素あり、アフリカを舞台にした秘境探検アドベンチャーでもあり、しっかりクトゥルフ神話なホラーでもあるという、贅沢な内容。オカルト要素も、ディティールが凄くしっかりしていて感心した。TRPGでもこういう本格的なクトゥルフ神話シナリオで遊びたいものである。

あと、ジャンル的な面白さだけじゃなくて、トーマス・F・マロウンを主人公としてドラマも、凄い良く出来ていて、特にクライマックスが熱かった。熱いストーリーとアナログ故に参加している感のあるゲーム性が、凄い具合に一体化していて、結構テンションが上がった。ゲームブックだからこそ、読み進めるというアクションを楽しめるというか…、こればっかりは、自分でプレイしてみて確かめてくれとしか言いようが無いが。


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by cemeteryprime | 2018-11-30 22:05 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】カンフー映画、色々

最近、ネトフリに古いカンフー映画が幾つか追加されていたので、特に面白かった作品を幾つか紹介する。

断罪のカンフーマスター/Opiumu andthe Kung Fu Master(1984)

傑作。阿片と暴力で街を蝕む悪党に、街の武術師範が立ち向かおうとするが、師範もまた阿片に蝕まれていた…という話。カンフー映画として、アクションもストーリーも面白いのだが、それに加えて阿片が街を蝕み、人を駄目にする描写がかなり丹念に描かれていて秀逸。

五毒拳(1978)

傑作。五毒拳の最後の6番弟子が師匠の遺言で、名前を変え正体不明となった5人の兄弟子を追跡し、悪人であれば始末しろと命じられる。しかし、5人の兄弟子はそれぞれムカデ拳、ヘビ拳、サソリ拳、ガマ拳、ヤモリ拳の達人で、互いに能力は拮抗しており、5つの拳法を広く浅く学んだ6番弟子は単独では兄弟子には勝てないので、兄弟子の人格を見極め、協力者を得なければ任務は達成できない…更に兄弟子たちは互いに五毒拳の秘宝を狙っていた…という、ミステリー要素とバトルロワイアル要素が特徴。

アクションもストーリーも最高なのだが、とにかくムカデ拳、ヘビ拳、サソリ拳、ガマ拳、ヤモリ拳の5人の兄弟子たちのキャラクターが秀逸で、獣拳戦隊ゲキレンジャーにはデザインも含めて丸パクリしたキャラが出て来る。

空飛ぶギロチン(1975)

なかなか面白い。内部粛清を行う皇帝直属の暗殺部隊の隊員マー・トンは、国を思う義士を暗殺するという汚れ仕事の連続に嫌気が差していたが、ついに自分まで暗殺の標的となる…。という所謂、抜け忍モノ。

ちなみに主人公を追う暗殺部隊の上官役の人は、『捜査官X(2011)』という映画において、抜け忍である主人公を追う暗殺教団の首領として登場する。

続・空飛ぶギロチン(1978

なかなか面白い。そらとぶギロチンの続編。前作は、シンプルに脱走兵となったマー・トンを最強の暗殺部隊が追うという話だったが、今作は最強の暗殺部隊を使役する邪悪な皇帝に立ち向かう江湖の義士たちに、一撃必殺の暗殺兵器である空飛ぶギロチンのスペシャリストなマー・トンが協力するという話。

秘技・十八武芸拳法(1982)

カンフー映画が好きなら観て損は無い作品。義和団を構成するカルト教団同士の内紛を描いた話。基本的にはコメディだが、外連味が効いてるし、アクションはガチ。十八武芸の名前の通り、十八種類の武器術が堪能できる。

裸足のクンフー・ファイター(1993)

傑作。カンフー映画ではあるが、切ないドラマ面がかなり秀逸。田舎から出て来たカンフーは強いが学の無い貧しいピュアな青年の悲劇を描く。人間、ピュアなだけじゃ駄目で、分別()が無いと駄目だぞという、カンフー映画で偶に見かけるメッセージを、限りなく切ないドラマとして見せてくれるので、テーマ的にも観といた方が良い。

The Young Vagabond(1985)

個人的には面白いが、評価が分かれそうなタイプの作品。端的に言えば、義侠心に溢れた青年が、ひたすら悲惨な目に遭う話。最初は思いっきりコミカルな映画なのに、最後はバッドエンドな悲劇で着地するという謎な構成。カンフーなんて意味無いし、義侠心なんて意味ないぞ…という、カンフー映画としは謎なニヒリズムに溢れていて、かなり異色な印象がある。

少林拳対武当拳(1980

なかなか面白い。侵略者である清朝のケツを舐める武当派(悪役)と少林派の、血で血を洗う不毛な抗争を描く。見所としては、バイオレンスな特撮カンフー描写か。五毒拳とキャストが被っているので、俳優繋がりで観るのも良し。シナリオはそこまで凄いとも思わないが、不毛な復讐の連鎖というテーマ部分の描写には、なかなか見所がある。

カンニング・モンキー/天中拳(1978)

なかなか面白い。武侠モノだけど、コメディ要素は強めなジャッキー映画。カンフーが出来ない青年が、何やかんやで江湖のゴタゴタに巻き込まれて、強くなっていくよくある感じの話。ジャッキー映画好きで、武侠モノが好きなら観といて別に損は無いだろう。

成龍拳(1977)

傑作。ジャッキー・チェン主演だけど、内容はシリアスな武侠モノで、ドラマが秀逸。あらすじはプロットが複雑過ぎて説明し難い。

原作は古龍(台湾の有名な武侠小説家)の『剣・花・煙雨江南』で、脚本も古龍本人が担当している。所謂ジャッキー・チェン映画が好きな人には、作風が違い過ぎるので別にお勧めしないが、キレッキレのカンフー・アクション、シリアスでヘビーな武侠ドラマが最高なので、武侠モノが好きな人にはお勧めする。

蛇鶴八拳(1978)

なかなか面白い。ジャッキー・チェン主演だけど特にコメディ要素は無い本格武侠モノ。少林寺八流派の師範たちは、各流派の技を組み合わせて蛇鶴八拳という武術を作りだしたが、秘伝書と共に全員が失踪してしまう。数年後、『蛇鶴八拳』の秘伝書を持つ謎の青年が突如江湖に現れる。武侠小説を読むのは面倒くさいが、武侠モノのノリを見てみたいなという人向けには良い感じの入門編かもしれない。


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by cemeteryprime | 2018-10-01 18:35 | 作品・感想 | Comments(0)

【ドラマ感想】アイアンフィスト シーズン2

結論

これはヒーローが主人公のドラマではなく、ヒーロー的な存在が主人公のドラマに対するアイロニー的な作品である。

記憶喪失等で過去がスカスカだけど、スーパーパワーを持った主人公が、特に深い理由は無いけど善性によって“ヒーロー”として活躍するという作品は割と多い(特に仮面ライダー系なんかで)が、この作品はそうしたヒーロー像に対する皮肉になっている。

アイアンフィストのシーズン1を観た時は、正直そうした作風がまだ理解できなかったので、王道なヒーロー物作品としての爽快感に欠ける、つまらない作品であるという、否定的な感想しか抱かなかったのだが、シーズン2を観れば、明らかに意図的にそうすることで独自性を出しているというのが明確になる。

それを踏まえると、なかなかオリジナリティがあり、面白いシリーズだと言える。勿論、主人公のダニーは相変わらず好きになれない訳だが。

あらすじ/概要

ダニー・ランドは、自分探しの為に、クンルンを捨てNYに帰って来たが、結局は己のアイデンティティを確立できず、アイアンフィストの力に溺れ、依存症みたいになっていた。

一方、ダニーの元親友のダボスは、親友であるはずの自分を裏切ってアイアンフィストの座を奪ったにも関わらず、自分探しを優先してクンルンを守るというアイアンフィストの使命を捨てたダニーにブチ切れていた。そして、同じくダニーに恨みを抱く、ジョイと協力し、ダニーからアイアンフィストの力を奪うことを企んでいた。

面白さ

シーズン1では、ダニーは秘境で修行をして戦士としてNYに戻った男(グリーンアロー的な)というより、幼少期からカルト教団でまともな教育を受けずに育った、スーパーパワーを持ちながらも、中身は子供同然で不安定なヤバい奴だと判明した。

シーズン2では、ダニーは人としてのアイデンティティが希薄であるが故に、薬物依存症患者同然のメンタリティで、アイアンフィストとしてのアイデンティティに縋っているヤバい奴だったと判明する。

ダニーは、アイアンフィストとしてのスーパーパワーや、選ばれし者としての役目といった、ヒーローとしてのアイデンティティはあるのだが、逆にそれしかなく、人としてのアイデンティティ(人生)が欠けているのだ。それ故に、結局ヒーローとしても使い物にならなかった男だったのである。

しかも、アイアンフィストになった経緯も、何も無いが故に親友だったダボスから、意固地になって強引にその座を奪った形であった。その上で、それでもアイデンティティが確立できず、NYへ自分探しの旅に出かけ、幼少期からダボスが目指し続けたアイアンフィストとしての使命を放棄した訳で、ダボスが怒ってヴィランになるにも無理は無かろう。ちなみに、過去篇のダボスは、余所者のダニーを兄弟同然に可愛がり、情け深く、甘やかされたのか女々しさすらある感じの、普通に良いヤツだった。

脇役たち

アイアンフィストというドラマは、主人公のダニーがアレなキャラ(正直、観ていてイラつく)になっている分、脇役たちのドラマはかなり面白い。

また今作では、新キャラとして多重人格の傭兵タイフォイド・メアリー(本来はデアデビルのキャラらしい)が出て来る他、コリーンとナイト刑事が活躍する。

ちなみにナイトとコリーンのコンビは、ドーターズ・オブ・ザ・ドラゴンというタイトルでかつてアメコミのシリーズを持っていたらしく、ネットフリックスでもこのタイトルがこれからドラマ化されるらしい。そういう意味でも、シーズン2は観ておいて損は無いだろう。


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by cemeteryprime | 2018-09-11 14:48 | 作品・感想 | Comments(0)

【ドラマ感想】仮面ライダービルド(第14話~49話)

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仮面ライダービルドを観終えた。が、スカイウォールの惨劇の影響で、最終話直前の48話が録画されていなかった。

結論

微妙…!でも、観るべき。

この作品、設定なんかは非常に面白いのだが、脚本家にそれを回収するスキルが無いし、何よりドラマが下手なのである。

というより、ドラマが下手だからこそ、重めの面白くなりそうな設定を沢山投げておいて、後は何となくエモい展開にして、そのまま逃げ切るという戦略を意図的に取っているのでは?という気もする。

ただ、設定の回収の仕方が、本当に表層的かつ不誠実なので、設定が変に重めな分、ストーリーに不味いメッセージ性が帯びてしまったりしている。そういうストーリーテリングの不味さや下手さを考える上での参考になる作品なのである。

脚本は武藤将吾という人物で、『ジョーカー 許されざる捜査官』は昔のブログに感想が残っているのだが、久しぶりに読み返すと、ビルドと悪い部分が見事に共通していてる。あと、一部界隈で悪名高い『シュアリー・サムデイ』の脚本家でもある。

Youtubeでシネマハスラーの『シュアリー・サムデイ』回を聴けるので、興味があれば聴いてみて欲しいのだが、指摘されている悪い点はビルドともほぼ共通しているので、ラジオでは監督の小栗旬が苦言を呈されているが、実は脚本の問題が大きかったのでは?という気がしてならない。

2人のモンスター

ビルドは桐生戦兎と万丈龍我というダブル主人公システムをとっている。桐生戦兎の正体は人体実験をしていた外道な悪の科学者だった訳だが、万丈の正体も異常出生(妊娠期間2カ月)で生まれたエイリアン(妊娠中の母親にエイリアンが寄生して誕生)だった。

なんと主人公が二人ともタイプの違うモンスターだったのである。仮面ライダーには人の為に戦う、人外というテーマ性があり、これまでにも戦いの過程で人間じゃなくなったり、実は怪人だったり、モンスター種族とのハーフだったりと、色々あった訳だが、そんな中でもなかなか重いタイプの“モンスター”性だと言える。

ただ、設定は重いのだが、作中での扱いは軽く残念だった。戦兎のマッドサイエンティスト設定も、それなりの理由があったみたいな感じの描写で、最終的には特に総括されることなく有耶無耶になったし、万丈に至っては、理屈は不明だがエイリアンの遺伝子を抜いたり入れたりで、コロコロ人間とエイリアンの属性が切り替わったりしていた。

戦争編

13話以降の展開として、東都が北都や西都との戦争に突入するというものがある。その為に、スカイウォールで日本を三分割した訳だ。

仮面ライダーで戦争というテーマを扱った事自体は、なかなかチャレンジ精神に溢れていて、面白いと思ったのだが、これまた作中での扱いは軽く、このテーマを活用するには力量不足だったと言わざるを得ない。

また、主人公2名と戦争というテーマの相性もあまり良く無かった。というのも、戦兎も万丈もいまいち過去がスカスカで、生活感が薄いキャラだからだ。二人とも地元に普通の知り合いや友達がいる気配は無く、地元密着感に欠けている。なので、平和の為に戦う以上の、具体的な動機や切実さが無かった。

ただ、その点を補う為に戦争に対して切実な動機を持つ、アニキと玄徳という2人の仮面ライダーが投入されていた。特にアニキ役は、仮面ライダーキバにも出演していた武田航平で、手堅く押さえに行くキャスティングだったのかなと。

ただ、基本的にテーマの扱いは概念的&表層的過ぎるし、ドラマとして上手く描けない部分は全部セリフで説明させちゃう(時には魂の対話形式とかで)感じ。日本が三分割されて、内戦しているという割には、数人の登場人物が極めて内輪なノリで、国を運営したり戦争をしたりという、なんちゃって戦争描写だった。

戦争をテーマにする上で、一番致命的だなと思うのは、描写が内輪的でスケールが無いのと並行して、一般市民の存在感が異常に希薄だった所だろう。また、名前のあるキャラ以外(モブ兵士等)は、明らかにいっぱい死んでいても特に触れられる事も無かったりという所もバランスが悪かった様に思える。

また、戦兎に関しては科学者キャラなので、戦争による科学の進歩というテーマでの絡みもあった。ただ、戦争による必然性で科学は進歩するという部分が語られるだけで、それ以上のモノは特に語られず、それによって発生するコラテラルダメージ的なモノは、結局結果良ければ全てよしみたいな理屈で有耶無耶になっていたので、これまたテーマを描ききれてないな感が強かった。

戦兎の多重人格化

戦兎の正体が、葛城巧だったという展開も、オチの付け方が酷かった。記憶が戻ってからも、戦兎は佐藤太郎のガワを被ったまま、戦兎という新しい人格として振舞い、マッドサイエンティストであった葛城巧をきちんと受け止めなかったからだ。

要は、過去の罪はあくまで葛城巧という人物にあるという、他人事的なスタンスを貫いたのだ。作中でも、自分の内部にある葛城巧という人格と対話してみせるシーンなどがあり、明らかに都合の良い多重人格的に描いていた。

そりゃあ、葛城巧に本当の意味で戻ったら、人体実験を繰り返した過去の罪を受け止める必要があるし、何より容姿がイケメンから如何にも理系のキモオタ的な顔に戻ってしまう。

最悪のオチ

最終的にビルドは、マルチバース理論が登場して、今の世界を救うには、並行世界と融合させて、全てを無かった事にするしかない!と、意味不明な展開になる。それによって、スカイウォールや、恐らく火星探査自体も無かった世界に戻るというのだ。

結局、主人公2名だけが記憶を残して、そういう理想の世界が実現するのだが、これって、正直この2人だけが、ボロボロに崩壊した世界を捨てて、平和な並行世界に脱出したのと、どう違うのだろうか。

一応、自分たちしか元の世界の記憶が無い孤独みたいなものを、匂わせてはいたが、個人的には世界ごと全てをチャラにして逃げた様にしか見えなかった。戦兎は戦犯的な過去を捨てて、イケメンの顔を手に入れたまま、逃げ切った訳だし、万丈も何やかんやで人間に戻った訳だし。

夢落ちレベルの最低の結末だと言える。

まとめ

脚本家の処理の仕方が不味いので、ストーリー性やメッセージ性という意味では、最低と言えなくもない作品になっているのだが、冒頭で述べた様に退屈でツマラナイというより、可能性はあったが最低な方向に舵をきったが故の最低さなので、観る価値はある。

あと、久しぶりに平成ライダーを全話観て思ったのだが、マゾヒズム的な自分に鞭打つ行為を肯定的に描いていたり、闇雲レベルでも自己犠牲を払うのが尊いみたいな価値観や、自己満足感しかないヒーロー観やハッピーエンドを仮面ライダーで描くのは、子供番組だからこそ、教育上あまり宜しくない訳だし、時代的にそろそろ有害なのでは?という気はする。

今時の海外のヒーローモノ(ファミリー向け作品)って、それなりにリベラル(まともな)な価値観を提示するし、独り善がりな正義は良く無いよというメッセージもきちんと発信している気がするが、それに比べるとかなり後進的なと思える。平成ライダーの脚本家を色んな業界から連れてきて試行錯誤するのも良いけれど、そういう現代のヒーローモノについての、リテラシーがある程度ちゃんとある人間を連れて来た方が良いのでは無かろうかと、今回のビルドを観て特に思った。


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by cemeteryprime | 2018-09-11 11:27 | 作品・感想 | Comments(0)

【ドラマ感想】仮面ライダービルド(第1話~13話)

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ジオウが始まったので、ようやく仮面ライダービルドを観始めた。正直、まとめて観る為に録り貯めていたのではなく、面白く無かったので早々に観るのを止めていた訳だが(経験上、最初の数話が面白く無いドラマは最後まで面白く無い)、実際観ていると大枠のシナリオやテーマ自体はそれなりに面白い事が分かった。

ただ、基本的にドラマ部分があまり上手く無いというとか、ストーリーテリング自体は下手だなと感じた。リアリティ・ラインもブレブレで安定しないし、余りにも段取り臭い(不自然でぎこちない)なという場面が多い。

あらすじ

主人公の桐生戦兎は記憶喪失の天才科学者で仮面ライダー。もう一人の主人公の万丈龍我は、殺人犯の濡れ衣を着せられた逃亡犯。

舞台は、良く分からん裂け目によって日本が三国(北都、西都、東都)に分裂した世界で、主人公たちがいるのは東都。

1-13話では、取りあえず人体実験とかやっている悪の秘密組織なファウストと戦いながら、怪人と戦ってフルボトルというガイアメモリー的なモノを回収しつつ、万丈は自分の冤罪の真相を探るみたいな話になっている。

ネタバレ

既に放映も終わっているシリーズなので容赦なくネタバレすると、戦兎の正体は、ファウストで働いていて仮面ライダーシステム等も開発したマッドサイエンティスト(人体実験とかしていた)の葛城巧だった。万丈は葛城巧を殺害した犯人として指名手配されていた訳だが、実際に殺されたのは戦兎の姿の持ち主である佐藤太郎という人物で、死後に姿形を入れ替えられ、葛城巧は真犯人によって記憶を消されていたというのが真相であった。

更に、記憶を失った戦兎が仮面ライダーをやっていたのも、仮面ライダーシステムを進化させる為に誘導され、利用されていただけだったと判明する。

ついでに、ヒロインも当初はファウストにてフルボトル製造(浄化)をさせられていたのだが、ボトルが悪用される事に気付き、協力を拒むようになった為に、意図的に脱走させられ、仮面ライダーのサポート役として、正義の為に進んでフルボトル製造を手伝う様に仕向けられていた。そして全ての黒幕は、ブラッドスタークであり、その正体はおやっさんポジションの石動惣一であった。

面白さ

まず主人公の正体は、平気で人体実験を繰り返すマッドサイエンティストだったという話で、これは今までのライダーにおける、正義の心を持ったモンスター(人外)とは真逆の存在…モンスターの心を持った人間なのが面白い。

そして、もう1つのテーマは、戦争や犯罪に悪用されがちな危険なテクノロジーは、それ自体に罪があるのかというもの。主人公は、いわゆる科学オタクなキャラなので、テクノロジーそれ自体に罪は無く、使う人間の問題だと最初は主張していたのだが、自分の正体を知り、自分たちがまんまと利用されていた事を知り、その価値観の雲行きも怪しくなってくる。

ちなみに、この作品における仮面ライダーシステムには、舞台が三国分裂状態で内戦状態に近い日本なのも相まって、明確に当初から軍事利用を目的としてテクノロジーであるという特徴がある (デザイン的にとてもそうは見えないが)。これも、他のシリーズと比較して一線を画している部分な気はする。

主人公の、記憶を失い仮面ライダーとして善行を積むようになったが、本人は覚えていなくても、償い様が無い邪悪な過去があるという特徴もまた、何をするかではなく、存在自体に罪があるのかどうかという問題意識に絡むテーマになっている。

…とまぁ、コンセプト・レベルだとそんなに悪くない気がするのだが、最初に述べた様に、実際には色々と残念な作品なのである。

デザイン等について

初見では仮面ライダーWの二番煎じやんけ…と思ったデザインは、今の所、印象は変わらず。結局所、ガイアメモリーをボトル状にしただけ…な印象が強く、ボトルだからこそな面白みを感じる演出等も特に無し。まぁ、子供向けの玩具としては、シャカシャカ振るというギミックは、面白い違いなのかもしれないが。

組み合わせのベストマッチが設定されているせいか、色んな組み合わせが出来るというギミックも、ダブル程には活用できていない印象がある。追加武器も、最初から特定の組み合わせのボトルが前提になっているみたいなモノばっかだし。

途中でボトルの争奪戦みたいになる感じは、オーズのメダルだし。もうちょっと何かしらの、モチーフ的なオリジナリティは欲しい所。

あとアンドロイド兵のデザインは、ミリタリー要素もあるし、近未来のロボ警官的な要素もあって、なかなか良いと思うのだが、合体して巨大ロボなるみたいなアレは、蛇足というか何というか。どう考えても、普通に巨大な戦闘用ビークルみたいなのを、別で用意した方が格好良くない?という気がする。そこだけ急に、戦隊シリーズの雑魚敵みたいになるのは、何なんだ感。

ついでに

どうでもいいけど、平成ライダーは、もうちょっとドラマ的なコメディのセンスがあればな~と思う場面が多い。そもそも論として、日本のTVドラマやTVドラマ出身の映画監督の作品全般にコメディのセンスが欠けている点はよく指摘される問題なので、贅沢言うなよみたいな話かも知らんが。


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by cemeteryprime | 2018-09-05 11:56 | 作品・感想 | Comments(0)

【ゲーム感想】Graveyard Keeper

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Steamの新作ゲーム。面白そうだったので買ってみた。

あらすじ

主人公は、現代人のおっさん。ある日、車に轢かれ、何故か中世ヨーロッパ(ダークエイジの)風の異世界に転生させられてしまい、墓地の管理人の仕事をすることになる。果たしておっさんは、現代に戻れるのか?みたいな話。

異世界転生したおっさんが、現代の知識で無双する話…では無いものの、特別な存在として異世界でクラフトとかしまくりながら活躍する話なので、所謂『なろう系小説』みたいなノリを感じる。まぁ、そういう感じの現実世界からファンタジー世界に迷い込む感じの話は昔からあるけども。

ゲーム性

ネットでは汚い牧場物語みたいな表現をされているのを見かけるが、個人的にはこれは経営ゲームというより、アドベンチャーゲーム的な要素の方が強いゲームだと思う。墓守の仕事も畑で出来る農作業も基本的には手段に過ぎない感じで、目的はあくまで異世界からの帰還方法を探るという部分にある感じのゲームデザインだからだ。

また、これも多分意図的にだと思うのだが、基本的に情報が無さ過ぎるので、手探りにも程があるゲームプレイになる。なので、何だか脱出ゲームに近い印象すらある。異世界からの脱出ゲームなので、それが正しいのかもだが。

正直、クラフトゲーム的な部分とストーリー要素の整合性は、決して上手いとは思わない。ただ、ゲーム部分のバランス自体は良くて、作業は苦にならないし、クラフト自体も面白い。そして何よりシナリオが、案外面白く、ドラマも地味に作り込まれている。

このゲームに、特に時間制限的な要素は無いので、やろうと思えば気長にコツコツ進めていけば良いのだが、シナリオが割と面白いので早く先に進めたくて頑張る羽目になる。そんな感じ。wikiとか見ずにやると果てしない試行錯誤を強いられるタイプの面倒臭さ(≒遣り甲斐とも言う)はあるが、ゲーム的な難易度は無い。この辺のデザインも上手いなとは思う。

ちなみにダンジョンで剣を振り回してモンスターと戦ったりという要素もある。あと経営ゲームでは無いなと思わせる点として、何だかんだでシナリオを進行させる為には、ダンジョンにも潜らないと駄目だし、農業もしないとだし、鍛冶もしないとだし、墓守をしないと駄目だし、教会も発展させなきゃだし、料理も作らなきゃだし、錬金術もしなきゃだし…と一通りやる羽目になる点がある。ゲーム的な誘導が上手いので、御使いゲーム的な印象は薄いが。

進行の為のヒント

とにかく、色々と自主的に虱潰しに調べるしかない。取りあえず、最初にマップは隅々まで歩いて見て、NPCにも話しかけておくことをお勧めする。探索を怠っていると、案外そのアイテムどこで入手するんだ?と思ったら普通に買えるヤツだったみたいな事がある。

後、研究はテクノロジー取得の為のポイントを稼ぐ上でかなり有用なので、こまめにやっておくと良い(特に青マナ系のアイテム)。研究には信仰ポイントみたいなのが必要になるが、これに関しては基本的に教会で稼ぐしかない。

人肉

人肉はまず最初にいずれ売り飛ばせる事を教えてもらえるが、その為に必要な偽造印を入手できるまでには、結構時間が掛かる。人肉はスライスしちゃうと偽肉として売れなくなるが、ハンバーガー(金クオリティの)を何度か販売するイベントがあるので、焼肉にしてしまっても特に問題は無い。

墓地

最初は墓場に死体がどんどん送られてくるので割と焦るが、これは最序盤だけで、直ぐに供給量を自分で調節できる様になる(コストを支払って、必要な数だけ注文する感じになる)。なので、出来るだけ死体は川に捨てずに埋めて置いた方が良い(まぁ、イベントで1体は捨てる羽目になるが。)

ちなみに死体を火葬にした場合もちゃんと埋葬証明書が貰える。また、死体を掘り返して再度埋めた際にも埋葬証明書は貰える。

発掘許可証は、埋葬証明書で貰える額よりもわずかに高いが、中盤以降は僅かなコストなので、基本的には後で幾らでも掘り返せるので、取りあえず埋めておいて問題は無い。掘り返した死体は品質向上処理をしたり、灰や塩を入手する為に火葬にしたりする。

HP回復

ダンジョンに潜り始めると、HP回復薬が欲しくなる。体力回復ポーションは、野菜くずの粉と、蝙蝠の翼をすりつぶした汁という、比較的入手しやすい素材でクラフトできる(錬金術の設備はいるが)。ワインでも回復出来るが、勿体無いと感じるならポーションを作るにもアリだ。

どういう理屈か謎だが、鎧を作る際には蝙蝠の翼からでもクラフトできるレザーじゃなくて、人間の皮膚が必要になる。なので、取りあえずある分の人間の皮膚を全部、レザーや紙に加工しちゃっていたら、結構面倒臭い事になる。なので、レザーは作りだめしない方が良い。蝙蝠の翼はダンジョンに潜れば腐るほど入手できる(ダンジョン以外でも夕方くらいに湧く)

最後に

シナリオやアドベンチャーゲームを期待して、このゲームを買う人は少ないと思うのだが、案外そっちが良く出来ているゲームである。現実から異世界に行っちゃう系ファンタジーとしてもなかなかツボを押さえているし、舞台が小さな村の割に人間関係やドラマも作り込まれている。あと、スーファミ的なRPGが好きな人も結構好きな感じのゲームなんじゃなかろうか。


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by cemeteryprime | 2018-08-22 13:39 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】グレイテスト・ショーマン

アメリカの伝説的な興行師、P・T・バーナムの生涯をモチーフにしたミュージカル映画。


2月に公開されて速攻観たけど、感想記事を書いていなかったので、過去のツイートを掘り返して、思い出しながら書いてみる。

結論

テーマ性も最高!音楽も最高!

実はこの映画、公開前から期待値が高すぎて、逆に不安だったのだが、不安を見事に吹き飛ばす内容だった。

というのも、主人公のモチーフ(敢えてモチーフと表現する)であるPT・バーナムって、アメリカのエンタメ界(興行界)のレジェンドだからだ。エンタメ界のレジェンドの話を、エンタメ映画にする訳だから、そりゃあ生半可は許されない訳だ。でも、これがアメリカのエンタメ精神じゃい!って堂々と胸を張れる内容になっていたので、凄く良かったよね。

あらすじ/概要

保険会社で働くしがないサラリーマンのバーナムは、本当はもっとデカい企画とかしたいのにと思いつつも、つまらないデスクワークに終われる日々だったが、どえらい海難事故で会社が破綻。ついに、俺の夢に向かって走り出すことを決意する。

初めは博物館(ヴンダーカンマー)、そして際どいフリークスショー(サーカス)を始めたバーナム。面白さこそ正義だと!アカデミズムの酷評などなんのそので、有名興行主になって、長年の夢だった地位と金を手に入れる。そして、バーナムの名声はイギリス女王陛下への謁見でピークに達する。

しかし、バーナムはそこで出会った有名歌手に一目ぼれし、大衆向けエンタメであるサーカスや家族をそっちのけに、上流階級向けのエンタメに浮気をしてしまう…。

面白さ

この映画の一番の面白さというか、肝の部分というのは、エンタメ最強説みたいな哲学の部分だろう。

エンタメはパワーであり、面白ければ世間に評価されるし、ド底辺からでものし上がれる。このエンタメ哲学は、アメリカにおいては今でも確かな存在感を持っていて、だからこそスター発掘番組みたいなのも盛んだし、歌や映画でアメリカン・ドリームを掴むみたいな夢がそれなりにリアルなのだ。

バーナムは、それ故にエンタメのパワーで、最下層からのし上がっていく。だからこそ、そんなバーナムの前に立ちふさがるのは、エンタメを理解しない人では無く、別の素晴らしいエンタメだったりする。バーナムは、エンタメの力で、サーカスの仲間たちという疑似家族(そこには後継者であり疑似息子であるザック・エフロンも含まれる)も手に入れる訳だが、別のエンタメに浮気してしまう事で、本当の家族も、サーカスの疑似家族も、同時に裏切る事になるのである。

エンタメ大好きおじさんだからこその、道の踏み外し方な訳だが、当然そうした今まで信じて来たものを裏切る道に未来は無く、失敗してしまう。そこで、何だかんだで元の鞘に戻れる辺りは、ファンタジーな訳だけども、そこはハッピーなミュージカル映画なので、多少はね。

多様性

また、エンタメの哲学はフリークスの扱いにおいても同じで、どんなに綺麗ごとを言おうが、フリークスって人と違うし、変わっている。でも、変わっているからこそ、面白い。だったら、その面白さを前面に押し出して武器にしてやろうという発想になっている。エンタメ至上主義は、多様性の尊重とも無理なく共存できる哲学なのである。

バーナムは、ハッキリ言って別にフリークスの人権に関心がある訳じゃない。ただ、フリークスが面白いし、戦力になるという事だけは確信している。だからこそ、一緒にエンタメを作る仲間になってくれ!と勧誘する訳である。

フリークス達にとっても、例え見世物的な扱いであろうが、社会に存在感を示せるなら、社会の闇、恥部として世間から隠されているよりは、100倍マシみたいな考え方になっている(様に見える)。自分らしさを堂々と活かしてスターになれるなんてチャンスは、そうそう無い訳で、フリークス達にとっても悪くない話なのだ(少なくとも出演している奴らにとっては)

ここには、多様性のある種の理想形がある。外野からの無責任な消費でも、擁護でもなく、違っているという部分に確かな面白さ=価値を見出され、立派な戦力として、仲間として共闘するという姿である。

これを『多様性の尊重』という今時のリベラルなお題目に対する、単なる目配せと考えるのは、むしろ浅はかな考えだというべきだろう。人間の多様性から来る面白さが、エンタメ至上主義と、見事に合流した姿として、敢えて今こそPT・バーナムという題材を描いている訳なのだから。

音楽

色々と述べたが、この映画で一番最高なのは、何といっても音楽である。特に幻想的な画作りと歌によって、紡ぎだされる世界は素晴らしいの一言。これに関しては、観て聴いてとしか言いようが無いが。

ちなみに、この映画はアカデミー主題歌賞は取れなかった訳なのだが(取ったのはリメンバーミー)、それはリメンバーミーが、そもそもリメンバーミーという曲を巡る話であった上に、主題歌を色んな場面で手を変え品を変え、使いまくって強調するタイプの映画だったからだと、個人的には思っている。

一方、この映画は主題歌一本で勝負するタイプではなく、あくまでミュージカルであり、色んな素晴らしい楽曲が登場する。なので、曲だけで言えば、余裕でグレイテストショーマンが買ってるよ!と言いたい。アカデミー・サントラ賞とか作ってもらえてたなら、間違いなく受賞していたはずである。

ちなみに、音楽を担当しているのは、ラ・ラ・ランドと同じチームだ。『ラ・ラ・ランド』はストーリーこそオタクのルサンチマンを美化した感じの内容で、音楽映画としてはクソなんだけど(音楽の素晴らしさより、オタクのエゴがまるで美しいモノが如く前面に出ているので)、音楽自体は素晴らしいって変な映画である。

構成

ついでに構成についても触れておこう。まずは宣伝で使われまくっている、クライマックスっぽいド迫力のサーカスシーンを、冒頭に持って来て観客に一発かまして来る所が最高だ。

ストーリーは、バーナムの少年時代から始まるのだが(キャラクターを理解させる為に必要なので)、ただその辺はそこまで面白い訳でもないので、冒頭で一発かましておいて、後はテンポよくという構成になっていて、なかなか上手い。

そして二幕の前半くらいのサーカス結成の所で、再びグッと盛り上がる。俺はここで泣いた!そこからバーナムの盛衰が描かれるけれど、同時に弟子のザック・エフロンの成長と師弟のバトンタッチも描かれるので、伝記映画にありがちな、最後は落ち目になって終わるみたいな切ない感じにはならず、、ラストはハッピーエンドでほっこり閉める。

普段はこういう構成的な部分をごちゃごちゃ評価しないけれど、アメリカ映画の三幕構成だとか、そういう観せかたの哲学(観客を飽きさせない技)って、実は巡業サーカスだとか、ショー(興行)から来ているらしいんだよね。この映画は、グレイテストショーマンなので、そういう部分も期待値を超えていて欲しいなと思った訳だが、超えていた気はする(うろ覚え)。なので、気が向いたら、その辺りも意識して観るのも良いかもしれない。

ざっと、思い出せる範囲で書いたが、兎に角まぁ、面白い映画だよ!(雑な要約)

あと、結構映画館で映えるタイプの映画でもある。


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by cemeteryprime | 2018-06-24 16:16 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】ワンダー 君は太陽

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結論

予想外に面白かった!かなりの良作!

心に深く刺さる最高傑作とまでは、正直思わなかったが、これに関しては俺がこういうテーマの作品を割と観ているからで、そうじゃない人にとっては、十分に最高傑作になりうる映画では無かろうかとも思える。

あらすじ/概要

オギーは、重度の障害を持って生まれて来た子供で、主に顔面がグチャグチャで、整形手術を繰り返しているが、明らかに奇形って感じの面相をしている。

それ故に、永らくホームスクールをしていたのだが、いつまでもこれではいかんと、母親がオギーを小学校に入学させる事を決意する。そこから始まる、家族と学校の変化の話である。

面白さ

こういう言い方をすると身も蓋も無いが、障害者の子供を主人公にした、お涙頂戴モノのハートフルストーリーだと思っていた。観る前は。じゃあなんで観に行ったんだと言うと、特に他に面白そうな映画が無かったからである。

でも、実際はオギーも含めた子供たちの成長を描く群像劇だった。オギーが障害に負けずに努力した、頑張ったというよりは、オギーが学校に通い出した事で、周りの子供たちが(オギ―も含めて)変化し成長したという部分に、素晴らしさを見出す話になっているのだ。勿論、その過程は綺麗ごとだけではなく、糞みたいな話もいっぱいあるのだが。

でも、子供たちは機会さえ与えられてば、学べる。そういう部分を肯定的に描いている部分が素晴らしいと感じだ。

鈴木先生イズム

観ていて、ちょっと似てるなと思ったのは『鈴木先生』という作品だ。漫画はちゃんと全部読んだこと無くて、ドラマの方しか観てないけども。

この映画で、最初に「おっ!?なんか違うぞ?」と思ったのは、オギーの姉を主人公としてパートが始まった所だ。オギーは障害を持った子供なので、当然手がかかる。姉にとってオギーは可愛いのだが、オギーが生まれてからは、普通の家庭以上にオギーは家庭の中心になり、両親の愛情も独占する事になる。

必然的に姉は、小さい頃から手のかからない良い子にならざるを得なくなってしまったのである。サブタイトルになっている『君は太陽(サン)』というフレーズは、サン=息子=太陽のダブルミーニングで、要は家がオギーを中心にした太陽系みたいになっている点を示唆する言葉である。

こうした、問題児ばかりが構ってもらえて、良い子は放置されてしまう的な孤独や問題意識が描かれる点が、鈴木先生っぽいな~と思った所だ。まぁ、それ以外にも学校を中心に子供たちの人間関係や成長が描かれている点もそうなんだけども。

好きな演出

個人的に、想像力豊かな少年の空想交じりの現実みたいな表現が好きだ。最近だと、ボスベイビーなんかも、そういうマジックリアリズム表現が面白い作品だったのだが、この作品もオギーは想像力で巧みに辛い現実を改変しようとしていて、その辺りが個人的にツボである。

あと、少年たちの成長を描く上で、あると最高なのが、年上のいじめっ子たちに子供たちが力を合わせて反撃して、一緒に逃げて仲良くなる演出だ。活かした少年たちの成長物語にはこういうシーンが出て来るもんで、具体的にはスティーブン・キングの『IT』なんかの同様の場面が凄く好きだ。この映画でも、そういう場面がちゃんと押さえられていて、分かってるじゃん!って感じだ。

キャラクターの良さ

あと、個人的に良かったと思うのが、オーウェン・ウィルソン。この人は、軟派で流され安いけど、芯があるというか根は良い人みたいな役が似合うんだけど、この映画でオギーの父親役として、その辺りのキャラが死ぬ程上手く嵌っていて良かった。優しくて気配りもできて、強く主張はしないんだけど、実はこっそり、やることやっているみたいな感じで、こういう格好良い親父は良いよなーって思う。

あと、子供たちを導く先生たちも距離感が良いんだよね。説教臭くなくて、子供たちの自主性を尊重するという部分が、無責任な感じに思えない塩梅で、見守っている感が凄いというか。

あと、この手の映画(子供たちの成長物語)で一番重要なポイントは、子供たちのキャラクターだと思うのだが、みんな可愛らしいし(キャラが)、それでいて癖もあって、憎たらしいイイジメっ子とかも子供らしい所がちゃんとあって、凄く良かった。

まぁ、面白い映画なので、時間があれば是非観て損は無いはずである。子供たちにこそ見せたい系の映画だと思う。そういうのは、良い映画に違いない。


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by cemeteryprime | 2018-06-24 12:01 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】ゴーストバスターズ(2016)

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ネトフリに追加されてたので、今更観た。

結論

正直、微妙…。

今作は公開前からアンチフェミ勢とリメイクではなく続編を望んでいた原作厨に叩かれまくっていた訳だが、結論から言えば一周してそれが割と的を得た批判になってしまっている点が、なんだかな~と思える。フェミの良い所じゃなくて悪い所が出ているし、原作の良い所を理解してない感じの薄っぺらいリメイク感で溢れていたのだ。

あらすじ

主人公のエリンは超自然現象を信じる物理学者。本物の幽霊と出くわすも、色々あって友達の科学者ともども大学を追われて無職になり、自分たちで幽霊退治の会社を起業する事になる。

…みたいな感じで、主人公たちが中年親父から中年おばさんになっているものの、大雑把には旧作のストーリーと同じ。作風の違いはおいといて、大きく違うのは人間の悪役がいる点だろうか。

主人公たちの暗黒面みたいなキモいオタク(男性)が、科学の力を使ってニューヨークに霊的なテロを仕掛けようとする。世間はそんな男の存在どころか、ゴーストも信じてくれない。どうするゴーストバスターズ!みたいな話。

面白く無さ

まず違和感を覚えるのが、全体的にファッショナブルというか、色彩もノリも明るくてポップになっている点だろう。旧作にも明るくポップな要素はあったが、同時にギークでクリーピーな要素もあったので、ある種の厚みが出ていたのだが、今作は後者が消えてしまっているので、単に軽薄でペラペラな印象が強い。

また旧作は、確かに主人公は中年オッサンなのだが、ストーリー的には子供心に溢れた、良くも悪くも男の子の世界である点が良かったのだ。しかし、今作は主人公を中年女性にしたからなのか、中年女性(もしくはイケてない女性)向けの世界になってしまっている。そりゃ、そういう女性層には刺さるだろうけど、対象が狭すぎないかそれ?という。しかも、ゴーストバスターズでやる意味ある?みたいな。

確かにこれでは、観た上でもバッシングを受けるのも致し方なしという気はする。クリへムを頭は空っぽで身体だけ良い金髪マッチョマンとして描くみたいなギャグも、頭が空っぽの金髪巨乳のセクシー美女に秘書をやらせて馬鹿さ加減をギャグにするのと本質的には大差ない訳で、フェミ的には皮肉が効いたギャクなのかもしれないが、差別を受けた側は差別をやり返しても良いのだ的な発想のギャグなので、やっぱりどこか狭いというか内向きな感じが否めない。

ガジェットも色々新しいのが出て来たけど、扱いにギーク的なフェティシズムが感じられなくて、悉く勿体ないなという感じ。

面白さ

1番興味深いなと思ったのは、ストーリーの構造的な変化である。ゴーストバスターズは、基本的に駄目なオタクが世界を救ってヒーローになるみたいな話だった。故に、主人公たちはモンスターの専門家で、モンスターを退治することでヒーローになる訳だ。

でも、今回の新ゴーストバスターズが戦うのは、厳密にはモンスターというより、自分たちのダークサイド的な人間である。一見これは良いオタクvs悪いオタクの構造になっている。

良いオタクvs悪いオタクの構造は、パシフィックリム:アップライジングでも見られた。でもあれは、良いオタクvs悪いオタクの部分はストーリーのメインでは無かった。あくまでメインは人間vsモンスターの部分で、脇役的にモンスターの専門家(オタク)同士の善と悪の対立があった形になっている。だからこそ、筋の通ったストーリーとして成立している訳だが、新ゴーストバスターズはどうか。

結論から言えばそういう構造にはなっていない。悪いオタクがモンスターも兼ねるという構造になっている。要は、良いオタクが悪いオタクを倒してヒーローになるという構造になっている。限りなく狭いのだ。

さらに付け加えるなら、主人公たちは良いオタクですらない。単なるイケてない中年女性たちなのだ。一方で、悪いオタクの方はきっちり悪いオタクとして描かれている。彼は科学の力でゴーストを解放し、ゲートを解放し、自らも人間を辞めて怪獣になろうとする。これは間違いなく悪いオタクだ。

一方の主人公は、成り行きでゴーストバスターズをやる羽目になる感じで、そもそもゴースト研究自体が過去の汚点だった様に描かれている。ゴースト趣味は、決別しなければ、職を得られないみたいな描き方である。その後の、ゴーストバスターズとしての活動が、基本的には白い目で見られ続ける描写も踏まえると、彼女たちにとってのゴーストバスターズ活動は単に自分らしさを隠さない程度の意味合いなのだと理解出来る。

それを踏まえると、新ゴーストバスターズは結局の所は、単にフェミがキモいオタクをボコって居場所を見つけて満足する物語になる。マイノリティが別のマイノリティを叩くだけの構図だ。それ故に、彼女たちは別に社会のヒーローにもならない訳なのだが、そんな話が面白いか?確かにシニカルで現実をそのまま反映したかのような物語ではあるが、そんなもんTwitterでしょっちゅう見かける構図だから、わざわざ映画で見せて貰わなくても…とは思う。

パシリム2の場合は本当に善のオタクvs悪のオタクだったからこそ、お互いに通じ合う部分もあるし、かつては友だったのにみたいなドラマ的な面白さも伴う訳だが、フェミがキモオタクを叩く話にドラマも糞も無いんだよ。


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by cemeteryprime | 2018-05-26 11:00 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】ランペイジ

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結論

面白かった!

怪獣映画としても面白かったし、規格外の英雄と怪物がバトルする神話に出て来る様な物語でもあった。

あらすじ/概要

悪徳企業が宇宙ステーションでこっそり開発していた軍事用の怪獣作成ウイルスが事故により、地球に流出。ウイルスに感染した動物が怪獣に変貌して大暴れする。

…という感じで、あらすじは死ぬ程シンプル。主人公(ドウェイン・ジョンソン)は元傭兵でかつて密猟者の取り締まりを行う特殊部隊にいた男。その時に保護した白いゴリラの赤ちゃんジョージとの交流が切っ掛けで、今はアメリカで霊長類学者になっている。そんなジョージがウイルスに感染して怪獣化してしまい、主人公はジョージを助ける為に立ち上がるのである。

面白さ

この映画の面白さは、何といっても主演のドウェイン・ジョンソンの使い方だろう。ドウェイン・ジョンソンというハリウッド映画が時間をかけて生みだした、人というよりは怪獣に近いキャラクターの存在が、ついに怪獣の世界と人間の世界という通常は重なるはずの無い2つのレイヤーを完璧にクロスさせる事に成功したのだ。これは怪獣映画において1つの発明とも言える。

エイリアンみたいなサイズが人に近いモンスター映画ならともかく、街を破壊する様な巨大な怪獣は通常は、災害だとかのメタファーみたいなものなので、人類や軍隊の総力戦みたいな形式でなんとか立ち向かえる相手である。それ故に気まぐれな神の様にも描かれる。基本的に人が個人でどうこう出来る相手では無いし、怪獣同士の戦いは基本的には見守るしかないのである。が、ドウェイン・ジョンソンならそれが出来てしまうのである。

この映画は、3匹の魅力的な怪獣が出て来る映画なのだが、それ以上に実はドウェイン・ジョンソンが小型の怪獣である点がポイントになっている(これは、もちろん比喩表現であり、作中で人外な訳では無い)

映画を見れば分かるが、この作品は主人公がドウェイン・ジョンソンでなければ成立しない展開が山ほど出て来る。別の人間がやっていれば、途中で100回くらいは死んでいて然るべきなのだが、ドウェイン・ジョンソンならまぁ大丈夫かも…と思わせてくれる部分に最大のマジックがあり、それ故に面白い作品になっている。

ドウェイン・ジョンソン以外では成立しない荒唐無稽なストーリー展開、怪獣と人間(個人)のガチバトルが観たいなら、ランペイジを観るしかない!

現代のヘラクレス

人ではあるが、人を超えたイデアが宿った存在…要はある種の半神半人であり、彼らは物語の中で巨大怪獣と戦っていても何の違和感も発生しない。つまり、ヘラクレス的な存在である。

ハリウッドの映画界で、巨大な怪獣とタイマンで戦える説得力を持ったヘラクレス的なキャラクターを宿した俳優が何人存在するだろうか?個人的にはアーノルド・シュワルツェネッガーこそ、映画においてヘラクレス的なキャラクターを蘇らせた第一人者では無いかと思える。

そして、ドウェイン・ジョンソンはシュワルツェネッガーが切り開いた現代のヘラクレス路線を、正しく継承する俳優であり、現代のヘラクレス2.0というべき存在なのだ。なぜ2.0なのかと言えば、ドウェイン・ジョンソンの場合は単に神話級の筋肉超人というだけではなく、頭も良いという要素がプラスされているからだ。シュワルツェネッガーの場合は、こういうと失礼だが、あまり頭が良いみたいなキャラ要素は無かった。

ドウェイン・ジョンソンはランペイジにおいても、戦士であると同時に学者でもあるというキャラになっている。ジュマンジ:ウェルカム・トゥ・ジャングルでもマッチョな学者であった。もちろん、単なる脳筋の役もやっているが、顔の作りが若干神経質そうなというか真面目そうな雰囲気があるからなのか、単なる脳筋の役はいまいち似合わない。

戦士の肉体と学者の頭脳を兼ね備えたキャラクターの元祖としては、ドック・サヴェッジという存在がいる。193040年代のパルプ小説の主人公でスーパーマンの原型にもなったキャラである。

ちなみにドウェイン・ジョンソンはドック・サヴェッジの映画化企画で主演をするという話が出ている。また、ドウェイン・ジョンソンは過去にヘラクレス役もやっている。その映画におけるヘラクレスは、イデアとして“ヘラクレス“という伝説を上手く利用して立ち回るクレバーな傭兵として描かれていた。

ドウェイン・ジョンソンは名実ともに現代のヘラクレス2.0なのである。

ブラザーフッドの精神

また、あまり誰も注目していない要素ではあるが、ランペイジも最近のハリウッド映画の主流であるブラザーフッド精神の重要性を説く作品になっている。

実はランペイジは、理念の高さ故にアウトサイダー化していた孤独な奴らが手を組んで、既存社会が生み出した問題を、既存社会が想像しなかった方法で解決するという話になっている。なので、ついドウェイン・ジョンソンと巨大ゴリラに視点が集中しがちだが、それ以外の仲間にも注目して欲しい。

ジェフリー・ディーン・モーガン

特に注目して欲しいのがジェフリー・ディーン・モーガンだ。ドウェイン・ジョンソンは、良くも悪くも国籍不明感というか、多国籍感があるキャラクターなので、アメリカ人代表としてドウェイン・ジョンソンに協力するキャラが必要になり、それをモーガンが演じている。

この役はジェフリー・ディーン・モーガンじゃないと出来なかったはずだ。何故なら、ドウェイン・ジョンソンの横に並べても、フェロモン的な魅力で引けを取らない俳優(濃い漢という意味で)は、彼くらいしかいないと思うからだ。

ジェフリー・ディーン・モーガンは、危険でセクシーな中年オヤジみたいな役をやっているイメージがあるが、個人的に好きなのは『ウォッチメン』におけるコメディアン役であり、バットマンvsスーパーマンにおける、ブルース・ウェインの親父役(トーマス・ウェイン)も記憶に新しい。

ミスター・ノーバディ

また、彼が今作で演じるハーベイ・ラッセルのキャラも素晴らしい。政府の人間であり、非合法的な活動を指揮する立場にありながら、一匹オオカミ的で情に篤いカウボーイというキャラクターである。思うにハーベイ・ラッセルこそ、ワイルドスピードシリーズに登場したミスター・ノーバディ(演:カート・ラッセル)が本当に表現したかったイデアを体現するキャラなのではと思える。

確かにカート・ラッセルは昔なら上手く表現できていただろうが、歳を取り過ぎて表現(というかフェロモン)が弱くなってしまっている。『ワイルドスピード・アイスブレイク』では代替わり要員として、まだちょっとその域には達していないスコット・イーストウッドがリトル・ノーバディ役として登場していたが、ジェフリー・ディーン・モーガンであれば、ドンピシャでミスター・ノーバディを演じることが出来たんだろうなとこの映画を見ると思える。

怪獣と戦えそうで戦えない俳優

ドウェイン・ジョンソンこそ怪獣とガチンコバトルできる俳優であるという話をしたが、戦えそうで戦えない俳優はいた。サミュエル・L・ジャクソンである。彼も怪獣的な存在感を持つキャラクターであり、それ故に『キングコング/髑髏島の巨神』において、キングコングと対決させられた。まぁ、怪獣を倒せるレベルの怪獣パワーは無かったので倒されちゃう訳だが。サミュエル・L・ジャクソンは、アベンジャーズシリーズやトリプルXなんかでも、怪獣一歩手前な存在感を活かしたキャラを演じているが、どちらの作品でもキャラが強すぎるが故に若干使いあぐねている感は否めない。かといって、怪獣とガチンコバトルをするほどでも無い。使いどころが難しい俳優である。

ゴリラ映画としてのランペイジ

どうでもいいけど、ランペイジはゴリラ映画としても秀逸である。これに関しては観れば分かるとしか言えないが、ゴリラだから出来る表現みたいな要素を大いに活用しているのが楽しい映画でもある。これは、地味にキングコングでもやっていなかった点では無かろうか。

ゴリラだから人がやったらアウトな事を堂々と出来るし、怪獣だからやっても許されることをやれちゃうのである。そういう意味でも巨大白ゴリラのジョージはなかなか美味しいキャラだと思う。キングコングと違って、最新シリーズの猿の惑星に出て来た猿みたいに手話が出来るのだ。なので、色々と美味しいとこどりが出来て偉い!


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by cemeteryprime | 2018-05-25 10:24 | 作品・感想 | Comments(0)

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