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【モダンホラーRPG】ダメージの処理 ver.7

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1d100では無くレベルダイスを使用するMftCVer.7用にダメージの仕様を修正した。

3ストライク→1アウト

基本的な部分は同じで、同じ部位に軽症ダメージが3つ蓄積すると、1つの重症になる。3ストライクで1アウトなシステムである。同様に重症は3つ目で瀕死ダメージに繰り上がる。負傷は一定の治療期間と後遺症の期間を経て回復する。

瀕死

瀕死に関しては、少しだけルールが異なり、瀕死状態で更にダメージを受けるか、直ぐに病院へ搬送される等が無く放置されていると悪化して死亡する。ちなみに瀕死は意識不明の重体なので、救急車等を手配してくれる人間が周囲におらず一定時間放置されるとそのまま死亡する。後遺症に関しても、瀕死の場合はルールが異なり、障害が一生残る事になる。


by cemeteryprime | 2019-05-24 00:19 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【モダンホラーRPG】戦闘シミュレーション2

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武器の威力は棍棒とナイフ、共にレベル2とする。

1ラウンド目

アラジンは全力移動で4マス前進。リドラーも全力移動で3マス前進し、両者は隣接する。


2ラウンド目:アラジン

アラジンは棍棒で近接攻撃を行う。アラジンは特に棍棒攻撃に関する属性は持っていないので、器用さで簡易判定を行う。よってレベルダイス×2での判定となる。→判定は成功(レベル1)

次にリドラーは対抗判定を行う。判定はヴィラン(判定値:3)に運動神経(±0)を適用する形で行う。→判定は成功(レベル1)。

アラジンの攻撃は成功(レベル1)したが、リドラーも防御に成功(レベル1)したという判定になり、ダメージは1段階軽減される。

ダメージ部位と結果の判定は「胴体に重症」になった。アラジンの棍棒がリドラーのアバラ骨を砕いた。これにより、リドラーは以降全ての判定に‐1の修正を受ける。また重症により気絶判定(レベル1)も発生するが、回避する。

2ラウンド目:リドラー

リドラーはナイフで近接攻撃を行う。判定はヴィラン(判定値3)に器用さ(+1)を適用する形で行うが、重症によるマイナス補正が適用されるので、最終的にはレベルダイス×3での判定となる。→判定は成功(レベル1)

次にアラジンの対抗判定だが、アラジンはコソ泥としての身軽な身のこなしで回避しようとする。コソ泥(判定値:3)に運動神経(+1)の適用で、レベルダイス×4での判定である。→判定は成功(レベル1

先の処理と同様に、ナイフのダメージは1段階軽減される。そしてダメージ部位と結果は「左腕に軽症」となった。これにより、アラジンは以降左腕を使った判定に-1の補正を受ける。

3ラウンド目:アラジン

アラジンは棍棒で近接攻撃を行うが、判定は失敗。

3ラウンド目:リドラー

リドラーはナイフで近接攻撃を行う。同様の処理を行った結果、リドラーの攻撃はレベル1の成功、アラジンの回避はレベル2の成功となった。これによりナイフのダメージはレベル0になる。そして、ダメージ結果は「左脚に軽症」になった。これにより、アラジンは左脚を使った判定に-1の補正を受けるので、これ以降は回避行動をする際に-1の修正を受ける事になる。

4ラウンド目:アラジン

アラジンは棍棒で近接攻撃を行う。判定はレベル2の成功。リドラーはヴィラン(判定値:3)に運動神経(±0)で回避を行うが、重症によるマイナス補正で最終的にレベルダイス×2での判定になり、レベル1の成功となった。

ダメージ処理の結果、リドラーは「左脚に軽症」を受ける。これにより、リドラーは左脚を使った判定に-1の補正を受けるので、これ以降は回避行動をする際に-1の修正を受ける事になる。

4ラウンド目:リドラー

リドラーはナイフで近接攻撃を行う。同様の処理を行った結果、リドラーの攻撃はレベル2の成功、アラジンの回避は失敗となった。これにより、リドラーの攻撃はレベルが1段階上昇、あるいは2回分の攻撃になる。今回は威力上昇を選択したので、ダメージレベルが2→3に上昇した。

ダメージ処理の結果、アラジンは「胴体に瀕死」ダメージを受けた。リドラーのナイフが重要な臓器に突き刺さったようだ。行動不能(意識不明)となり転倒、その後特に応急手当等を受ける機会も無かったので、そのまま死亡する。

考察

普通の人同士なら、もうちょっと長引くかと思ったが、お互いに武装していた為か、割と早く決着が着いた。ナイフや棍棒での殺し合いがそんなに長引く訳が無いというロジックも成立するが、これは主に攻撃成功→防御成功の処理を、攻撃失敗では無く、ダメージ軽減にしているせいだろう。

平均的な成人男性の素手バトルだった場合は、基本的に適用するダメージダイスはレベル1なので、ダメージが軽減されるとレベル0(負傷未満or軽症)となり、そこまで互いに判定に成功している間はポカポカと特に有効打が発生しないという状況にはなる(ある種のカンフーバトル的光景)。武器格闘でも、レベル1の成功(攻撃側)に対してレベル3の成功(防御側)で対抗するとそういう状況が再現される訳だが、偶然に頼らないと発生しない状況だと言える。

受け流し

なので、武器格闘でそうした状況を再現しようと思うと必要になるのは、武器による受け流しルールだと分かる。

通常、発生するダメージは、部位と結果をそれぞれランダムで決定するが、受け流しに成功した場合は、防御側が指定した部位でダメージを受ける。持っている武器や、身体のどこかの部位を指定しても良い。今回の例で言えば、アラジンの棍棒の一撃に対して、リドラーが「ナイフ」という部位での受け流しを選択するという感じ。成功すると、ダメージは「ナイフ」に入る。ダメージ結果は重症で故障とか瀕死で使用不能みたいな感じに適当に変換すれば良いだろう。

例えば棍棒→ナイフの通常ダメージはレベル1で、攻防は共にレベル1だったという状況なら、ダメージ結果はレベル0で、ナイフには軽症ダメージが入った。軽症ダメージが3回蓄積されると、重症になり刃毀れが発生して、威力は低下するみたいな感じ。

先の試合では結局アラジンが死亡しているが、受け流しを駆使していれば、戦闘慣れしているリドラーはアラジンの不慣れな棍棒攻撃に対して有利に立ち回れた筈である。

部位攻撃に対する防御

基本的に攻撃側を先に処理する関係で、例えば頭部を狙った攻撃が成功した場合、頭部に攻撃がヒットするという結果は覆らない。つまり、その結果を受けて頭部を使った受け流しを選択する事は可能だが、それ以外の部位での受け流しを選択する事は不可能となる。なので基本的には回避一択となる。

部位攻撃のメリット

となると部位攻撃は一方的に有利な選択肢になるかと言えば、マイナス補正を受けるので、部位攻撃以外の選択肢を陳腐化させるほどでは無いはずである。基本的に大人サイズの人間同士の戦いの場合、胴体なら-1、頭部や四肢なら-2のマイナス補正を受ける。近接格闘の場合、基本的な攻撃判定のMAXはレベルダイス×4なので、頭部や武器を持つ腕などを狙う攻撃判定は、最大でレベルダイス×2(成功率約30%程度)である。先の試合でアラジンが不慣れな棍棒攻撃(レベルダイス×2)をちょいちょい当てていたので、ワンチャンあるのは確かな訳だが、敢えてやるなら胴体を集中攻撃くらいがベターな選択だという気はする。

加えて、頭部にダメージを与えると感情ダメージが余分に発生するとか、その手の追加効果くらいはあったも良い気はする。

その他の戦闘用ルール

あとは攻撃専念や防御専念といったルール、複数人に囲まれた時の有利不利、槍vsナイフみたいな間合いの差による有利不利をどう表現するかみたいな細かい部分も必要だなと思ったり。


by cemeteryprime | 2019-05-22 17:03 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【モダンホラーRPG】戦闘シミュレーション

MftCのシステムを使って戦闘シミュレーションをしてみる記事。使用するのはこんなキャラ(手元にミニフィグがあったので)。

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1ラウンド目

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インクレイディブルは全力移動(+1)で4マス前進。各ゾンビ(上からA~C)も全力移動で2マス前進。

2ラウンド目:インクレイディブル

インクレイディブルは1マス前進し、目の前のゾンビAに近接攻撃。成功判定はスーパーヒーロー(判定値:3)に運動神経(+1)を適用するのでレベルダイス×4で行うが、今回は頭部を狙うので、-2の補正が入り、最終的にレベルダイス×2での判定になる。

判定結果は成功。通常はゾンビによる対抗判定を行うが、ゾンビは防御を行わず攻撃に専念する為、今回は省略。よって、インクレイディブルのパンチがそのままゾンビの頭部に炸裂する。

次にインクレイディブルの攻撃によるダメージをレベル0~3の4段階の中から選ぶ。インクレイディブルは超人的な怪力を持っているので、今回はMAXのレベル3を選ぶ。通常は、被ダメージ部位と結果をダイスロールで決定するが、今回は部位は頭部に確定しているので、結果だけ算出する。

結果は瀕死。ゾンビAは頭部が潰れて行動不能になった。

2ラウンド目:ゾンビB

ゾンビAは行動不能。次にゾンビB1マス移動してゾンビAがいた位置に入り、インクレイディブルに襲い掛かる。成功判定はゾンビ(判定値:3)に運動神経(±0)を適用し、更に攻撃に専念しているので+1の補正が入る(最終的にレベルダイス×4)。判定結果は赤×1+黄×3でレベル2の成功となった(赤×2と同等)。インクレイディブルも対抗判定(スーパーヒーロー&運動神経で×4)を行い成功する(レベル1)。

この場合、ゾンビの攻撃がレベル1の成功だった場合は、インクレイディブルの防御成功により、ダメージが1段階下がる処理を行っていたが、今回はレベル2(攻撃側)とレベル1(防御側)なので、ダメージがそのまま入る。

今回、ゾンビの攻撃によるインクレイディブルへの基本的なダメージレベルはレベル1に設定する。そして被ダメージ部位とダメージ結果は「右腕に軽症」という結果になった。これによりインクレイディブルは右腕を使う判定に一定期間-1の補正を受ける事になるが、戦闘に関しては左腕でパンチしたりキックしたりで代用可能なのでマイナス補正は無視する。

2ラウンド目:ゾンビC

更にすかさずゾンビCが1マス移動してインクレイディブルに襲い掛かる。同様の処理を行い、ゾンビCの攻撃はインクレイディブルの「左腕にかすり傷(負傷未満)」という結果となった。

3ラウンド目:インクレイディブル

同様の処理を行い、インクレイディブルはゾンビBの頭部に瀕死ダメージを与え、ゾンビBは行動不能になった。

3ラウンド目:ゾンビC

ゾンビCの攻撃は不発。

4ラウンド目:インクレイディブル

同様の処理を行い、インクレイディブルはゾンビCの頭部に瀕死ダメージを与え、ゾンビCは行動不能になった。

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まとめ

Mr.インクレイディブルがワンパンでゾンビを殺せるというパワーバランスだったので、サクッと戦闘は終了したが、実際にはもうちょっとチマチマとした戦闘になると思われる。次回は人間同士の殴り合いでもシミュレーションしてみようと思う。


by cemeteryprime | 2019-05-22 01:14 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

【映画感想】アベンジャーズ/エンドゲーム(ネタバレ)

先週くらいからネタバレが解禁されたみたいなので、改めて感想記事を書こう。

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結論

言わずとしれた、アベンジャーズ最終章。面白かった。観た直後は色々と思う所があり、割と真顔になったが…。面白かったが、傑作とは言えない理由は、後述。

あらすじ/概要

サノスの指パッチン(インフィニティ・ストーンのパワー)で全宇宙の人口が半分に。どうしても前に進めないアベンジャーズのメンバーは時間を遡り、インフィニティ・ストーンを入手して全てを元に戻そうとする。

面白さ

『アベンジャーズ』というタイトルシリーズの基本はお祭り映画である。あのキャラとあのキャラの絡みがみたい!共闘してる姿が観たい!というファンの願望を叶える為の作品がアベンジャーズ・シリーズなのだ。

そういう意味では今作は、そうしたファンの願望に200%応える内容だったと言える。もう最終回だし、総集編的にまだ見せて無かった映像も見せまっせ!というサービス精神が全編に渡って溢れている。SNSなんかでも、ありがとー!というファンの感想で溢れていた。

面白く無さ

それは兎も角、今作の内容に不満を持ったファンもいた。それはストーリー的なアンサーを期待していたファンである。ファンサービスは200点満点だが、これまで連載してきた作品のオチ的なストーリーとしてはどうかというと、ハッキリ言って何の答えも出ていないと言わざるを得ない。

200%のファンサービスと何となくエモい流れで誤魔化されがちになるが、スーパー兵器を使ってサノス軍を皆殺しにして戦争に勝利しました…!というのは、基本的にヒーローの勝ち方では無いのである。

つまりサノスとの戦いは、戦績的には一勝一敗のイーブンという所で、最終的に試合には勝ったが勝負には負けたというのが正確な所では無いかと思っている。それが答えだとも言えるが。

未解決的な理由

この理由は恐らくシンプルで、アベンジャーズというシリーズは終わってもMCUは終わっていないからだろう。もっと言うなら、第一期アベンジャーズが終わったという感じである。

ブラックパンサーやキャプテン・マーベルやドクター・ストレンジといった新規の主力級キャラに関しては、そもそも“アベンジャーズ”入りはしていないのである。

今回、キャップとトニー・スタークという対になるアベンジャーズの2本柱が退場した訳だが、実はそれぞれ第二次世界大戦期のアメリカ、それ以降のアメリカ(ベトナム戦争~アフガン戦争)を象徴する様なキャラクターになっている。特にトニー・スタークに関しては、アメリカの二面性を象徴をするキャラクターであり、ヒーローをやる一方で、自ら恐ろしい敵を生み出すキャラクターになっていた。

それを踏まえると、今作でのあの結末は、要するに旧世代の限界を示す内容だったと思っている。旧世代ではサノスは超えられなかった。しかしながら、新世代が育ってきているのでそこまで悲観はしなくても良い。エンドゲームの正体は、そんなビターエンドだったのだ。

その先の答えに関するヒント

まずはキャプテン・マーベルである。キャプテン・マーベルは、戦争に勝つヒーローでは無く、止めるヒーローとしての在り方を模索していた。真にパーフェクトな勝利という意味では、サノスとの戦争においても戦争に勝つのではなく、事前に止めるという選択肢があったかもしれない。今回アベンジャーズは、シビルウォーを経てバラバラだったので、それ所では無かったが。

もう1つはブラックパンサーである。ブラックパンサーの肝は、復讐に囚われない事だと思っている。それは、シビルウォーのラストでブラックパンサーがジモに対して見せた答えであり、続くシビルウォーにおけるキルモンガーの本質が復讐に囚われた王だった点からも、その辺が重要なテーマになっているのは明らかである。

ドクター・ストレンジに関しては、映画本編が面白く無さ過ぎたので、記憶が曖昧だが、ドクター・ストレンジがクライマックスでやってみせたのは、敵に勝つんじゃなく負けないというスタイルであり、それもまた新世代の可能性を示唆している(気はする)

インフィニティ・ストーンという地雷

個人的にインフィニティ・ストーンの中で最も重要なのはソウル・ストーンでは無いかと思っている。何故なら、ソウル・ストーンを入手するには大切な人を犠牲にしないといけないからだ。つまり、誰も犠牲にしないというヒーローとしての理想に本質的に相反する存在なのである。

悪役のサノスがそんなソウル・ストーンを入手するのはむしろ理に適っている訳だが、アベンジャーズがそれに手を出した場合、結局の所サノスと五十歩百歩になってしまうので、実はそれこそが鬼門だったのである。

つまり、ヒーローとして勝利したければ、アベンジャーズはインフィニティ・ストーンに手を出してはいけなかったのだ。しかし、出さざるを得ない状況に追い込まれた。それがアベンジャーズ第一世代の限界だったのである。

実は過去作を振り返ると、人類には過ぎた存在であるインフィニティ・ストーンに手を出したが為に悲劇が起こるという展開は何度も描かれている。シールドが兵器開発に利用しようとして悲惨な結果になった展開しかり、トニー・スタークがウルトロンを生み出してしまった展開しかり。人類以外においても基本的にインフィニティ・ストーンに手を出すと碌な事は無いよという話が延々と前フリとして描かれていたのだ。

アイアンマンの死

役者の都合は置いといて、なぜアイアンマンは死ななければならなかったのか。その理由の1つは、アイアンマンの在り方にある。トニー・スタークは世界に対して無責任な子供的立場から、世界に対して責任を持つ大人になる事を選択し、アイアンマンになった(アイアンマン1作目)。

トニー・スタークは父親に対して明らかにコンプレックスを抱いており、トニーにとってアイアンマンになる事は武器商人だった父親を超えるという話に繋がるのだが、それによって自分が世界を守らなければというプレッシャーが発生し、暴走する結果にも繋がっていた。

家族を顧みず、世界に兵器を売りさばいたハワードの様にはならない、自分は立派な大人(父親)になってみせるというトニー・スタークの本当のゴールは、アイアンマンとして世界の守護者(父親)になる事では無く、結婚して家庭を築いて父親になる事で達成されるのだ。しかしながら、家庭を気付き父親になる事と、アイアンマンにいる事は、バッティングしてしまうのである。

だからこそ、インフィニティ・ウォーを経て、アイアンマンを辞めたトニー・スタークは、家庭を築いて、父親になる事が出来たのである。不本意な形であるが、トニーはゴールに着地したのだ。

しかし、トニーは精神的に成長してアイアンマンを辞めた訳では無かったので、キャップの勧誘でアイアンマンに戻ってしまった。そして、悲劇的な結末に向かうのである。

アイアンマンを辞めた理由

補足的に説明すると、アイアンマンというのはそもそもが不完全なヒーローである。何故なら、何かを作り出す変革者的なヒーローだからだ。基本的にスーパーヒーローは変革者にはなれない。何故ならスーパーパワーで自分に都合良く世界を変えるのはヴィランの仕事であり、ヒーローの仕事はそれを止める事だからである。

アイアンマンはそれ故に、自ら敵を作り出してしまう。ある種マッチポンプ的にヒーローをやるしかないのである。MCUを振り返ると、トニー・スタークが原因で生まれたヴィランは多い。だからこそ、アイアンマンをやる上で、アイアンマンの暴走を止める事が出来るアベンジャーズが必要になるという構図が成立するのである。

シビル・ウォーを観れば分かるが、アベンジャーズの連帯を誰よりも望んだのはトニー・スタークなのである。しかし、シビルウォーを経てアベンジャーズは内部分裂をしてしまう。その結果、インフィニティ・ウォーの際にアイアンマンの周りにはアベンジャーズは誰もいなかった。唯一いたのは、アベンジャーズ予備軍として自ら育てたスパイダーマンだけである。しかし、そのスパイダーマンもサノスの指パッチンで消滅してしまう。だからこそトニーは、アイアンマンを続ける事が出来なくなり、辞めてしまったのである。だからこそサノスに報復に行く際には、トニーはもうアイアンマンとして参加していないのだ。

トニー=MCUベンおじさん説

アイアンマンが死んだもう一つの理由は、トニーがMCUにおけるベンおじさんだったからだ。

スパイダーマンを知っていれば、すぐにピンと来る話なのだが、スパイダーマンが真にスパイダーマンとして覚醒するのは、通過儀礼的にベンおじさんが死亡して、大いなる力には大いなる犠牲が伴う事を学ぶ必要があるのである。

アニメ映画の『スパイダーマン:スパイダーバース』を観るとその辺のお約束を楽しく学ぶ事が出来るのだが、ピーター・パーカー以外にも色んなスパイダーマンが存在するのだが、悉く身近な誰かの死を通過してスパイダーマンになっているのである。ちなみにスパイダーバースの主人公、マイルス・モラレスの場合であれば、アーロン叔父さんの死が通過儀礼になっていた。

MCUスパイダーマンの場合、蜘蛛に噛まれて超人化する下りとかも全部省略されていたので、ベンおじさん死亡イベントも省略されたものだと思わせていた訳だが、それはミスリードで、実はピーター・パーカーの父親代わりというか、メンター役をしていたトニー・スタークこそが、MCUにおける通過儀礼の為に死亡する叔父さん役だったのである。

ピーター・パーカーの年齢がかなり若く設定されていた事や、通常は老婆なメイおばさんの年齢もかなり若い事、スパイダーマンとしてそこまで本格的な自警団活動はしていなかった事など、全てはその為の伏線だったのだ。

つまり、トニー・スタークがスパイダーマンの父親的ポジションを演じていた時点で、死亡による退場は決定事項だったのだろう。

キャプテン・アメリカの話

トニー・スタークの話をしたので、ついでにもう一人の退場者であるキャップの話もしておこう。

エンドゲームを観た後に、キャプテン・アメリカのシリーズ1~3を観返して思うのが、キャプテン・アメリカもまた発展途上の変化をし続けるキャラクターであったという事実だ。

1作目の時点でのキャップは、童貞版のジャンヌ・ダルクという表現がピッタリなキャラである。両親が共に愛国者として戦場に趣いて死亡しており、自分もお国の為に死にたいと考えている、宗教がかった感じのキャラである。印象としては、バッキーはよくこいつの友達でい続けたよな…という感じ。2作目のウィンターソルジャーにおいてようやく一般人的な感覚を身に付けるんだけど、アメリカがヒドラに支配されていた事で酷いトラウマを負い、割と過激な自由原理主義者に変貌してしまう。その結果が、シビルウォーでのアベンジャーズ分裂である。

シビルウォーのキャップは、自由の為なら多少の犠牲も致し方なしという発言をしていて、かなり過激派になっているのが分かる。インフィニティ・ウォーになると、逃亡生活が応えたのか、ウォーマシンの犠牲が応えたのか、性格は多少緩和されていて、大義の為でも犠牲(自己犠牲も含む)は絶対に認めない!と主張する様になっている。

しかしながら、キャップの理想はかなわず、結局はインフィニティ・ストーンに手を出す羽目になり、ブラックウィドーやアイアンマンの自己犠牲を出す羽目になったのである。そうした結果を受けて出したキャップの結論は、「もうヒーロー辞めたい…」という感じだったのかなと思うと、割と悲しいものがある。

タイムパラドックスに関して

ついでに、キャップが過去世界に飛んだ件に関してだが、劇中での説明を真に受けると、時間移動でタイムパラドックスは発生しない事になっている。すると、キャプテン・アメリカは過去世界に一方通行的に引っ越した形になり、第二次世界大戦後にキャプテン・アメリカが帰還した新しい世界線が新たに発生するだけなのだが、映画では何故かお爺ちゃんんになったスティーブ・ロジャースが登場してしまう。

それって、タイムパラドックスが発生しとるやんけ…!という話なのだが、可能性としては他所の世界線でペギー・カーターと人生を全うしたスティーブ・ロジャースが、ペギーの死後にまたこっちの世界線に戻って来たという、多少無理な説明も可能なのかなと思ったり。あのタイムマシンで世界線まで自由に移動できるのかどうかは知らないが。

残りのアベンジャーズ

王様を辞めたソーに関しては、また王様に戻る話をやるのか、ワンピースにおけるジンベエ親分みたいな感じになって、船長としてまだ未熟なクイルのメンターになるのか、その辺は今の段階では見えない。そもそもソーは、モチーフが北欧神話の神であり、アメリカ的なヒーロー像とは関係無いというか、プレ・アメリカ的な存在なので、王というより昔気質の戦士キャラとして活躍するという方向性も悪くは無い気はする。

ホークアイは、普通に考えれば今度こそ引退して家族の下に戻れよとは思うが、ブラックウィドウを死なせてしまったり、やさぐれてパニッシャーみたいな事をしちゃったりと、インフィニティ・ウォー後に急速にカルマを重ねてしまったので、洗脳されていたとは言え、人を殺しまくってしまったバッキーとセットでそうすんだお前らという感がある。過去の罪の贖罪というテーマにおいては、ブラックウィドウ自身がそんな感じで、最終的に自殺しちゃった訳なので、ブラックウィドウの二の舞にならないみたいなのが、ある種のテーマになるのではという気はする。

ハルクは、地味に一番期待している。今作ではそんなに活躍しなかったが、内面的な分裂を統合したハルクは、ある種のシビルウォーに対するアンチテーゼというか、統合の象徴として、アベンジャーズの新しいリーダーに相応しいキャラなのでは?と思っている。インフィニティ・ガントレットで、腕が焼けちゃったのもむしろ好材料で(あっさり回復している可能性もあるが)、不能だからこそみんなで協力しあう事の必要性を痛感しているリーダーになる上で、そういう不具性はむしろ必要なのでは?という。

それによって戦闘で前面には立たなくなる訳だが、弱くは無くて、身体的にも精神的にもタフ。そして、科学知識も豊富。現状、ハルク以上に時期リーダーに向いているキャラはいないと思うのだが、どうだろうか。

そんな感じで新生アベンジャーズに関する展開予想をしてみた所で記事を終えておこう。


by cemeteryprime | 2019-05-15 01:47 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】名探偵ピカチュウ

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先週、観て来た。思い出しながら感想を書く。

結論

面白かった。全体的にポケモンが予想外に可愛いくてビックリした。キモいクリーチャーな感じに実写化されてるのかと思ったら、フワフワのぬいぐるみ仕様な実写化だった。

あらすじ/概要

離れて暮らしていた父親の訃報を受けて、主人公はポケモンと人が共存する町、ライムシティへと出かける。父親の探偵事務所で主人公は、記憶喪失になった父親のポケモンのピカチュウと出会う。

父親と一緒に死んだはずのピカチュウが生きていた事から、父親が本当は死んでいないのではという疑いを持った主人公は、ピカチュウと共に父親の足取りを追うが…。

面白さ

兎に角、ポケモンの描写が良かった。出て来るポケモンのチョイスは、初代が気持ち多めだが、新しい世代までバランス良く色々と登場していて、ビジュアル的に楽しませてくれる。

現実世界にポケモンがいたら、こういう画が観たい…的な要素を上手い事押さえていたので、それだけでも実写化して良かったと思った。街中のポケモン、自然の中でのポケモン。かつてポケモン攻略本でそういうイラストを見てテンションが上がった記憶が蘇った。

ちなみに、個人的に良いなと思ったのは、ボイパでスピーカー替わりをするドゴーム。

ストーリーと悪役(ネタバレ含む)

この映画、ポケモンの実写化というか、『名探偵ピカチュウ』というゲーム作品の実写化らしい。Wikipediaのネタバレを見る限り、あらすじレベルでは同じ話なのだが、悪役まわりは結構映画オリジナルっぽい。

原作ゲームはどうもテレビ局が視聴率目的でポケモンを暴走させて事件を自作自演みたいな話らしいのだが、映画の場合はもうちょっと拗らせていて、人間嫌いなポケモン愛好家の暴走みたいな話になっていた。

この辺は過激な動物保護団体だとか、バ美肉みたいな、現代的な要素ともシンクロするので、ちゃんと現代の物語をしてるなという好印象を抱いた。ポケモン本編にもポケモン解放運動みたいな事をするプラズマ団という奴らがいた訳だが、この映画の悪役の場合は、割と真っ当かつリベラルな範疇でポケモンをボールから解放し、共存する街を築いた上で、更に人間をポケモン化してしまう辺りが最高なのだ。ポケモンが好きという以上に、人間が嫌い(自分も含めて)なんだろうけど、その辺が凄く現代的な悪役だなと感じる。

サプライズ要素について(ネタバレ含む)

この映画のサプライズ要素は、『スパイダーマン:ホームカミング』と似た要素がある。ホームカミングにおけるサプライズは、黒人のヒロインの親父が、白人(の敵対しているヴィラン)でしたというモノ。

今作におけるサプライズは、黒人の主人公が探し回っていた父親も黒人なんだろなと思ったら白人でしたという形。白人と黒人の夫婦の子供が黒人or白人という家庭構成は普通にありうる訳だが、それをサプライズ的なギミックとして使うというのは、これからちょいちょい流行ったりするのだろうか。

とは言え、今作の場合はピカチュウ絡みのサプライズも一緒にやっているので、単にそれだけをやっている訳じゃない(ホームカミングもそうだけど)

ポケモン描写に関して

この映画世界において、自分のポケモンを所持していないヤツってのは、どういう意味を持っているのだろうか。いい歳して彼女や彼氏がいないみたいな感じだろうか。そんな事を考えさせるポケモン描写が、個人的にはちょっと新鮮だった。

ポケモンはそもそも、草むらで昆虫を捕まえてバトルさせるニュアンスからスタートしている。最近はどんどん描写としてペット的なニュアンスが強くなっている訳だが、更にその先としてモンスターボールが排されて、本質的に収集や所有の対象では無くなり、パートナー的な扱いをされるに至った時、ポケモンはどういう存在になるのだろうか…。

今作の舞台であるライムシティのコンセプトであるポケモンと共存する街というのは、基本的には他者と共存する街なんだろうなとは思った。エキゾチックな他者としてのポケモン。しかし、そこまでいくと、今度はエキゾチックな他者という在り方の歪さみたいなモノを描く羽目になるのではという感もある。

今作の悪役は、エキゾチックな他者であるポケモンを欲望し、エキゾチックじゃない他者である所の人間(息子も含めて)は嫌っていた訳だが、では、ポケモン自体のウザさみたいなモノが強調されるに至るとどうなるんだろうという当たりの興味は尽きない。

それを踏まえてのクライマックス

本質的にポケモンは人間にとって都合が良い形にデザインされている。その点は、ポケットなモンスターという名前の時点で明らかなのだが、その事の是非は兎も角、劇中でポケモンがエキゾチックな他者を辞めてしまうトリガーがあの薬だったとすると、最終的に発生したポケモンと人間の融合の結果もたらされたモノは実は、エキゾチックじゃない他者としてのポケモンだったのではないという気がしないでもない。

つまり、ポケモンの解放は、最終的には他者化という結論に着地し、それは人間との融合で成立する。他者化したポケモンとは、要するにあのTwitterでバズっていたシワシワのおっさんピカチュウなのである。悪の陰謀は打ち砕かれたので、ポケモンと人間が融合してしてしまった、その後の街の姿は描かれなかったが、それは全てのポケモンがシワシワなピカチュウみたいな感じになった世界だったのではという感はある。映画の細部まで覚えていないので、想像でしかないが。

終わりに

追記的な要素がゴチャゴチャとクドい内容になってしまったが、基本的には実写化されたポケモンが可愛い映画である。何も考えずに楽しめる作品なので、時間があれば是非観に行って良いはず。


by cemeteryprime | 2019-05-14 22:21 | 作品・感想 | Comments(0)

【映画感想】ラ・ヨローナ~泣く女~

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観て来た。

結論

普通に面白かった。ハッキリ言って、ワッ!っと驚かせるタイプの演出に頼り過ぎな感じのホラーなのだが、それによって十分に怖いし(心臓に悪いとも言うが…)、これがアメリカ的ホラーじゃい!という感じのエンタメなバトル展開もあるので、エンタメとしてのホラー映画であれば、これでOKだろうという感じ。

あらすじ/概要

主人公はソーシャルワーカーをしている二児の母親。旦那は警官だったが、最近死んでいる。そんな母親が、不登校の通報を受けて、母親によって自宅に監禁されている子供を発見。

母親は虐待ではなく、アイツ(泣き女)から子供たちを守っているのだと主張するが、そんなの戯言だろうと、子供たちは施設に保護される事になる。

しかし、その母親の話は本当だった…。そして泣き女(ラ・ヨローナ)は主人公の子供たちを次の標的に選ぶ。

面白さ

兎に角、心臓に悪いタイプのビビらせ演出(幽霊的な)が満載。グロとかは特に無い。なのでデートムービー向きとも言える。

あと、悪霊とバトルする展開が面白い。監督はやってないが、製作は「死霊館」のジェームズ・ワン。死霊館のロジックがある悪霊とのバトルの雰囲気が好きな人は、好きなんじゃなかろうか。


by cemeteryprime | 2019-05-14 16:46 | 作品・感想 | Comments(0)

【TRPG雑記】書物(知識)

RPGにおける重要なアイテムであり、キャラクターにもなりうる書物(知識)の役割について改めて考えてみる記事。

知識は、新しい領域、世界にアクセスする為の鍵として機能する。RPGにおいてダンジョンの深部にアクセスしたり、宝箱を開けてアイテムをゲットする為には、特定の鍵を入手しなければならないという展開は定番である。

特定の知識も、こうした鍵の役割をする事が多い。ホラーにおいては、特定の専門知識が非日常的な世界(異界)にアクセスする鍵になる。常人には読めない古代文字を解読出来たり、専門性故に僻地に招かれたりする。最先端の研究領域なども、一般人は理解出来ないしアクセス出来ないので、ある種の異界と言える。

世界を上書きする/人格を上書きする

特定の知識(書物)は、物の見方、見え方を変えてしまう。価値観を変えるとも言う。子供時代に読んだ本が、その後の人生の方向性を決定づけたという話も珍しくは無い。

大袈裟に言えば、本を読む前と読んだ後では、人格が変わっているとも言える。本を読んで賢くなるというのも、基本的には人格を更新する行為である(逆もまたあり得る)。

外部メモリ

基本的に人は自分の体験を会話によって相手に伝達するが、書物によっても伝達できる。書物としてアウトプットする事で、当時の記憶(考え方)を保存しておくという使い方も出来る。日記を付けた事がある人なら分かるが、人は変化し続けるので、10年も経てば考え方(価値観)や文体なんかもガラリと変わっているので、自分の日記であっても他人の様な印象を受ける事もある。

思想書を読んで感銘を受ける、影響を受けるという行為はそんなに珍しくは無いが、言って見ればそれは本を通じて他人と会話し、影響されていると言える。こうした図式を拡大解釈して、更に邪悪に味付けをすれば、魔導書を読んだ人間の精神が筆者(魔術師)に乗っ取られるという状況になる。

魔導書

魔導書とは何かというと、魔術(おまじない)が記された書物というよりも、モンスターとしての書物である。本が持つ性質を、邪悪に解釈すると魔導書になる。フィクションにおける魔導書というのは、基本的にはこっちだと考えた方が分かり易い。

読者を異常な世界や行為に導く鍵であり、時には人格を書き換えてしまう。こうしたモンスター的な本は、古くは魔導書と呼んで焚書した訳だが、現在では悪書と呼ぶ。

ゲームのせいで子供の頭がおかしくなるだとか、アニメや漫画が、猟奇殺人や痴漢行為の原因となったという報道は、未だに続いているが、こうした想像力の背景にあるのは、モンスターとしての魔導書のイメージである。一般人には良く分からない世界に導くコンテンツというのは、脅威なのである。

攻略本

攻略本という在り方は、書物の本質的な存在意義の1つである。知は力なり。人は書物に、特定の問題を打破する手段(秘密)が記されている事を望む。

ゲームの攻略本はその名の通りだが、勉強の参考書や、営業マンの為の話術だとか、恋愛の指南書なんかも、根本的には攻略本である。

故にRPGの魔導書にも、攻略本的な性質が備わっている事が多い。基本的には興味本位で読むというより、目の前の問題を解決する手段を求めて、プレイヤーキャラクターは魔導書を読むのである。

ちなみに攻略本的な『魔導書』が活躍するファンタジー系のドラマに『グリム/GRIMM』という作品がある。この作品には、正しくモンスター種族の攻略本的な図鑑(魔導書)が登場する。モンスターハンターであるグリムは、そうした図鑑の知識を用いて、敵の弱点を突いたり、行動パターンを踏まえた先回りをして罠を仕掛けたりする。割と死に設定になっているが、主人公はプロファイリングを学んだ刑事でもあり、図鑑に記された怪人の行動パターンを参考に犯人を逮捕する(あるいは狩る)過程が、完全にプロファイリングを駆使した犯罪捜査のある種のメタファーになっている。

秘密と権力の源泉

かつて、書物がそれ自体にパワーが宿るアーティファクトとして認識された時代があったが、それも攻略本としての属性に由来する。書物には問題を解決する為の秘密が記されている。そして、それにアクセス出来るのは、教育を受けて文字が読める人間だけである。また、口伝による知識保持には限界があるが、文字記録による知識保持は理論上は限界が無い。文字が読めず、村から離れられずに一生を終えるという環境下においては、外の世界の知識に簡単にアクセスできる事のメリットは大きい。また、口伝の世界では知識と経験がほぼイコールなので、知識を沢山もっている人間≒長生きしている長老な訳だが、書物があればあっさりとそうした長老の知識を上回る事も出来る。

こうした前提による本=パワーという認識は、識字率が上昇し、誰でも本が読めるようになるとそこまで機能しなくなったが、今でも本を読まない人間にとっては、本は幾らか魔導書的に機能している。特に未開な社会においては、本を所持している事は秘密に通じている証明であり、知識面での説得力に繋がった。魔術師的な胡散臭い仕事についている人々は、実際には禄に中身が読めなくても魔導書っぽい本(魔導書どころか単なる聖書だったりもする)を入手して、権威付けに利用した。

こうしたバイアスは現在においても何となく活きているので、本を読まない人ほど、本を読んでいる人間を何となく賢い人の様に考えるし、1年に読む本の数を数えてある種のマウンティングを取ろうとしたりする。また、家に本が1冊も無い人より、沢山ある人の方を、実際はどうであれ無条件に賢いと考えたり、話に説得力を感じたりもする。

アーティファクトとしての書物

神秘的なアイテムとしての書物は、誰にでも読めない文字である事や、手書きである事、それっぽい装丁である事などが求められる。アーティファクトとしての魔導書が、誰にでも読める言語で書かれたコンビニ印刷のコピー本では無いのは主にその為である。

CoCにおいて、魔導書を読むのに外国語が必要なのもそういう伝統の一種だと考えるべきだろう。アメリカ人にとってのラテン語で書かれた魔導書は、日本人にとっての漢文で書かれた魔導書に相当する。魔導書の由来は基本的には、自分たちの文明より先に進歩した古い近隣の文明国から来たという設定が選ばれる事が多い。先進的な文明と一緒に、その文明の秘密である魔術も一緒に流れて来るイメージである。

そしてだいたい魔導書は嵩張るデカい高級そうな本である。印刷の方が読みやすいはずだが、敢えて血のインクで手書きだったりする。それっぽい雰囲気がアーティファクトとしての格に影響するのだ。故に、RPGにおける魔導書もそれっぽい装丁になる。変な話だが、それっぽい事が魔導書にとってのリアリティなのである。

総論

RPGやフィクションに登場する書物は、こうした特徴を複合的に備えている事が一般的である。

結局の所、何が言いたかったかというと、魔導書には単に魔術が書いてある本以上の可能性が秘められているという話である。魔導書は単なる便利アイテムで終わらせるには惜しい存在なのである。

強力な魔導書は、読んだ人間の人格を書き換えたり、行動を無意識に操ったりする力があるものなのである(そうでなければ単なる本である)。魔導書に付きモノな正気度の低下も、そうした要素の一種だと理解するのがベターだろう。読んだ漫画に感銘を受けて、仕事を辞め妻子を捨てて、漫画家を目指し始めたら、それは傍から見れば人格豹変であり、不定の狂気なのだ。

PDFの魔導書というのは、現代においてありがちなネタだが、魔導書の中には、貞子の呪いのビデオテープの様に、書物の内容をインターネット等を通じて世界に拡散させようとするタイプのものもあるかもしれない。そうした現代的なメディア特性も取り込めば、モンスターとしての魔導書はまだまだ進化の余地があると言える。


by cemeteryprime | 2019-05-14 00:19 | TRPG講座・考察 | Comments(0)

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