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【映画感想】ゴーストバスターズ(2016)

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ネトフリに追加されてたので、今更観た。

結論

正直、微妙…。

今作は公開前からアンチフェミ勢とリメイクではなく続編を望んでいた原作厨に叩かれまくっていた訳だが、結論から言えば一周してそれが割と的を得た批判になってしまっている点が、なんだかな~と思える。フェミの良い所じゃなくて悪い所が出ているし、原作の良い所を理解してない感じの薄っぺらいリメイク感で溢れていたのだ。

あらすじ

主人公のエリンは超自然現象を信じる物理学者。本物の幽霊と出くわすも、色々あって友達の科学者ともども大学を追われて無職になり、自分たちで幽霊退治の会社を起業する事になる。

…みたいな感じで、主人公たちが中年親父から中年おばさんになっているものの、大雑把には旧作のストーリーと同じ。作風の違いはおいといて、大きく違うのは人間の悪役がいる点だろうか。

主人公たちの暗黒面みたいなキモいオタク(男性)が、科学の力を使ってニューヨークに霊的なテロを仕掛けようとする。世間はそんな男の存在どころか、ゴーストも信じてくれない。どうするゴーストバスターズ!みたいな話。

面白く無さ

まず違和感を覚えるのが、全体的にファッショナブルというか、色彩もノリも明るくてポップになっている点だろう。旧作にも明るくポップな要素はあったが、同時にギークでクリーピーな要素もあったので、ある種の厚みが出ていたのだが、今作は後者が消えてしまっているので、単に軽薄でペラペラな印象が強い。

また旧作は、確かに主人公は中年オッサンなのだが、ストーリー的には子供心に溢れた、良くも悪くも男の子の世界である点が良かったのだ。しかし、今作は主人公を中年女性にしたからなのか、中年女性(もしくはイケてない女性)向けの世界になってしまっている。そりゃ、そういう女性層には刺さるだろうけど、対象が狭すぎないかそれ?という。しかも、ゴーストバスターズでやる意味ある?みたいな。

確かにこれでは、観た上でもバッシングを受けるのも致し方なしという気はする。クリへムを頭は空っぽで身体だけ良い金髪マッチョマンとして描くみたいなギャグも、頭が空っぽの金髪巨乳のセクシー美女に秘書をやらせて馬鹿さ加減をギャグにするのと本質的には大差ない訳で、フェミ的には皮肉が効いたギャクなのかもしれないが、差別を受けた側は差別をやり返しても良いのだ的な発想のギャグなので、やっぱりどこか狭いというか内向きな感じが否めない。

ガジェットも色々新しいのが出て来たけど、扱いにギーク的なフェティシズムが感じられなくて、悉く勿体ないなという感じ。

面白さ

1番興味深いなと思ったのは、ストーリーの構造的な変化である。ゴーストバスターズは、基本的に駄目なオタクが世界を救ってヒーローになるみたいな話だった。故に、主人公たちはモンスターの専門家で、モンスターを退治することでヒーローになる訳だ。

でも、今回の新ゴーストバスターズが戦うのは、厳密にはモンスターというより、自分たちのダークサイド的な人間である。一見これは良いオタクvs悪いオタクの構造になっている。

良いオタクvs悪いオタクの構造は、パシフィックリム:アップライジングでも見られた。でもあれは、良いオタクvs悪いオタクの部分はストーリーのメインでは無かった。あくまでメインは人間vsモンスターの部分で、脇役的にモンスターの専門家(オタク)同士の善と悪の対立があった形になっている。だからこそ、筋の通ったストーリーとして成立している訳だが、新ゴーストバスターズはどうか。

結論から言えばそういう構造にはなっていない。悪いオタクがモンスターも兼ねるという構造になっている。要は、良いオタクが悪いオタクを倒してヒーローになるという構造になっている。限りなく狭いのだ。

さらに付け加えるなら、主人公たちは良いオタクですらない。単なるイケてない中年女性たちなのだ。一方で、悪いオタクの方はきっちり悪いオタクとして描かれている。彼は科学の力でゴーストを解放し、ゲートを解放し、自らも人間を辞めて怪獣になろうとする。これは間違いなく悪いオタクだ。

一方の主人公は、成り行きでゴーストバスターズをやる羽目になる感じで、そもそもゴースト研究自体が過去の汚点だった様に描かれている。ゴースト趣味は、決別しなければ、職を得られないみたいな描き方である。その後の、ゴーストバスターズとしての活動が、基本的には白い目で見られ続ける描写も踏まえると、彼女たちにとってのゴーストバスターズ活動は単に自分らしさを隠さない程度の意味合いなのだと理解出来る。

それを踏まえると、新ゴーストバスターズは結局の所は、単にフェミがキモいオタクをボコって居場所を見つけて満足する物語になる。マイノリティが別のマイノリティを叩くだけの構図だ。それ故に、彼女たちは別に社会のヒーローにもならない訳なのだが、そんな話が面白いか?確かにシニカルで現実をそのまま反映したかのような物語ではあるが、そんなもんTwitterでしょっちゅう見かける構図だから、わざわざ映画で見せて貰わなくても…とは思う。

パシリム2の場合は本当に善のオタクvs悪のオタクだったからこそ、お互いに通じ合う部分もあるし、かつては友だったのにみたいなドラマ的な面白さも伴う訳だが、フェミがキモオタクを叩く話にドラマも糞も無いんだよ。


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by cemeteryprime | 2018-05-26 11:00 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】ランペイジ

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結論

面白かった!

怪獣映画としても面白かったし、規格外の英雄と怪物がバトルする神話に出て来る様な物語でもあった。

あらすじ/概要

悪徳企業が宇宙ステーションでこっそり開発していた軍事用の怪獣作成ウイルスが事故により、地球に流出。ウイルスに感染した動物が怪獣に変貌して大暴れする。

…という感じで、あらすじは死ぬ程シンプル。主人公(ドウェイン・ジョンソン)は元傭兵でかつて密猟者の取り締まりを行う特殊部隊にいた男。その時に保護した白いゴリラの赤ちゃんジョージとの交流が切っ掛けで、今はアメリカで霊長類学者になっている。そんなジョージがウイルスに感染して怪獣化してしまい、主人公はジョージを助ける為に立ち上がるのである。

面白さ

この映画の面白さは、何といっても主演のドウェイン・ジョンソンの使い方だろう。ドウェイン・ジョンソンというハリウッド映画が時間をかけて生みだした、人というよりは怪獣に近いキャラクターの存在が、ついに怪獣の世界と人間の世界という通常は重なるはずの無い2つのレイヤーを完璧にクロスさせる事に成功したのだ。これは怪獣映画において1つの発明とも言える。

エイリアンみたいなサイズが人に近いモンスター映画ならともかく、街を破壊する様な巨大な怪獣は通常は、災害だとかのメタファーみたいなものなので、人類や軍隊の総力戦みたいな形式でなんとか立ち向かえる相手である。それ故に気まぐれな神の様にも描かれる。基本的に人が個人でどうこう出来る相手では無いし、怪獣同士の戦いは基本的には見守るしかないのである。が、ドウェイン・ジョンソンならそれが出来てしまうのである。

この映画は、3匹の魅力的な怪獣が出て来る映画なのだが、それ以上に実はドウェイン・ジョンソンが小型の怪獣である点がポイントになっている(これは、もちろん比喩表現であり、作中で人外な訳では無い)

映画を見れば分かるが、この作品は主人公がドウェイン・ジョンソンでなければ成立しない展開が山ほど出て来る。別の人間がやっていれば、途中で100回くらいは死んでいて然るべきなのだが、ドウェイン・ジョンソンならまぁ大丈夫かも…と思わせてくれる部分に最大のマジックがあり、それ故に面白い作品になっている。

ドウェイン・ジョンソン以外では成立しない荒唐無稽なストーリー展開、怪獣と人間(個人)のガチバトルが観たいなら、ランペイジを観るしかない!

現代のヘラクレス

人ではあるが、人を超えたイデアが宿った存在…要はある種の半神半人であり、彼らは物語の中で巨大怪獣と戦っていても何の違和感も発生しない。つまり、ヘラクレス的な存在である。

ハリウッドの映画界で、巨大な怪獣とタイマンで戦える説得力を持ったヘラクレス的なキャラクターを宿した俳優が何人存在するだろうか?個人的にはアーノルド・シュワルツェネッガーこそ、映画においてヘラクレス的なキャラクターを蘇らせた第一人者では無いかと思える。

そして、ドウェイン・ジョンソンはシュワルツェネッガーが切り開いた現代のヘラクレス路線を、正しく継承する俳優であり、現代のヘラクレス2.0というべき存在なのだ。なぜ2.0なのかと言えば、ドウェイン・ジョンソンの場合は単に神話級の筋肉超人というだけではなく、頭も良いという要素がプラスされているからだ。シュワルツェネッガーの場合は、こういうと失礼だが、あまり頭が良いみたいなキャラ要素は無かった。

ドウェイン・ジョンソンはランペイジにおいても、戦士であると同時に学者でもあるというキャラになっている。ジュマンジ:ウェルカム・トゥ・ジャングルでもマッチョな学者であった。もちろん、単なる脳筋の役もやっているが、顔の作りが若干神経質そうなというか真面目そうな雰囲気があるからなのか、単なる脳筋の役はいまいち似合わない。

戦士の肉体と学者の頭脳を兼ね備えたキャラクターの元祖としては、ドック・サヴェッジという存在がいる。193040年代のパルプ小説の主人公でスーパーマンの原型にもなったキャラである。

ちなみにドウェイン・ジョンソンはドック・サヴェッジの映画化企画で主演をするという話が出ている。また、ドウェイン・ジョンソンは過去にヘラクレス役もやっている。その映画におけるヘラクレスは、イデアとして“ヘラクレス“という伝説を上手く利用して立ち回るクレバーな傭兵として描かれていた。

ドウェイン・ジョンソンは名実ともに現代のヘラクレス2.0なのである。

ブラザーフッドの精神

また、あまり誰も注目していない要素ではあるが、ランペイジも最近のハリウッド映画の主流であるブラザーフッド精神の重要性を説く作品になっている。

実はランペイジは、理念の高さ故にアウトサイダー化していた孤独な奴らが手を組んで、既存社会が生み出した問題を、既存社会が想像しなかった方法で解決するという話になっている。なので、ついドウェイン・ジョンソンと巨大ゴリラに視点が集中しがちだが、それ以外の仲間にも注目して欲しい。

ジェフリー・ディーン・モーガン

特に注目して欲しいのがジェフリー・ディーン・モーガンだ。ドウェイン・ジョンソンは、良くも悪くも国籍不明感というか、多国籍感があるキャラクターなので、アメリカ人代表としてドウェイン・ジョンソンに協力するキャラが必要になり、それをモーガンが演じている。

この役はジェフリー・ディーン・モーガンじゃないと出来なかったはずだ。何故なら、ドウェイン・ジョンソンの横に並べても、フェロモン的な魅力で引けを取らない俳優(濃い漢という意味で)は、彼くらいしかいないと思うからだ。

ジェフリー・ディーン・モーガンは、危険でセクシーな中年オヤジみたいな役をやっているイメージがあるが、個人的に好きなのは『ウォッチメン』におけるコメディアン役であり、バットマンvsスーパーマンにおける、ブルース・ウェインの親父役(トーマス・ウェイン)も記憶に新しい。

ミスター・ノーバディ

また、彼が今作で演じるハーベイ・ラッセルのキャラも素晴らしい。政府の人間であり、非合法的な活動を指揮する立場にありながら、一匹オオカミ的で情に篤いカウボーイというキャラクターである。思うにハーベイ・ラッセルこそ、ワイルドスピードシリーズに登場したミスター・ノーバディ(演:カート・ラッセル)が本当に表現したかったイデアを体現するキャラなのではと思える。

確かにカート・ラッセルは昔なら上手く表現できていただろうが、歳を取り過ぎて表現(というかフェロモン)が弱くなってしまっている。『ワイルドスピード・アイスブレイク』では代替わり要員として、まだちょっとその域には達していないスコット・イーストウッドがリトル・ノーバディ役として登場していたが、ジェフリー・ディーン・モーガンであれば、ドンピシャでミスター・ノーバディを演じることが出来たんだろうなとこの映画を見ると思える。

怪獣と戦えそうで戦えない俳優

ドウェイン・ジョンソンこそ怪獣とガチンコバトルできる俳優であるという話をしたが、戦えそうで戦えない俳優はいた。サミュエル・L・ジャクソンである。彼も怪獣的な存在感を持つキャラクターであり、それ故に『キングコング/髑髏島の巨神』において、キングコングと対決させられた。まぁ、怪獣を倒せるレベルの怪獣パワーは無かったので倒されちゃう訳だが。サミュエル・L・ジャクソンは、アベンジャーズシリーズやトリプルXなんかでも、怪獣一歩手前な存在感を活かしたキャラを演じているが、どちらの作品でもキャラが強すぎるが故に若干使いあぐねている感は否めない。かといって、怪獣とガチンコバトルをするほどでも無い。使いどころが難しい俳優である。

ゴリラ映画としてのランペイジ

どうでもいいけど、ランペイジはゴリラ映画としても秀逸である。これに関しては観れば分かるとしか言えないが、ゴリラだから出来る表現みたいな要素を大いに活用しているのが楽しい映画でもある。これは、地味にキングコングでもやっていなかった点では無かろうか。

ゴリラだから人がやったらアウトな事を堂々と出来るし、怪獣だからやっても許されることをやれちゃうのである。そういう意味でも巨大白ゴリラのジョージはなかなか美味しいキャラだと思う。キングコングと違って、最新シリーズの猿の惑星に出て来た猿みたいに手話が出来るのだ。なので、色々と美味しいとこどりが出来て偉い!


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by cemeteryprime | 2018-05-25 10:24 | 作品・感想 | Comments(0)

【雑記】邪神の描き方

GW中に久しぶりにスカイリムを遊んでいて改めて思ったのだが、スカイリムは神(邪神も含み)の描写のバランスが良い。

神の描き方

神は実体を持ったクリーチャーではなく、現実世界に生きる人(亜人も含む)を導くパワフルな存在であるというバランス。主人公も含めて神の啓示を受けて導かれたり、特定の信仰の為の活動をする人間たちはいても、神自体は地上で活動していないという感じだ。

こういう手法はリアリティを重視するホラーなんかだとそんなに珍しく無いが、スカイリムは魔法やドラゴンが跋扈するファンタジーである。別にスーパー魔法生命体みたいな感じで神を顕現させても良い気はするのに、敢えてしていないのが面白い。

スカイリムにおけるリアリティとファンタジーのバランスが面白い例としては、幼女殺人犯として流れ者の労働者が逮捕されるイベントがある。町の人は殺人の動機が不可解で困惑し、主人公が動機を調べるんだけど、実は犯人はワーウルフだった事が分かる。でも、その男はそもそもロリコンの殺人鬼で、可愛い幼女を見ると衝動が抑えられなくなって、ワーウルフに変身して殺人を行っていた事が分かる。文字通りの狼男であると同時に、メタファーとしても狼男である訳だ。

RPGと神表現

スカイリムがこうした表現を取り入れている理由は、恐らくドラマの焦点を人間に当てて置く為では無いかと思う。

主人公が世界や神や荒唐無稽な超自然性と向き合う構造になってしまうと、世界に大量に配置されたNPCの意味が薄れるというか、物語を形成するリソースとしての価値が低下する弊害はある気はする。主人公が対峙するのは、あくまで神に誘導された人間という構造なら、NPCときちんと向き合う意味が維持される。これは物語に重点を置いたRPGにおいては、特に意味のある構造だろう。

神を殺す

こうした表現を踏まえると、ファンタジーにありがちな神と戦ったり殺すという行為はかなり興味深いものになる。神の活動は、信者の活動として顕現するので、取りあえずは、神を信奉する人間を全滅させる必要があるだろう。そして、新たな信者を発生させない為に、焚書坑儒的な行為も必要になる。

これだけでもかなりの労力だが、それを達成してもなお、自然発生的に神を崇拝する人間だとか思想が新たに出現する可能性は残る。

神を人間が直接戦える存在にしなければ、RPGの場合は無限に神と戦うキャンペーンを続けていく事が出来るのである。

ちなみに、これと似た構造を真逆のベクトルでやっているのが『残穢』という作品だ。『残穢』の場合は無限に怪異の原因を遡れるという構造になっている。これは原因としての邪神を探す話であり、先に述べた様な特定の神が事件を発生させ続ける構造を、逆転した形になっている。

ブラックボックスとしての動機

人が異常(に思える)行動をとる際は、その動機は他人にとっては常にブラックボックスである。こうしたブラックボックスにこそ、神の居場所はある。

スカイリムには、邪神に操られた(直接的にも間接的にも)ヤバい奴だとか、危険な集団が出て来るが、同時に主人公もちょいちょい神と遭遇して指令を受ける。神の声やヴィジョンが純粋に主観的なものだとすると、主人公もまた神の命令で人を殺したりしているヤベー奴なのである。

人間の行動の動機は常にシンプルとは言い難い。また、物事は常に複雑に絡み合っているので、原因はシンプルとは言い難い。こうした複雑系は、結局の所は人間にとって永遠にクリアにならないモノなのかもしれない。故に、そこに神が宿る。

ホーリムズと神

こうした発想について、アリストテレスは「全体とは部分の総和以上のなにかである。」という言葉を遺しているらしい。システム全体は、単純な部分の集合には還元できないという思想自体はホーリズムと呼ばれるようだ。

この全体は正確に理解できないというブラックボックス性は、ホラーにおいては神の居場所として最適である様にも思える。神は全体に宿るのだ。つまり複雑系領域であれば、神は実在しても問題無いのである。

例えば地震の発生なんかは複雑系領域だと思うが、地震発生のタイミングは完璧に予測出来たりしないので、そこに神の存在が絡んでいても物語的には別に問題ないと言える。フィクショナルな因果関係に説得力を持たせる事が出来さえすれば良いのだ。ちなみに『帝都物語』においては、日本を襲った過去の超巨大地震の背後には魔人加藤による日本壊滅の陰謀があった事になっている。

神の在り方

個人的にホラーにおける神(超自然的存在)は、複雑系というブラックボックス領域に潜む存在であって欲しいと考えている。そこに潜む限りは、物理的な法則とバッティングしないで済むので、超自然的な存在は、超自然的なままでいられるのだ。そして、神は気まぐれに主人公達が共有する主観的な世界に侵入し、マジックリアリズム的に出現するのである。

ここで、主人公たちが神を倒せるか倒せないかは、作者のセンスが問われる所だろう。個人的には、先にも述べた様な理屈で神に操られた人間は撃退できても、神自体は撃退できない方が好みだ。『IT』におけるペニーワイズは、腐りきって荒んだ町が抱える複雑系に潜む邪神であると同時に、撃退されちゃうタイプだったけれども(ダークファンタジーなので)。

みたいな神にまつわる四方山話。特にオチは無い。


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by cemeteryprime | 2018-05-09 14:06 | 雑記 | Comments(0)

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